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馳せる空に、死体は浮かぶ  作者: 式ノ二嬢
探偵の末
8/29

嫌いを自覚する日

 周囲の喧騒。

 日常における、続く言葉。

 同じ意味、同じ言葉。繰り返される、”同じ事”。


 偉く在る事。ただそれだけの意味に、深い言葉なんて無い。



 だから、探偵がうらやましく思えた。

 実に楽しそうに違う事を毎日こなし、それでいて感謝される彼女がうらやましくて、妬んで。変わりある日常を歩む彼女に憧れて。……そして、嫌いになった。


 そんな軽い言葉よりも、探偵の言葉の方が重く在る。


 ”面白く在るべきだ”

 それが憧れで、羨ましくて。俺にはとても手の届かない。

 それを目指してみたいと思ってしまった。


 俺の取り柄は、真面目である事だった。







 その日、俺は喫茶店で待ち人を待っていた。

 読みかけの小説に栞を挟み、目を細めて考察に励む。登場人物の心理を理解し、かみ砕き。その人物がどのような半生を続けながら言葉を吐いたのかを吟味し、結論を述べる。

 人間らしさの欠片も無いと、結論付けて駄作を仕舞った。


「人間性の欠片も無い。小学生でもわかる事を理解していない」


 総合評価をまとめ上げると、その人物は席に座っていた。


「何の話?」

「規格外の駄作の話だ。この前、面白いからと担任から勧められた。時代背景と登場人物の思考が曖昧だ。ドタバタ喜劇のユーモラスさがウケたようだがな」


 書籍に栞を挟み、俺はため息交じりに目の前の人物と語り合う。

 彼女の名前は天城あまじょうきり。俺の友人であり、知人であり、幼馴染であり。最も苦手な人種の一人だ。

 自己中心的に活動を楽しむ彼女は、様々な功績と悪行を我が中学に置き去り、今でもその伝統は受け継がれているらしい。

 俺は、詳細を知らないが。もう一人の問題児である井辻と共に、様々な出来事の主犯となった事は知っている。


「へえ、私も見たいな」

「冗談じゃない。他人に、こんなものを進められるか」


 駄作を指で叩きながら、俺はコーヒーを啜った。

 我が先輩からの給与の一端は、こうした活動に消費される。

 曰く、問題児からの相談ごとにおいて、この喫茶店の角であるこの場所は知り合いに出会う心配も少ないお気に入りのスポットだ。

 ヘンな噂が立つ事なく、誰かに知られることも無い。


 同じくコーヒーをかき混ぜながら彼女は話を続ける。


「じゃあ君だったら何を奨める?」

「……誰にだ?」


 自身を指さす彼女。


「私に」

「悪魔に勧める書籍などない」

「実にひどい事を言うな、君は」


 探偵に似た話し方をする少女は、そう答えた。


「で、こんな所に呼び出して何の用だ?又、水族館にでもついてこいと?いい加減にしてくれ、俺にはそういう趣味は無い」


 天城あまじょうきりはアクアリウムをこよなく愛する。

 そして、それと同様に友人の一人を気に入っている。


「でも、君も井辻君も水族館好きだよね」


 井辻と呼ばれる男は、俺の親友でありもう一人の幼馴染だ。

 短絡的な言動が目立つが、その癖文才の才能があり長文をこよなく愛する小説家。

 その面において本人は自虐的だが、多少のコンクールで結果を残した程度には認められている。

 その親友は目の前の少女を愛しており、彼女に認められる作品を作り続けている。


 彼女はその努力を知りながら、それでも答えを出していない。


 フラれた。と自信過剰に言及している彼だが、その実その成果を彼女自身の口からきいた事は無い。

 面白くないという評価は、彼自身を指している訳ではない。


「好きで付き合っているんじゃない。首輪を付けられて仕方がなくだ。アクアリウム中毒には理解できないがな」


 互に素直でない隣人同士のそんな事情に、友人である俺は飽き飽きとしている訳だ。


「まるで飼い猫みたいだ」

「おい、飼い主の自覚が無いのか?噛むぞ?」


 窮鼠猫を嚙むと昔から言う。


「私は、猫じゃないんだけどな」


 素直になれない彼女は、そう答える。




 アイスコーヒーの氷が溶け、カランという子気味良い音が鳴る。

 空調に寒気を覚えながら、BGMを片耳で流す。


 本題に入ったのは、そんな時だった。


「__君さ、隣の探偵社に入り浸っているって聞いているんだけど」

「その言い方は不適切だ。雑用係としてこき使われていると訂正しろ。俺はあの探偵の使いパシりだ。何か面白い事を考えているんなら、俺じゃなく”先輩”に直接話せ」

「先輩?」

「お前も行く高校の先輩だ。普段は親がやっているが、今は生憎席を外していてな。代わりに探偵業をしている。動物探しが得意だから、お前の所の猫が逃げた話ならすぐに掛け合ってくれるだろうさ」


 彼女の愛するペットの与太話でも始まるのかと、俺はそんな話題を繰り出した。


「どうして分かったんだ?」

「__本当だったのかよ」


 しかし、それは。彼女の本題に関わる話だった。


「ああ、つい先日からいなくなってね。昨日から探しているのだが、どうにも見つからない。だから、君の伝手で頼もうとしたんだ」

「……確か、名前は」

「ゴマ麦茶」

「ああ、茶色の毛並みのアイツだな」


 ゴマ麦茶。……だったか。

 玄関先で同じように丸まっているのを見る程度には、彼女と猫の間柄は良好だ。その上、確かかの猫は外に出る事をあまり好まない。連日の猛暑で、外に出る機会もそうそうないだろう。その時の状況を聞く限りでは判別が出来ないが、少なくとも率先していなくなったという可能性は低い。


