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男女逆転世界でキャンプをしよう!  作者: くもくも
1章 男女逆転世界のキャンパーさん
8/24

6話 転校生はキャンパーさん

 日が落ちる一時間ほど前には焚き火を始める。動画配信者たちの影響か、火打石みたいなもので火を付けるキャンパーも多いが、僕はマッチを使うのが好きだ。


 前世から二十年くらい経過しているわけだが、キャンプ道具は一向に進歩していない。

 見慣れない道具は増えたけれど、だいたい昔と同じようなものばかりだ。


 残念な気もするが、変えないことの魅力もよくわかる。

 マッチを擦る音、独特な匂い。


 素人は知らない人も多いだろうが、焚き火はそのまま地面でやれば、芝生などの地面を痛めるので、地面には耐火耐熱のシートを敷き、さらにその上に焚き火台というものを置いて薪を燃やす。

 お気に入りの台の上で、少しずつ火を大きくしていき、夜の闇と寒さに備えていく。


 実のところ、焚き火の炎で調理を行うのは、火力調整が難しいのだが、いろいろとコツがあって、慣れればなんとかなるし、多少失敗するくらいが楽しいところでもある。


 みんなとの生活で、最近ではすっかり塩分控えめの上品な味の食事に慣れてしまった。

 しかし、たまには体に悪そうな、濃いめの味付けで夕飯を作りたいとも思ってしまう。

 ソロキャンプはそういう、自分が普段隠している願望を解放するにもぴったりの環境だ。


 焼く前の肉に下味をつけておく。まず一回軽く塩胡椒を振って、さあ濃いめにもう一回、と思ったところで手が止まる。

 見た目によらず、最近はどんどん料理上手になってきた我が家のギャルの、黙っていれば美しい顔が頭をよぎっていた。

 

 ……まあ、このくらいの味付けで充分だ、うん。薄味の方が肉の味も楽しめるしな。


 今や僕の舌まで変えつつある、葵との高校生活の始まりについて、次に話そう。



◇◇◇◇◇



 転校初日の通学は、葵と一緒に登校することになった。

 一学年下の雫は、僕より少し早く転校を済ませていて、すでに部活まで始めており、今日は朝練があるとかで、だいぶ早くに家を出ている。


 「じゃあ亮一、そろそろ出よっか。」

 髪形がどうとかで、散々僕を待たせておきながら、いけしゃあしゃあと葵は言った。

 まだ遅刻するような時間ではないけど、寝癖がついていようとお前は充分かわいいだろ。


 ちなみに僕は、雫と同じくらいの時間には起きて、身だしなみは整えておいた。前世ではおざなりにしていた部分だが、この世界ではきちんと身綺麗にして、モテ男を目指しておきたい。

 葵も髪の毛ボサボサの僕と通学するんじゃ、恥ずかしいだろうしな。


 葵はギャルらしく、見ているだけでムラムラするくらい制服がよく似合っているが、僕の方の制服姿はなんともイマイチ。

 自分が若者用の服を着るっていうことがそもそも、感覚的に違和感がある。


 「葵、良かったらこれ、お弁当。自分の分作ったからついでだけど」

 そう言って葵に小包を渡す。僕の特製弁当だ。


 先日100円ショップに行った際、人気で売り切れ続出の、お弁当箱としても使えるキャンプ用の小型飯ごうが店頭に残っており、思わず2つも買ってしまったのだ。100円ショップの商品のくせに一つ500円。二つで計1000円なり。


