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男女逆転世界でキャンプをしよう!  作者: くもくも
1章 男女逆転世界のキャンパーさん
10/24

8話 キャンプ用品店とキャンパーさん

 テントにこもり、眠る前。必ず焚き火は燃やしつくし、灰に変えておかなければならない。でなければ、風で舞った火の粉が火事のもとになるためだ。


 今日は久しぶりのソロキャンプで感覚が鈍っていたのか、消灯前にまだ少し熱が残ってしまった。水をかけて消火するのは下策だ。後処理がかえって大変になるし、焚き火台が破損する原因にもなる。


 こういうときに使える道具もあるのだが、あいにく今日はそれも持参していない。

 その場合、燃え残って小さくなった薪を集め、アルミホイルで何重かに包むと良い。空気を遮断し、薪が酸素を失うことで速やかに消火できる。


 焚き火の処理を終え、テントに戻る。心惜しいが、消灯時間の厳守はキャンパーの最低限の常識だ。


 未だに周りでは、酒をのんで声の大きくなった女性たちの騒ぎ声が聞こえる。

 キャンプ場で熊に襲われる、なんてニュースを稀に聞くが、実際のところ一番怖いのは、酒を飲んでタガが外れた人間の方だ。


 この世界に来てよくわかった。前世で女性のソロキャンパーがとても少なかった理由が。

 襲われる側の人間が、酒で騒いでいる他人だらけの場所で、テントの薄い布一枚で身を隠して眠る。

 周りの異性はキャンプ場のルールを無視し、夜遅くまで騒ぎ続けるアホばかり。何をされるかわかったものではない。


 考えているとさすがに怖くなってくるので、僕はテントの内側から、ファスナーに鍵をかけた。

 この銀色の小さな鍵は、雪が僕にプレゼントしてくれたものだ。


 刃物でテントごと引き裂けば、何の意味もない鍵だけど、気休めだとしても安心感が得られる、というのが大事なのだろう。

 何より、雪が自分のお小遣いから、自分のものではなく、僕のためにこういうものを買ってくれた、という事実が、僕の心を温かくしてくれる。


 次はこの鍵をもらった日に遡り、雪とのお出かけについてお話しさせてもらおう。



◇◇◇◇◇



 「さて、早く入りましょう亮にい。男一人で歩き回るのは恥ずかしいでしょうから、特別に私の後ろをついて回るのを許可します」

 週末のお休みに、僕は雪とキャンプ用品店に来ていた。

 このあたりの地域には、ここ一軒しか専門店はないらしく、それなりに繁盛しているそうだ。


 交通の便は悪いので、今日はお休みの里美さんが車で僕たちを送ってくれた。

 「じゃあ、わたしは近くのショッピングモールにいるから、終わったら電話してねえ。雪、しっかり亮一くんが変な女の人に連れていかれないように守ってあげるんだよ。デート、楽しんでねえ」

