53話 悪役令嬢は断罪イベントを支配下に置く
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呪術師とは結局何なのだ、という問いに、フランの父はこのように答えた。
「人間活動における様々なものごとをチェスに例えるなら、呪術師とはそのプレイヤーのことだよ、フラン」
その質問を答えていたちょうどその時に、フランと父はチェスを指していた。何だか誘導されたような気持ち悪さがあって父の顔を窺うと「その通りだよ」と告げられ震え上がった思い出がある。
「ハッハッハ。そう身構えなくともいい。今回やったのはそう難しいことじゃなく、ただチェスをやりながらそういう質問をフランがするように誘導しただけさ」
質問の誘導とは何をどうしたら出来るのか。それを尋ねると父は「戦略と人間の“習性”を知り、筋道立てて話題を運ぶだけだよ」と駒を前に進めた。
「フラン、人間とは面白いものでね、言葉を操り少し巨大すぎる群れを作り上げた、というだけで自らを獣でないと勘違いしてしまっている。だが、何故その勘違いが起こったのか、という事をさかのぼって見れば、人間という獣の習性がたくさん見えてくるんだ」
その高度な言い回しに、フランは混乱した。その混乱も見越してか、続くたった三手で父はフランをチェックメイトに追い詰めた。
「フラン、呪術のことを深く学びなさい。そして、臆することなくそれをお友達に実践しなさい。そうすることできっと君は慕われ、そして孤独になるだろう。だがね、その孤独は王家が常々悩まされるそれだ。その気持ちを知ることこそが、王家を支える影に必要なんだ」
フランは父の教育の通り振る舞い、そしてその予言の通り孤独になった。唯一、アルフィーを除いて。
だから、フランはアルフィーを守る。その為に必要なものを守る。そしてそのために必要でないものを切り捨てる。
「――にしても、随分と大胆な手に出たのね、ヴァネッサ。まさか異端審問会を呼び寄せて魔女をでっち上げてまで、自分の悪行をなかったことにしようだなんて」
ダンスホールの中心で睨み合う中、フランの言葉にヴァネッサは「アタクシが悪行ですって? フランソワーズ、寝言は寝て言うものよ?」と余裕ぶって返した。
油断ならない態度、突き崩せない余裕。だが、今回はすでに対策を打っている。
「ふざけないで! あなたがやった事は、もう全部知られているのよ!?」
声を上げたのは、中立のはずの侯爵令嬢だった。そして、それに同調して複数の令嬢らが「そうよ! ロレッタさんが売女!? あなたのがよっぽどふさわしいわ!」「アレだけの罵倒をよく他人に向けられたものね、自己紹介かと思ったわ」と糾弾を始める。
「な、何を言っているの? あなた達には関係のないことでしょう?」
流石のヴァネッサとて、ほとんど気にもしていなかった令嬢たちからの批判にたじろいだ。しかし、令嬢たちは「関係ないですって!?」と怒りをあらわにする。
その勢いを利用するのは、フランだ。
「本当、呆れたものね。残念だけれど、あなたが自分の悪行の数々をロレッタに押し付けて闇に葬り去ろうとしている、なんてことはすでに学校中に広がっているの」
みんな、あなたの告発という茶番を我慢して見ていてくれたのよ。フランがそう告げると、ヴァネッサは理解できないという顔で首を振る。
「フランソワーズ、本当にあなた、何を言っているの? ロレッタ・コールドマンが魔女なのは本当のことよ! それに、悪行なんて」
「してないなんて言わせないわ。そうでしょう皆々様」
フランの呼びかけに、令嬢たちに留まらない貴族な子女たちが怒号でもってヴァネッサを責め立てた。状況のひっ迫にヴァネッサは顔を蒼白にしている。この女のこんな顔初めて見たわ、とフランは思った。
「わ、分からないわ。何で、どうして……」
ヴァネッサの考えることは、手に取るようにわかった。ヴァネッサは証拠を残さない。確かにこの女は敵を罠にはめて学園から排除することくらいなら平気でやる。脅迫、強請り、弱みを自分から作るくらいお手の物だ。だが、その後処理を徹底するために裁かれない。
