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馳せる空に、死体は浮かぶ  作者: 式ノ二嬢
アクアリウムの証明
6/29

感情はどうあるべきか

 君の今は充実しているか。


 今。君の空は仰ぐほど、眩しい天候だろうか。

 今。名を続けている君は、自分を認められるか。


 華やかであれ。

 自信過剰であれ。

 __目標であれ。

 その確かな”証”を常に忘れずに、君は歩く事が仕事だ。


 君は、今なお続いている。

 君は、確かに輝いている。


 晴れやかに天を仰ぐ。故に、晴天であれ。


 __だから。

 君が、最後の晴天なんだ。




 惰眠から抜け出すように、目は覚める。

 僕は多少大きなあくびをして、支度を始めた。



 時刻は、午後四時を指している。

 世界は、まだ終わらない。

 終わらせる訳にはいかない。






 残暑が残る街中を、気だるげに苛まれながら歩いている。

 退屈で変わり映えの無い街中は、陽気な人々で溢れている。その光景を彩るように騒ぎ立てる蝉たちの嬌声が夏を忘れさせる事は無い。

 見慣れた交差点を曲がろうとすると、待ち合わせでもないというのに知人の姿を見つけた。  

 僕は少し悪戯を考え、あまり面白くないと結論付けて片手を上げる。


 森治もりおさむ

 

 どうやら惰眠を貪っていたのは僕だけの様で、真面目な彼はその後も仕事をこなしていたようだった。

 今も何か端末での作業に夢中な彼に、僕は肩を叩いて存在を示す。


「よ、治。元気?」


 野菜の段ボールを積み込んだ八百屋の影で、治は不機嫌な顔を此方に向けた。対して無邪気な顔を晒すと、彼は嘆息をついて諦める。


「ああ。誰かさんのお陰でな」


 嫌味を垂れながら、彼は交差点を横切る。

 集合場所は、この街の外れにある一つの厚生会館だった。この街で趣のある建物の一つで、その建物の老朽化などで移転が決まったその場所は、古くから地域の交流イベントなどを支えた実績のある場所だ。

 元々水害の多かったこの街の為に、その建物はダムとして建築されたわけだが、新しい水源が確保されダムとしての機能を失われながらも。

 数十年の時を経て、今なお地域になじみある厚生会館として生き続けている。

 建物自体が古いため、場所を借りる際の賃金も他と比べてお得であるけど、わざわざ場所を取る理由は理解できない。

 それこそ、彼ら演劇部は体育館を貸し切り練習に励むほど、文科系部活の先陣を切っているような実績と歴史がある部活だ。その部活が、島流しを食らう理由が分からない。


「なんでわざわざ厚生会館__?」


 殆どの部員がその場所に近くに住んではいるが、僕ら二人はその限りではない。街の中心に居を構える僕らは足腰を鍛えながら怠さに汗を流すのだ。


「夏休み期間は、六時までしか体育館が使えない。大抵の連中が近いし、文化部が使える体育館は各クラスの文化祭の準備や運動部の方が優先順位が高い。で、教育上の理由があれば割引してくれる施設が目の前にある。それに__だ」


 演劇部員の交通に対する利便性。時間の猶予の関係。文化祭準備における場所の確保。そして、一番の目玉と思われる金銭的問題などが重なり、という事か。

 まあ、事情は理解した。それに、その厚生会館は演劇部が夏合宿の際借りる事がある程親密であるらしく、様々なサポートが期待できるらしい。

 そのサポートに交通の便は無いけれど、僕は黙って飲み込む。


「多少騒いでも、教頭が来ないのはありがたい」

「__管理者たちからの苦情はありそうだけど」

「辺鄙な場所で苦情も何もあるか。それに、何時もの事だと流されるさ」


 __まあ、去年の灼熱体育館よりは、空調が利いている室内の方がいいか。


「舞台用具の制作は?」

「浅鷺部長を中心とした連中が学校で行う。演出当はこちらで決めるが、おまえも意見を出せよ」

「つまり僕は、舞台チームと演劇チーム両方に顔を出さなきゃいけないんだ」


 聞けば聞くほど忙しい。


「それは俺もだ。だいたい、もう少し余裕を持ってやるつもりだったんだがな」

「悪かったね。ってか、それは六月に予定があるのも悪いでしょ」

「お前の原稿を、三日も待ってやったのは誰だ?」


 それは無論。


「__頭が上がらないよ」


 目の前の友人である訳だ。



 厚生会館五続く行動は車の通りが激しく、脇道として長く続く階段が見える。

 元々ダムとして建設された関係上、その道筋は不便である。そう言った要因も、この場所以外の移転に繋がる要因となった。街中であれば多数の市民に愛用しやすいが、此処は山中に一歩足を踏み込んだような森の端だ。