 無駄遣いの罪悪感を減らすため、こうして二人分のお弁当箱として使ってみたわけだ。

 ちなみに雫や他の姉妹には今のところナイショである。


 「お弁当? マジで? やばーい、結構嬉しいんだけど。友達に自慢してやろ」

 すっかすかのバックにお弁当を詰めながら、葵が言う。

 喜んでもらえるのはありがたいけど、ちゃんと教科書とか入ってるのかそれ。


 ちなみにこの年代の女子で、同級生男子の手作り弁当がもらえるなんて、とんでもない勝ち組の証である。

 ちょっと非現実的な感じの少女漫画くらいでしか、あり得ないシチュエーションだ。


 初恋の相手であるピチピチギャルの葵は、なんとしても僕が嫁にもらう。そのため日々こうやってポイント稼ぎを繰り返しているわけだ。

 あわよくば、制服姿の高校生のうちにあれやこれやと。あわよくば。


 新しい高校は、家から徒歩で20分くらいしか離れていない。葵は普段自転車通学しているらしいが、僕が道を覚えるまでは、僕にあわせて歩いてくれるらしい。

 優しさ全開のギャルだね。


 ちなみに同級生男子と登下校というシチュエーションも、今の世間的にはそれなりに貴重なものであろう。


 さすがに今後も毎日一緒に通学とはいかないだろうから、密かに僕はバイク免許の取得も考えている。バイクで通学する男子の姿。間違いなくモテる。

 バイクがあれば、ツーリングキャンプもできるかもしれないしな。


 遥のときと違い、さすがに手を繋いでお散歩気分とはいかないが、かわいい女子と並んで登校はテンションが上がる。

 前世でもこんな青春が欲しかったな……。


 「今日からしばらくは一応、帰りも用事入れないで待っててあげるから。道覚えるまではしょうがないしね」

 軽そうなバックを振りながら葵が言う。かわいい仕草だけど、お弁当くずれちゃうよ……。


 「ご迷惑おかけします。自慢じゃないけど、道を覚えるのは結構苦手なんだ。そうでなくても、一緒に登下校できるなら、しばらくは覚えてないフリしちゃいそうだけどね」

 あざとくて何が悪いの? これが今世で僕が選んだ処世術である。

 葵は明らかに照れた表情でバックをブンブン振り回している。


 「そ、そう言えば亮一も、雫ちゃんみたいに部活なんかやるつもりあるの?」

 「部活は一切やりません。運動苦手だし。でもそのうちバイト始めようとは思ってるよ。キャンプ道具とか買いたいしね」

 実際、ちょっと贅沢するためのお金は稼いでおきたいところだ。

 雫の進学を考えれば貯金はいくらあっても損はないし、生活費を里美さんに渡す金額も、今はかなり温情をかけてもらっているので、早いうちにきちんとした額で渡したいと思っている。


 ちなみにこの世界で男のアルバイトは、結構いろんな業界で引っ張りだこだ。人数が少ない上に、働こうとするやつはさらに少ないのだから。


 「ふーん。危ないことはやめときなね。遥ねえも心配するだろうし。あ、そう言えばこないだから、遥ねえとあんた妙に仲良いでしょ。雫っちがプンプンしてたよ」

 ギャルの話題はコロコロ変わる。話していて楽しめるね。


 とりとめもなく会話しているうちに、高校にはすぐに着いてしまった。

 都会的でもなく、ど田舎というわけでもない。バリバリの進学校でもなければ、お馬鹿が集まるヤンキーだらけの学校でもない。

 ザ、普通。見た目もごく普通。普通県立普通高校。


 「葵と話してたらもう着いちゃったか。ちょっと寂しいけど、また帰りに会えるし我慢しとくね」

 別れ際に好き好きアピール。我ながら恐ろしいほどのあざとさだ。


 「わ、わかったからあ! 亮一、クラスの子たちにそういうの絶対言っちゃだめだからね! 彼氏いない子なんて、そういう一言だけで舞い上がっちゃうからさあ!」

 お前も彼氏おらんだろうが。

 暖かい目で葵を見送り、こちらは職員室へ向かう。初日は先生に連れられて自己紹介からね。よくあるよくある。



 

 ときは過ぎて昼休み。その間これといったイベントなし。


 休み時間なんかは、女の子たちはこちらをみて何やら話しているし、たくさん話しかけられもする。

 他のクラスの子からも、珍しい男の転校生ということで廊下からワイワイ見られているが、今のところ特にピンとくる相手はいない。

 かわいさだけなら、我が家の三姉妹にかなう相手もそういないからなあ。


 で、昼休みと言えばお弁当タイム。

 クラスには僕の他に2人の男子がいるので、ぜひ仲間に入れてもらおうと思っていたが、各々取り巻きらしき女の子に囲まれてしまっている。


 かくいう僕も、結局何人かの女の子と机を並べている状態だ。

 わあきゃあとあれこれ質問され続け、食べる前から気分としてはお腹いっぱいだ。

 正直、嬉しいというよりつらい。


 しばらくすればみんな僕への興味なんて失うだろうが、何か対策が欲しいところだ。


 昼休みは図書室に行って、キャンプ絡みの本か雑誌を借りるつもりだったのだが、さすがにこの時代の高校生のガツガツ感を甘く見すぎたか。

 今世ではモテたいと思っていた、午前中までの自分の愚かさよ。何事もほどほどが一番というわけだ。


 愛想笑いと、ほどほどのご機嫌取りを周囲に繰り返しながら、本日のお弁当箱、小型アルミ飯ごうくん500円を取り出す。

 カパりと開けると、中身はぎっちぎちの炊き込みご飯だ。我ながら良く炊けている。

 弁当箱のような形だが、れっきとした飯ごうなので、ご飯を炊くのには最適である。これで作る炊き込みご飯は、炊飯器では絶対に越えられない味になるのだ。


 周りの女の子たちのリアクションは微妙だが、まあいいとして、箸を取り出していると、廊下から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 見ると、後ろのドアのところに立派なお胸のギャル、葵が顔を真っ赤にして、僕と同じお弁当箱をこちらに突き出している。

 周りではその友達?と思われる女の子たちが、僕と葵を交互に見ながらニヤニヤ笑っている。

 ……なんだこれ?


