14話 庭キャンプとキャンパーさん
集めた貧相な道具を玄関先に並べた僕たちを見て、里美さんがくすくすと笑ってくれた。
「こりゃあ亮一くん、はりきって準備してくれたねえ。私も参加したくなっちゃうなあ」
里美さんの言葉に、雪はおもいっきり嫌そうな顔をした。
「却下です。さあ、お母さんはもうお部屋に戻ってください」
「わかったよう。じゃあ二人とも、また明日の朝にね。気をつけて」
里美さんが部屋に戻ると、今度は遥が庭の奥からやってきて、僕に良いものを渡してくれた。
「あったよ亮一くん。でもこんな石ころなんて集めて、どうするのさ」
遥に持ってくるようお願いしていたのは、庭の玉砂利になっているところの石のうち、比較的平べったいものだ。
「ありがとう、遥。助かるよ」
実は最近僕は、遥を自然に呼び捨てにできるようになってきた。いい進展である。
「じゃあボクもお邪魔にならないように戻るね。二人ともあんまりうるさくしちゃだめだよ」
家の中に戻っていく遥のおしりをとっくり眺めていると、雪が僕の踵をとんと蹴ってきた。
だから蹴るなと。
「では亮にい、さっそくですが、あの辺りにテントの設営を行います。……で、最初、わがままなんですけど、私一人でやってみてもいいですか?」
「かまわん、雪ちゃんに任せた。なにせ僕にはハンマーがないからね。雪ちゃんだけが頼りだよ」
言われると嬉しそうに雪は、自慢のペグハンマーをフリフリした。
僕ならもちろん、そこらへんの石ころだけでもテントを立てられる自信はあるが、それは言わないのが華というものだ。
「じゃあ雪ちゃん、暗いし手を怪我しないように、ハンマー使うときはこの手袋つけてね。無いよりはマシだと思うよ」
渡したのは、僕の冬用の手袋だ。ちょっとごつい感じで、少しは手を保護してくれそうな気がする。
「あ、ありがとうございます……。で、では開始します! 困ったらアドバイスお願いします!」
困ったら助けて、とは言わないのが素晴らしい。その心があれば、もう君は立派なキャンパーだ。
雪はテントを袋からもぞもぞと取り出し始める。
よし、ではこちらも始めよう。
里美さんに用意してもらっていた、水入りのペットボトル容器に、懐中電灯を下からガムテープで固定する。なるべくガムテープは小さめに。
適当な紐でペットボトルの口をぐるぐる巻いて、庭の木の枝にくくりつけたら、はい、ランタンの完成だ。
懐中電灯のスイッチを入れると、光がペットボトルの水で乱反射し、周辺をぼんやり照らしてくれた。
まあもちろん、無いよりはマシ、という程度だが。
それでも雪は、さも凄いものを目にしたように、キラキラとした目をこちらに向けてくれる。
「なんですかそれ!? すっごく明るくなりましたよ!? 助かります!」
ちんけな明かりではあるけれど、雪は嬉しそうにテントの支度を進める。
テントの幕を開いて、これからテントを固定する小さな杭、ペグというものを地面に打ち付けるところのようだ。
「ああ、やっとこのハンマーを使うときが来ました。もうこれからは、ぬいぐるみを叩いて気を紛らわせなくてもいいんですね……!」
なにそれ怖い。
雪はしっかり手袋を装着し、テント付属のペグを地面にうち始めた。
キン、キンと美しい音がする。隣接した家が近くにあるわけでもないので、まあ近所迷惑を気にするほどではないだろう。
一回一回、確かめるようにゆっくり打っているので時間はかかっているが、いい角度にしっかり打ち込めている。
「うまいね。いい感じだ」
「イメトレだけはばっちりでしたから。あっ!? ペグが曲がっちゃいました! あはは、これが噂によく聞くやつですね」
失敗したことすら嬉しそうだ。
わかるよそれ。
本当に好きなんだな、キャンプ。
「もう大半うまく打ててるから、曲がったままで使っておけばいいさ。風も明日までは弱いみたいだから大丈夫だよ。……ちなみに、残念なお知らせだけど、予報によるともう少ししたら雨が振るらしい」
天気予報の確認はキャンプでとても大事なことだ。雨に濡れさせてはいけない道具は、あらかじめ片付けておいたり、ひどいときにはキャンプ自体を中止することも大事な判断になる。
せっかく買ったおニューのテントだって、汚れてしまうし、あとで乾かさないとカビが出てしまう。
