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男女逆転世界でキャンプをしよう!  作者: くもくも
2章 いちゃラブ生活とキャンパーさん
19/24

17話 バーベキューとキャンパーさん

 里美さんの単身赴任が始まる前の最後の週末。

 あいにくの曇り空だったが、雨が振ることはなさそうだ。


 近所の河川敷の公園では、朝一から僕と雪で場所とりを完了していた。

 周りの広場にも何組か、同じように場所とりをしている人たちの姿が見える。

 当然のように女性だらけだが。


 日陰兼、万が一の雨対策として、先日購入したテントも幕だけ張っており、今は細々した荷物の置き場になっている。

 もうすぐ遥が車を運転して他のみんなを連れてきてくれる手筈だ。



 「亮にい、このイスも素晴らしいですね……。体が包み込まれるみたいな、いいフィット感です。」

 結局僕のお小遣いから購入した、主賓用のアウトドアチェアを組み立て、今は雪がそこにすっぽりと収まっている。


 「ネットで買った安物だけど、評判の通り結構頑丈そうだね。何より軽くてコンパクトに収納できるから、今後のキャンプにも持っていきやすそうだ。」

 我ながらいい買い物をしたものだ。

 ただ、僕は前世ではあまりキャンプ椅子は使わない、地べたにマットだけで座るワイルド路線だったので、まあこのチェアはそのうち、雪に譲ってあげてもいいだろう。


 「ところで亮にい、お母さんたちが来るまで、まだもう少しかかるはずです。……ちょっとだけ、私達のテントにおこもりしませんか?」

 早速発情モードの顔になった雪に、さすがにここではまずい……と身構えたが、言いながら体をねじってこちらを振り向いたためか、チェアの足の部分が地面にめり込み、バランスを崩して雪はずっこけた。

 キャンプ椅子あるあるだな。


 「う……カッコ悪いですね……。亮にい、これは見なかったことにして下さい。あの、恥ずかしいです」

 手についた土や芝の汚れを払いながら、うつむいている雪。こういう感じの方が、かわいいと思うのだけれど。


 思わずキュンとしてしまい、まあ、周りの人たちに見られるだろうけど、キスまでなら許してやるか、と雪に近づいた。

 いや、近づこうとしたとき、後ろから強烈に視線を感じて思いとどまった。


 この感じ、間違いない。うちの妹だわ。

 「お兄ちゃん雪ちゃん、お待たせ! かわいい雫ちゃんこと、私が来てあげたよ!」


 明らかに、ちっ、と舌打ちせんばかりの雪の表情を見て、雫はニヤリと笑う。

 「おっ、雪ちゃん何かな何かな? もしかしてお邪魔でしたかな?」


 最近になり、雫の嫉妬心はすっかりおとなしくなっている。

 これがこの間までなら、もうプンプンぷりぷりと機嫌を悪くしていたところだろう。


 雫たちはあれから、自分が僕と今どんな状態にあるのかを、各々話し合ったらしい。

 みんなわいわいぎゃあぎゃあと騒いでいたが、流石に僕は同席できなかった。

 

 でも、結果的に雫の心がこんなに急に落ち着いた理由ははっきりわかる。


 自分も、充分に満たされたからである。主に肉体言語的な意味で。


 同時に僕も、雫に対してこれまでの、妹、という立場での見方が少し変わり、雫のことを本当に、これまでとは違う意味も含めて、今まで以上に愛おしく感じられるようになった。

 まあとにかく、うちの妹兼恋人はまじプリティ、まじエンジェルということだ。


 「ちぇ。雫ねえ来ちゃいましたか。で、お母さんたちは?」

 「もう来てるよ。でも私だけ先にダッシュで来たんだ。このあたりからピンク色の空気を感じたのでね」


 振り返ってみると、駐車場の方から見慣れた顔が歩いてくるのが見えた。

 よし、それじゃあ楽しいバーベキューの始まりだな。



 みんなが抱えてきた荷物を開いていく。

 本日は、火起こし担当が僕と遥。料理担当が葵と雫だ。雪は雑務担当である。


 雪が主賓の里美さんにキャンプ椅子を譲り、せっせと飲み物を渡しているのが横目に見えた。

 なんだかんだ、雪はまだ中学生だからな。里美さんと離ればなれになるのを、一番寂しく思っているのかも知れない。


 「さて亮一くん。このあいだ、ボクに二人っきりで火起こしを教えてくれるって言ってたの、覚えてるかな? 結局、家族みんなになっちゃったけど、今日は先生として、よろしくね。」

