15話 雨のテントとキャンパーさん
少し時間を遡る。
短い時間だったがお庭キャンプを堪能し、テントに入った僕と雪は、各々毛布にくるまると、顔をあわせてクスクスと笑っていた。
「ほら見てください亮にい。いもむしです。ただの毛布なのに、頭までいれたら、寝袋みたいでしょう?」
ふざけて笑う雪はあまりにもかわいらしい。
僕たちはしばらく、この新しいテントの素晴らしさや、次はこんな道具が欲しいだとか、小さな声で語りあっていた。
でも正直そのとき、僕は雪の方をあまり直視することが出来なかった。かわいすぎて、ムラムラするので。
テントの幕からは、パタ、パタパタと音がし始めた。雨が振りだしたのだ。
「……いい音ですね。ずっと、この音を自分の耳で直接、聞いてみたかったんです。……亮にい、今日は本当にありがとうございました。久しぶりに亮にいを独占できて嬉しかったですよ」
雨音に耳を澄ませる雪の横顔は、神秘的なくらい美しい。
「……やっぱり、最近は少し寂しくさせちゃってたかな。雪ちゃん、ごめんな」
僕は頭の位置を少し雪に近づけながら、雪の女の子らしい匂いを感じていた。
雪は毛布の中で何やらもぞもぞしだしている。
「亮にい、この間から、葵ねえと付き合ってるでしょう。葵ねえは隠してるつもりみたいですけど、さすがに分かります」
……だよねえ。わかるよなあ。
「うん。隠しててごめん。遥と雫が対抗してきそうだから、しばらくは隠しときたいって言われててさ」
雪は少し足のあたりをバタバタさせ、毛布をうねうねさせている。
なにしてんだろ? マットの寝心地が気に入らないのかな?
「その遥ねえと雫ねえも、正直何かありましたよね? なんか最近、みんなこう、亮にいを狙ってギラギラしてるっていうか……」
「……うん。ちょっと、その二人もこう、一歩前進したっていうかさ」
「亮にいは相変わらずビ○チですね。せめて葵ねえ一本に絞れないんですか」
雫は相変わらず毛布にくるまったままもぞもぞしていて、こちらとは目が合わない。
「私は最近、自分の気持ちがよくわからないんです。私は葵ねえを大好きで、だから葵ねえと亮にいがイチャイチャすると、寂しくて嫉妬しちゃうんだと思ってました。……でも最近は、遥ねえにも、雫ねえにも嫉妬しちゃうんです。」
僕が黙っていると、雫は続ける。
「尻軽は私のことなんです。私は、葵ねえを好きって言いながら、最近はずっと亮にいのことばっかり考えています。今日もこのキャンプであなたを見ていたら、本当に、どきどきするんです」
うわわわわ。突然の告白に、何も言葉が出ない。
情けない僕をようやく見て、雪は、毛布をとって体を起こした。
そこで、ずっと雪が毛布のなかでもぞもぞしていた理由がわかった。
服は? 服はどこにいったの?
薄暗いテントの中で、時間が止まったように感じる。
雨の音と、雪の声以外、何も聞こえない。
「亮にいは本当にお馬鹿です。こんな女と二人でテントに入るなんて。天気予報、最初から知ってました。雨なら、音がわからなくなるから。だから、だから今日が良かったんです。……亮にい、お願いです。お願いだから、逃げないで下さい。私が、私が全部悪いんです。だけど、お願いですから、逃げないで……」
雪は中腰のままテントのポールを軽々とよけ、ゆっくり僕に近づき、ゆっくり僕の毛布を剥ぎ取った。
これが、ことの顛末である。
うっすら朝日で明るくなり始めたテントの中で目を覚まし、僕は呆然としていた。
雨の音はまだ少し続いている。鳥の声は聞こえない。朝チュンならず。
……まさかあの雰囲気から、3回もですか。
何の回数とは説明しないが、若さが、とにかく僕の若さが悪いんや……。
まだ薄暗いテントの中で、僕は罪悪感にうちひしがれていた。
なぜだか自然と、テントのすみっこで体育座りになってしまう。
雪とも、いつかこうなることを目指していたとはいえ、しかし早すぎる……。
雪はすでにこの時代の法律では結婚も可能な年齢になっており、これは合法。あくまで合法だ。そこだけははっきり言っておきたい。
だけど、おじさんの記憶を持つ僕のこういうことのお相手としては、あまりにも道徳的に、こう、罪悪感が……。
「ん……。亮にい?」
目を覚ました雪が、毛布にくるまったまま、僕の目をじっと見てくる。
「おはようございます。……ねえ亮にい、後悔してますよね?」
さらさらのロングヘアが、雪の息で少しだけ揺れる。
「こ、後悔してないけど? 僕のワンポールテントを見てみる? 体は正直なんだよ」
雪はクスクス笑い、起き上がると、僕の背中にぐいぐいと頭を寄せた。
「正直私は、葵ねえのことが頭から離れません。これを知ったら、やっぱり悲しがるだろうなって……。」
正直、僕もだ。
最初に恋人同士になった以上、僕のそういうことは、まず葵に捧げるべきではなかったのかと……。
雪は言葉に詰まった僕を見てまたクスクス笑い、そして体を起こした。
