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男女逆転世界でキャンプをしよう!  作者: くもくも
1章 男女逆転世界のキャンパーさん
11/24

9話 お婿さん候補はキャンパーさん

 キャンプ場で朝のチェックアウトがこんなに辛くないことは、生まれて初めてかもしれない。


 寝袋の中で夜を越え、朝露に濡れたテントから抜け出し、朝の空気、朝の光を胸いっぱいに吸い込んだ僕は、軽やかに撤収作業を終えた。


 モタモタと片付けに時間がかかっている周りの女性たちを見ると、密かに優越感を感じる。

 キャンプのスキルとは、この片付けのときにこそ浮き彫りになるものだ。


 今は最後に、自分が1日過ごしていたエリアの簡単な掃除を行っているところだ。僕のことはマナーよしおと呼んでくれてもいい。

 忘れものなし。ゴミの落とし物なし。


 さあ、家に帰ろう。


 幸せすぎるキャンプでも、それを終えて元の毎日に戻ることができるのは、自分が帰るべき暖かい家があるからだと思う。


 かつて50代が近づいても、離婚の傷を残して独り身生活を続けていた僕は、キャンプのチェックアウトが迫ってくる時間が何より苦手だった。


 キャンプをしている時間は、少し現実離れしていて、毎日の慌ただしさや、つらい生活のことは思い出すこともない。

 だけどチェックアウトの時間が近づいてくれば、嫌でも元の現実に引き戻されてしまう。

 帰りたくない、一生キャンプだけ続けていたい、と頭痛がするくらい耐え難い気持ちになっていた。


 今日は、家に帰ったらみんなで流しそうめんパーティーをする約束だった。

 キャンプとは何にも関係ないイベントでも、今は、みんなと一緒なら何でも楽しめるようになっている。


 幸せなキャンプを終えて、幸せな家庭に戻り、また次の幸せなキャンプのことを考える。

 

 昔の僕にとって、キャンプとは多分、趣味と呼べるものではなく、ただの現実からの逃げ道だったのだろう。


 幸せな日々の暮らしのなかにいて、今ははっきり言える。僕の趣味は、キャンプだ、と。



◇◇◇◇◇



 「さてみんな、ちょっとお母さんからお話があるんだあ。ご飯食べながらでいいから、聞いてもらえるかなあ?」

 今日は珍しく早い時間に帰ってきた、大黒柱の里美さんが、お箸を持ったまま何か言い出した。


 ちなみに今日の夕食で出している肉団子入りスープ。そう、僕の自信作である。

 もちろん先日全員分おそろいで購入した、キャンプ用のシェラカップに入れて配膳してある。


 美味い飯をシェラカップで食べる → シェラカップが好きになる → キャンプのことも好きになる

 という狙いの、ささやかな布教活動である。


 「おかーさん、あたし今日は宿題多いから、短めにしてよね」

 葵がなぜか偉そうに言う。そもそも、お前が宿題なんてしてるとこ、ほとんど見たことないぞ。


 「いーから聞きなさい。みんな、最近自分たちが、ちょっとケンカとか増えてるのわかってるよねえ?」

 お、里美さんにしては少し真剣な話のようだ。

 最近のみんな、か。雫も含め、仲良し姉妹にしか見えてないけど。


 しかしみんなは、里美さんの言葉に箸をとめ、急にうつむいている。


 ……あれ、これはもしかして、僕は聞かないほうがいいやつか?

 女だけの真剣な話みたいなやつがあるのかも。

 ちょっと寂しいが、ここは一つ。


 「あ、すいません僕、キャンプ道具のメンテナンスやるの忘れてました。ちょっと席はずしますね」

 雰囲気の深刻さに離脱を決め込んだ僕の肩を、葵ががっちりと抑えて動けなくしてくる。

 「亮一、あんたにも関係ある話だから。あと、たまにあるその意味不明な気遣い、マジいらないからね」


 向かいの席では遥が、ため息をついている。

 「亮一くんには見られないように、ボクたちも最低限、そこは気を使っていたんだけど、実際最近、亮一くんのことでちょっとみんな、ギスギスしてたんだよ」 

 なんと。僕のことで。それってつまり……

 

