19話 次女の未来とキャンパーさん
家族全員分の夕飯を作るというのは、実際かなり大変なことだが、我が家で一番のシェフである葵は、実に楽しそうにそれをこなす。
今日は放課後デートで少し帰りが遅くなったので、手早くパスタを作ってくれている。
僕はその横で野菜スープを作りつつ、使い終わった調理用具をどんどん洗っていく。
キャンプで鍛え上げた一仕事一片付けの技術により、片付けを手際よく済ませるのには自信があるのだ。
パスタを茹でている葵のほうからは、ちょっと音の外れた鼻歌が聞こえてくる。
楽しそうに料理をしているところを見ていたら、こちらまでなんだか幸せな気分になっていく。
「お料理名人の葵先生、今日のパスタはどんな味付けですか?」
葵は僕の言葉に、髪をかきあげながら、ふんわりと笑った。
「んー? 今日の葵の三分クッキングは、きのことベーコンのバター醤油パスタです」
「おっ、和風だね。」
「亮一はパスタは和風が好きっしょ? だから、喜んでくれるかなーって思ってさ」
あー……好き……。パスタがじゃないよ。うちのかわいい彼女さんのことね。
辛抱たまらず、片付けの手を止めて葵を思いっきり抱きしめる。
「もー……。麺が伸びちゃうっしょ? 今はおあずけだよ」
言葉とは裏腹に、葵は僕の首すじに唇をあててくる。
たまりませんなあ、この愛らしさ。
「ねえ葵、今日はお風呂一緒に入らない? なんか、もっとひっついてたくてさ」
葵は僕の腕の中からするりと抜け出し、パスタをかき混ぜる作業に戻りながら、顔を真っ赤にして何度も頷いた。
あー……好き……。
葵も期待してくれてるみたいだし、お風呂ではのぼせるまでサービスしてあげないとな。色々と。
夕食を済ませ、こそこそと入ったお風呂のあと、葵とお互いの体をバスタオルで拭きあいっこしていると、がちゃりと脱衣場の扉が開いて、遥が入ってきた。
「お、ただいまあ……帰り遅くなってごめんね。あー……いいなあ葵。ボクも亮一くんとお風呂入りたかったあ……。」
そう言いながら手洗いうがいをしている遥は、なんだかちょっと疲れた感じに見える。
「どうしたのさ遥。また何か具合悪いの?」
前回の体調不良にはちょっと疑惑が残っているが、今日はちょっと本当にくたびれた感じがする。
「あー……あっ、そうだ。なんか吐き気がしてさ……白ご飯の炊けた匂いとかでも具合悪くなるし、レモンとかすっぱいもの食べたくなるし……」
なんと!? なんですと!?
それってあれじゃん! 新しい命感じちゃってるじゃん!
湯上がりで裸のまま固まっている僕に軽くキスすると、遥はニヤリと笑った。
「うっそだよ。ふふ。 ちょっと最近テスト勉強で亮一くんにひっついてなかったから、パワー不足になっちゃっただけ」
なにそれ、マジもんのサキュバスの生態じゃん。はやくエネルギーあげなきゃ。
遥はまだ少し湿ったままの僕の背中をさわさわしながら、僕にだらんとしだれかかった。
「だから明日はボクとも一緒にお風呂入って欲しいな。……あと葵、うらやましいから言うわけじゃないけど、そろそろ葵もテスト勉強始めなきゃだめだよ? お母さんが昨日、電話で心配してたし。葵の成績のことは特にね」
葵は僕の髪の毛をフキフキしながら、ため息をついた。
遥の大学の試験が大変なのはもちろんだが、僕たち高校生の試験もまた大事だ。
進学する気がない僕はさておき、最近は特に女性の学歴社会っぷりが顕著なので、葵にとっては深刻な話である。
なにせ葵は宿題はもちろんのこと、家で勉強をしないことには定評がある女なのだ。
僕はさっそく葵の部屋に集まり、テスト勉強を開始していた。
いや、僕が勉強するのではない。
葵に教えるために強制召集がかけられたのだ。
「じゃ、今教えた感じでこの問題集を解いてみよう。僕はこっちで筋トレしとくからね」
葵の部屋のフローリングにキャンプ用のマットを敷き、さっそく腹筋を始める。
正直、僕は前世の記憶があるから、テスト勉強など全く必要ない。授業を聞いて、昔勉強したことを思い出す、というだけで充分な成績がとれるのだから。
これだけは前世の記憶によるチートと言って差し支えない。ただし進学するわけでもないので、特に意味のないチートである。
せっかくなら、一瞬でキャンプ場にワープできるとか、そういうチートが欲しかったな。
いや、それじゃ移動の楽しみが無くなるか。
まあとにかく僕にとっては、テスト勉強よりもよっぽど、夜の営みに向けた体力作りの方が深刻な課題なのだ。
筋トレとバランスの良い食事で、常に体のコンディションを万全に保っておく必要がある。
だってこの家にはサキュバスが住んでるし。大きいのから小さいのまで4匹も。
「あー……だめ、なんか眠くなってきたんだけど……。あたし、一問できたらご報告もらえるシステムがいいなー」
自分に甘いやつだなあ……まあいいけど。
「ふっ、ふっ、いいよ。ふうっ。いちも、ふっ、一問解いたら、ふっ、ふう。だめだもうだめ、休憩。……はあ、一問解いたらチューね。ふう。」
腹筋を止めてマットにだらんと転がる。
葵の成績が落ちたら、間違いなく僕まで里美さんに怒られるだろうし、ちょっとしたサービスくらいは必要だろう。
数分おきにちゅっちゅしていると、もうなんだか頭がくらくらしてくる。
