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52話 童貞美少女、断罪イベントに黙秘権を行使する

 ダンスが終わった直後、けたたましい拍手に包まれハルトはビビり散らかしていた。肩を跳ねさせ周りを見回したい気持ちをグッと押し殺し、微妙に震えながらそっと周囲を窺う。


 だがロレッタがそれを阻止して、「さ、ご挨拶ですよ」と促してきた。ハルトはぎこちない動きでそっと紳士の礼をすると拍手が大きくなり、ロレッタが淑女の礼をすると拍手は割れんばかりになった。


「……こんなにダンスが好評なことってあんのか?」


「感動をお届けできたならこのくらいの反応は当然です。ほら、見てください。あそこの若造なんか怒っていいやら感動していいやらみたいな感じになってるじゃないですか」


 ロレッタの視線を辿ると、ヨーデルの真っ赤な顔が見つかった。あ、ホントだ。とちょっと他人事のように思う。奴はしばらくこちらを見ていたが、結局そのまま居なくなった。


「さて、こんなものですかね。今後も楽しくダンスに興じていれば、注目も集められますし敷居の高さから話しかけられもしないでしょう。王子様とか出てきたらまた違うでしょうか」


「アルフィーとかな」


 冗談めかして言ってみる。が、そんなことは起こるまい。何せうまくいっているこの状況を最高に台無しにするような行動だ。よっぽどの非常事態でもない限りありえな「ハルトくーん! ロレッター!」


「嘘だろ」


 ハルト、呆然である。アルフィーは馬鹿ではない。つまり、今考えた通りのよっぽどの非常事態になったという事だ。


 だが、アルフィーはとてもにこやかだった。ロレッタは「アルフィー! どうでした見てくれましたか!?」と笑顔で迎え入れる。ロレッタは馬鹿で天才なのでこの反応は順当だ。


「うん! すっごくよかったよ! でね、ちょっと申し訳ないんだけど、ハルト君借りていいかな?」


「え? でも作戦では……」


「フランが予定変更だって伝えてって。いい? ハルト君もお願い」


「あ、ああ。そう言うなら問題はないけどよ」


「分かりました! どうぞ連れていってください。私は別にハルトが居なくても根本一人なので多分話しかけてくる相手も居ないと思います」


「何でそんな悲しいこと言うんだ?」


 そんな寸劇はともかく、ハルトはアルフィーに連れられ人垣へと突入していく。アレだけ注目を浴びていた人間と王子の組み合わせともなると人の波が自然と割れてくれ、そのどよめきの中でそっとアルフィーは告げてくる。


「フランが消えた。ロレッタは絶対に取り乱すと思ったからあの場で言えなかったんだ。ボクが必死に探して見つからない以上、その道の玄人が攫った可能性が高い」


「……」


 ハルトは動揺を隠すのに必死だった。垂れる冷や汗を拭い、つばを飲み込んで、周囲の声に紛れるような小声で質問する。


「犯人の目星はついてるのか?」


「多分異端審問会。けど、場所を突き止めたのにもぬけの殻だった。これ以上の情報はまだ集めてる最中かな」


「……そうか」


 まずいことになった。そう思う。そこでアルフィーは立ち止まって、周囲にも聞こえるような声で「ごめんね! 用事を思い出しちゃったからここで! じゃあ!」と走り去っていった。ハルトは「では失礼します、アルフィー殿下!」と速足で引き返した。


 これではロレッタから離れるのは非常にまずい。だが、知らないままではいられない情報だった。だから素早く接近し、短時間で適切に伝えてくれたのだ。時間にして一分ほども経っていない。すぐに戻ればロレッタへの介入は防げる。


 そう考えていたちょうどその時に、給仕係のメイドに激突された。「申し訳ございません!」と彼女は慌てた様子でハルトの服にかかった飲み物を拭きにかかる。こんな時に! と唇を噛んだ瞬間、ちらと彼女は僅かにその瞳をハルトに覗かせた。


 その瞳は、ディーのものだった。


 ハルトは息をのみ硬直する。ディーはメイドの姿でハルトの服を適切に拭き終え、そのまま「申し訳ありませんでした。他に汚れがございましたら、このハンカチをお使いください」と言って離れていく。そのハンカチには、このように書かれていた。


『愛しいハルト様へ。

フランソワーズ・アストヒク・ブルゴーニュ様はわたしの下で預かっております。あまりおはしゃぎになられませんよう、お気を付け願います。

あなたの婚約者、「月影の呪術師」オルドジシュカ・シャッテンブラウト』


 呼吸が止まる。ブルゴーニュ嬢は、今回の計画における唯一の矛だ。社交界の規律に従って周囲の感情を操り相手を裁くなど、ブルゴーニュ嬢以外の三人には出来ない。


 それが、ディーの手の内に落ちた。ハルトはどうしていいか分からない。だが止まっているわけにもいかず、ひとまずロレッタと合流しようとしてダンスホールに出ようとした瞬間。


