16話 家族の転機とキャンパーさん
「さてみなさん、今日も大切なお話がありますよお」
夕食後、里美さんの言葉に、心当たりのある若者たちがすっと正座をした。
そう、僕を含め全員である。
「え……そういうお話じゃないんだけどお……みんな、後から一人ずつ、どういうことか説明に来てね」
里美さん、さすがのテクニックだ。これは見事にしてやられましたぞ。
では僕は大丈夫なので、まずその一番ちびな女の子からとっちめてやって下さい。
そいつが一番タガが外れているんです。一回も二回も同じだとか言ってきて……。
「亮一くんはその、いかにも自分は被害者です、みたいな顔するのやめようねえ。だいたいのところは雰囲気でわかってますからね」
目を細めた表情。これはマジなやつだ……。
うう、里美さんのお説教怖いなり……。
「それでお母さん、この件ではないボクたちへのお話って何かな?」
遥は正座の姿勢を崩さずに言う。
……うん、遥も他のみんなと比べればまとも? な方ではあるが、やっぱり反省してるんだね。良かったです。
里美さんは、自分の三人娘を見つめて、ゆっくりと話し出した。
「あのね、お母さん、東京に転勤が決まっちゃいました。……えっと、今月の末には移動しなきゃいけません。あ、寂しいけど、もちろん私だけで単身赴任するからあ、みんなは転校とかは、ありませんよお」
まじですか。今のみんなの感じだと、それはとっても危険な感じがするんですけど。僕の体が。
みんなまさか、親の目から離れられると喜んでるんじゃないだろうな、と思って周りを見ると、意外? にも全員が、不安げな表情をしていた。
「会社から月に一回分はこっちに帰るための補助金も出るから、毎月帰ってくるからねえ。あと、お手当も出るし、お金のことは心配いらないよお」
里美さんもどこか寂しそうに、自慢の三人娘を見つめている。
「おかーさん、それ断れないの? あたし、さすがにちょっと、寂しいっていうか……」
言いながら、なんと葵の目には涙が浮かんでいた。やっぱりこの見た目だけイケイケのギャル、すごい良い子なんだよなあ。
「私も、正直不安です。私たちだけでまともに暮らしていけるでしょうか……?」
おお? 雪はさすがに心の中ではニヤニヤしてるんじゃないか、と思ってしまったが、意外にもまともだ。
「……こっちはボクがなんとかしてみせるけど、でもお母さんの方は大丈夫なの? 家事なんかも、ボクたちが手伝えなくなるんだよ?」
やっぱり遥は天使。相手のことをちゃんと考えてあげる優しい人だ。
里美さんはそんな三人の言葉ににっこりと笑い、頷いた。
「お母さんは大丈夫だけど、みんなはちゃんと協力しあって生活するんだよお。最近、ケンカはしてないのはわかってるけどお、きちんとお互いが仲良しでなきゃ、楽しくないでしょう?」
そして里美さんは次に、僕を見て続ける。
「亮一くん、みんなのことをよろしくねえ。亮一くんがいれば、みんなもちゃんと、だらしなくないように暮らしてくれると思うんだあ。」
こんなとき、僕はたぶん、この家を出るべきなんだと思う。里美さんもきっと少しはそう考えたはずだ。
今の状態で、里美さんが普段は家にいなくなれば、みんなにとって不健全な形にしかならないのではないか。
だからこそ、僕は今、里美さんにきちんと伝えるべきだ。僕はこの家を出ない。出たくない。
それはきちんと、自分から伝えなくてはいけない。
「正直、この家を出るように言われるのかと思いました。……お気づきになっているかと思いますけど、僕は今、里美さんの娘さん3人全員、それから雫とも、それぞれ、その、親しくさせてもらっています。実際、里美さんがいない状態で、みんなとその、潔癖なお付き合いができるか、と言われると、難しいです。」
里美さんは、にっこりと微笑んだまま、何も言わない。
「僕はこれから、みんなに対してそれぞれ、改めて自分の気持ちを伝えて、きちんとお付き合いをしていきたいと思います。……もちろん、みんながこれからも僕を受け入れてくれるかは、まだわかりませんけど。……だから里美さん、里美さんがご不在の間は、男として、みんなのことは僕が支えます。そして将来は、きっと、みんなのことを僕が幸せにしてみせます。」
僕の言葉に、周りで正座したままのみんなは何も言わない。
だけど、強い視線が集まっているのを感じる。
「だから、娘さんたちを、僕に下さい。学生の間も、みんなに手を出さないとは言いません。正直に言って無理です。」
里美さんの表情は変わらない。
でも、なんとかこれで押し通すしかないんだ。
「でも、きちんと大人になるまでは、早すぎる妊娠だとか、そういうことは無いように徹底します。たぶん僕は、不健全な生活をします。でもその中で、里美さんを悲しませるような結果にはならないよう、尽力します」
僕はみんなと同じくずっと続けていた正座の体勢から、深く頭を下げた。
最低っぽいセリフだが、他に何が言えようか。
里美さんはクスクスと笑って、頷いた。
「亮一くんは本当に、もう子供の高校生じゃないんだねえ。立派な男の人だよお。……みんな、あなたのことが大好きみたいだから、亮一くん、娘たちをよろしくお願いしますね」
遥さんは、どこか寂しいような、悲しいような顔で笑っている。
「みんな。みんなも亮一くんのこと、ちゃんと幸せにしてあげるんだよ? 今はそれが女の甲斐性なんだからねえ。それでみんな、また今度でいいから、自分が亮一くんと今どうなってて、これからどうなりたいのか、ちゃんと亮一くんみたいに、自分の言葉で、私に説明にきてね。お母さんからの命令だよお」
やったぞ! これで親公認! と喜べるような雰囲気ではないけれども。
本当に、お母さんってすごいな。きっとすごく寂しいだろうに。
遥たちもきっと、いつか自分の子供に、こんなにあたたかく、素敵なことを言ってあげられるお母さんになるんだろうか。
いや、僕の手でそういうママにするんだよ!