 だからこそ、自転車等が有効である訳だが。

 なだらかに続く上り坂を漕ぎ進めるのが億劫であり、そして何より重要物品であるママチャリは姉が使用中であり。以下の条件が重なり、僕は徒歩を余儀なくとされた。

 永遠と続くような上り坂を登り切り、眼下の街を一望した後、僕はその建物へ踏み入れる。


 元々防水上の関係で重厚な扉だった入り口は、施設の換装により自動ドアへと変わり、涼しい風が僕らを向かい入れる。

 手前には受付があり、その奥にエントランスが続いていた。

 そして、供えられていた趣のある階段を上った先に、その会議室はある。


 第三会議室と銘打たれたその会議室には、既に十数名の部員がそろっていた。見覚えのある二学年生は相変わらず冗談を飛ばし、新しく入ったのであろう一学年生は珍しそうにこちらを見る。

 パイプ椅子等をともかくとして目に付くのは、その一室を占めるダンボールの量。どんな荷物を運んできたのかと思ったが、如何やら違うらしい。

 ガムテープに厳重に保管されているそれは、この公民館の備品のようだった。

 室内に施された空調が、窓辺の無いこの場所を肌寒く変えた。


 その中でも仲が良い三人組は、僕らの登場と共に談笑を中断しこちらの方へと脚を進めた。


「仲良しこよしかよ、井辻」


 それはお前らにも言える事だ。


「悪いかよ、連れで。あ、沢。お前キャストか?」

「残念ながら、今回は裏方」

「吉岡は証明で、赤城は舞台道具補佐だろ? 部長は?」

「今来るってよ。気長に待てだと」


 気長に待てという言葉には、信用が微塵も無い。


 それから数分の時が過ぎ、約束の時間が近づくものの部長の姿は現れない。

 あと数分で遅刻という所で、そいつは現れた。

 

 一身に緑葉をまきつかせ、愛用の軍用ハットを頭に乗せ。浅鷺部長は堂々と室内に入る。ギリースーツと呼ばれるそれは、ジャングルなどで、スナイパーが着用する艤装用の衣服なのだが、彼は何を考えているのか一般的な公共の建物で着衣し登場した。

 いわゆる不審者。愚か者。

 浅鷺部長の趣味を満喫しその帰りである為この格好であると本人は弁明していた。しかして部員の冷ややかというか、常識外れに呆れは変わりようがない。

 

 そんな変わり者に嘆息を吐き、まとめ役の治は手を叩く。


「これで全員揃ったか? では、これより会議を始めるが、その前に脚本家の紹介だ。二学年共は知っていると思うが、我が校唯一の小説家”晴天”渡部わたべ井辻いつじ。今回の作品の原作者であり、アドバイザーだ。__早速だが始めるぞ、まずは」


 今後の予定を含めた彼の説明は適切であり、ボードと用意した冊子を用いての期限説明は三十分で終わった。説明は異常と繰り上げ、自身のカバンから冊子を取り出し人数分配る。残った一冊の冊子は、如何やらサボタージュした部員の分であるようだった。


「一年には説明したと思うが、我が演劇部はこの時期、晴天に新作の脚本を依頼している。今までの電灯では連作だったんだがな。こいつが断ち切ったせいで新しい連作を作る事になった」

「__今までのだとマンネリ化すると思ってね」

「御託はいいが、そういう事だ。脚本はすでに出来上がっており、部長は裏方に徹してもらう。キャストは俺と中村、漣、そして夏樹。それ以外は部長の指示に従え」


 呼ばれた顔ぶれは、見覚えが無い。

 新しく入った部員のようだが、何処か雰囲気が違う。

 横の腹を突き、耳元で部長様が自身の格好を自慢する。


「見ろよ? 井辻先生」

浅鷺あささぎぃ、イカしているな。そのギリースーツ何処で買っの?」


 真面目である治は、呆れながら言う。


変装愛好家へんたいども。口を慎め」

「コスプレイヤーといいたまえ、森君」

「演出、小道具・大道具責任担当として言いたい事があるそうだな? 浅鷺部長。話を進めてくれるか?」

「あ、そうそう、井辻先生。聞きたい事がテンコ盛りなんだ」


 副部長の言葉に部長様は話を切り替えた。


「その前に、君の作品について、少しばかり確認をしたいんだけど、いいかな?」

「ああ。構わないよ、浅鷺ぃ」

「アクアリウムの証明は、とある場所に迷い込んだ四人の人間の物語。四人はそれぞれ事情を携えており、目が覚めると水中の迷路のような場所で目が覚めた。周りには誰も居なく、彼らは独自に迷路を進む。その過程で人に出会い、互いを理解し、迷路から出る。そう言う話だね」