 「お母さん、デートじゃないです。亮にいが貢いでくれると言うから仕方なくですね……」


 里美さんの車を見送ると、僕たちはお互いを見つめあい、うん、とうなずいた。

 キャンプ用品店。専門店。さすがに心がおどるねこれは。


 「さて亮にい、私へのプレゼントの予算はおいくら程度でしょうか?」

 そもそも、なぜ僕がキャンプ用品をプレゼントすることになったんだったか、経緯が思い出せない。


 先日、まだ数日分だが、一応バイト代が入ったと話していると、僕が何か買ってあげる前提でこの店に誘われたのだ。

 キャンプ道具買ってあげるなんて約束、したっけなあ……。


「頑張っても、頑張っても、5000円が限界です雪お嬢様。他のみんなにも何か買ってあげたいんです。どうかバイト代全額はご容赦を……!」

 それを聞いて雪は、目をぱちくりさせていた。

 「え、そんなにいいんですか。まずい、2000円くらいが関の山かと思っていました。その価格帯だと調べが足りないかもです……」


 やはりまだ雪は中学生。思ったより金銭感覚がシビアだったようだ。というかキャンプ道具に関する金銭感覚は、僕の方が直していかないとな。

 「あ、やっぱり2000円。2000円までだと嬉しいな、うん」

 「もう遅いです。愚かものめ」


 入口の自動ドアが開くと、ところ狭しとキャンプ用品が並んでいる。棚にも、ディスプレイにも。天井にはたくさん軽量のチェアが吊り下げられていた。

 まさにパラダイス。

 と同時に、僕たちのお財布を破滅させる地獄の沼でもある。


 「わ、亮にい!これ、最近出たガス充填式のランタンですよ!私動画で見ました!」

 はしゃぐ雪の姿は珍しい。年齢相応な無邪気さを感じる。そのはしゃぐ対象がキャンプ道具というのが、僕の感覚だと少々おっさん臭いとは思うのだが。


 「このクッカー、好きな動画配信者さんが使ってるやつです。うわ、5000円あれば買えちゃうじゃないですか。どうしよう、ペグハンマーが本命なのに……」

 かわゆし。しかもこの可愛いらしさでキャンプ好きとか、天使としか言いようがないな。

 百合っ子だからためらいはあるが、是非とも将来的には嫁にしたい逸材である。


 「雪ちゃんはいつからキャンプ好きになったの? 中学生だと、同じ趣味の同級生とかもあんまりいないでしょ」

 聞くと、雪はちょっと恥ずかしそうに自分の髪を触りながら、でもキャンプ道具からは目を離さすに答える。


 「一年くらい前に姉さんたちと家族でキャンプ場のコテージに泊まったんです。それが、すごく楽しくて。それから動画みたり、道具のこと調べたりして、でも、テントすら持って無いし、ちゃんとしたキャンプはまだ……」

 なんと、テント泊童貞だったか。なんとも初々しい。かわいい。天使。


 「経験なんか関係ないさ。愛があればね。そうでしょ?」

 「なんかそれ、いやらしい発言に聞こえますよ。姉さんたちだけでなく、中学生の私まで狙ってくるなんて……ロリコンでしたか」


 ちょうどテントのコーナーがあったので、中身の重さを確かめながら話を続ける。

 「なに、テントどころか僕も今は何にも持ってないからね。あ、葵とお弁当箱代わりに使ってる100均のメスティンがあるか。」

 「ああ、あれですか。正直、葵ねえとお揃いはうらやましいですけど、中学生の女子としては、学校で使うには正直ビジュアルが…」

 嘆かわしいことよ。機能美は若者には理解されがたいものなんだな。


 「そういえば亮にい、たまに朝から作ってる葵ねえの分のお弁当の中身、もう少しなんとかしてあげて下さいよ。葵ねえはデレッデレで自慢してきますけど、米オンリーでは葵ねえが友達に引かれてしまいます。写真見せてもらって、私は引きましたよ本当に」

 そうは言っても本来の用途は飯ごうなのでね。炊くよね、米を。ピラフとかも炊けるし。


 「お、このテントは安めだけど、結構しっかりしてそうだね。三人用だから、僕ら二人で寝る分には充分かも。」

 見ているのはワンポール式という、ピラミッドみたいな形のテント。見た目の可愛さで人気の形状だ。

 

 ……あれ?雪のリアクションがない。

 「どうした雪ちゃん。ワンポールテントに何か嫌な思い出でも?」 

 雪はあわてて別のテントに目を移しつつ、横目で僕の肩を小突いてきた。

 「わざと言ってますよね、それ。テントで女子中学生と二人で寝るなんて、どこのビッ○ですか。からかわないでください。」


 ああ、なるほど。

 僕にはよくわからんところに照れるツボがあるやつだな。そしてちょくちょく出る暴言が逆にかわいい。

 「ワンポールは風に強い、いいテントなんだよ。真ん中は背が高いテントだから、着替えなんかもしやすい。ど真ん中にあるポールが邪魔で、二人で寝てもあんまりイチャイチャできないのが欠点かな。」