そしてそれ以上に敵として厄介なのは、そうする対象がほとんど誰かに望まれた相手であるという事。帝国の影響の大きくなりゆく昨今の国家間緊張を前に、明らかに国政を担うにふさわしくない子女は学園から弾かれる。ヴァネッサはその執行者と言ってもいい。
故に、今までは疎まれていながらもやはり、ヴァネッサはその立場を認められていたのだ。だから強引な手でも黙認され、そして悪事の露見が決定的になる前に身ぎれいにすることで、強権を振るい続けることが出来た。
だからこそ信じられないのだろう。証拠もなく、認められていたはずの自分が何故このような窮地に追い込まれているのかが。
「――フランソワーズ。あなた、あなたがやったのね」
ならば、この結論に至るのが自然だろう。
ヴァネッサは烈火のごとく怒りを湛えた瞳でフランを睨みつけてきた。そしてフランを指さし、周囲に叫ぶ。
「皆様! 騙されないでくださいまし! 皆様はこの女に騙されているのです! アタクシは悪行など行っていません! その全てがこの女の嘘なので」
その言葉に令嬢の一人が走ってきて、ヴァネッサに向けて一発平手を喰らわせた。その令嬢が、フラン陣営ではないことにヴァネッサは混乱する。
令嬢は言った。
「あなたの魂胆は分かっているのよ、ヴァネッサ・エヴリーヌ・ミッドラン! フランソワーズ様に罪を押し付けて、この場を凌げば次は私の番だと思っているのでしょう!?」
その予期しない言葉に、ヴァネッサは混乱した。首を振りながら「何を言ってるの……?アタクシは、あなたと話したことも」と否定しようとする彼女の言葉を、フランは遮るように言う。
「いつの世も詐欺師というのは大声で被害者ぶるものよね。皆様、決して騙されてはいけません。と、言うまでもありませんわね。何せ、ヴァネッサの悪行を見抜いたのは皆々様自身なのですから」
フランの言説にヴァネッサは停止した。それから、周囲をゆっくり見つめて、静かに震え始める。その目に宿るのは恐怖。理解を超えた現象に、ヴァネッサは腰を抜かしてへたり込む。
「な、何……? 何が起こっているの……? 分からない、分からないわ……」
ヴァネッサの混乱を見下ろしながら、フランはただ冷酷に見下ろしていた。それから、そっと周囲を確認する。背後にはロレッタと、ただ状況を眺める異端審問会。そしてフランを始めとした当事者たちを囲う怒りに震える聴衆たちと、何も知らぬ哀れなヴァネッサ。
その中に、オルドジシュカの姿は見えなかった。きっといるはずのフランの本当の目的。フランは眉をひそめる。この事件でオルドジシュカにまで手が届かなければ、フランが呪術師だと看破されるばかりになってしまう。
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フランがヴァネッサを下すために行ったこと。それは、花園の呪術の真骨頂にして、呪術師以外を確実に社会的死に追い込む呪いに他ならなかった。
といっても、フランが直接行ったのはやはり情報収集と、手紙を送ること、そしてミツバチたちへの指示のみ。それ以外は、フランの手を離れてフランの思う通りに進んだばかりだ。
「報告しますわ、フラン様。先日のお茶会で、ミリアム様派閥、および中立の侯爵令嬢各自三名ずつが『ヴァネッサ様がロレッタを魔女にでっち上げようとしている』という発想に至りました」
「私もです。侯爵令嬢といった上級貴族ではありませんが、伯爵から男爵まで十名を超えて成功しました。続いてすでに成功した令嬢複数と、何も知らない令嬢を一人招いてお茶会を開こうと思います」
「私は異端審問会とヴァネッサ様の文通に関して、異端審問会より意見することを求められました。当初の指示通りヴァネッサ様の策略である、と伝える方向で連絡を続けております」
ミツバチ三人の報告を聞いて、フランは「みんな、ありがとう。引き続き指示通りにお願いね」と礼を言った。
―――人間は、自己同一性を重視する。共感をされると嬉しくなる。集団の意見が『黒』であれば、『白でも黒になる』。
それは人間の習性だ。たった一人では生きていけない人間が、群れから弾かれないために身に着けた動物としての習性だ。それを利用して行ったのが、今回の計画。アルフィー、ロレッタ、ハルトヴィン殿下との会議でフランがたどり着いた、非道なやり方だ。
