弟は大好きです
「……痛いわ」
「…あぁ、悪い」
クロヴィスは掴んでいた両手を離すと、口に手を当てて何か言いたそうにしている。まぁ、わざわざ呼び止めたのだから何か用件があるのだろう。
ちなみに私たちが婚約していることは公表していない。私たちの国では家同士で問題がなければ、それぞれでうまいことやってくれというスタンスだ。
私たちも話し合ったわけでもないが、いわゆる政略結婚だしお互いに不本意な婚約であるから職場に知らせる必要もないと彼も思っているのだろう。
私としても、いつ婚約破棄されるかわからないから、その時の痛手が小さく済むようにクロヴィスと婚約していることは親しい友人にしか話していない。
「何かしら?時間があまりないのだけれど」
「……もうすぐセドの誕生日だ」
「そうね」
クロヴィスの弟のセドリックも四歳になる。あんなにふわふわで小さかった赤ちゃんが、今では駆け寄って来ては私のことを「カロお姉ちゃん!」と呼んで抱き着くのだ。可愛いの限界を突破している。それを思い出して少し顔がにやけてしまった。危ない。
「誕生日プレゼントだが…」
「わたくしは今度のお休みに買いに行こうと思っているわ」
「…それ、オレも一緒に行く」
「…え?」
「オレも休みだから」
あれ?私、次のお休みなんて伝えた記憶ないけど??
などと考えているうちに、それだけ言ってヤツはさっさと行ってしまった。
仕事はお互い交替制なので休みはバラバラだ。婚約者とは名ばかりで学院を卒業してからは職場でたまに見かけるくらいだし、一緒に過ごしたことなど一度もない。
というか、そもそも二人きりで出掛けたことも全くないことに気づいた。
――――え?次のお休みって明後日よね??
セドのお誕生日プレゼントを二人で選ぶの?っていうか一緒に出掛けるの??
甘いものが好きなルド兄様と一緒にカフェに行くことはあるけれど、男の人と一緒に出掛けたことのない私はその後も軽くパニックで、せっかく所長が作ってくれた美味しいランチも味がまったくわからなかった。
結局、特別依頼の仕事もあったりで忙しかったため、心の準備ができないまま当日を迎えてしまった。何を着ればいいのか、自分だとバレないように変装をしたほうがいいのかなど色々と考え決めかねていると、その様子を見たルド兄様に「いつも通りでいいと思う」とアドバイスをもらったので、ルド兄様の一緒に出掛ける時のような格好に落ち着いた。
外に出ると、レスタンクール家の馬車がすでに到着しており、クロヴィスが腕を組みながら立って地面に視線を落としていた。その立ち姿がすらりとして美しく、一瞬見惚れてしまいそうになったけれどすぐに意識を戻して彼の元へ向かう。
「ごきげんよう」
「……あぁ」
一瞬不機嫌そうな顔をして視線をそらされた。初っ端からこんな態度なら、なんで一緒に来たんだと苛立ちを覚える。
仕事を始めてからというもの、なかなかセドリックに会いに行けていない。日ごろ一緒に過ごしているクロヴィスならセドリックの好きなものを知っているはずだ。小さい子は成長が早いから彼にアドバイスしてもらいなさいとお母様に言われたし、今日一日は修行だと思って過ごすしかない。気合いを入れるために、ふぅ、と彼に気づかれないように小さくため息をついて差し出された彼の手を取り馬車に乗り込んだ。
馬車の中でも特に会話らしい会話もなく、こんなことなら現地集合でも良かったのではないかと思うのに何故か彼は向かいではなく私の隣に座って窓から景色を眺めていた。
王都の中心街に到着したので、クロヴィスの後に続いて馬車から降りる。乗り込むときもそうだったが一応婚約者扱いをしているのか手を差し出してくるので、その手に自分の手を重ねる。努めて意識しないようにするが、彼の大きな手は温かく軽く握られただけで体中の熱が手に集中したのではないかというほどだ。
(手汗、かいてないわよね…手袋してくればよかったわ)
離された手の平を思わず見つめる。
ふと顔を上げると、彼がこちらを見て腕を差し出している。
(……え?)
「早くしろよ」
またも不機嫌そうな顔をしているが、これは腕を取れということ?
困惑しながらも淑女として相手に恥をかかせるわけにはいかないので、慌てて彼の腕に自分の手を添えた。
――――沈黙が重い。
傍から見ればデートのようだが先ほどから一切会話がない。そもそも会えばほとんど口喧嘩していなかったのだから、一緒に街を歩いている時に一体何を話せばいいのか。普段あれだけ女性に対して愛想を振りまいているのだから、気の利いた会話のひとつでもできないのか。
「……セドは今、何がすきなのかしら」
そんな不満をすべて飲み込み、こちらから会話を切り出す。
「そうだな…少し前までは魔術で動く馬車が好きで色々と集めては遊んでいたが、最近は字が少し読めるようになったから、簡単な絵本を自分で読んだりしているな」
「もう字が読めるの!?」
最後に会ったときは言葉をだいぶ憶えて会話ができるようになったなんて感動していたのに、字が読めるようになったとは驚きだ。
「あぁ、オレも驚いたよ。仕事が忙しくてあまり遊んであげられてなかったから、久しぶりに一緒に遊ぶのに何がしたいかって聞いたら“お兄様にご本を読んであげます”だってよ」
「なんてこと…!少し会わない間にセドが大人になってしまうわ」
「ははっ!そんなことないだろ」
私の衝撃をよそに、そう言って笑った彼の笑顔にハッとする。
久しぶりに見た彼の笑顔。小さなセドリックの笑顔を見るたびに、幼い頃の彼の笑顔の面影を感じて懐かしいような切ないような気持ちになっていた。今こうして大人になった彼の笑顔を見て、何故か泣きそうになってしまった。
突然こみ上げてきた気持ちを落ち着けようと、彼から視線を外して呼吸を整える。
「……何!?」
すると急にクロヴィスが顔を覗き込んできた。その顔があまりにも近くて彼の腕に添えた自分の手に力が入ってしまった。
「あ、いや…泣いてるのかと思ったから」
「な、泣いてないわよ!」
「…ならいいけど」
少し目の周りが赤くなってしまっていたのかもしれない。今の会話で、しかも街中で突然泣き出すなんておかしなヤツだと思われてしまう。感情のコントロールは得意なはずなのに、彼のことになるとどうしていつもこうなってしまうのだろう。
両手に入ってしまった力を抜き、もう一度呼吸を整えた。
遅筆ですが来年もよろしくお願いします。




