期待(苦難)
昨今の異世界ものを見て、「これくらいなら俺でも書けそう」「さらっと映像化とかいけるんじゃね?」という安易な気持ちで書いています。一儲けしたいです。
爽快さと投稿頻度には期待しないようお願いします。
漫画やゲームの世界に憧れていた。悪いやつらと戦ったり、かっこいい男の子に告白されたり、仲間と共に冒険したりする、そんな世界に目を輝かせていた。しかし不思議なことに、わたしは最初からそんなものは実在していないと理解していたように思う。悪いモンスターを家の近所の山で探したり、あか抜けた転校生を期待したり、異世界へ行く扉を開く儀式をしたり、していたはしていたのだが、心の奥底では最初からすべて諦めていたように記憶している。あくまでごっこ遊びとして遊んでいて、本当にそんなことが起こったり、出会ったりなんて無いだろうと思っていたのだ。非現実に憧れつつも的確に現実を見据えていた幼いころのわたしは、その考えを無自覚のまま口にすることもなく、上手いこと友達付き合いをしていたのだった。
さて現在。フィクションは明確にフィクションだと決めつけ、ノンフィクションだと語られ放送されるドキュメンタリーも半分以上は脚色だろうなとひねくれた考えを持ち、わたしは高校二年生になっていた。モンスターはいない、転校生もいない、冒険も世界観的に無理。日本一周くらいなら、お金があれば、まあ。くらいな程よい憧れに気を移し、楽しい学校生活を送っていた。過度に壮大な出来事が無くともこの世界は楽しく、たまにある体育祭やら文化祭やらのイベント特有のざわつきが適度な刺激だ。ようするに、普通の高校生だ。変身して悪と戦うこともなければ、学校一のイケメンに告白されることもなく、水色のぷるぷるしたやつが出てくる世界に住んでもいない。楽しいし満足している。来年に控えた大学受験も、一種のイベントのように捉え、その時に来る空気の変化が楽しみなくらいだ。成績云々を省けばの話だけれど。
将来わたしは何になるんだろうと呆けた感じで考えるくらいには現代っ子のわたしは、今のところは何も考えず、ただ楽しいほうへと寄っていく。
しかしそれでも、あるにはあるのだ。非現実、ファンタジーへの欲求は。退屈な授業中によく考える。あんなことがあったらな、と。しかし最後には、ま、ありえないけどね、と縁を切る。幼少期にも抱き切れていなかった憧れを切り離すことはとても容易であり、未練もないのだ。
別に普段と違うことをしたわけではない。返ってきたテストの成績が格段に良かったわけでもなく、教室に忘れたスマホを盗まれたわけでもない。普段通り、友達の特に意味もなさそうな話を聞き流しながら家に帰ったのだ。ちゃんと聞いてるのかと怒られはしたが。とにかく、何もない一日だった。
家に帰り、ただいまと誰に向かってでもなく声をかける。キッチンにいる母親が顔を出さずに「おかえりー」と言ってくる。匂いと音からするに揚げ物を調理中だ。ちらっとキッチンを覗いて、自分の予想が当たったことを確認し、二階にある自分の部屋に向かう。早くこの窮屈な制服と重い鞄から解放されたい。トントントンとリズムよく階段を上り、部屋のドアを開けた。
異変は部屋から溢れ出た。
「んっ? お、おぉ、う、んえぇ……?」
ドアを開けた隙間から、水が出てきた。何が起こったのか理解できず、少し水が流れ出るさまを見つめ、ハッとしてドアを全開にした。
トプ、とかすかな音を立て、さっきよりも多く水が部屋から流れ出た。わたしの足が靴下ごと水に飲まれるが、部屋の中の光景よりは気にならなかった。水が、溜まっている。ひたひたと音を立てて部屋に溜まっている。思い浮かんだのは、近くの市民プール。小さい子たち用に30センチくらいしか水を溜めていないプールがある。それだった。カーペットや床に置きっぱなしにしていた漫画やらは沈んでおり、小物がいくつか浮かんでいた。雨漏りやら水道管の破損やらを考えつつ、天井を見上げる。雨漏りが起きた形跡はない。そもそも昨日も一昨日も雨なんて降っていない。
と、なにか違和感があり、後ろを見る。水が流れたであろう廊下。そこに確認したのは、これ以上は行けないぞと言うように廊下半ばで流れを止めた水だった。まるで壁でもあるかのように、止まっている。
明らかな異常現象だった。頭がハテナを量産し、なにか理由をつけようと躍起になる。何が原因か分からない。それでも、わたしには分からないにしても何かしら原因があるのだろうと、現実に即したようなもっともな説明を業者だかなんだかを呼べば聞けるのだろうと、そう思っていた。解決もして、濡れたりしてダメになったものはまた買い直さなきゃいけないだろうけど、とにかくこの問題は解決できないものなんかじゃない。
そこまで考えて、もう一つの違和感に気づいた。足を上げ、触ってみる。
「……濡れてない」
履いている靴下も、濡れていない。水の冷たさは感じるのに、足は濡れていなかった。
ぴちゃぴちゃと水の中にある感触や水の重量、冷たさはあるのに、濡れていない。常識から外れた現象を自分で確かめた。気持ちが悪い。
口の端から中途半端に息が漏れ、唇から感触がなくなる。膝がふるふると震え、指先が麻痺する。受け止めきれなかった感情を表しているかのようだ。
「……ふ、ぅひ、ひ、」
笑いのような悲鳴のようなおかしな声が漏れだし、わたしは。
何の気もなしに。
部屋に一歩。
足を踏み入れた。
「ひっ」
そこにあるはずの床が踏めなかった。
踏み込んだ右足は受け止め先を見つけられず、するっ、と、水の、中に、! 奥底へっ!
「なんで!」
誰に投げたのか分からない疑問符を叫び、体重を受け止めてくれなかった床へと落ちる。
床が! 見えているのに! なぜぶつからない!
そのまま、足のつかないプールに入った時のように、わたしの身体は水中に沈み、顔が使った瞬間、恐怖に目を閉じて息を止めた。
「…………かはっ」
しかしとっさに止めた息は長く続かず、得体のしれない水を飲んでしまうことにパニックになる。が、息ができる。それに驚き、反射で目を開ける。暗闇だった。何も見えない。開けているはずなのに。
「――――」
声が聞こえない。出しているはずなのに。
身体が動かない。動かそうとすると、水の中にいるときの数倍の重さが邪魔をする。
そもそもなんなんだ。わたしはまだ落ち続けているのだろうか。それとも水の中で漂っていたりするのだろうか。いつの間にか冷たさも無くなっていた。
もしかしたら夢なのかもしれない。学校から帰り、そのまま疲れて部屋で眠ったのかもしれない。それともまだ学校にも行っていなくて、まだ昨日の夜が続いていてぇえあああああああああああああああああうぅぅぅっひ、ひ、や、いやだ! いやだいやだこわいこわいこわいこわいこわい!!
「――――」
たすけて!だれか! だれでもいい! おかあさん! おとうさん! たすけてよぉ! こわい! どこだどこだどこだどこだよここぉ!!
いやだ、こわい、なにもない、みえない、きこえない、さわれない、なにもない!
やだ、しにたくない、たすけて、なにをすればいい! どうすればいい! わたしは、なにがせいかいだ。
かえりたい。こわい。くらい。たすけて! やだ! だめだ。わたしは、いまなにをしている? なにを!
「――――」
暗闇の中、感覚を奪われ、恐怖に侵され、助けを乞いながら、疲れて眠るように意識を失った。
こんなん売れねぇな。
続きます。