「ゴマ麦茶は君のように頑丈じゃない。だから、早く見つけなければ飢えてしまう。早々に探したいのだが、その先輩というのは、本当に信用が出来るのか?」

「少なくとも、探し物を探すのは得意だな」

「猫は大丈夫か?」

「多分、大丈夫だ。井辻には言ったのか?」

「__なぜ、井辻君の名前が出る」

「何故ってお前。アイツはお前の大切な猫なら喜んで探すだろうよ」


 鈍感、という訳でもないのか。


 ……しかし、何処か。

 飼い猫が居なくなり、その猫を探してほしいという話は分かる。彼女とあの猫は一心同体というほど仲がよかった。いなくなった存在に対して、過保護気味になるのは分かる。

 __何故、探偵を理由にする?

 まず初めに、親しい誰かに頼るのが普通だ。

 天城あまじょうきりなら、まずは井辻と俺を呼び出し捜索を手伝わせるだろう。俺一人をこんな喫茶店に呼び出し、探偵とかかわりが深いからという理由で俺だけを呼ぶのは此奴らしくない。

 猫は逃走をしたのか居なくなったのかはどうだっていい。探偵という学生的に金銭だけの関係よりも、彼女は身内の信頼を優先する。


「……杞憂か」

「__何が?」

「恋する乙女は、謎が多いんじゃないのか?」


 そんな一言を思い出し、俺はそう結論づける事にした。


「そんなこと、私が言う訳ない」

「少なくとも、去年のお前は言っている」


 覚えているとは思っていないが。


「任せろ、少なくとも探偵かのじょは無能じゃない。お前の様に趣味人だが、先輩は確かに探偵だ」

「__珍しいね」

「何が?」

「君がそんなにも、他人を信用してるとは思わなかった」


 それは、心外の一言だった。


「俺をAIとでも勘違いしているのか?」

「そんな訳ないだろ?君は、大切な友人だよ」


 照れくささを浮かべる事無く、彼女はそう言い切る。

 杞憂であると結論を付け、目の前のコーヒーを啜りながら目の前の彼女を改めて眺める。

 その様子を、感情を。

 

「……お前も、楽しそうで何よりだな?」

「何が?」

「大切なペットが行方不明だというのに、のほほんとしているって言ってるんだよ」

「焦っては大切な何かを見過ごすかもしれないからね。それに、信頼は確かにあるさ」

「その信頼は、ペットの話か?」

「君が信じる”誰か”の話」


 その誰かに信頼は無い。

 無頓着で、己が面白いと思う事が最大限の対象で。

 真面目にそつなくこなす様子は一切なく、興味以外の対象にはその能力は発揮されない。


 だが、しかし。


 それが興味の対象となった場合、凡人とはかけ離れた推論と考察に行きつく事がある。その可能性の糸を信じるには、多少なりとも根性がいる。

 その上で、それを信頼というのなら。__認めん訳でもない。


 俺は、探偵を信じている。


「……コーヒーが好きだ。苦みだけが分かるんだ。私が、これを嫌いだって事だけを認識できる」

「味音痴にでもなったか? お前は甘いものが好きだろ?」

「ねえ、治君。もし」


 そして彼女は、その話を口にした。


「もし、私が。感情を失っている人形だと言ったら、君は信じる?」

「……意味か分からない」


 唐突に振られた例え話の意味を、俺は理解する事が出来なかった。


「そのままの意味だよ。私に感情は無くて、この会話が天城あまじょうきりを模した私の狂言で動いているとして。君はソレを信じれるか?……って話」


 それが本当にそう意味を持っているとは思えず。

 もしも。

 もしかしたら。

 そんな可能性の話である事が前提の、仮説的な話だと思っていた。


「……感情が定義されていない今、おまえをロボットだと認識する事は出来ない。お前の脳みそを覗いている訳じゃないからな。お前がお前である事を俺は認識できない」

「君は真面目に答えてくれるんだね」

「お前の中の森治も、そんな事を言うだろう?」


 其処に真面目な森治の言葉は無く、ただ、当たり前の常識として俺は答えた。


「うん、そうだね。君はそんな人だ」


 その言葉に対してそう答えた天城あまじょうきりに、俺は言葉を続ける事が出来ない


「信じるか信じないかはともかく、君の目の前にいる天城あまじょうきりが変っていない事は確かだ」


 変わっている。

 目の前の天城は、俺の知っている天城を模しているだけだと言っている。


 天城が、そんな話を振る訳がない。


 例え話の前提の、こんな話をする訳がない。



「治君。どうか私を、私である事を証明し続けてくれ」


 コーヒーの苦みだけが、舌を占領した。

 それ以外の味が消え去り、頭の中で思考が巡る。


 馬鹿な考えだ。

 感情が無い人間が、こんなにも言葉を続けれる訳がない。こんなにも自然に笑顔を向ける事は出来ない筈だ。

 しかし、目の前の人間はそれを可能にしているとしたら?

 天城あまじょうきりという人間は、自身の過去だけを真似て、自分がするであろうという言葉を選びながら、人間として続ける事が出来るか?



 俺の答えは、”イエス”だった。





「私が、自殺をする前に。君だけが、頼りなんだから」



 それが、嘘だという確証はない。



 

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