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婚約者を探しているようです




あんなに無言の食事をしたことはないと言っても過言ではない。それくらいに会話がなかった。いつも軽いノリで女性と話すのだから、その話術を駆使して場を盛り上げるくらいしろと思わず言いたくなるほどだった。


最後に挨拶を兼ねてデザートを運んできてくれたアネットも、しんと静まり返った空気に目を見開いて私たちを交互に見たあと、何事もなかったかのように去っていった。


結局、会話らしい会話もないまま帰路につくことになり、馬車で向かい合わせに座る彼は顎に手をついて外の景色を眺めている。いつもは不機嫌だったり軽薄だったりする顔が遠くに視線を向け、どこか物憂げな表情をしていて思わずドキリとしてしまった。



(……とはいえ、わたくしのためにアネットに連絡をとってくれたお礼は言わないと)



「く…クロヴィス…」


久しぶりに声を出したら少し裏返ってしまった。何かに負けた気分だが、この勢いで話さなければと視線を正面に向け軽く息を吸った。すると彼は、少し驚いたような顔をして私を真っすぐ見てきた。



「……今日はありがとう。おかげでセドのお誕生日プレゼントも買えたし…その、アネットに会えたのも嬉しかったわ」



勢いをつけて一気に言い切る予定だったが、彼から向けられる視線のせいで終盤は顔を少し下に向けてしまった。そんな私は今、彼の表情を見ることができない。



「……あとこれ。セドとお揃いで買ったから」



そういって、先ほどのお店で購入したカフスが入った箱を差し出した。相変わらず顔を下げたままの私は自分の差し出した手をじっと見つめることしかできない。



「…………」

「…………」



沈黙が流れる。受け取るでもなく、プレゼントの乗った私の両手は宙に浮いたままだ。行き場を失った私の両手とプレゼント。何か言うなり受け取るなりして欲しいと苛立ちを覚えつつ、ふと顔を上げる。



「……ちょっと!」



するとヤツは片手で口元を覆って固まっていた。

私がプレゼントをするのがそんなに意外なのか。確かに貴族の令嬢でありながら、小さい頃はお兄様の服のお下がりを平気で着ることもあったし(剣の練習をするのに汚れても気にしなくてよかったのよ)、クロヴィスとお菓子の取り合いで喧嘩をすることもしょっちゅうだった。いつ平民になっても大丈夫なように日ごろから貴族の品位を落とさない程度に清貧な暮らしを心がけてはいる。

でも断じてケチではない。



「あ、あぁ…えっと…」


「だから!アンタにあげるってば!セドにはお誕生日に渡すから、内緒にしててよ!」



半ば無理矢理、彼の手元に押し付けたところにちょうど良く馬車が停車した。タイミングよく我が家に着いてくれた。これ幸いにとばかりに、私は未だフリーズしているヤツに別れの挨拶を告げて逃げるように帰った。






セドリックのお誕生日当日はレスタンクール家のパーティーに招待していただき、無事プレゼントを渡すことができた。クロヴィスが見立てた服に身を包んだ幼いセドはとにかく可愛くて愛しくて、私は終始セドの隣を占領してはキラキラにこにこと話しかけてくれる彼の姿を目に焼き付けた。

カフスを渡すと「お兄様とお揃いだ!」と目を輝かせ、跳ねて喜ぶ姿を見た私は思わず目頭を押さえた。



久しぶりにお会いするミレイユ様は魔術薬師の仕事にとても興味深々で、私が来るのをとても楽しみにしてくれていたらしい。詳しい業務内容は守秘義務があるのでお話できなかったけれど、薬草ごとに魔力の流し方にコツがあることを教えてくれた。色々と話していくうちに、所長と一緒に働いていたこともわかり、「彼の作るランチがまた食べたいわ!」と興奮気味に話す姿は、さっき目を輝かせていたセドリックと同じ表情で思わず笑みがこぼれた。



クロヴィスはというと医療棟から緊急の呼び出しが入ったらしく、私が訪れた時間には不在だった。あの日逃げるように帰ってしまった私は、会うのが気まずかったので内心ホッとした。







そのまま私も魔術薬師としての仕事と勉強に追われ、それ以上に忙しいであろう彼に会うこともなく日々を過ごしていたある日。ヤツに関する噂を偶然耳にすることとなった。




今日も医療棟の二階に依頼された薬を届ける。受け取ってくれたのは顔なじみの魔術医さんだったが、ここ最近は見たこともない人が入れ替わり立ち代わりで顔を覚えることもままならない。そういえばヤツもこのフロアで見かけなくなった。



「今日のぶんです。確認お願いいたします」



そう言って渡すと、私がフロアを見渡して見慣れない人たちの顔を憶えようとしているのがわかったのか、手を止めて声をかけてくれた。



「ちょっと今バタバタしててね…人の出入りが激しいんだよ」


「そうなんですか。お忙しいのですね」


「あぁ…隣国の第三王女様が、研修も兼ねて入ってきたからねぇ」



研修も、ということは他に主たる目的があるということだ。優秀な人材が集まる魔術医に就くとなれば、医療の道を究めるために周辺他国へ渡ることもある。だが、この人の口ぶりだとそうではないのだろう。



「ま、早い話が結婚相手を探しにきてるんだよね」



そんな私の考えを読んだかのように話すこの人は、魔術医としてだけでなく患者さんの心も読み取る力に長けているに違いない。少しため息交じりに話している彼はきっとその諸々の事情で振り回されているのだろう。



「まぁでも、ここでその相手が決まったみたいだから少し落ち着くと思うよ。ほら、このフロアにもたまにいたでしょ」



そう言って続けた言葉からでたのは、私の婚約者である人の名前だった。





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