ちょこちょこと繰り返している腹筋やら腕立て伏せで、酸欠気味なだけかもしれないけど。
「ねえ亮一。あたし、ちょっと休憩したい。ね、一回ベッドいこ? ね? 一回だけ。ちょこっとだけ」
発情して潤んだ目がめちゃくちゃエロい。しかし。
「ダメです。お勉強大事ね。あ、でも今から一時間、しっかり集中できてたら、その後でいっぱいサービスしてあげるよ。だから頑張って?」
「はい! 頑張ります! やっほう!」
現金な奴だよほんと。
もう何回も経験してるくせに、未だにちょっと処女感が抜けてないんだよな。
で、勉強もきちんと済ませ、どんなとは言わないが特別なサービスが終わった後、葵は僕にぴったりくっつき、うっとりとした表情のまま、僕の胸元をいじいじしていた。
「あー……幸せ……。ねえ亮一、どうだった?ちゃんと亮一も良い感じだった?」
「もちろん。すごく良かったです。大好きだよ、葵」
わざわざそういう確認をしてくるところが処女っぽいんだよ! とは言いづらい。
とはいえ、僕の言葉に満足そうな葵を見ていると、こちらまで満ち足りた気持ちになっていく。
葵はこういう夜の関係性において、みんなの中では最もおとなしい、というか、前世の感覚でいうところの、これぞ女の子、という感じに扱われるのが好みのようだ。
ちなみに遥は、非常に積極的だがスーパー誘い受けタイプ。雫はヤンデレ感丸出しで攻めっけが強く、雪は一番チビッ子のくせにかなりのSだ。
しかもこの時代では、むしろ雫や雪の方が一般的だというのだから、闇が深い話である。
「あのね、亮一。あたし、高校卒業したら、専門学校に行って、料理の勉強してみようと思ってるんだ」
僕の胸元から、上目遣いで葵が将来の話を始める。
もう高校三年で、夏もだんだん近づいている。葵もきちんと進路を定めるときがきているのだ。
「みんなにご飯作ってるとさ、喜んでもらえるのがうれしくてさ。でも、なんか料理すること自体が好きなのかもって、最近思っててさ。」
僕はなんだか、何も言葉が出なくて、葵の髪を撫でたまま頷いた。
葵は急にガバッと起き上がり、正座をして、僕の手の平を両手でつかんだ。
「で、でね? そういう道に進んだらさ、多分あんまり、稼ぎも良くないと思うんだけど……でも、あたし頑張ってみたいの! だから亮一、あんまりリッチな生活とかは無理だろうけど、あの、頑張るから! だから、その……い、嫌じゃない?」
素敵な進路のお話だ。
前世で世の中の厳しさを味わってきた僕からすると、ちょっとそういう特殊な道に進むのには不安を感じるけど。
でも、前世の自分だったらこんなとき、自分の恋人に、何と言って欲しいと思っただろうか。
僕も起き上がって葵を抱きしめ、そのまま、またゆっくりとベッドに押し倒した。
「もちろん、葵がやりたいことなら、僕はなんでも応援する。お料理でプロになっても、やっぱりやめて普通に働いても、夢に破れてフリーターになって、貧乏生活になっちゃっても、全部、全部、何にも心配いらないよ。僕が葵をしっかり支えてあげるし、どんな葵でも、絶対に僕が幸せにしてあげるから。無理はしなくていいよ。好きにやってみな」
葵は、一瞬笑って、でもすぐに顔をくしゃくしゃにして、ぽろぽろと涙をこぼした。
美人って、本当に涙がぽろぽろって流れるからすごいよなあ。
普通、もっと目の周りがぐちゃっと濡れて、汚い感じになるものだろうに。
僕はなんだかずれたことを考えながら、葵の涙を手のひらでぬぐっていく。
「葵。本当に、本当に、大好きだからね。愛してるよ」
僕はそのまま葵をおいしく頂いていく。
こんなん、我慢できんでしょ。
……ふと、足音が聞こえた。
急にがちゃりと葵の部屋のドアが開いた。
「やっぱりですか。勉強すると言っておいて、葵ねえにしては長い時間頑張りすぎだと思ったんですよ。やっぱりこういうことばっかり頑張ってたんですねえ」
またお前か、雪!
今けっこう、感動的な感じで、いい感じのあれだったのにさあ!
しかし今回の雪は、怒っている感じでもなく、淡々と遠慮なくこちらに近づいてくる。
「ちょ、ちょっと雪!? あたし今、ほら! ちょっと待って! まっ……」
雪は無言のまま唐突に葵の唇を奪った。
「葵ねえ、こちらも我慢の限界です。いつも隣の私の部屋まで、いやらしい声が聞こえてきてるんですから。もう、頂きますからね?」
言いながら雪は、淡々と服を脱いでいく。
葵はぽかんとしたまま、奪われたばかりの自分の唇に触れた。
突然のことに唖然として固まった僕を見て、雪はにっこりと笑った。
「亮にい、今さら葵ねえに手を出すな、とは言いません。しかしですね、独り占めは許せませんね。今日は私も混ぜてもらいます。良かったですね。美少女二人のサンドイッチですよ」
百合に挟まる男は死すべし。
そう思っていた時期が、僕にもありました。
ちなみに翌朝、朝ご飯を準備しているとき、フライパンで手を軽く火傷してしまい、あわててバタバタした弾みで、包丁を落としてしまった。
包丁は僕の足のわずか1センチほど横に落ち、床に見事に突き刺さった。
間違いなく、祟りである。
犯人は百合の神様なのか、それとも、また僕がキャンプのことをないがしろにしていることに腹を立てた、偉大なるキャンプの神の仕業なのか、答えは誰も知らない。