でも雨のキャンプで一番大事なことは、
「そうでしたか。でも、雨の音をテントの中で聞くっていうのも、やってみたかったんです。ふふ、楽しみですね」
そうだ。
言うまでもなく、雨であれ晴天であれ、そのキャンプを精一杯に楽しむことが一番大事なんだと思う。
雪は少し手慣れてきたようで、手際よくペグを打ち進めた。
こちらに背をむけてかがんでいるので、思わず本能的に、その腰やらおしりやらに目がいってしまう。
やっぱりこいつ、まだチビッ子のくせして、けっこう色っぽい体してやがるな……。
……いかん、さっき遥に変なことされたせいか、変にムラムラしてしまっているみたいだ。
続いて雪は、長い棒、ポールというものを組み立て、テントの真ん中に差し込み、ぐぐっと全身をうまく使ってテントの幕を持ち上げた。
真ん中に差し込んだポールで全体を支え、幕の周囲に打ちこんだペグでバランスをとりつつ形を整える。
これが僕たちが今回購入した、ワンポール式テントの仕組みである。
完成した姿が三角形で、これぞテント、というかわいらしい見た目なので、おしゃれキャンパーには特に人気が高いタイプのテントだ。
雪はその完成した姿を見て、少し幕がたるんでいるのが気になったようで、ペグに引っかけてあるベルト部分を調整し、幕をピンと整えた。
「か、完成です。どうですかこれ。うまくできてますよね?」
こちらを見た雪に、にっこり笑って頷いてやると、普段はクールな感じのくせに、雪は小さく胸元でガッツポーズを作った。
「いや、やっぱりいいテントだね。僕は特にこの色と質感、すごく好きだな」
「ええ。明日の朝、明るいところでいっぱい写真をとってあげたいです……。」
テントに二人で見とれていると、次は葵と雫が家の外から自転車で戻ってきた。
「ただいま、亮一。買ってきたよ。お、テントできたんだ。なんかいい感じじゃん」
「お疲れ葵。夜遅くにごめんね。雫もほんとありがとう」
「かわいい雪ちゃんのためだからね。でもお釣りはありませんよ。なにせコーラ買っちゃったんで。これから葵ちゃんと分けて飲むんだー。あと遥ちゃんにアイスも買っちゃったし」
人の金でこいつ……とは言わない。お釣りは好きに使えとあらかじめ言っておいたので。
雫が渡してくれた袋には、小さめのインスタントコーヒーの瓶が入っていた。二人にはこれを買いにコンビニまで行ってもらっていたのだ。
我が家は紅茶派、麦茶派の勢力が強く、キャンプといえば、のコーヒーは残念ながら常備されていなかったのである。
あとは駄菓子の小さいドーナツ。
最近はコンビニでも駄菓子が買えることが多い。いい時代になったものよ。
「じゃあ亮一、今日は雪のことお願いね。じゃ、お休み。また明日」
葵は少し名残惜しそうな表情だったが、すまん、今日は雪優先で。
雫も今日はおやすみのチューは要求せずにおとなしく引き上げてくれた。
なんだかんだ全員、末っ子の雪には甘いのだ。
「さて、それじゃ寝床を準備するか。雪ちゃんはこれを敷いて寝たらいいよ」
雪に渡したのは、筋トレ用、という言い訳で先日買っていたキャンプ用マットだ。
キャンプではこういうものがないと、地面のゴツゴツで体がいたくて寝れないし、真夏でもなければ地面の冷気で体が冷えてしまう。
「ありがたいですけど、亮にいの分がないですよ。さ、さすがにこのサイズだと一緒には寝れませんし……」
それを聞きながら僕は、テントが入っていた宅急便の段ボールの一面を手で引き裂いていた。
「なるほど。段ボールですか。なら私がそっちを使いますよ」
「いや、ぜひそのマットの使い心地を試して欲しい。ほら、いずれ自分の分を買うときの参考にね」
やっぱり年下の女の子には、優しくしたくなってしまうよね。こんな美少女ならなおさら。
いや、この時代だとそんな考えですら珍しいのか。
僕たちはマットや毛布をテントの中に運びこんだ。
さて一段落、というところだが、もう21時を過ぎたので、イベントはさっさと済ませてしまおう。
僕は地面に、遥から先ほど受けとった平たい石を積み、小さな小さなかまどを作った。そしてそこに、100均で買っておいた固形燃料をセットする。よく旅館のご飯などで出てくる、あの青いやつだ。
