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50話 童顔王子は名探偵

♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤




 フランの指定通りにメインホールの裏口に馬車を止めたアルフィーたちは、そこで降車した。


「さ、フラン」


「ありがとう、アルフィー」


 馬車の車高が高いために少し背伸びしてフランの手を取り、エスコートする。けれど、ここからは普通の男性のようにうまくは行かない。


 フランはスカートの裾を摘まみながら地面に降り立ち、それから「ひとまず誰の目にもつかない場所に移動しましょう」とアルフィーの手を引く。


「それで? ここからは別れるような事もないだろうし、いい加減何をどうするのか教えてくれてもいいんじゃない?」


「そうね。じゃあ端的に述べるけれど、ヴァネッサがロレッタ告発に際して異端審問会を外部から呼び寄せた、という情報を確保したわ」


「―――」


 アルフィー、言葉を失った。異端審問会とは、対魔女に特化した処刑人のことだ。魔女告発の時点で別世界のように感じていたから想定していなかったが、魔女告発をするならばいなくてはならない人間でもあった。


 そして、その立場に置かれる人間はかならず達人に域に達している。つまり、自分の意志一つで地形を変えるような、飛び切りの才能に経験を積み重ねた者たちだ。


「それは、マズイね。折角の舞踏会が滅茶苦茶にされちゃうし、何よりロレッタの命が危ない」


「それをどうにかするために、アルフィーの力を借りたいの」


 言われ、ギョッとする。アルフィーは慌てて手を振った。


「そ、そんな! 無理だよ、ボクが弱いのは知ってるでしょ?」


「あなたが超人じみて強いのは先日判明したばかりだけれど……、とはいえ、ワタクシだってあなたに戦わせようなんて思ってないわ」


「そう、なの?」


 訝しげに問うアルフィーに、フランは明言する。


「ええ、実際ワタクシはあなたがどれだけ強かろうと、武力の面でアルフィーに頼るつもりはないわ。だってそれは王の役目ではないもの」


 王、と言う。言い切られる。それが当たり前のように。だが、それは重過ぎる期待ではなく、フランなりの覚悟であることをアルフィーは知っていた。


「……分かった。少し怖いけど、ボクも出来ることをするよ。それで、フランがボクに助力を求めるってことは何かを探すんだよね?」


「そうね。アルフィーには、その異端審問会たちの居場所を探り出してほしいの。そこから先はワタクシがやるわ」


「……さすがにフランが戦うくらいならボクが戦った方がいいと思うけど」


「淑女が戦闘なんて野蛮なことするわけがないでしょう? それなりに策があるのよ」


 策、とアルフィーは口の中で反復した。フランがそう言うからには、信用してもいいのだろう。「分かったよ。それで、痕跡とかってあったりする?」と尋ねる。


「ないわ。けど、目的が目的だし建物内にはいるはずよ。それだけ分かれば人間なんて言う大きな探し物だもの。すぐ見つけられるでしょう?」


「確かに」


「ワタクシそこで同意されるとは思ってなかったわ」


 無茶ぶりしたつもりだったらしいフラン、少々キョトン顔になる。が、実際のところかなり大きな建物で大勢の人が居るとはいえ、それが何らかの殺意を有した集団なら見つけるのは難しいとは思えない。


「ひとまず、中に入ろうか。人通りのなさすぎる場所にずっといるのも目を付けられかねないし」


「そうね。じゃあ、いつも通りお手並み拝見と行きましょうか」


 先んじて歩いて行ってしまうフランに、アルフィーは手を引かれる形で建物の中に入っていった。正面入り口ではないからレッドカーペットなどは敷かれていないが、それでも大理石の見事な意匠の廊下がアルフィーたちを出迎えた。


 といっても、慣れた道だった。しょっちゅう来ているとは決して言えないが、年に四度ある大規模なパーティを、学園に入学して以来の九年間通い続けているのだ。


「そういえばボクら、今年で入学十年目なんだね」


「そういえばそうね。入学一年目は二人そろって緊張しいだったのに、三年もすれば問題児たちに連れられて探検なんかしちゃって」


「おかげで間取りとかも全部覚えちゃったよね。そういう経験が今になって活きてくるんだから、分からないなぁ」


 去年ブリタニア王立学園を卒業し、アレクサンドル帝学院の特待生として大湖峡を超えていった生徒たちを想う。彼らはアルフィーやフランを誘ってくれたが、王族や王家の血の流れる公爵家などが長期間国を離れるのは問題だ、と断ってしまったのだ。


 実際の話をすれば、ただ自信がないだけだった。アレクサンドル帝学院の特待生試験は恐ろしいほどに厳しいという。何せ、かつて畏怖の世代の化け物たち“のみ”がそろい踏みしたというほどだ。むしろ彼ら全員受かっているのが信じられないほど。


