1話 男女逆転世界のキャンパーさん
「みんな、僕は週末に一人でキャンプに行ってくるから。帰りは日曜日のお昼くらいになるよ」
夕食中に何気なく放った言葉に、みんなはすっと箸を止めた。
キャンプは僕の唯一にして至高の趣味である。
自由と書いてキャンプと読む。楽園と書いてキャンプと読む。そういうことだ。
男が一人でキャンプなんて、別に何も珍しい話ではない。
……そう感じていたのも、もう遠い前世の話だ。
キャンプと言えば女性向けのアウトドア。
男性の動画配信者が、キャンプっぽいことをするだけでも動画の再生回数はうなぎのぼり。
これが由々しき現代の常識である。
今のこの世界では常軌を逸した、男一人でのキャンプという言葉。
愛する四人の女の子たちは、また僕のいつもの悪い癖が始まったか、とため息をついている。
「亮一くん、きみがこっそり準備していたのは知ってるけど、でも、ダメだよ。ボクが送って行ってあげるから、お昼だけ遊んだら帰るんだ」
最初に口火を切ったのは、向かいの席でお行儀よく箸を置いた、ボーイッシュなショートカットの遥だ。
そして当然、このくらいの抵抗なら予測済みである。
「いや、泊まるよ。もう決めたんだ。キャンプ場の予約もとってある。……許してくれたら、遥、次の月曜日に4回以上を約束するよ」
何の回数であるかはとてもここでは言えない。
遥はまだ抵抗するか悩む表情を見せたが、欲に負けたのか、顔を両手で隠してうつむいた。ちょろインめ。
「亮一。男子高校生一人でキャンプなんて、危ないの。わかるっしょ? あたし、力ずくでも止めるから」
次に抵抗してきたのは、ゆるふわロングヘアの巨乳ギャル、葵だ。向かいの席から僕に箸の先を突きつけ、にらみつけてくる。
でも、今回こそ僕は本気だ。
「管理人さんが常駐してるキャンプ場だし、週末は人が多いからかえって安心だよ。葵、許してくれたら、水曜日の放課後には、駅前のお城に寄って帰ろうか」
お城とは葵がお気に入りの、三千円くらいで二時間程度、二人っきりの時間が手に入るパワースポットのことだ。具体的な名称は言えないが。
二人っきりの時間は何ものにも代えづらい。葵は一瞬躊躇したようだが、すぐに無言で髪をいじりはじめた。ちょろイン二人目。
「亮にい、せめて私を連れていってください。週末のキャンプ場は、飢えた女の巢みたいなものです。貧弱な亮にいなんて、都合のいいエサですよ」
さらに続いた三人目は、サラサラヘアのちびっこ美少女、雪だ。
しかしそれではダメなんだ。男には譲れない瞬間があるんだよ。
「雪ちゃん、ちゃんと安全対策の道具も持っていくからさ。……次はオイルランタンが欲しいって言ってたよね? でもそれって雪ちゃんは、いったい何ヵ月おこづかいを節約しないといけないんだろうね? この僕のソロキャンプを許してくれたら、一週間以内にはそれが手に入るわけだ。良かったね?」
雪はにっこりと笑ってうなずく。新しいキャンプ道具のためなら、一切のためらいが無いところがさすがだ。ちょろイン三人目。
「お兄ちゃん、覚悟を決めてるみたいだから、もう私はなにも言わないけど、分かるよね?」
最後に、天使のような笑顔だが、今日は目が笑っていない、きれいな黒髪の少女が、妹の雫だ。
みんなの心配はわかっている。でも、どうしても諦めるわけにはいかないんだ。
「雫。このあいだ雫がしたいって言ってたあのこと、ちょっと恥ずかしいけど……いいよ?」
あえて説明はしないが、これが四人の中で一番覚悟が必要な約束になる。あえて説明しないが。
雫はなにも言わず、顔を真っ赤にして食事を再開した。チョロチョロちょろイン四人目。
覚悟を決め、多くの犠牲を払って自由を勝ちとった僕は、満足してうなずくと、お茶で喉を潤して続けた。
「みんな、理解してくれてありがとう。優しい彼女たちに囲まれて、僕は幸せだよ。一応、こまめに連絡するからね。……遥、葵、雪ちゃん、雫。本当に愛してるよ。もちろん、キャンプよりもね」
じゃあ行くなよって話だが、そうもいかないのがキャンパーというものだ。
四人は僕のキザな言葉を聞き、各々違う、でも各々かわいらしい顔を、デレッデレに溶かしている。
本当は僕だって、この子たちに心配をかけるのは良くないと分かっている。
かわいい四人の女の子たちと毎日イチャイチャできるだけで、信じられないくらい幸運なことだと分かっている。
だけど、キャンプに関してだけは、どうしても自分の心がいうことを聞かないんだ。
自由が、自然が、爽やかな風、緑の匂いが、僕を待っているんだから。
例えこの世界のキャンプ場には、ほとんど女性しかいないとしても。
その女性たちが、僕の姿をいやらしい目で見てくるとしても。
連絡先を聞き出そうと散々声をかけられるとしても、なんなら僕をテントに強引に押し込み、望まぬあれこれをしようという輩がいるかもしれなくても。
前世の僕の記憶が、キャンプ大好きおじさんだった記憶が、僕の心を突き動かしているんだ。
端々の会話から気づいてしまった方もいるかもしれないが、この物語は、男女の関係性がいろいろと変わってしまった近い未来のお話である。
かわいい四人の彼女たちに囲まれながら、前世の記憶から受け継いだキャンプへの愛を貫き通す、僕の幸せな日々の話だ。
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