「その認識で間違いない。

これは感情を犠牲にした彼らが、どのように自身の問題を解決するか。そう言う話だ。喜怒哀楽を無くした人間が、どのように他人と向き合い、自身と向き合いどう解決していくか。それを題材としている」

「ああ、コンセプトは大体理解してる……で、だ」


 彼は言葉を途切れさせ、少し考えた様子を見せてから言う。


「君の作品。感情を無くした人間に、熱意があると思えないんだよ。俺は」

「どういう事?」

「例えば、君の主人公。

 喜ぶことを無くした人間は、喜ぶことに情熱を燃やせない。牧が無いからね、燃える訳がない。彼が燃えるとするなら他の感情だ。ここで重要なのは、出来なくなった人間はそれ以外に依存するんじゃないかな? って話。

 笑う事が出来なくなった人間は、その代償として他の感情を持つのでは?

 感情を一つ無くしただけでは、人は静かにならないんだよ」


 ああ。此奴も本当に異常なんだ。

 違う他人であり、僕が言う”天才”だと。


 僕は思い出すのだ。


「__浅鷺ぃ」


 ゆらゆらと近づいて、僕はその肩を掴む。

 驚く浅鷺に目を近づけ、僕は肩を揺らした。


「それを何で早く言わないんだ! 構成段階でそれを言ったらもっといい作品になっただろ!! お前は天才だな!」

「そんなに褒めるなよ、我が同士。今日初めて理解したのだからしょうがないだろぅ」

「お前はホント罪な男だ。思う存分撫でてやる」

「ごめんよ。後、激しい、激しいから!」


 ……なんて、そんな事は分かっている事だった。

 一つの感情を失った人間はこと切れたロボットになる訳ではない。それを補うように感情は補強される。そして依存する可能性を秘めている。

 しかしそれは可能性であり、大抵がそうであるとしても、そうでない人間が居ないとは限らない。


「まあ、それも考えたんだけど。人間それだけじゃないだろ?」

「それは知っている。単に、俺の好み」

「んじゃあ、おまえが書け」

「俺がこんな作品を書けるわけないだろ? お前じゃああるまいし」


 俺は、そう簡単に認めるお前が嫌いだ。


「おい、男子共イチャコラするな。見苦しいぞ」

「__何を以て見苦しいと言ってんだ。森君」


 これをイチャイチャと認定するのなら、俺はビッチ所の騒ぎではない。支離滅裂で限度をわきまえない発言とを久し振りに聞いた。

 _そういえば。サボタージュをした部員。

 この男と同様に、この部活動の問題児がもう一人居ない。


「__音響の飯田は?」

「アイツなら寝ているよ。まあ、サボタージュって奴だね」

「この冊子を渡しておけ。それと、脱走兵は銃殺だ」

「了解、強制処刑だね」


 ウキウキとした様子で、部屋から出る浅鷺部長。

 その後ろ姿を目で追いながら、ふとした疑問を投げかける。


「__アイツなんで生き生きとしているんだ?」

「強制処刑という名の大義名分を手に入れたからだろ。アイツ、今日飯田と泊まり込みだと言ってたからら、その足で泊まり込みだ」

「__ああ、そういう」


 特に投げかける言葉も無かったので、配られた冊子を眺める。


「飯田を待っていたら日が暮れるよ?」

「それに今日は間に合わんな。井辻、浅鷺に連絡しておけ。冊子だけ渡して諸注意で済ませろよって」

「__さすがに破廉恥な事にはならないだろ?」

「あいつらは夏休みのお約束を破る可能性があるからな」


 お約束?


「お約束ってなんだよ」

「知っているか?泊まり込みは禁止されているんだ。部活等の理由無くしてはな。それが異性であっても同性であってもだ。アイツの親はそういうのに五月蠅いだろ?まあ、説明済みだがな」

「ああ、了解。部活動を理由に、節度にって話ね」


 浅鷺の家は公務員の家系であり、そういった泊まり込みの話に五月蠅い。

 だが節度と規則に従順な人間は印象が良く、我が副部長に対しては全幅の信頼を置いている。その為、他人の家に泊まる際などに、部活動などの理由があれば、許可が出る可能性が高い。

 それを理由として使うのなら、理由付けに相互性が必要と意味だろう。残り数週間の期限に、音響と舞台演出家が会合をするのは珍しくないと。そう言う理由を付けるようだ。


 彼らは勘違いしているようだが、治は公務員ではない。

 範疇と節度をわきまえて、羽を伸ばす程度は黙認する。


 演劇部の理性という手綱は、森治という男が握っている訳だ。



 僕はそんな彼に、憧れを抱いている。








 熱が途切れないある日の夏。

 こうして、僕らの劇は始まる。


 それがどのような結末になるか。どう終わるのか知る由も無いが。



 それでもこれは、喜劇であるだろう。 




 人が笑う。

 それだけで、きっと喜劇であるはずだ。

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