 ホームセンターで買っておいた炭の段ボールを開けながら、遥がこちらに爽やかな笑みを浮かべる。


 「よろしい。ではこの軍手をつけてから、マイナスドライバーを持ちなさい。……よし、それじゃ少しだけ見本を見せるね」

 遥は渡されたドライバーを見つめ、なんでドライバー? と言わんばかりに目をぱちくりさせている。

 ふふふ、良いリアクションですね。


 僕はあらかじめ立てておいたバーベキューコンロの上で、大きめの炭を片手に持ち、そこにドライバーを突き立てた。

 炭はバリバリと音を立て、剥がれるように砕けて小さくなる。

 「こうやって炭を小さく薄くしておくんだ。ドライバーは、尖ってる感じのものならなんでもいいよ。さ、やってみてね」


 炭は遥にやらせてみて、僕は先に着火材を仕込んでいった。

 「二人っきりの方が、やっぱり良かったかな?」

 僕が言うと、遥はクスクスと笑う。


 「ううん。ボク、こうやって家族で一緒に過ごすのも、すごく大好きだよ。二人っきりのデートは、また今度にしよう。……でも、気を使ってくれて、ありがとうね」

 遥は炭を砕く手を止め、僕の頬を撫でた。

 「あと、今晩も、ボクと二人っきりになってくれたら嬉しいかな」


 誘うところまでは王子様みたいな素振りだが、夜の二人っきりイベントでは、バリバリに女の子が全開になるのも遥の愛らしいポイントだ。

 誘い受けの名人である。


 ちなみに一番成熟した年齢のためか、みんなの中でも一番そっちの路線でパワフルなようだ。

 これは、今晩は気合いを入れてかからないとね。


 遥は楽しそうな手つきで、炭をどんどん砕いていった。そろそろ良さそうだ。

 「じゃあ遥。着火材の上に炭を並べていこう。小さすぎるやつは適当にばらまいておいて、薄っぺらくなったやつを、隙間を作りながら、こんな感じ、こんな感じに積んでいこう。さあ、続きをお願いね」


 遥はせっせと言われた通りに炭をならべていく。

 どきどき僕の顔を見ては、おもしろそうに笑いながら。

 なんなん? 僕のことそんなに好きなん? 


 「なるほど、空気が通りやすくしてる感じかあ。亮一くん、男の子なのによくこんなことまで知ってるねえ」

 少しだけ雲に切れ間が出来て、日の光が差す。

 光の加減で、僕の方からは遥のショートカットがキラキラ輝いてみえる。


 僕は遥にマッチを渡した。手渡しするとき、なるべくお互いの手が触れ合う時間が長くなるようにして。

 「では遥、着火をお願いします!」

 「亮一くん、了解だよ! マッチ準備できました! 3、2、1、着火! ……あ、ごめんマッチ折れちゃたよ。へへ、もう一回ね。着火しまーす」


 いちいちかわいいところを見せつけられながら、着火は無事完了した。

 「よし、いい感じっぽいよ。これなら後は放っておくだけで炭に火がきちんと着くはず。炭の白とか赤っぽいところが増えてきたら、どんどん大きめな炭を足していこう。」

 「なんだあ。大学のサークルで着火するときって、みんな頑張ってうちわであおいでたんだけどなあ」

 