「へへ、でもこうなったらやけくそですよね。さあ、何を、とは言えませんけど、もう一回ですよ亮にい。まだみんな起きてないでしょうから、いまのうちに全部いただきます。」
さらに。朝から。
しかも二回。何の話なのかは説明できないが、とにかく若さが……。
「亮にい、こうなった以上、責任はとりますから。愛してますよ。葵ねえとおんなじくらいに。もしかしたら、それ以上に。あなたも、そう思ってくれたら、本当はうれしいんですけどね」
僕は雪を抱きしめたまま、雪の髪にぐいぐいと自分の頬をすりつけた。
「僕も、愛してる。今は、雪を一番に。……今みたいに、雪と一緒にいるときは、雪を一番大好きだって思うんだ。だけど他の誰か、例えば葵と二人っきりになったら、またそのときはその人のことも大好きだって、思ってしまうんだと思う。……我ながら、ほんとクズだよね」
言いながら、罪悪感がすごい。
でも、雪にはどうしてか、隠し事はしたくない気持ちになってしまう。
「ふふ、最近の男の子なら、当然では? ちゃんと愛してもらえるなら、私たちはなんだって構わないんですよ、たぶん。それに亮にいはビッ○だって、知ってますからねえ」
雪は僕にまた、夜中から何度も何度も繰り返していたキスをして、するりと僕の腕の中から抜け出した。
「さあ亮にい。こんな時代ですから、私を警察につき出すのも自由ですよ。あなたの気持ち次第では、私は犯罪者です。だけど、とりあえず服を着させて下さい。この姿で逮捕はさすがに恥ずかしいです。」
少し明るくなってきたテントの中で見る雪の体は、まだ小さいけれど、キラキラして見えるくらいに綺麗だ。
夜に毛布の中に脱ぎ捨てていたらしい下着や服を着ていく雪を見ていると、もっと、もっとこのまま見ていたくて、なんだかすごく残念な気持ちになってしまう。
ああもう、僕はなんて情けないやつだ。年下のこんな美少女に、これ以上恥をかかせちゃだめだ。
「あああああ! もう! 違う! 馬鹿か僕は!」
僕はまた雪を後ろから抱きしめる。
「雪ちゃん、順番が逆になってしまったけど、こんなんで信じてもらえるかわかんないけど、大好きだよ。今日からきちんと、僕の彼女になって下さい」
雪はそれを聞くと、急に反対を向いて動かなくなった。
「雪ちゃん?」
回り込んで顔を見ると、雪は顔を両手で隠して、静かに泣いていた。
「亮にい、本当にごめんなさい。大好きなんです。でも、こんなの、嫌われて当然です。でも、どうしても我慢できなくて。ごめんなさい。ほんとうに、亮にいが大好きなんです。好き。お願いします。彼女になりたいです。大好きです。」
「焦った。最初にごめんなさいって言うのやめてよ……。じゃあ、今日から雪ちゃんは僕の彼女ね。へへ、これからいっぱい、キャンプも、こういうことも、いっぱいしよう。大好きだよ」
僕は言って、まだ半裸のまま、雪を抱きしめた。
涙を手でぬぐってやり、またキスをする。
「亮にい、もうさすがに時間帯的にまずいですから、誘惑しないで下さいよ」
言いながらも雪は、表情で何度も、そのままキスをせがんできた。
……年下だからどうした。僕はもうれっきとしたロリコンだ! 悔いなし!
だって合法! 合法ですから!
こんなかわいい天使、絶対に手放すものか!
「あ、いいこと思いつきました」
服をようやく着終わったころ、雪はふっきれたように言った。
「亮にい、葵ねえともこういうことするようになったら、私も一緒に呼んで下さい。そしたらなんと、私も葵ねえをお触りし放題じゃないですか。へへ、これいい考えですね本当に」
出たぞこいつの悪い病気が。
……でも、かわいいから許す。尊いし、浮気判定にはしないでおいてやろう。
いや、浮気と言われたら僕が一番苦しい立場だけども。
雪はちょっとぶっ飛んだ考えのままニヤニヤ笑っている。
残念な表情だけど、少し乱れたままの髪が、さっきまでのあれこれを思い出させて、僕にはすごく艶かしく見える。
「しかも、もしこの先、私に赤ちゃんができたりしたとしても、そういうラッキーイベントを挟んでいたら、もう葵ねえの子供だって言い張れますよ。うへへ、いや、ほんとにいい考えですねこれ」
いや、さすがにそれはない。
その後雪と僕は、すでに雨が止んだ朝の空気のなかで、テントについた雨の雫を拭き取り、そのまましばらくテントを眺めながら、下らない話を続けた。
その間ずっと、僕は雪と手を繋いだままにしておくことにした。
雪はときどきこちらを見て、周りに誰もいないのをしっかり確認してから、すばやく僕にキスをしてくる。
ほんとかわいい。魂抜かれる。ちびすけサキュバスかこいつは。
これ、僕の彼女ですよ、僕の。うへへ。
もはやふっきれた僕にためらいはない。
なに、遅かれ早かれ、こうなることを望んでいたのだし、発情期が一番早く本格化したのが、この雪だった、というだけの話である。