「さて雪ちゃん。夜のお楽しみということで、コーヒーを淹れよう。これに火をつけてね」
雪にマッチを渡し、やらせてみる。
固形燃料一つでも、着火の作業は楽しいからな。
僕はその隙に、家族おそろいで使っているシェラカップに、ペットボトルにいれておいてもらっていた水を注いだ。
石で作ったかまどには、すでに火がついていたので、その上にそのままシェラカップをのせる。小石のかまどはちょっと不安定だが、良かった。ギリギリ乗っかってくれている。
「やっぱり便利ですねシェラカップ。かわいい柄のやつも多いですし、もう一つ自分専用に買いたいくらいです」
「実はこれ、100均にも売ってるんだよ。柄はついてないし、火にかけて使うのはダメって書いてあったけどね」
地べたにビニール袋だけ敷いて座りこみ、そんなことを話していたら、すぐにシェラカップのお湯は沸いた。
あえて雑な感じに、よく言えば無骨な感じに、計りもせずにインスタントコーヒーを瓶から直接入れて、混ぜもせずに雪に渡してあげる。
庭の芝生に直接置くと芝が熱で痛むので、小さくちぎった段ボールを下に置いておいた。
「あ、ありがとうございます。すごい。キャンプでコーヒー、憧れてたんです」
「熱いから気をつけて。あと、このドーナツも半分こにしよう」
言いながら次のカップを同じ火にかける。
固形燃料が燃え尽きるにはまだまだかかるが、今日はこれ以外に使い道もないので、このままキャンドル代わりにしておこう。
自分の分のコーヒーもできたところで、駄菓子のドーナツに手を伸ばす。
「さっき歯をみがいてきたのに。どうしましょう」
「キャンプには自由がある。歯をみがいたあと、こっそりおやつを食べるのも、コーヒーを飲むのも、当然自由だね、うん」
雪もくすくす笑って、ドーナツを口に放り込んだ。
いつもより少し柔らかい表情。固形燃料の火で揺れる明かりの中で、コーヒーを見つめる雪の長いまつげに見とれてしまう。
やっぱり雪は、黙っていればヤバいくらいかわいいな。このままでは世間が放っておかないだろう。
もちろん僕も放っておかないが。
「なんだか、昔のおままごとを思いだしますね。……ねえ亮にい、私が小さいころ、結婚の約束をしてくれたの、覚えてます?」
雪は、木に吊るしたままの即席ランタンの光を見ながら言った。
「うん。確かそこらの雑草の茎で、ブカブカの指輪を作ってプレゼントしたんだよね」
「ええ。その日の夜には汚くなっちゃって、お母さんがゴミだと思って捨てたんですよ。すごく泣いたのを、なんか思いだしました」
小さなころ、僕と雫が遊びにきたときにおままごとをすると、男の僕と、一番年下でみんなにかわいがられていた雪が、一番良い役の夫婦役になっていたのだ。
なぜか細部にこだわった葵が、プロポーズからやろうと言って、そのときに結婚の約束に至ったわけである。
「ちなみに亮にい、私にブラックコーヒーは早すぎたみたいです。次回のキャンプではココアを準備しようと思います」
お子ちゃま舌かわいい。まあ予想はしていたけれど、雰囲気が大事だから。
「さて、もうすぐ22時だし、消灯の時間だね。名残惜しいけど、雨も降ってきそうだ」
僕の言葉に、ちゃんと固形燃料の鎮火を確認し、余った水をかけながら、雪は小さな声で言った。
「消灯はマナーですもんね。ふふ、家の庭なのに、なんだかおもしろいです。……でも、コーヒーも飲んだし、眠れないかもですね。……ねえ亮にい、テントの中で、小さい声でおしゃべりしておくのも、マナー違反ですかね?」
天使のセリフか。今日の雪は、なんかもう神々しいレベルでかわいいな。
「それはさすがに大丈夫。じゃあ、眠くなるまで二人でいっぱいお話しようね」
「ふふ。一応改めて言っておきますけど、私がかわいすぎるからって、変なことしたらダメですからね」
翌朝。
僕はテントの隅っこで体育座りをしていた。……裸で。
うう、騙された……。
思えば準備しているときから、フラグだらけだったじゃないか……。
みんなのあの言葉、その言葉、すべてがフラッシュバックしてくる。
ポールが邪魔で変なことはできない?
……できとるがな! 普通に避けられたわ!
ああキャンプの神よ、お許し下さい。
若さが、この若さが悪いんです。愚かな僕に、どうか……。