4-2話 ギャルな次女とキャンパーさん
家の扉を通るとき、あざとく「ただいま」と言うべきか、大人っぽく「お世話になります」と言うべきか、と打算的な考えが頭をよぎったが、結局は無難に
「お邪魔します。」
と言っておいた。
里美さんがすぐに、
「ただいまでいいんだよう。」
と重ねてくれる。
これです。このやりとりを期待しておりました。
照れたように笑ってみせて、遥に続き奥の部屋へ進む。
「おーっす亮一。久しぶりじゃーん」
テーブルから、ふわふわで明るく染めたロングヘアのギャルが、肘をついたまま手を振っている。
「葵、久しぶりだね。今日からお世話になります。それから、前に会ったときのことなんだけど……」
いいかけた僕を左手を振って止めると、次女の葵はこっちに顔を向けず、なんでもないことみたいに、
「窓開けてたから、もう外で話してたの聞こえてたし。あたしなんとも思ってないから」
と言ってくれた。
そっぽを向いた横顔でわかる。これは照れ隠しだな。
前に会ったときよりも、見た目がぐっと大人っぽく色っぽくなりつつ、ギャル感が激しく高まっているが、こいつがいい奴なのは最初からわかっている。
姉妹の中で僕が一番仲がよかったのがこの葵だ。
葵は僕と同い年で、昔から、僕が男であることなんて、なんでもないことみたいに接してくれていた。
葵は僕にとっても、気兼ねなく一緒に過ごせる存在で、その整った顔立ち、そして中学に入るころにはすでに際立っていた胸のボリュームにより、実は僕の初恋の相手でもあった。
まずはこいつと、昔みたいに仲良く過ごせるようになっておきたい。
その考えが、瞬時に僕を、この時代での男の武器を使うように動かした。
そっぽを向いたままの葵の斜め横に近づき、葵が上げたままの手のひらを、まず片手で優しくつかみ、さらに両手で包みこむ。
これがこの時代の男が誇る殿下の宝刀、ボディタッチふんわりハンドシェイクである。
……雑誌にも本当にこの名前で記事が書いてあったのだ。
「葵、ありがとう。実は葵が口も聞いてくれないんじゃないかって、心配してたんだ」
思春期真っ盛りだった頃の僕は、相当にひどいやつだった自覚はある。
最近では、若い男はたいてい誰もが女性にうんざりするほど言い寄られていて、女性への扱いがずさんなのだ。
葵たちに対しても、触るなだとか、あれをやれこれをやれと、偉そうに振る舞っていた。
我ながらクズである。よりにもよってこんな美女たちに……。
徹底的に挽回が必要だ。
「またこうやって葵と仲良くできるチャンスができて嬉しいよ。葵に見直してもらえるように、これから頑張るから、僕のことをしっかり見てて欲しいな」
この間僕は、横目でこちらを見る葵の目をがっつりと見つめている。
第二の宝刀、あざとい目線合わせだ!
急な攻撃に明らかにうろたえた葵は、顔を赤らめて、でも僕の手は振り払わず、もう片方の手でパタパタと自分の片手を扇ぐ。
「ちょっと、距離感ヤバいって。あーもう、顔が熱いわー」
「あ、ごめん。久しぶりに話せたから、嬉しくてつい」
パッと葵の手を離して、自分の手を、名残を惜しんでいるみたいに、にぎにぎしながら見つめる。
鮮やかに放つ第三の宝刀、あざとい媚売り!
「うう、じゃーもう、今度あたしと二人でどっか遊びにいこ。それで前にあたしに冷たくしたのはチャラってことで」
同い年の次女、見事陥落なり!
しかも言いながら僕ときちんと目を合わせられていないこの感じ。
見た目は派手に遊んでいそうだが、こやつ間違いなく処女である。
「そんなの、僕にはご褒美じゃん。いつか葵とデートできたらなって、昔からずっと思ってたんだ」
追い討ちで放つ、漫画のイケメン男子的なムーブ!処女には効果ばつぐんだ!
「お兄ちゃん、何言ってんの? は?」
後ろからふいに、ドスの効いた妹の声が現実に引きもどしてくる。
「お兄ちゃんそれ何よ、浮気? ……ていうか葵ちゃん、私は昨日、お兄ちゃんに手は出しちゃダメって言ったよね? 葵ちゃんもお兄ちゃんのことは、気の会うただの友達だって言ってたよね? ね?」
怖い怖い。マイエンジェルどうした、急に怖い。葵も焦って違う違うと首を振る。
「雫っち怖いってー。だってこんなの、反則じゃんかあ。横に遥ねえがいなかったら襲いかかってたよほんと。我慢しただけあたしは偉いってー」
あれ怖い。こっちもちょっと怖い。
話を反らすため、葵は里美さんに手招きした。
「そんなことよりおかーさん。炊飯器が壊れてるっぽいんだけど。さっきメッセージ送ったのに、見てくれてないっしょ」
里美さんは今さら携帯を開いている。
「ええ? じゃあご飯炊けてないのかあ。どうしよお、今日は手巻き寿司で歓迎パーティーのつもりだったのにい」
「ねー。あたしの酢飯作りのテク、シャリを切る魅惑の手さばき、亮一に見せてやろうと思ってたのにさー」
空中でチョップを繰り返す葵。あれがシャリを切る手さばきか…
まあ歓迎は素直にありがたい。
そして任せておけ。ここは、僕のキャンプテクニックが生きる場面で間違いないだろう。
「お鍋があれば僕がご飯炊けますよ。一応今どきの男ですから。料理も少しはやれます」
この時代では男女比の異常の影響で、社会的な男女の役割が逆転してきているので、近年では女性が外で働き、男性は家庭を守る、という考えが主流になってきている。
家事はもはや、適齢期の男性の最低限の嗜みになりつつあるのだ。
急に言い出した僕を、雫がぎょっとした目で見た。そりゃそうだ。だって僕、お米を炊くどころか、料理なんてカップ麺すら雫に作らせてたもんね。
男性の嗜み……? 知らない子ですね。
「雫よ。雫はお兄ちゃんの炊いたお米が食べたいよね? ……言いたいことはわかるけど、ここはお兄ちゃんを信じなさい」
雫からすれば、もう黒焦げになるお米の姿が目に浮かぶようだろう。
しかし任せておけ。
キャンプ場では難易度が高いと言われている、焚き火で米を炊くことすらマスターしていた、前世の記憶があるのだから。
家庭のコンロでの炊飯など、容易にこなせる自信がある。
雫の口びるに、めっ、と指を当てて、無理やり黙らせる。
殿下の宝刀、ボディタッチ再び。
雫の態度に怪しい雰囲気を感じたのか、葵は眉間にシワを寄せたが、遥はのんきにキッチンに向かいながら笑った。
「ボクも手伝うよ。お鍋でお米炊くなんて、家庭科の授業以来だなあ」
任せておきなさい僕に任せておきなさい。
ベテランキャンパーの超絶技巧、炊飯のテクニックをお見せいたしましょう。
ブクマと評価、みなさん本当にありがとうございます!