ハルトヴィン殿下はこう言った。
『そもそも、ミッドラン嬢がロレッタを嵌めようとしてる、って内容そのものを噂として広めることは出来ないのか?』
アルフィーはこう言った。
『敵が魔獣なら、自分から斬られに来てくれるのに』
ロレッタはこう言った。
『流行って基本的に序列がありますよね。今一番人気! みたいな』
だから、そのようにしたのだ。「ヴァネッサがロレッタを嵌めようとしている」という噂を、フランの口からではなく誘導する令嬢たち“自ら”考えつかせ、そしてその噂で他の話題を押し流し、ヴァネッサ憎しの空気を学園中に蔓延させた。
そのためにフランがまず手を付けたのは、ヴァネッサの評判を下げることだった。ミツバチたちを遣い、お茶会を通してヴァネッサの非道をお花畑たちの一部に、他の一部には『ヴァネッサがあなたの陰口を言っていた』という偽装情報を伝えた。
肝心なのはそこから。なるべくミツバチたちにも関与させずお茶会が起こるように働きかける。フランも存在を知っている程度に収める。だが、それだけで噂は“混ざる”。
何故なら、それは彼女らが勘違いしやすい“お花畑”たちであるから。
ならば次はお茶会にコマドリを連れてくる。面白い噂を聞いたなら、コマドリは意気揚々と情報をまき散らす。フランにもその情報が届く。その情報が思う方向に進んでいるなら触れず、歪み始めたならまたお花畑の噂の『交配』を行って誘導する。
そうやってフランの花園の中で、花は水を与えられながら自分自身の力で咲いたと思い込む。コマドリは自分の好きな歌を歌っていると思い込む。ミツバチでさえただ指示通りに動いているだけ。全体像をつかむのは、ただ花園の主であるフランのみ。
フランという“プレイヤー”の存在にも気づかず、『花園』は完成する。
それが、フランの『花園の呪術』だった。花は咲き乱れ、ミツバチは花粉を運び、コマドリは高らかに歌う。
彼らは自らの習性に従い自らの意思の下行動する。だからフランの存在に気付けない。フランはそこに居ないから、気配すら感じない。
フランの影すらなく、フランの花園はそうやってヴァネッサに牙をむいた。
「恥を知れ! ヴァネッサ・エヴリーヌ・ミッドラン!」
貴族の子息が怒号を上げた。コマドリ達の情報を鵜呑みにして、義憤に駆られて彼らは吠える。その様はさながら番犬だ。ロレッタ同様、花園を武力にて守り抜く。
「何でッ!? アタクシはあなた達に恨まれるような事……!」
ヴァネッサの訴えは届かない。当然だ。何せ、勝負が始まった瞬間にヴァネッサは詰んでいたのだから。
だが、これではグダグダと罵詈雑言が行きかうばかりだ。そのため、フランは一歩ヴァネッサに向けて踏み出した。それに気づいて、聴衆たちが静まり返る。
フランは屈んで顔を寄せ、地面に座り込むヴァネッサの耳元でそっとこう告げた。
「ヴァネッサ、助けてあげましょうか?」
「……え」
フランの言葉に、ヴァネッサは目を剥いて見つめてきた。フランは優しく微笑んで、交渉を始める。
「あなたが騙されただけなのは知っているわ。だから、助けてあげましょうかって言っているのよ。あなたの容赦ない精神性はワタクシにはない優れた特性。その性質は使い方さえ誤らなければ、ちゃんと国のためになる。ワタクシはね、あなたを認めているの」
「フラン、ソワーズ……」
「けれど、あなたを助けるためにはあなたが騙されたことを立証しなければならない。分かるでしょう? あなたが助かるためにすべきことは、あなたを魔女告発なんてものに誘導した敵――」
フランは、一拍おいて言った。
「オルドジシュカの告発よ」
その言葉に、ヴァネッサはキョトンとした。フランは、その反応に悪寒が走る。言いようのない違和感。仲の良かったらしい相手の名前を聞いてこんな反応をするの……? そう、フランが確認しようとしたとき、ヴァネッサは言った。
「“オルドジシュカって、誰のことを言っているの?”」
フランは、その言葉に言葉を失った。沈鬱な表情は僅か刹那の時間で終わらせ、フランは立ち上がる。
「そう、……残念」
それから聴衆の持っていたワインを奪ってヴァネッサの顔にブチ撒けた。