「音楽を止めてくださる? この売女にはふさわしくないわ」


 ミッドラン公爵令嬢、ヴァネッサ・エヴリーヌ・ミッドランが現れた。




♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤




 失敗した、とアルフィーは足元の崩れるような気持になった。


 二階、バルコニー。ダンスホールの成り行きが最も手に取りやすい位置で、アルフィーは必死にどうすべきかの思案と致命的な失敗への自責の念をせめぎ合わせていた。


 大胆にもダンスホールに単身乗り込んで、ヴァネッサは曲を止めさせた。その顔に宿るのはひどく嗜虐的な笑みだ。想像できていながら、その口から紡がれる言葉にアルフィーは血の気を引かせる。


「お集りの皆々様、今宵、残念ながら申し上げなければならないことがございます」


 ヴァネッサは、まるで演劇めいた身振り手振りで悲しみを表現した。まだ初等部などの小さな子供たちがいるような時間であるのに、この機を逃すまいと声高に糾弾を始める。


 つまり、それだけの準備と覚悟があったのだ。アルフィーは自分よりも何枚も上手をいかれたと過呼吸を起こしかける。それは、めまいがするほど激しく回る思考ゆえか。


「それは、このような晴れがましい舞台に、魔族の尖兵、魔女が紛れているという事です」


 何の事情も知らない人々は、その言葉にどよめきだした。それから、ロレッタへと視線が集まる。それは、ロレッタが誰よりも目立っているから。そして、そのロレッタにヴァネッサが相対しているために。


「その名も、ロレッタ・コールドマン。この者は先日、アタクシの言葉を詠唱なき魔法にて封じました」


 幾人もが息をのんだ。その衝撃は、事情を知らない外野以外にも広がった。アルフィーとてロレッタの素性を知らなければ動揺しただろう。何せ。


「ブリタニア貴族にとって、詠唱なき魔法とはあり得ないもの。ならば諸外国の魔法ではないかと疑いミッドラン公爵家に保管されている貴族名鑑にて調査をいたしました。そこで、何か特別な事情が見つかればどれだけよかったでしょう」


 大仰な所作。聴衆は呼吸を忘れた。結末を知っていながら、その調査報告を瞠目し待っている。


「しかしコールドマン家は諸外国とのつながりもなく、魔法も詠唱を必要不可欠とするドルイドをのみ習得魔法とすることが判明いたしました」


 空気が凍る。場の空気が淀み始め、ロレッタへと嫌悪の目を向け始める。アルフィーは、拳を握りしめた。


「となれば、疑うべきは一つ。それは、魔人との契約による魔術の行使です。詠唱を封じる魔術を駆使する魔人となれば、海の静寂を司る魔族の母ダヌム。そう! このロレッタ・コールドマンは魔族の母ダヌムと淫らな契約を交わし、世を乱す魔女なのです!」


 静まり返るダンスホールはヴァネッサの言葉が半ば信じられつつある証拠だ。考えろ、と思う。だが、アルフィーには人心をどう扱えばいいか分からない。人の痕跡が何を示すのかは分かっても、アルフィーの言葉が誰にどう響くのかがアルフィーには分からない。


「……どう、すれば」


 今ココでフロストバード姓を明かしても恐らく聞き入れてもらえない。フランの言葉を借りるならば、“そういう空気ではないから”。


 ハルト君なら、と視線を巡らせるも、聴衆に紛れて場所が分からない。そして我に返って、恥じ入るのだ。窮地に至って誰かに助けを求めるなど王の器ではない。


 考えろ。ロレッタはブリタニアにとって失えない人物なのだ。この場をどう乗り越える。考えろ。考えろ!


「さぁ、ロレッタ・コールドマン。何か弁解はないのかしら? でなければ、あなたは異端審問会の手で処刑される運命にあるだけれど」


 意地悪く問う姿に、アルフィーは下唇を噛む。ロレッタは、考え込むように視線をどこかに彷徨わせつつ、しかし努めて冷静な顔で佇んでいる。


 その視線が、アルフィーを捉えた。アルフィーは咄嗟に安心づけるような笑顔を浮かべようとして、失敗する。すると逆に、ロレッタは笑った。どこまでも晴れやかな笑みに、アルフィーは申し訳なくて仕方なくなる。


「だんまりのようね。なら、異端審問会を呼びましょう」


 ヴァネッサの指鳴らしと同時、黒い装束の男たちがどこからともなくロレッタを囲んだ。仮面をかぶるその姿は異様で、貴族の子女たちは短い悲鳴と共にロレッタから遠ざかっていく。


「さぁ、これが最後の弁解の機会よ、ロレッタ・コールドマン。何も言わずにいるのなら、それはあなたが魔女であると――人類の敵であると認めるのと同義よ」


 異端審問会の面々が、それぞれ腰の下げる得物に手を伸ばした。臨戦態勢。アルフィーは、状況のどうしようもなさに歯を食いしばる。


 今この場で、アルフィーに何が出来るだろう。飛び込んでいって違うと言い張るか。だがアルフィーは口下手で、ヴァネッサには言いように言いくるめられてしまうだろう。そうすれば得られるものはない。ロレッタは裁かれ、アルフィーは多くの信用を失うばかり。


