ヤクザ島 〜組長の娘に手をつけたら追放(島流し)されました。島にはヤクザとモンスターしかいません〜
「オイ、起きろっ!」
声が掛かると同時に腹部に衝撃が走り、船のデッキを転がされた。もう吐くモノは何もない。好きに蹴ればいい。
「オラッ、ちゃんと立て!」
胴に巻かれたロープが引っ張り上げられ、ふらつきながらも久しぶりに立ち上がった。どうやら目的地に着いたらしい。俺を乗せた漁船のエンジンが止まると暗闇に波の音が響いた。
「恨むなよ、ヤス。オヤジの娘さんに手を出したお前が悪いんだ」
「あの女、やたら慣れてたぞ。あれは相当咥え込んで──」
「黙っとけ!」
岩のような拳で顔を殴られ、視界が揺れる。
「もういい。これでサヨナラだ」
俺を殴った奴とは別の声がして、LEDライトで桟橋が照らされた。木製の桟橋は随分とボロボロで俺といい勝負だ。
「いけっ!」
背中を思いっ切り押されて船から桟橋に転げ落ちると、灯は消され、エンジンの始動音が俄に響いた。そしてすぐに遠ざかる。
「……ここが島か」
ヤクザ者達の間で都市伝説として語られる"島"。社会のはみ出し者が集まるヤクザの世界。そこからも弾き出されたクズの中のクズが島流しにされて辿り着くのが、"島"だ。まさか自分が来ることになるとはな。
「鬼が出るか蛇が出るか」
独り言はすぐに波音に消される。
「せいぜい足掻いてやろうじゃないか」
ようやく歩けるようになり、ふらふらと桟橋を行く。
桟橋の根元まで辿り着くと、身体を横にした。ここから先には何があるか分からない。暗がりの中を歩き回るのは危険だ。
朝までここで。そう思ってうとうとしていると──。
「よう。新入り」
足音もなくいきなり男が現れた。慌てて身体を起こそうとするが、ロープが邪魔して思うようにいかない。
やられる!?
「動くな。何もしない。ロープを切るだけだ」
繊維を切る音がした後、俺は解放された。少々拍子抜けだ。
「……助かった。俺は安田という。アンタは?」
「ここではスリーのキムと呼ばれている」
スリー?ナンバー3ということか?
「……お前、ナインなのか。羨ましい」
ナイン?羨ましい?どういうことだ。
「しかも随分とイケメンだな。組長の女にでも手を出したか?」
「そんなとこだ」
こいつ、この暗闇で俺の顔が見えている。野生化したヤクザだ。
「歩けるか?」
「なんとか」
「よし。アジトに向かおう。ゼロに挨拶してもらう」
「ゼロ?ここのボスか?」
「そうだ」
少なくともコイツは俺を助けたし、ナイフも持っている。夜目もきくし、敵いっこない。素直に従うべきだ。
「……わかった。案内を頼む」
「そんなに警戒するな。大丈夫だ。ここでは人間同士が争う余裕はない」
つまり、人間以外の何かがいるってわけか。島流しが死より重い罰として存在している理由はその辺りにありそうだ。
#
「ここは病院か?」
「元病院だ」
徐々に明るくなってきた視界に入ってきたのは十字のついたコンクリートの建物だった。入り口や窓は鉄の板で厳重に塞がれているように見える。
一体どうやって中に入るのか?首を捻っていると直ぐに答えが降ってきた。そう、物理的に。
元病院の屋上から下ろされた2本の縄梯子は酷く不吉な色をしていた。これは……血で染まっている。
俺が呆気に取られている内に、キムはスルスルと縄梯子を登っていく。置いていかれないように慌てて登ると、屋上には2人のヤクザ者がいた。
「……新入りか」
「自分もここに来たばかりなんすよ!エイトのハチローっす!よろしくオナシャス!」
1人は寡黙で、もう1人は分かりやすくチャラい。
「今日は襲撃のない日の筈だが、気を抜くなよ」
キムが声を掛けると、2人はスッと背筋を伸ばした。やはりキムの序列は高いらしい。
屋上から元病院の中に入ると、意外なことに中は灯りがついていた。電気が通っているのだ。
「電気があるのか?」
「驚いただろ?俺も詳しくは知らないが、何処かに発電する施設があるらしい。病院は優先的に電気をまわしてもらえることになっているって話だ」
キムはズンズンと先へ進み、重厚な扉の前で立ち止まった。
「驚くなよ?」
そう言いながらキムが扉を開けると、中にはゼロ?がいた。人間というにはあまりにもデカイ。
「ゼロ、新入りです」
「……安田です。ヤスって呼んで下さい」
キムの紹介にも、反応は薄い。床に胡座をかいているゼロは筋肉の怪物だった。着ているシャツはパンパンに身体に張り付き、漫画のようだ。
「お、オデハ、ゼロだ。よく来タな。歓迎スル」
ゼロは辿々しくこたえた。普通の人間の何倍も厚みの身体なのに、子供のような瞳をしている。調子が狂うな。
「お世話になります」