「なら、あなたのような無能は、もはやこの国には要らないわ。ロレッタの偽装魔女告発はあなたの罪。大人しく償うのね、ヴァネッサ・エヴリーヌ・ミッドラン」
フランは侮辱するようにワイングラスを眼前で手放した。グラスは地面に激突し、ヴァネッサの足元で砕ける。それからフランはヴァネッサに背を向け、離れ始めた。異端審問会はヴァネッサの拘束にフランを通り過ぎていく。
背後には暴れる声、周囲には聴衆の歓声。だが、その色が変わる。
「フランソワーズゥゥウウウウウ!」
振りむくと逆上したヴァネッサが、割れたワイングラスを武器にフランに走り寄ってきた。
命の危機を前に、フランの時間が遅くなる。ヴァネッサの乱れる長い金髪に、顔を汚すワイン。その鬼気迫った憎悪の表情。そしてその手に握られるワイングラスの破片の鋭さ。
フランは、自嘲に口端を歪めながらその名を呼ぶ。
「ロレッタ。ロレッタ・“フロストバード”。ワタクシを守ってくださる?」
「もちろんです、フラン様」
冷気を纏わせたロレッタはフランの前に躍り出て、ヴァネッサを優しく抱き止めながらワイングラスを凍らせ砕いた。凍える霊鳥は誰にでも聞こえるように鳴き声をあげながらダンスホールを飛び回り、その存在を聴衆全員にアピールする。
「いけませんね、ヴァネッサちゃん。そういった危ない真似事は似合いませんよ?」
「な、あ、何? 何よそれ。飛び回る鳥に、氷……? それ、それって、そんなこと」
ヴァネッサだけでなく、ロレッタの本当の身分に勘づいた誰もが同様の声を上げる。フランは思い出すような素振りで白々しくも口を開いた。
「ああ、そういえば紹介が遅れましたね、皆々様。今回魔女と疑われた彼女は、コールドマン男爵令嬢ではなく我が国の国防の要、“偉大なる氷壁”フロストバード家の長女です」
「遅ればせながらご紹介にあずかりました。ロレッタ・フロストバードでございます。来季からは上級貴族クラスにてお世話になりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
淑女の礼と常人離れして美しい微笑みに、ダンスホール全体が静まり返った。少し指示を出せばこれだけ完璧にこなすんだもの、敵に回すと厄介なのは当然よね、と肩を竦ませながら「さ、行くわよロレッタ」と声をかける。
――その脳裏に荒れ狂うは、悔恨。敗北感。同じ呪術師として、オルドジシュカに大きく逆転された苦みだ。
フランは歩きながら、誰にも見えないように下唇を噛んだ。結局オルドジシュカを学園から追い出すことも出来ずに、全校舞踏会を後にせねばならない。それは痛手だ。こんな大仰な手でヴァネッサを飲み込んだ以上、フランが呪術師なのは確実に露見したというのに。
呪術師としての盤面は、捨て身の戦法で有利を取れなかったフランの圧倒的不利に落ち着いた。今からでも見つけ出して強引に拘束してやりたいくらいだが、奴も呪術師ならそんなヘマは打つまい。だから、ここは退くしかない――
が、ロレッタ。いう事を聞かずに立ち尽くしてどこかを一心に見つめている。
「……? どうしたの? 早くおいでなさい」
引き際というものが分からないのかしら? と世間知らずっぷりが露呈してきた最近のロレッタに付いて考えながら、フランは声をかける。
しかし彼女は変わらず一点を見つめるばかりだ。観衆もそれを察して視線から道を開け始め――ロレッタは声を上げた。
「やっぱり! ジシュカちゃんじゃないですか!」
フラン、静かな驚愕に目を丸くしてしまう。だがロレッタは一心不乱に走り出し、ドレス姿なのにもかかわらず衣装に苦しむことなく優雅に肉薄して見せた。
その先に居たのは、宣言通りオルドジシュカだ。しかも惚れ薬のせいか、名前を呼ばれて硬直し動けないでいる。お顔も真っ赤だ。
何で居るの? とフランは拍子抜けしかけて、違うわ、と首を振った。オルドジシュカほどの呪術師がこんな時に身を隠していない訳がない。下手に閉じこもるよりも人に紛れた方が確実だという判断の元、そのように隠れていたはずなのだ。
だから、異常なのは――見つけ出したロレッタの方。
「ジシュカちゃん! 見てましたか今の! 私めっちゃ練習したんですよさっきみたいに乱入して助けに入るの! こう、シュッと行ってふわっと止まるの!」
