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魔術薬師になりました




六年間通った王立ブライトン魔術学院を卒業し、魔術薬師となるべく王都の魔術医療機関に入った。私が働いているこの場所は王宮から少し離れた場所にあり、木々に囲まれた静かな敷地にはいくつかの建物がある。



代表的なのは魔術医や魔術研修医が働いている建物で、医療棟と呼ばれている。敷地内で一番立派な建物で、そこでは魔術で人々の治療を行ったり新たな魔術医療の研究をしたりしている。


そして私のいるこの建物。今年から魔術薬師専門の建物となったけれど、以前は魔術医をサポートする助手の人たちが休憩を過ごしたり、魔術医が当直の際に泊まったりするための建物だったものだ。

ちなみに魔術医の当直用の建物は新たに住宅設備が整えられて建てられたし、助手の人たちは移動の負担がないように休憩室は魔術棟の中に作り直された。



つまりお下がりの外観も内装もボロ……歴史ある建物で、魔術薬師となって国家資格を取得するべく日々働きながら勉強をしている。




「所長、指示された薬草の調合が終わりました。確認お願いいたします」


「うん、見せて」



そここで魔術薬師として働いているのは所長をはじめとして全体でも五人しかいない。もともと魔術棟で魔術医のサポートとして働いていたが、今回専門機関として立ち上げるにあたって実地が得意な人、研究が得意な人、そしてそれを取りまとめる所長など優秀な人々を少数精鋭で集めたとのこと。



それを事前に聞かされた時にはプレッシャーで少々眩暈がしたが、実際一緒に働いてみると皆さん個性的だがとてもいい人たちだ。



今年新しく入った魔術薬師は二人。私ともう一人の子は平民の出身のエマだ。魔術薬師の育成をするにあたって、優秀な人材だからとスカウトされたらしい。彼女は町の診療所で薬師として働いていたので私とは経験値が圧倒的に違う。調合ひとつとっても、経験のない私はとても時間がかかってしまう。いくら魔力が高いとはいえ、私の方が一番足を引っ張っていることは一目瞭然だ。




「完璧だ。とても丁寧に調合してあって良いね」


「ありがとうございます」



ここの個性的なメンバーをまとめている所長は伯爵家の貴族ではあるが、見るからに人のよさそうな風貌をしている。実際とても穏やかな人で、私が調合に時間がかかっても「焦らないでいいよ」と声をかけて見守ってくれる。



「モンタニエさんもだいぶ慣れてきたわね。頑張ってるじゃない!」


「ありがとうございます」



そして今声をかけてくれたこの人は、私とエマの教育係でレイラさん。所長と同じ伯爵家の出身で、女性にしては背が高くとっても色気のある魅力的な人。でも性格はサバサバとしていてとても話しやすい。もともと医療棟で魔術医のサポートをしていたこともあり、現場の知識が豊富だ。


そしてもう一人、席に座って黙々と机に向かって研究をしているのがイヴァンさん。無口な上に前髪が長くて表情がよくわからないため最初は少し怖かったけれど、分からないことを質問すると丁寧に教えてくれる。この人もエマと同じく平民出身だが、出身は隣の国らしい。無口だけれどレイラさんとはよく話をしているのか、彼に関する情報はすべてレイラさんから聞いたものだ。



「じゃあこの調合した薬に、イヴァンの作った魔術を流し込んでみて」



レイラさんにそう言われて、イヴァンさんから渡された術式を見ながら薬に魔力を流す。調合した薬の量や種類によって魔力を調整しなければならないので、これがけっこう難しい。エマもこれは苦手らしく、隣で苦戦している。



「……終わりました」


「うん、まずまずね。もう少し魔力が平たくなるように流すと良いわよ」



レイラさんは必ずアドバイスをくれるのだが、とても抽象的な表現をするのでそれをイメージしながらやってみるのだが未だによくわからない。イヴァンさんも少し離れたところで「意味わからん」とボソッと言っているのが聞こえた。



「じゃあモンタニエさん。今日できた薬はあとで医療棟に届けに行きましょう」



げっ…

今日は確かアイツがいるんじゃなかったっけ。



その日できた薬を主にレイラさんか所長が毎日医療棟まで届けるのだが、たまにこうして付き添いで行ったりもすることがある。今日は依頼された薬も少ないし、医療棟に顔を覚えてもらった方が良いというレイラさんの意向だ。




薬を運ぶのは医療棟の二階。レイラさんの後について歩くが医療棟に来ると、いつも何故か医療棟の人たちから好奇の目を向けられる。何故だろうと思い、一度レイラさんに聞いたことがある。すると「今年入った魔術薬師の新人は二人とも優秀で美人だって有名なのよ」と言われた。


確かに私と違ってエマは可愛らしい顔をしている。自分は整った顔だとよく言われるが、目つきもキツイまさに悪役令嬢顔。それにそもそも優秀だったら魔術医になれていたはずだ。今の仕事に誇りを持っているが、ここで自分に向けられる視線は何とも居心地が悪い。



「はい、今日のぶん」


「お疲れ。今日は早いな」


「優秀な新人たちがいるからね。だいぶ助かってるわ」



顔なじみの魔術医さんが薬を受け取る。この人はレイラさんが医療棟でサポートしていた魔術医さんで私にも気さくに色々と話しかけてくれる。



「お!今日はモンタニエさんも一緒だ。ついてるなぁ」


「ちょっと、うちの可愛い新人ちゃんに近寄らないで!」


「ひどっ!一緒にランチでもと思ったのに」


「ダメよ~。これから薬師のみんなで食べることになってるんだから」


「あぁ、恒例のやつか…残念」



“恒例のやつ”とは、たまに魔術薬師のみんなで所長が作ったランチをごちそうになるのだ。趣味だと言うが、所長が作ったご飯はとても趣味とは思えないほど美味しい。これが開催される日は人とあまりかかわらないイヴァンさんですら、毎回ちゃんと参加している。


ランチ会に遅れてしまってはいけないので、レイラさんと一緒にその場をあとにする。チラッと見たけれどアイツはいなかったようで少しホッとした。



「あ!特別依頼の内容確認するの忘れてたわ!」



特別依頼とは、ちょっと難しい症状の患者さんに合わせて作る薬で、細かな内容を都度確認する必要がある。レイラさんは先に戻っててというと、先ほどの魔術医さんの所に行ってしまった。あまりこの建物を一人で歩くことはないので、窓から見える外の景色を眺めながら廊下を歩いていると、急に腕を引っ張られた。



「……!?」



そのまま腕を引かれて、人の少ない場所に連れていかれると両肩を掴まれて壁際に寄せられた。

まだ成長期なのか、さらに背が伸びたヤツは不機嫌そうに私を見下ろす。白衣を身に着けた姿がカッコいいなどと思ってしまった自分が悔しいが、それを表には出さず私は彼に視線を返した。






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