「う、ウム。今後トモ、ヨロシク」
これで挨拶は終わりらしい。キムに促されて部屋を出た。
「……」
「みんな最初はそんな顔をする。しかしゼロがいるからここはなんとかなっているんだ」
「あれは何だ?」
「ゼロだ」
馬鹿らしい。聞くだけ無駄ってことか。
「食堂は地下だ。行けば何かしら食い物はある。味は保証せんがな。メシを食ったら適当に寝ろ。明日は襲撃の日だ」
「何が襲ってくるんだ?」
「敵だ」
ふざけやがって。
#
「起きるっすよ!今日は襲撃があるんで!!」
ハチロー?だったか。いかにもチンピラという男が起こしにきた。
「ほら、これを持つっす」
歪な形をした棍棒を渡されて、ハチローの後をついて行く。屋上に向かっているようだ。
「今日の襲撃、早く終わるといいっすねー」
「何が襲ってくるんだ?」
「うーん、見てもらった方が早いっす!」
こいつも、まともに答えない。
「おっ、もうみんな集まってるっすねー」
屋上には20人程のヤクザ者がいた。島流しにされるような奴等だ。どいつもこいつも凶悪な面構えをしている。
様子を見る限り、襲ってくる何かをここで撃退するらしい。手頃な石が用意されているから、投石するのだろう。
しかし、一体何がやってくるのか。気になって屋上の端から地面を見下ろすと──。
ビュン
物凄い勢いで何かが飛来し、頬を掠めた。慌てて顔を引っ込める。
「よし、来たぞー!!」
「野郎ども、かかれっ!!」
「うおおおおおお!!」
屋上に怒号が巻き起こり、ヤクザ者達が一斉に投石を始めた。急な展開に呆気に取られる。
「ほらっ、ヤスさんも投げるっすよ!」
ハチローに促されて地上の敵──デカイ猿のバケモノ──に向かって石を投げつける。
敵は見える範囲だけでも30体以上。投石を掻い潜った奴が壁に張り付き、屋上に向かってきた。
「おりゃぁぁああ!」
ハチローの落とした岩がバケモノの頭にあたり、そのまま落下する。しかし、壁に張り付いているのは一体だけではない。何体ものバケモノが物凄い速度で屋上に登って──。
「死ね!」
漆黒の棍棒が屋上に飛び込んできたバケモノの頭を吹き飛ばした。キムだ。
「新入り!ボサっとすんな!」
周囲を見渡すともう何体ものバケモノが屋上に入り込んでいる。その内の一体と目が合う。
「エンコ詰メンカイィィイイイ」
しゃ、喋りやがった!
「オドリャ、エンコ詰メンカイイイイ!!」
「うるせえぇ!」
棍棒で殴りかかるが──コイツ疾い!
「エンコォォオオオ」
「くたばれ!!」
棍棒を振るっても振るってもバケモノには当たらない。呼吸が乱れ肺が悲鳴を上げる。
「新入り、後ろ!」
えっ。
「エンコ、トッタァァアア!!」
バケモノがそばを通り過ぎた途端、左手に激痛が走った。見ると指が1本なくなり、血が。
「クソッ!」
「キキキ、エンコ詰メ」
「エンコ詰メンカイイイイ」
「エンコエンコエンコ」
不味い!完全に囲まれた!誰か──。
ォォォオオオオオオォォォォ!!
屋上の中央から発せられた声に大気が震え、全ての視線を集めた。見るとゼロが両腕を天に突き出している。その手には指が一本もない。根本から綺麗に。
「「「……」」」
ゼロの咆哮に、猿のバケモノ達は沈黙した。圧倒的な強者の登場に身体を震わせ始める。
「今だ!やれ!!」
そこからは一方的だった。スキを見せた猿どもにこれでもかと棍棒を叩き込み、頭を潰した。
周囲を見渡すと、他の奴等もケリが付いたようで静まっている。
屋上は血の海で酷い有様だったが、へばって座り込んだ。ズボンの汚れなんて気にしてられない。
「ヤスさん、大丈夫すか?」
ハチローは返り血に染まっている。
「ああ、なんとかな。もう襲撃は終わりか?」
「今日はもうお終いっす。奴等引き上げていきましたよ」
痛っ。気を抜いた途端、左手が痛み始めた。慌てて押さえ、止血する。
「あー、やられちゃいましたか。これで自分と同じエイトっすね」
「……そういうことか」
「そういうことっす!」
ハチローはどこか嬉しそうだ。人の指が減ったというのに。
「次の襲撃はいつだ?」
「いつも通りだと一週間後っすね。エンコモンキーが来るのは」
「猿の他にもいるのか?」
「明日はエンコバード、明後日はエンコリザードが。明々後日は──」
「もういい」
身体の力が更に抜ける。
「さっ、一息ついたらヤスさんも手伝ってくださいよ!今から死体を解体して肉にするっす」
「まさかコイツらを食うのか?」
「ははは!ヤスさんも昨日食べてたじゃないすか」
「……」
はぁ。とんでもないところに流されちまったな。ここは指も希望もない島だ。
「ヤスさん、手伝って」
「分かったよ」
俺は立ち上がり、仕方なく猿の解体を始めるのだった。