「まだお別れしてから数か月だっていうのに、懐かしいなぁ。元気かな、みんな」


「あっちはあっちで色々あるでしょうね、きっと。ワタクシたちでさえこんなてんてこ舞いなんだから」


 フランのため息交じりの言葉に、アルフィーはクスッと笑って「そうだね。ボクらも大概だった」と返す。


 そうやって談笑交じりに歩きながら、しかしアルフィーは周囲への注意を怠っていなかった。痕跡らしい痕跡が全く見当たらないことを理解して、「このままダンスホールに向かおうか」と提案する。


 そうやって歩きながら、アルフィーはフランに確認し始めた。


「それで、異端審問会ってやっぱり仰々しい格好をしてるのかな」


「ええ、そうね。何でも黒い装束に身を包んでるって話よ。仮面もつけて、素性をバレないようにその武術を振るうんですって」


「達人の域の人たちって話だし、若くはないのかな」


「壮年以上がほとんどって話よ。でも、妥当よね。魔女は魔人に愛された人類の脅威。それだけの実力がないと、狩れないもの」


 話しながらある程度人物像が固まってきたところで、二人はダンスホールにたどり着いた。そしてすでに集まっていた大勢の人にあてられる。「流石の人数ね」と辟易した顔のフランに同感だ。人ゴミというのはいつだって嫌なもの。


「うーん……。ここなら何かつかめるかなって思ったんだけど、如何せん人が多すぎるのと」


「のと?」


 フランに続きを言われるよう催促されるも、少し言いづらくなって困り笑いでアルフィーは誤魔化した。どうしたものか、と首を傾げて考え込んでしまう。


 そこに、ふっと現れる大きな影があった。彼は、野太い声で話しかけてくる。


「どうした? アルフィーに……フランソワーズ殿か。仲睦まじくて羨ましいことだな」


「あら、ヘクターじゃない。久しぶりね。息災かしら?」


「ああ、健康そのものだとも」


 そこに立っていたのは、ヘクター・ヴァノンだった。アルフィーが先日、愛の告白をされたばかりの相手。どういう対応をしていいものか迷ったが、別れ際彼が最後にアルフィーに告げた言葉を思い出し、アルフィーは背筋を正す。


「やぁ、先日ぶりだね、ヘクター」


 まっすぐに向かって言うと、ヘクターは何度かまばたきをしてから「ああ……あの時は」とだけ言って眩しげに目をそらした。フランは少し不思議そうに、「アルフィー、あなたへクターのこと苦手じゃなかったかしら」と耳打ちしてくる。


「ううん、今はそうでもないかな」


 アルフィーに求められているのは、“忘れない”ことだけだ。そう思えば、ある程度気も楽になる。そして、それをこそヘクターはきっと望んでいる。


「お二方が何やらお困りのようだったから、声を掛けさせていただいた。何か手伝えることは?」


「あー……そうだね。じゃあちょっと妙な質問をしてもいいかな?」


「もちろんだアルフィー。何でも聞いてくれ」


 アルフィーとはまた違った逞しい着こなしで燕尾服を纏う胸板を拳で打って、ヘクターは請け負ってくれた。アルフィーはダンスホールでガヤガヤと話し合う群衆を見ながら聞く。


「ご年配の人がどれだけいるのかを何となく掴みたいんだ。先生方を除いてね」


「んん? 構わないが……どれ」


 偉丈夫のヘクターが少し伸びをすると、アルフィーよりも頭二個近く大きくなる。察したフランは「なるほどね」と微妙な顔色。アルフィーもだが、フランも大概身長の低さを気にしている。


「そうだな……ご年配の方自体は居るが、先生方を除くとなると見当たらない。しかし、こうやって俯瞰するのも面白いものだな。こんな騒がしいパーティでも、一番にお年を召した学園長は楽しそうだ」


「学園長は中々冗談が分かる人よ? 今度機会があったら話してみると良いわ」


 フランの提案に、「それも中々興味深いな」とヘクターは笑った。


「それで、どう? アルフィー。他にやることはある?」


「んー……、ちょっとダンスホールを見て回りたいかな」


「いいけれど、あまり目立たないようにね。壁沿いに進みましょう」


 そんな訳で、とフランはヘクターに手を振った。寂し気に眉を垂らしながらも、「そうだな、この辺りとしようか。二人とも、楽しんで」とヘクターはアルフィーに目線を合わせて一礼し、去っていく。


「……」


「何を立ち止まっているの? さぁ、行きましょう」


「うん、そうだねフラン」


 アルフィーは物思いに固まっていた足を前に出し、ゆっくりとダンスホールを歩き始めた。周囲に目を向けると、人の群れの中にも固まりやそれぞれの身分が見えてくる。


 忙しそうに一人一人で歩き回り、周囲観察するメイドなどの給仕たち。そして小さなテーブルを囲んで会話に興じる貴族たち。その中でも身振り激しく声が比較的大きいのが下級貴族で、声色小さく笑みがどこか嘲笑の色合いに帯びているのが上級貴族。