 「このくそビッ○! 遥ねえに言いつけますからね!」


 あー癒される。思春期の異性をからかう楽しさよ。前世では性別が逆だったビッ○たちの気持ちがよくわかるわ。

 しかもこいつ百合っ子のくせに、案外こういうのもきちんと反応してくれるんだよな。


 「でも僕はまずナイフが欲しいかなあ。デイキャンプから始めるにしても、その辺は押さえときたいよね」

 ナイフは刃物だからか、ショーケースの中に並んでいる。高いのも多いが、きちんと研げばだいたい同じ。まずは頑丈さだけ優先して、安いものから揃えたいが……


 「薪割りなら鉈とか斧を使ってる動画も多いですよね。やっぱりナイフが一番軽いでしょうから、私もナイフがいいんでしょうか……」

 「ナイフなら調理にも使えるしね。ちょっと薪割りに苦労するくらいが楽しいんだよ。ナイフはいいぞ、ナイフは。」


 僕の言葉に、雪は少し顔をしかめた。

 「女子中学生がいかついナイフ持ってると、なんか中二病感がすごくないですか? 調理用の小さいナイフくらいならかわいいですけど……」


 「確かに雪ちゃんが折り畳みの調理用ナイフ持ってたら超かわいいと思う。でもこっちみたいな頑丈なナイフの方がオススメ。中学生なんだから、中二病でも大丈夫さ。」

 「なんかムカつきますね亮にいは。」


 キャンプ道具を見て回るのはすごく楽しいけれど、それでもこんなに心が弾むのは、こうして雪と道具の話をしながら歩いているからだろう。

 キャンプ道具の話は本当に楽しい。それもこんな美少女となら格別だ。

 おい前世の僕。頑張って生きてきた人生、無駄じゃなかったな。良かったな。


 「あ、これです、欲しかったハンマー。……やっぱりかっこいいですね。ちょっと触ってみます。 ……あれ? ネットで見たよりちょっとお値段が……」

 「ネットの方が安いことはよくあるよね。でも気にしたらダメだよ。この瞬間、手にとった道具との一期一会の出会いを大切にしないとね」

 正直、僕もネットで買っちゃう派だけど、ここはかっこつけて言っておく。専門店で気に入りそうな道具に出会えた喜びは、やっぱり特別だからな。


 「あー、すごいですこのハンマー。軽くはないのに、手にすっと収まります。ちょっと亮にい、ペグの代わりに亮にいの足でも叩いてみていいですか」

 いかれてんのかこのやろう。

 

 ハンマーを空中で軽く振っている雪を見ていると、まあ少しくらい高くても買ってやろうか、と思ってしまう。

 かわいさは最強のおねだりだな。


 「雪ちゃん。世の中には斧の背中をハンマー代わりに使う無骨な人もいるんだよ。そしていずれ使われなくなっていく雪ちゃんのハンマー……悲しいことだねえ」

 「あーもう! うるさいですよ、今本気で悩んでるんですから。……ねえ亮にい、入口のあたりで最初に見たランタンなんかはダメですかね?8000円しましたけども」

 いかれてんのかこのやろう。


 で、しばらく二人でああでもないこうでもないと店内を見回っていると、里美さんから、まだ終わらないのか、と心配した電話がかかってきた。

 なんと僕たちは、気づけば3時間も何も買わずにうろうろしていたのである。なんなら実際にキャンプしているよりも熱中していたかもしれない。


 結局雪は、やっぱり調理道具がいいとか、ランタンなら部屋でも使えるだとか、里美さんが迎えにくるギリギリまで悩んだあげく、最初から希望していたハンマーを選んだ。

 実に好ましいチョイス。

 貧弱なハンマーではテントがうまくたてれなくて、泣きそうになることがあるからな。キャンプ初心者あるあるだ。


 ハンマーは3000円くらいしたが、かわいい雪が喜んでくれるなら全く問題なしである。


 ちなみに僕は、みんなにお揃いの、シェラカップというものを買ってみた。

 直接火にかけて湯沸かしができ、それをそのままコップとして使える。さらに料理の取り皿にもなり、なんなら小さなフライパン代わりにもできるという、万能アイテムなのだ。


 これをみんなに家で使わせて、少しずつキャンプへの興味を持たせていく。

 美少女たちへの布教。これも今後の目標として着実に進めていきたい。少女ではないが、もちろん里美さんの分も買ってある。


 占めて税込み一万円越え。今回分のほぼ全てのバイト代が吹き飛んだが、まあ必要経費だ。

 キャンプの神は言っている。まだビビるような金額ではないと。


 で、家に帰ってからみんなにそのシェラカップを配り、お茶が飲みにくいだとか、文句を言われつつ、わいわい楽しんでいたら、雪が廊下から、僕を手招きしてきた。

 「どうした雪ちゃん。シェラカップの魅力、わかってくれたかな?」

 「いや、そうじゃなくて、なんというか……これ、あげます。」


 雪が渡してくれた小さな包みには、銀色の鍵が入っていた。

 僕がその先、キャンプには必ず持参することになる、大切な鍵。


 「もらってばかりは、良くないですから。尻軽な亮にいは、キャンプしてたら絶対女の人に襲われます。これ、テントのファスナーのとこに着けて下さい。貴重な男性キャンパーが、悲しい事件の被害者になるのは本意ではありませんからね」


 ……天使?


 あれ、なんか変だ。涙出てきた。

 「ううう、ゆぎぢゃん、ありがどお! 絶対大切にずるう! 家宝にじますう! ツンデレがわいいよおお!」

 「うわ、なんですか急に! 声汚い!」


 不細工すぎる僕の嬉し泣きの声に、遥が部屋から飛び出してきた。

 「わあ、だめだよ雪。男の子を泣かせたら。ほらよしよし。どうしたのさ亮一くん」

 そう言って遥は僕を後ろから抱きしめてくれる。

 ああ遥、思ったよりいいお胸をしていらっしゃいますね……バブみを感じます……。


 すぐに泣き止んで、おそらくだらしない表情をしていた僕を遥から引き離しながら、雪はお気に入りのハンマーを遥に向けて笑った。


 「だめなのはそっちの方ですよ遥ねえ。今日の亮にいは、私のなんですからね」

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