 「それってつまり、キャンプ、のことですよね「違うから。そういうのも今、マジいらないから」


 この扱いよ。しかしキャンプではない、となるとあれか、あれか? 思いあたることが……結構ある気がする。


 「ごめん、お兄ちゃん。みんなと仲良くしろって言われてたのに、なんか、最近うまくいかなくて」

 雫までシリアスな感じに。なんなんだ一体。


 よくわからない雰囲気に飲まれ、一応、にっこりと微笑んでみる。

 この世界の男の笑顔には、きっとみんなの争いを止める力がある……はずだ。


 雪が僕を小馬鹿にしたような目で見ながら言う。

 「全然わかってなさそうですし、私からはっきり言ってあげます。この人たち、自分が亮にいとイチャイチャしたいからって、周りに嫉妬してケンカが増えてるんです。特に雫ねえと葵ねえがヤバいです。空気悪すぎるときがあります」

 「あたし? ……かもだけど、でも雪もでしょ。ずるいってば」

 

 なんですと。

 ……なんですと?

 全然、そんな感じしてなかった。みんないっつもニコニコしてたじゃん。仲良しだったじゃん。女の怖いとこ出ちゃってるじゃん。


 「雫、本当なのか? お前、葵のことも、こんなお姉ちゃんができて嬉しいって、こないだも言ってたじゃん。あれ、嘘だったのか?」

 「嘘じゃない! 嘘じゃないよ……葵ちゃんのことも、遥ちゃん雪ちゃんのことも、本当に大好きなんだよ……」

 

 うつむいたまま、雫は続ける。

 「でもみんな、ずるいんだもん! お兄ちゃんは私のだったのに! 遥ちゃんはバイク二人乗り! 雪ちゃんはキャンプ道具見ながらデート! 葵ちゃんなんて、ほとんど毎日一緒に登下校! わたしなんて、こないだ○○○○見られただけじゃん!」


 ああーっと!またしても出てしまった禁止ワード!

 葵が横で、思わず吹き出してしまっている。

 「でも、それ言ったら雫っちだって、いっつも亮一と一緒の部屋で寝てるじゃん」

 「でも何もないもん! びっくりするくらい何もないんだよ! ムラムラするだけじゃん!」

 

 「さてえ、みんな一回ストップしよっかあ」

 里美さんが言うと、葵も雫もしゅんとなって言葉を止めた。良いリーダーシップよね……。

 ていうかこれ、僕やっぱり聞かないほうがよくないかな?


 遥が代わりに言葉を続ける。

 「これで亮一くんもわかったと思うけど、みんな自分が亮一くんとこんなことしたよーって、話したいんだよ。でも、お互い相手が羨ましくって、いいないいなって、ケンカしちゃったりしてるんだ。正直なところ、ボクもだよ。雪もそうでしょ?」

 「否定はしませんが」

 小さい声で雪も続ける。


 つまり、これはあれか。

 「つまり、ハーレムってこと? うわ、本当に? 僕がもててるってこと? へへ、やるじゃん僕」

 

 ドンと音がして振り向くと、里美さんの目は笑っていなかった。

 え……今机叩いたの里美さん……? こわい……。


 「そうだねえ、でも今そこじゃないのわかるよねえ? わたし、この今の問題を解決するには、亮一くんの意見が必要だと思うんだあ。だって、亮一くんこの四人のみーんなといちゃいちゃしてたよねえ? そりゃあみんな、こんな時代の女の子だもん。あんなにいい顔されてたら、意識しちゃうし、嫉妬して当たり前だよお」