「フラン、何て言うか、ブリタニアの貴族は階級が上がれば上がるほど」


「性格悪くなるわよ? もちろん、一部を除きだけれどね。特に公爵家は悪人の集いなんだから」


「ハハ……。その反動があの甘えんぼかな?」


「黙りなさい」


 そこで顔を赤らめて睨んでくるから、フランという婚約者は憎めないのだ。アルフィーはちょっと笑って、「ごめんごめん」とその怒りを受け流す。


「でも、そんなものよ。下級貴族は領地さえ治めればいい。けれど上級貴族は下級貴族を統率し、他の上級貴族たちと牽制し合い、こんな場で真っ先に考えるのは誰と話せば情報を得られるかとか、有力さを周囲に見せつけられるかとか」


「それは、疲れちゃうね」


「そうよ。ああやって誰かを嘲っているのだって、上級貴族なりの仕事なんだもの。だって、敵の評判は落ちている方がやり易いでしょう?」


 単純に性格が悪いだけならどれだけよかったか、とフランの解説を聞きながら思う。「けれど」と言いながら、フランは近くのビュッフェ料理の近くに歩み寄って、小皿に小さなケーキを盛りつけた。


「だからこそ疲れた体に美味しい食べ物って染み渡るのよね。特に学園のケーキはどれも絶品だもの」


 その所作を見て、アルフィーは閃いた。それからキョロキョロと周囲から目ぼしい相手を見つけて、「分かったよ、フラン」と呟く。


「分かったって、何が? もしかして見つけたのかしら」


「ううん。ここには居ないよ。そのケーキ食べたら場所を変えよう」


 小さなケーキを何口かに分けて食べるフランを待って、アルフィーたちはダンスホールから出た。それから人気の全くない廊下をカツカツ足音を立てて歩く。


「それで? どこに向かおうって言うの?」


「厨房だよ。中には入らないけれどね」


「???」


 首を傾げるフランの手を引いて、アルフィーたちは厨房の外で立ち止まった。そのとき、ちょうど列をなして大量の料理を乗せたワゴンが厨房の扉から飛び出していった。ウェイターたちは統率のとれた機敏な動きで廊下を進んでいく。


「ああやって見ると、結構迫力があるわね」


「うん。ちなみにフラン、あのウェイターたちはどこに向かうと思う?」


「え? ダンスホールでしょ?」


 何を当然のことを聞くのよ、という顔でフランは答えた。それにアルフィーは頷く。


「うん、そうだね。でも、ダンスホールでご飯を食べられない人たちはあの料理で胃を満たすことは出来ないのかな? それも、あんな大きな森で囲われたこの学園に、やっとの思いで訪れた人たちが」


 そんなの可哀そうだよね、と言うと、フランは「アルフィー、あなたやっぱりすごいわ」と相好を崩した。


「つまり、個人用の料理を手に出てくるウェイターを追いかければ」


「たどり着けるはずだよ。異端審問会の人は達人に至るような年配の人物で、しかもそれにふさわしい姿に着替える必要がある。お腹もすいてるだろうしね」


 つまり、個室に居る可能性が非常に高いという事、そこにヴァネッサが手配した料理をウェイターが届ける可能性が高いという事。唯一の懸念はすでに運んでしまっていることだが、あのワゴンの隊列を見る限り個人を優先する暇はないだろう。


 そう考えていたところで、ちょうど身のこなしの洗練された老齢のウェイターが悠々と数人分の料理を乗せたワゴンを押して出てきた。咄嗟に二人は姿を隠してから、頷きあってこっそりとその後をついていく。


 老齢のウェイターは、優雅な動きで大理石の廊下を進んでいった。そして、どこかで曲がり見えなくなる。その正体を、アルフィーたちは知っていた。壁の途中。そこに、特定の呪文にのみ呼応して本当の姿を現す通路がある。


「問題児たちの言う通り、本当にあったのね」


「しかも使われ方が本格的だ。何と言うか、彼らは本当にすごかったんだね」


 中等部時代の問題児たちは奇想天外なことを思いつく天才肌で、それだけにフランの手を煩わせていた。しかしそれだけに鋭いところがあって、アルフィーがともにここに忍び込んだときは『秘密の通路』の存在だけ教えてもらったものだ。


 その壁に手を伸ばすと、何に触れることもなく吸い込まれていく。つまり、幻影という事だ。そして貴族たるもの壁に触れながら歩くような下品なことをする訳もない。その意味で、この通路の機密性は非常に高かった。


「それで、フラン。やっと見つけた訳だけど、流石に直接会って話すなんてことは……え? アレ? フラン?」


 アルフィーが振り返ってフランに意見を求めると、すでに彼女は居なくなっていた。周囲には誰もおらず、ただ孤独感のみが押し寄せる。


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