最終話 プロポーズとキャンパーさん
ある日の夕食後、僕はキャンプ道具を並べている棚から、ちょっとおしゃれな紙袋を取り出した。
袋の中には、白い小箱が5つ入っている。
一週間ほど前に購入し、なんとなく出しそびれたままになっていたが、なんだかもう、我慢できなくなった。
僕はそれを手に取ると、両手をパンパンと叩いて神に祈りをささげた。
偉大なるキャンプの神よ、今日はキャンプしませんけど、どうぞよろしく!
僕は袋を持ったままつかつかとリビングに戻り、机にその袋を置いてから、みんなに声をかけた。
「はいみんな、ちょっと集合してくださーい」
僕の声に最初に反応したのは、末っ子の雪だ。
「亮にい、なにか知りませんけど、まず洗い物手伝って下さいよ。今日カレーだったんですから、お皿洗うの大変なんですよ?」
それはすまない。
僕はとぼとぼと雪の横に並び、雪が洗い終えたお皿を拭いては棚にしまった。
誰も僕の声では集合しない。
一応、僕がハーレムの主ではなかったのか。
洗い物を終えると、雪は僕の服をつかみ、強引に体を引っ張ってキスをしてきた。
「洗い物サボりは許しませんよ。珍しくこの家で二人っきりの作業なんですから」
あまりのかわいさに、撫で撫でが止まらない。日々雪のデレ成分は多くなってきている気がするな。
素晴らしいことだ。
なんだかんだ、みんなの中で一番気が合うのがこの雪だと思う。
軽口をたたきあい、それでも愛しく想いあえる関係だ。
大切なキャンプ仲間であり、親友のようでもあり、それでいて天使のような可愛らしさで僕を誘惑してくる。
「お兄ちゃん、なんかさっき呼んでた?」
次に現れたのは、僕の妹の雫だ。
手には、以前みんなにおそろいで渡したシェラカップが握られている。
「なんか今日、部活で疲れちゃって、眠いよ。お兄ちゃん、前に買ったインスタントコーヒーって残ってる?」
「まだ少し残ってるよ。また雫は勉強してるの? えらい! えらいけど、疲れてる日は無理しないようにね」
カップを軽く洗って水を張り、そのままコンロの火にかける。
沸騰したら火を止め、インスタントコーヒーの粉をスプーンで入れて混ぜるだけ。
「あ、お兄ちゃんそれ牛乳も入れて。あと、一回ちゅーしてよ」
あらあら、わがままなお嬢様ですこと。
ブラックコーヒーだとお腹を壊しがちな雫のため、牛乳を少しだけ加え、カップを渡すついでにキスをした。
「へへ、ありがとお兄ちゃん。だーいすき!」
あらあら、かわいいお嬢様ですこと。
みんなの中で僕が一番大切に想っている相手は、たぶんこの雫だろう。
恋人というだけでなく、唯一の妹でもあり、長い間一緒に過ごしてきたためか、そばにいて一番落ち着く相手だ。
「ごめん亮一、なんか呼んでた? お風呂入ってたからさあ」
三人目に現れたのは、二女の葵だ。
「ねえ亮一、今度あたし数字の小テストがあるんだけど。後で少し教えてくんない?」
ギャルのくせに最近は勤勉だ。
最近、同レベルだったはずの雫が急に成績が良くなってきたので、ちょっとプレッシャーを感じているらしい。
「いいけど。お礼に明日の晩御飯はお素麺にして欲しいな。氷でキンキンに冷やしたやつ」
「あー、いいけど、お腹壊さないようにね。ほら、あの、明日の夜はほら、あたしの番じゃん?」
ちょっと説明はできない夜のローテーションの話をして、自分で顔を赤らめている。
未だにこの純情っぷりよ。
かわいすぎるので思わずキスしてしまう。
みんなの中で一番、恋人としてトキメキを感じさせてくれるのが、この葵だ。
同い年の女子高生ギャルと一つ屋根の下でラブラブ生活。控えめに言っても最高。
一緒にいると、今が男女逆転した時代であることをすっかり忘れてしまう。
「ただいまー。アイス買ってきたけど、みんな食べる? ていうか、みんななんで集まってるの? ボクがいないときに何かあった?」
最後に集まったのが、長女の遥だ。
呼んでも来ないと思ったら、そもそも外出していたらしい。
「あれ? 亮一くん、この袋は何? あ、もしかしてボクたちへのプレゼントとか?」
するりと僕にくっつきながら、遥は笑う。ニコニコしながら自然にキスをした。
まあ、プレゼントなんだけど、先に言うなよもう。
みんなの中で、一番最初にお嫁さんにしたいと思っている相手が、この遥だ。
さすがは長女、何かと包容力があり、バブみを感じさせてくれる。
人間として尊敬できる優しい人で、それでいて夜は困ってしまうくらい積極的。
お嫁さんとしてこれ以上に大切な条件があるだろうか。いや、あるわけない、そんなの。
「んん! 遥に先に言われちゃったけど、僕からみんなにプレゼントがあります! みんなおそろいだよ?」
僕は袋から5つの小箱を取り出した。
「お、ボク正解だね。プレゼントありがとうね」
「へー、今日って何かの記念日だった? あたし全然思い当たること無いんだけど」
「やるじゃんお兄ちゃん。かわいい妹に貢ぐ喜びに目覚めちゃったかな?」
「どうせキャンプ道具でしょう? 私、今度はオイルランタンが良かったのに、これは小さいですね」
みんなが思い思いにしゃべっているので収拾がつかない。
僕はそれぞれに無言で小箱を渡し、残った一つを自分用に持った。
ちょっと緊張するな、やっぱり。
箱の中には、バイト代で買った安物の指輪が入っている。
僕も高校生なので、あまり高価なものは手が出ず、宝石もないシンプルなリングだが、頑張って選んできた。
全員のサイズはリサーチ済みなので、きちんと入るはず。入ってくれ。
「何の日でもないけど、きちんとみんなに伝えてなかったと思ってさ。今日を、その、新しい記念日にしたいな、と」
きちんとみんなを幸せにするって、里美さんにも約束したしな。
四人の愛する彼女たちを見る。
みんな、なんだかくすくす笑ってこちらを見ている。
「じゃあ言うね。僕は、キャンプが大好きだけど、みんなのことは、たぶん、それよりもっと大好きです。みんなとこれからも、ずっと一緒にいたいです。遥、葵、雫、雪。僕と、結婚してください」
ごめんよキャンプの神様。
また次の週末もキャンプに行くから、プロポーズのときくらいは許して下さいね。
みんなは、それぞれの小箱を開けて、また柔らかく笑った。
きっと返事はオーケーだろうと信じているし、きっと明日からも、同じように幸せな毎日が待っている。
幸せな家庭。愛するみんなとの暮らしと、できればたまには幸せなキャンプ。
それだけあれば、僕の人生はバラ色だ。
毎日たくさんの方に読んでいただけて幸せでした。本当にありがとうございました。
最後ですので、ぜひご評価のお星さまをお願いいたします。
次回作もぜひお楽しみに!