ロレッタがそれ説明したせいで台無しだけどね、とフランはわだかまる複雑な感情にプルプルと震えた。だが話がどう運ぶか分からない以上、下手に介入できない。
そう思った時、「アレ? でも」とロレッタは首を傾げた。
「何でジシュカちゃん、ヴァネッサちゃんを助けに出ないんですか? お友達のはずでしたよね、お二人」
「え、あ、ろ、ロレッタ……?」
オルドジシュカの戸惑いの声に、フランは敵ながら共感した。ロレッタにはオルドジシュカが敵である、などという話を一度もしていない。その情報がきっかけで、勘違いを起こしたロレッタがオルドジシュカ側に着くのではないか、という危惧がゆえに。
“それが、何故、知っている”。
「アレ? 違いました? さきほどハルトが妙なタイミングでジシュカちゃんの話をし出したからそこに関連があると思ったんですけど――あ、違いますねこれ。ジシュカちゃん、ヴァネッサちゃんとつながりがあるうえに、隠そうとしてるってところですか」
「……………えっ」
ヴァネッサを取り囲んでいた時とはまた違った色合いのどよめきが周囲に広がった。様子をうかがいに来たハルトヴィン殿下が、フランの横に立って「おいおいマジかよ」と冷や汗をかく。
「隠そうとするところに不都合アリ。で、友達なのに助ける様子もなかったのは切り捨てようとしたってところですかね? 切り捨てる? ――もしかして、本当に私を排除したかったのってヴァネッサちゃんじゃなくってジシュカちゃんだったんですか!?」
何よそれ、とフランは開いた口が塞がらない。一を聞いて十を知る、という言葉はこう言う事を言うのだろうか。それで片づけて本当にいいのだろうか。オルドジシュカは魂胆を明らかにされていき、どんどんと顔色を悪くする。
「……ジシュカちゃん、何でだんまりなんですか」
ロレッタは依然として微笑みを湛えている。だが、それは先日見たものと同じ。ヴァネッサを咳き込ませて一言もしゃべらせなかった時の冷たい微笑だ。
そこに、今となっては鬼気迫るものを見出してしまうのは、何らおかしなことではないだろう。
「私、悲しいです。こんな被害妄想みたいな話をして、何でジシュカちゃんは図星突かれたみたいな顔をして黙っているんですか。否定してくださいよ。私の妄言、正解ってことになっちゃいますよ」
「もういいわ、ロレッタ」
フランは割り込むようにそう言った。それから異端審問会の面々に目配せすると、オルドジシュカを囲うように動き出す。
「ヴァネッサからあなたの記憶が消されていた時点で半ば諦めていたのだけど、ここまでロレッタが暴き立ててくれるとはね。あなた運がなかったわ。“そんなの”を敵に回しちゃったんだから」
顎でロレッタを示すと、間の抜けた表情で「え、私ですか?」とロレッタは自分を指さす。それを無視しながらオルドジシュカを睨みつけていると、彼女はフランを見た。
そこから窺えたのは、顔を使い分けて真の姿を決して見せない、今までのオルドジシュカではなかった。まるで駄々をこねて泣く子供のような涙目がこちらを向き――
「わたしはッ! まだ負けてません!」
魔法が、弾けた。
視界が白一面に染まる。痛みさえ走る瞳にフランはうずくまると、周囲で異端審問会と思われるしわがれた声が「逃げたぞッ! 追え!」「ぐぁっ! やめ」「我々のフードを奪いおった! ここで捕まえねば完全に取り逃がすぞ!」と反響する。
視界が晴れる頃にはダンスホール中に混乱が走っていて、収拾のつかない状態だった。ロレッタは「目が~! 目が~!」とうずくまって騒ぎ立て、ハルトヴィン殿下は異端審問会と共に行動しているのか影も形もない。
「フランッ! 大丈夫!?」
駆け寄ってきてくれたアルフィーにフランは飛び込んでいき、一気に解けた緊張のために体の震えを止められなくなった。
だが――それでも、フランは言ってのける。
「ええ、そうねオルドジシュカ。あなたはまだ負けてない。けれど――ワタクシは、ワタクシたちは間違いなく勝ったわ」
あの天然の英雄娘のお蔭でね、とロレッタを見る。彼女は半泣きで立ち上がり、「フラン様目が痛いです~」と泣きついてくる。
そうして、波乱の中に舞踏会は幕を下ろす。ひとまずの決着を迎えながら。