 なるほど。ふむ、なんだろうこの微妙な気持ち。

 嬉しい。モテてる。そこは嬉しい。しかしこれはどうしたものか。

 前世を合わせても、まともにモテた経験などなかった僕に、いったい何と言えばいいのだろう……


 「えっと……時は江戸時代。将軍様にはたくさんのお嫁さんがいて「亮一くん、ふざけてるのかなあ? ダメだよお」

 違います、何も思いつかなくて……。


 やむを得ない。ここは久しぶりに、おじさん時代の経験に頼ってみる。

 僕は静かに立ち上がり、一人一人と目を合わせてから、ゆっくり、少し低い声で話し出した。

 管理職時代に培った、威厳を感じさせたいときのしゃべり方。


 「……キャンプをしているとね、ときどき周りの人が使っている道具が、すごく羨ましく見えるときがあるんだ。自分の使っている道具より、少ししぶいとか、おしゃれだとか、そういうことだね。でもね、本当にキャンプを愛しているならさ「ごめん亮一くん、話が全然入ってこないよお。いい話っぽいけど、キャンプ以外でお願いしたいなあ」


 里美さん、話を遮るのやめて欲しい……。ほんとにいいこと言おうとしてたのに……。

 

 でも、なんとなく里美さんが言わんとしていることはわかる。

 ちゃんと自分の言葉で、ごまかさないで、自分の気持ちをしっかり伝えるいい機会なんだろうな。


 ああ、もういいや。かっこつけて話すのも、大人っぽく話すのも、もう今日はやめる。

 

 「僕はね、じゃあ、はっきり言うよ。みんなとずっといちゃいちゃしてたいんだ! あわよくば、あわよくばだよ? 雫の寝顔にチューしたあとで、何食わぬ顔でさ、歯磨きしてる遥のお尻にタッチしたいよ! こっそりみんなに隠れて葵のおっぱい触りたい! そんでそのあと、学校に行く準備してる雪の着替え姿をのぞいたりしたいんだよ! でもそんなの、まずみんなが仲良くしてくれてなきゃ、無理じゃん! わかるでしょ!?」


 ……わかるかな?

 みんな、赤面しているが、表情が完全に固まっている。


 「……つまり、そのくらい、みんなのことが、好きだし、素敵だと思ってるんだよ? ……で、あの、みんなと今一緒にいられて、すごく感謝してるし、幸せだと思ってる。このみんなが仲良しの生活も含めてだよ。……だから、ね? やめよう、ケンカ。よくない。よくないよー。みんなが仲良くしてるこの家族が僕は大好きなんだよ」

 あー、失敗した。何言ってるかわかんないわこれ。


 この時代で男が複数の相手と繋がるのはごく普通のことだけど、我ながらなぜこんな言い方に。


 まず遥がクスクス笑いだし、葵が僕の腕をバンと叩いた。

 雫は顔を両手で隠したまま、指のすきまから僕を見ていて、雪は呆れたように顔をそむけながら、顔を赤くしている。


 里美さんはうんうんとうなずいていた。

 「じゃ、亮一くんはみんなのお婿さん候補ってことでいいねえ。みんな一緒に愛してもらえたら、ケンカすることないよねえ。責任とってもらおっかあ」

 お、やぶさかではないですけど。

 

 「あの、これからまた、改めてきちんと、みんなのことを考えていきたいと思います。みんなに嫌な思いをさせてることもあると思うけど、でも、その、とにかくみんなとずっと仲良くしていたいです。だから、僕にできることがあったら、なんでも言ってほしいな、みたいな」


 みんなの顔を見れば、概ね納得してくれた?ようだ。

 これでみんなの争いが減るのかはさっぱりわからないが、まあきっと大丈夫。……みんないい子だもんね?


 僕は照れ隠しに新しい提案をしてみる。


 「……うん。では、今後本件に関しまして、ケンカをした人たちからは、おこずかいを1000円ずつ徴収します。それを貯めたお金でみんなでキャンプに行く。これでみんながまた仲良くなれるわけです。いや、実にいいルールですね」

 「お兄ちゃんは、これから一週間くらいキャンプの話は禁止ね。もう、はっきり言うと少しウザいから。しばらくはキャンプって言ったら1000円罰金でよろしく」


 いや、それは禁断症状が出るので無理ですね。


 四人のかわいいかわいいお嫁さん候補たち。

 みんなお互いを見ながら、クスクスと笑っている。

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