「それから、ちゃんと自分のお姉ちゃんや妹、それから雫ちゃんにも、隠さずに自分のことをお話ししなきゃだめ。おんなじ男の子を好きになったんだとしたら、そうじゃなきゃ、ずっとみんなで仲良くできなくなっちゃうと思うよお。抜け駆けだとか、隠し事だとかズルだとか、そういうのは考えないで。自慢しあったり、茶化しあったり、それでいいんだからさあ」
里美さんのこういう考え方が、今の仲良し家族を作ったんだろうな。
ぐす、ぐすと横から男がして、見ればなんと、葵が泣いているではないか。
「お、おかーさん、みんな、ごめんなさい。あたし、少し前から亮一と付き合ってた。みんなに内緒にして自分だけこっそりいちゃついてた。ごめん。隠してて、本当にごめんなさい。」
……罪悪感に耐えかねたのだろうか、ついに葵が隠し事をやめた。
まあ、正直隠す意味は全く無かったと思うけどな。
葵は正座の状態から里美さんの方に這っていき、里美さんに抱きついてぐすんぐすんと泣いている。
里美さんは、優しい顔のままうんうん頷いて葵の髪を撫でていた。
……でもね葵、みんなだいたい気づいてたから。
ていうか葵、まさか他のみんながそれぞれ浮かれてたのには気づいて無かったのか……?
逆にその周りを見えてない感じが怖いんだが。
正座のまま遥、雫、雪の三人は固まって、これはまずい、と言わんばかりの表情をしている。
そりゃそうだ、実際君たちの方が葵よりもよっぽど不健全な活動が多かったもんね。まさか、この場で言う流れになるとはね。
葵の天然いい子ちゃん恐るべしだ。
特にひどすぎる隠し事がある雪は、血の気が引いた表情のまま、葵と里美さんを交互に見て、そして最後に僕を見て、口をパクパクさせていた。
ほら雪! 自白しろ! まずお前から観念するんだ!
「雪ちゃん。大丈夫だよお。ゆっくり、落ち着いてから、また今度二人っきりでお話ししようねえ」
里美さんの言葉を聞いて、雪はポロポロと涙をこぼした。
「……お母さん、ごめんなさい。……葵ねえ、本当にごめんなさい。私、私は……」
泣いている雪は、本当に天使みたいに綺麗だ。その涙の理由は実際ひどいものだが……。
遥が何も言わずに雪の頭を撫でると、雪はえんえんと泣きじゃくって遥に抱きついた。
流石は長女。自分は言わないでもいいかのような雰囲気をこっそり作りあげていやがる。
ちなみになんだか出遅れた状態になっている雫は、すでに正座で足の痺れが限界にきているのか、もはや明らかに話は聞いていない。
自分の姿勢を少しでも楽にしようともぞもぞ動き続けている。結構必死のようだ。
……あれ? もしかしてうちの妹が、一番性格が腐ってませんか?
◇◇◇◇◇
翌日、僕たちは集まって、ある計画について相談していた。
休日は引っ越しの準備に追われるはずの里美さんを、少しだけの息抜きと、単身赴任前の思い出作りとして、近所の公園でバーベキューに誘おうと言うのだ。
里美さんは月に一回は週末に帰ってきてくれるというのだから、お別れパーティー的なものは大げさすぎるようにも感じるのだけれど、これもまた仲良しファミリーとしての素敵なイベントだと思う。
「えっと、じゃあとりあえず、バーベキュー用の道具はなるべくボクが大学のサークルで借りるようにするね。足りないものを今週末にホームセンターに買い出しに行くから、雪と亮一くんは協力してね。雫ちゃんと葵は、当日の料理のメニューを考えて、必要な材料をメモしておいて」
自然と年功序列で僕らの新リーダーに就任した遥が、張りきって計画を立ててくれている。
そういう生真面目なところも本当にかわいらしいな。
「遥、主賓の里美さんには、ゆっくりくつろいでもらうためのイスくらいはあったほうがいいはずだよ。偶然にも先日、良さそうなキャンプ用のチェアを見つけたんです。予算に入れておこうね」
遥がとっていたメモにしれっと書き込もうとしたら、遥は僕の手を強い力で抑えつけ、首を横に振った。
その間、無言である。
雫と葵は、二人で何やら携帯の画面を見せあいながら、すでにメニューを考え始めているようだ。
嫉妬したのか雪が、無理やり二人の間に入りこもうとして、みんなでぎゃあぎゃあと騒ぎだした。
好きな女の子たちがお互いに仲良く過ごしている光景は、いつ見ても胸がほっこりする。
この光景をずっとずっと続けて見ていられるように、いや必ずそうして過ごしていられるように、僕も精一杯に頑張ってみるつもりだ。