婚約者がやさしいです
更新遅くなりました。
王都で一番大きな書店に行ったけれど、絵本の品ぞろえは専門店に行ったほうがたくさんあると店員さんに薦められたので、今は絵本専門店に来ている。
「この絵本、懐かしいわ!」
小さい頃に何度も読んでいた絵本を見つけて思わず手に取る。
「あぁ、よく読んでたな、それ」
「憶えてるの?」
「そこに出てくる騎士がカッコいいって、さんざん言ってたからな」
そう。この絵本に出てくる騎士様が大好きで何度も繰り返し読んだ絵本だ。あんなに好きだったことは憶えているのに話はすっかり忘れてしまっていて、懐かしさのあまり読み返してみる。絵本のストーリーは何てことはない、魔物にさらわれてしまった王女様を騎士様が助けて二人が結ばれるという至ってスタンダードなお話だ。
しかし絵本の絵というのは子どもの記憶に残るだけあって、風景画や人物画などとは違い独特のタッチで描かれている。記憶の中の騎士様はそれはそれはカッコ良かったはずなのだが、改めて見るとなかなか趣のある風貌をしている。
「どうした、変な顔して」
思っていたことが顔に出てしまっていたらしい。淑女たるもの、油断していた。
「……今見るとこの騎士様、微妙だわ。あんなにカッコいいと思っていたけれど」
「は?」
美しい顔を歪ませているクロヴィスを横目に、幼い思い出と共にその絵本をそっと棚に戻した。
「おまえな…」
「何?」
「…………なんでもない」
何か言おうとした言葉を飲み込んだ彼は、そのあと大きくため息をついた。何だかよくわからないけれど、彼と普通に話ができていることに気づいた。会えば口喧嘩ばかりになることがわかっていただけに、彼を前にするといつも構えてしまっていたけれど今日は少しだけ昔に戻ったかのようだ。ちょっとくすぐったいような変な気分になりつつ、セドリックへプレゼントする本を選んで店をあとにした。
「あと、セドにお洋服を買ってあげたいのだけど」
「あぁそれならよく買う店があるぞ」
そう言ってクロヴィスがもはや当たり前のように腕を差し出すので、私も気にせず手を添える。いや、気にしていない訳ではないが、ここは気にしたら負けなのだと思って気にしていないことにする。
クロヴィスに連れられるまま入ったお店は、紳士服の専門のお店だが、その一角には子供向けのきちんとした洋服が飾られている。
「なんて素敵なの…!!」
目にした子供用の服は、サイズこそ小さいもののきちんと大人の男性が着る服と同じように仕立てられており、飾りや刺繍も丁寧かつ緻密に施されている。
いつもセドリックと会うのはレスタンクール家のお邸なので、シンプルで動きやすい服装しか見たことがない。だが、目の前の正装服を着たところを想像してしまったら興奮が抑えられず、隣に立つクロヴィスは半ばあきれ顔だ。
いけない、今日は感情のコントロールが上手くいっていない。
すぐに姿勢をただして持ち直すと、すぐにお店の人がクロヴィスの所へやってきた。
「いらっしゃいませ、クロヴィス・レスタンクール様」
「弟の服が欲しいのだが。仕立てる時間はないので、サイズ調整だけでできるものがあるだろうか」
「セドリック様ですね。それでしたら新作がございますので、こちらへどうぞ」
さすが行きつけだけあって、対応がスムーズだ。
「ここはオレが支払うから、おまえは装飾品を見立ててやってくれないか」
「え…でも」
それでは明らかに支払う額に差が出てしまうと思ったが、無理に押し切るのも失礼になる。ここは素直に彼の言葉に従うことにして、装飾品を見るため彼と一度離れた。
装飾品も大人と同じようにタイピンやカフス、ラペルピンなど種類も豊富だ。色々と目移りしてしまいそうだが私の性格上、自分のドレスを選ぶ時もパッと目についたものを選ぶ傾向にある。
今もシンプルなカフスがふと目に入った。キラキラと様々な宝石が輝く中で、それはひっそりと佇んでいる。一見すると漆黒の闇のようだが、ショーケースから出してもらい店内の明かりに照らすと、淡い虹のような色を見せた。
(セドにプレゼントするには少し大人すぎるけれど……)
あまり長く悩んでいると、彼が戻ってきてしまうので早々に決めて包んでもらうことにする。すると間もなく彼も戻ってきた。セドリックへのプレゼントは準備できたということで、レスタンクール家もモンタニエ家も昔から御用達のレストランに行くことになった。
王都の中心にあるこのレストランは、上位貴族だけでなく王家も御用達の歴史あるレストランだ。魔術薬師の仕事に就いてからは忙しくて、来るのは久しぶりだ。建物に入った時の流れ込む雰囲気が幼い頃から変わらずホッとする。
私は魔術を感じる力は弱いけれど、為政者が足を運ぶ場所だけあってしっかりとした結界魔術などが張られているのがわかる。それが訪れた者に心地よさを感じさせるのは、このレストランの魔術師が如何に優秀かを表している。
案内された個室はお馴染みの部屋で、中庭が一望できるお気に入りの場所だ。お馴染みの場所を案内してくれたという事は、クロヴィスが事前にリザーブしてくれていたのだ。私より忙しいはずなのに、こういう抜かりないところが異性にウケるのだろう。
少し面白くない気持ちになりつつも、中庭に流れる小さな小川の音に耳を澄ませて料理が運ばれてくるのを待つ。
「クロヴィス・レスタンクール様、カロリーヌ・モンタニエ様。本日は我がレストランにお越しくださり、誠にありがとうございます。」
中庭の景色に視線を向けていると、聞き覚えのある声がした。
「アネット!?」
「卒業式ぶりね、カロリーヌ」
そう言って、レストランの制服に身を包んだ彼女は変わらない可愛らしい笑みを浮かべた。
「どうして?アネットは自分のお店の立ち上げの準備をしているんではなくて?」
卒業してから実家の商会が営むこのレストランで学びつつ、夢だった自分のお店を持つために準備をしているはずの彼女が、何故お店に出てきているのだろう。不思議に思ってそう聞くと、アネットは少し視線をクロヴィスに向けた。
「クロヴィス様がね、今日カロリーヌと一緒にくるからって責任者から私に伝えるように言ってくれたのよ。忙しくて友人と会う時間も取れていないだろうからって」
「……え?」
振り返って彼を見ると、私に背中を向けて中庭を眺めている。聞こえないフリか、距離的に無理があるだろう。そう思ったけれど、アネットに言われた言葉に私もどう反応していいかわからなかった。
じゃあ、さっそくお料理運ぶわね、とウインクをしてアネットは早々に部屋を出て行ってしまった。残された私たちはこの部屋の空気をどうしたものか。不意打ちの優しさは逆に卑怯だと思いながら、私は無言で椅子に座りなおした。
デート編が長くなってしまった。でもカップルにデートは欠かせない。