 「亮一! これ、あんたが作ったって言っても、みんなが信じてくれないんだけど! 嬉しいし、美味しかったけど、女子高生のお弁当の中身が茶色一色、米オンリーはやばいでしょ! おばあちゃんが作ったのかー、なんてバカにされてんだけど! あたしたちのばーちゃん、何年か前に死んじゃってるから!」

 そうだね、僕もお葬式行きましたよ。


 「葵のお友達のみなさん、からかわないでやってよ。これは確かに僕が作りました。ほら、全くおんなじでしょ。この弁当箱はメスティンというキャンプに使う飯ごうで……」

 僕がそう説明していると、葵の周りの女の子たちは、お揃いのお弁当箱じゃん、葵やるねー、なんてきゃあきゃあさらに騒ぎ出してしまった。

 群れた女子が話を聞かないところは、この時代でも変わらんな。


 僕は立ち上がり、自分の弁当箱の中身を葵の後ろで騒ぐみなさんに見せつけた。

 まったく。由々しきことよ。我はこのキャンプ道具の名誉を回復させてやらねばならぬ。


 「まあ見ろ、この米粒の艶を。アルミはお米を炊くには最高の素材で、炊き込みご飯一つとっても、クオリティに段違いの差が生まれるんだ。しかもこのメスティンなら、固形燃料一つあれば、放っておくだけでも……」

 「亮一ストップ! わかったから! 美味しかったのはわかってるから! 今そこじゃないでしょ!」


 焦った顔の葵を見て、状況は理解した。いかんな、キャンプの絡む話になると、ついつい我を忘れてしまう。


 つまりこれは、葵の友人たちによる罠だったわけだ。大方、葵は食事のとき、友人たちにそれはもう自慢しまくったのだろう。

 自分は同い年の男子と同居している。今日は一緒に通学したし、お弁当まで作ってもらったのだ、という感じで。


 確かに非現実的とすら思える話だし、見た目はおばあちゃん的な弁当だが、葵の友人たちも実際にはすぐ気づいたはずだ。

 この程よいおこげ、米の一粒一粒の力強さ。まさにベテランキャンパーが作った弁当だ、と。これは間違いない。


 そして葵の「いい相手」を一目みて、からかってやろうと思い、葵を煽ってここまで連れて来させたというわけだな、うん。


 瞬時にここまでの考えを巡らし、同時に、良いことを思いついてしまった。


 ①今後もこんな騒がしい環境で女の子に囲まれていたらやっていけない。

 ②僕は今、明らかに葵の「いい相手」だと近くにいるみなさんには思われたはず。

 ③葵は校内でもトップクラスと思われる美少女。


 僕はすぐに行動に移した。ツカツカと葵に近づき、ふんわりした綺麗な茶髪を撫でてやる。とても優しげな微笑みも忘れずに。


 周りから黄色い歓声があがり、このクラス中までザワザワする。

 「まあでも、葵をお昼休みにも見れて嬉しいよ。そうだ、今日の帰りはどこか少し寄って帰らない? 最近暖かくなってきたし、アイス食べに行くのなんてどうかな。目立たせちゃったお詫びに何か奢るよ」

 爽やかスマイルで思いっきりボディタッチ。

 

 強烈な彼氏ムーブメントである。もはや誰が見ても僕と葵はそういう関係だと思うだろう。


 そしてこれで、葵より見た目やらに自信がないであろう大多数の女の子たちは、僕を狙うのが精神的に難しくなるはずだ。

 明日からの僕の平和のために。葵、すまないが犠牲になっておくれ……アイスなら本当におごるから……。


 葵は来たときよりも顔をさらに真っ赤にして、僕を指差しプルプルしながら離れていく。

 「あんた、ほんっとにやばいってこれは! か、帰りお説教するからね! 絶対高いもの奢らせてやるから! 約束だかんね!」


 が、内面良い子の葵ちゃん、きっと遠慮して安いものしか奢らせようとはしないでしょう。想像するだけでかわいすぎて鼻血でそうだわ。


 葵が逃げ出すと、葵の友人たちも、ごちそうさまー、おじゃましてごめんねー、と葵を追いかけて去って行った。

 僕の周りの女の子たちも、なんとも言いがたい表情でこっちを見ている。

 

 ……作戦は成功! ヨシ!



 ちなみに帰り道で葵は、僕にお説教どころか、想像通り安いアイスを奢らせたうえ、あれこれと僕を引っ張ってお店に立ちよったり、家の近くの公園にまで寄って、たっぷりと放課後デートを堪能してくれたようだ。


 うむ、怒っていないようであれば、それが何より。 

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