 しかし、それ以外に何ができるというのか。こういったパーティでは多くの場合入場の時点で剣を没収されるし、それを見越してそもそも用意していない。フランからもその必要はないと言われている。だが、その結果がこれだ。


 今からでもフランを探しに行くか。そう考え、首を振る。その間にロレッタが殺されてしまったらどうする。せっかく出来た親友を捨てて見殺しになど出来ない。けれど、ここで見ているだけでも結果は同じだ。


「どうしよう」


 手が震える。友情の面でも政治の面でもロレッタは絶対に失えない相手だというのに、アルフィーにはそれを救う手立てがない。


 いっそ異端審問会がロレッタに切りかかる場面で飛び込んで、代わりに斬られてしまおうかと思う。アルフィーは死ぬ可能性すらあるが、それで兄に王の自覚が出さえすれば“アルフィーが死んでも何ら問題はない”。


 フランとていつかは見つかるはずだ。その時に生きてさえいてくれれば、アルフィーの死を利用して責任問題に発展させ、ロレッタを守るくらいのことはしてくれる。


 ならば、それが今考えられる最善か。何せ、ロレッタは唯一無二の人物だが――アルフィーは、存在そのものが第二王子という代替物だ。


「さぁ! 何か言ってご覧なさいな! この魔女め! 悪魔に魂と貞淑を売り渡した売女め! 人類の忌まわしき怨敵め!」


 ヴァネッサの糾弾は最高潮に達していて、時間的猶予のなさが伝わってくる。異端審問会はじりじりとロレッタとの距離を詰め、ロレッタはただ黙したまま微動だにしない。


 しかし、まだ間に合う。そう思う。今すぐに走り出して、何ならこのバルコニーの塀を乗り越えて、ロレッタの下に向かえばいい。あとはいざ切りかかられるという場面を見計らって庇えばいい。ならば、さぁ、今だ、動け!


「……ッ!」


 アルフィーは、動かない足に強く拳を打ち付けた。所詮アルフィーはこんなものだ。勇気もなく、臆病で、師匠に勧められた剣すらまともに持ち上げられない貧弱さ。こんな体たらくで友人を救おうなどと考えたのか。この弱虫め。


「動いてよ、頼むよ、王を目指そうっていうのに、こんなこともボクは……ッ!」


 震える足に縋りつき、アルフィーは静かに崩れ落ちた。己の無力さに涙する。親友の命に関わる場面ですら、アルフィーは飛び出すことも出来ない。


 こんなことなら、と思う。フランとの計画段階で、アルフィーは口を出せる立場だった。事実フランはアルフィーに助言を求めたし、そのいくつかは採用されていたのだ。


 だが、それでは不十分だった。もっと多くのことをフランと協議して備えておくべきだった。


 例えばフランとの意思疎通を上手く行うために、ハルト君から通信機能を有した指輪を借りたらどうか、という案があった。生憎とフランに却下されてしまったが、これを用いていれば今頃フランを救出しに向かうくらいのことは出来ていたはずなのだ。


 それでなくとも何らかの意思疎通の魔道具なり手段を決めていれば、こんな事にはならなかったはずだった。アルフィーは口惜しさに燕尾服を拳一杯に握り締める。だがアルフィーの非力な握力では、少しシワが寄っただけ―――


「……え?」


 そこで、アルフィーは気づいた。


「……何で、却下されたんだろう。ハルト君の通信指輪の魔道具なんて、付けていたところで何の害もないのに――」


 アルフィーの思考の中で、真っ白な領域が発生する。発見に付随する推理。理由もなくフランが有利となる材料を捨てる訳がないという信頼。さらに緊迫感が高まっていくヴァネッサの糾弾に。




「ヴァネッサ、あなたもっと淑女らしく出来ないのかしら。ああ、無理だったわね。何せ信用がかかってるんだもの。躍起になってでもロレッタの口を開かせたいのよね」


 優雅に響く声に、アルフィーは立ち上がった。そしてバルコニーを見下ろすと、見慣れた深紅の長髪が揺れていた。




「ロレッタ、災難だったわね。あなたは優雅に踊りを楽しんでいただけだったのに、こんな無粋な女に絡まれてしまって。でも、もう安心なさい? ワタクシがこのメルヘンデカ女に引導を渡してあげるから」


「フラン様ぁ! お待ちしておりました!」


 喜色満面で声を上げるロレッタに、行方不明だったはずのフランは近づいていく。それを阻む役割を担っていたはずの異端審問会はそっとフランに道を開け、そしてロレッタを囲う陣形からフランの背中に付き従うように集まった。


「な、何を言って。フランソワーズ、何で異端審問会の人間があなたに従うの? ――もしや、あなた異端審問会を懐柔して!」


「黙りなさい、ヴァネッサ・エヴリーヌ・ミッドラン。今から始まるのは、権力に思い上がったあなたの断罪よ。お集りの皆々様もよくお聞きください。判断するのは、ワタクシではなく皆々様です」


 フランはヴァネッサと違い、嗜虐的な笑みなど覗かせない。そこにあるのは冷徹な女王の顔。自身が裁く者であるとこの一瞬で印象付けた、フランソワーズ・アストヒク・ブルゴーニュの弾劾裁判が、幕を開ける。


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