 僕はその言葉にニヤリと笑ってみせたが、実のところ若干不安だ。

 炭の種類や状態によっては、こうして段取りをきちんとしていたつもりでも、うちわ様が必要になるときがあるので。

 古きよきうちわ様はやはり偉大である。


 遥はまた僕の顔を見ながらクスクス笑っていた。

 なんだよ。チューするぞこら。



 とりあえず一旦、火の番を遥に任せ、葵たちの料理の方を確認しに行くことにする。

 料理のペースにあわせて、炭を足しておくタイミングを調整してあげるためだ。


 広場に備えつけのテーブルの周りでは、葵と雫が並んで仲良く食材を並べていた。

 最近は二人とも、恋のライバルというより、同志という感じで、前よりずっと仲良くなってきた感じがある。

 見た目ギャルと見た目清純の組み合わせ。尊いね。


 僕が近づいていくと、二人はこちらを嬉しそうに見てくれて、でも何故か顔を見るなり葵が吹き出した。

 「ちょっ、なにそれ亮一。うはは、ほっぺた真っ黒じゃんか。マジうける」


 えっ、なにそれ。

 雫がすぐに、甲斐甲斐しく僕の顔をウエットティッシュで拭いてくれる。

 黒っぽくなった紙を見て、ベテランキャンパーである僕にはすぐわかった。


 これ炭の汚れだわ。

 ……そういえばさっき、遥が軍手のままほっぺた撫でてきたな。

 ……そういえばさっきから、遥も僕の顔を見てニヤニヤしてたわ。


 くそ、僕を好きすぎてニヤニヤしてるのかと勘違いしてたぞ。悔しい。超恥ずかしい。やられた。


 バーベキューコンロの方を見ると、僕の顔を汚したのがバレたことに気づいた遥が、片手でお祈りのごめんなさいポーズをしている。

 ちくしょう、夜に絶対おしおきだからな!


 「やられたな。……で、葵たちの準備はどんな感じ? 炭の準備はもう少しで終わりそうだよ」

 「うん、朝一から雫っちとしっかり準備してきたから、もうほとんど終わったよ。でもごめん、実は亮一の飲み物の炭酸水だけ忘れてきた。あたしのコーラ分けてあげるから許してね。……てか、まだほっぺた少し黒いよ。……ふふ、やばい、うけるわ」

 

 葵は僕のほっぺたに顔を寄せて、まだニヤニヤ笑っている。

 距離が近いと、葵はとにかくいい匂いがするし、目がきれいすぎるし、夜の恋人同士のイベントをクリアした今ですら、何度でもどきどきさせられてしまう。


 最近、あの美少女の葵ちゃんがさらに綺麗になった、というのは高校でも少し話題になっていたほどだ。

 先日は、なんと下級生の女の子からも、ラブレター的なものが送られてきたらしい。尊いしうらやま。


 「今日は雫っちとしっかり考えた、おしゃれなバーベキュー料理だよ。絶対美味しいからお楽しみに!」

 おどけて笑う表情は、何度見ても色褪せない葵の必殺技だ。僕には効果ばつぐんすぎる。



 幸せすぎる時間にほっこりしながら、雪の方を見ると、なんと里美さんが泣いているではないか。

 雪もどうしたものかとあたふたしている。


 「里美さん、どうしました? 煙……はこっちまで来てないか」

 里美さんは、泣き顔を見られたくないのか、椅子から体をよじって逃げようとして、さっきの雪と同じように、椅子の足が地面にめり込んでずっこけた。


 「ひゃああ!……えへ、ごめんねえ。……あー、だめだあ。煙が目に入っちゃったのかなあ」

 里美さんはまだ顔を隠したまま、涙が止まらないみたいだ。こけたときについた土を、雪がパタパタと払ってあげている。


 「やっぱり、単身赴任は寂しいですか?」

 里美さんはようやく立ち上がり、ずっとまとわりついている雪の頭を撫でた。

 「そりゃあ、寂しいよう。……でもね、それ以上に嬉しくって」


 里美さんは準備を続ける自分の子供たちを、涙を浮かべたままの瞳で眺めている。

 「最近、この子たちがとっても幸せそうだから。……亮一くんたちが来てから、みんなすごくイキイキしてるもん」


 里美さんの腰のあたりに、雪がしがみつくように抱きついた。

 里美さんはそのまま、雪を本当に愛おしそうに撫でる。

 「亮一くん、みんなをよろしくねえ。私の大事な子供たちを、どうか幸せにしてあげて下さい」


 感動的な展開っていうのは、あんまり得意じゃないんだけど。

 「ありがとうございます。全力で頑張ります。……でもまあ、当たり前の話ですよね。毎日みんなが僕を幸せにしてくれるんですから。お返ししなきゃ、バチが当たりますからね」


 

 空にはまた雲がかかって、日の光は薄くなってしまったけれど、これほど素晴らしいキャンプ日和は初めてだ。

 大好きなみんなに囲まれていれば、晴れでも雨でも、いつでもどこでも、それが一番のキャンプ日和である。

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