5話 童貞美少女は初恋をする
放課後、待ちに待ったお茶会の時間である。
どこから漏れだしたのか、ロレッタがヤバそうなお茶会に招かれたという噂は下級貴族クラス全体に広まっているようだった。その証拠に、と童貞美少女は多少うんざりした目でクラスの廊下に目をやる。
居るのは生徒、生徒、生徒。休み時間の度に、複数ある教室からロレッタを一目見ようとやじ馬生徒が押し寄せてくるのだ。その数は毎度増して、今では教室があふれんばかり。
友達が教室にいれば、はけさせるのを手伝ってもらえただろうに。ロレッタは基本ボッチ美少女なので、たまに視線を向けて必要以上に近寄らせない努力しかできない。ああ孤独、と悲劇のヒロインぶった表情を取ってから、ちらと窓を見やる。ロレッタは今日も可愛い。
「じゃ、行きますか」
荷物を整理して立ち上がる。肩で風を切るように歩くと、自然にやじ馬たちは道を開けた。この世界に映像技術があれば、人の波を分けて道を作るロレッタの姿を永久保存したのだが。
さてどこにどう行くべきか、と招待状を取り出す。そこにはご丁寧にサロンまでの行き方が書かれていて、童貞はむむと見入る。
「改めて見ると学園めっちゃ広いですね……」
前評判や初日の散歩の時点で何となく把握はしていたが、この学園の中には小規模な街が内包されている。王国中の貴族が一手に集まる場所というだけあって、生徒のケアのための歓楽施設だったり国の要所としての防衛能力だったりと、想定以上に大規模なのだ。
その中でも、花園のサロンとして示される場所は、異質だった。
「え? お屋敷ですかこれ」
あらかじめ用意しておいた地図と見比べながら、すたすたと歩く。何度も確認するが、どうやら今回お招きいただいたサロンは学園内でも有数の敷地を持つお屋敷で執り行われるらしい。
「……」
権力関係どうなってるんです? と思わないでもない。公的機関の中にこれだけ私的な空間を用意できる、ということそのものがもうちょっとヤバイ。
悪徳公爵。
公然とそんな呼び名が定着していながら、恐らくは失脚していないのだろう恐ろしく有能な貴族。その娘より、お茶会を招かれるということ。
前世もこんなことあったなぁ、と思う。一応零細ながら経営者をやっていたのですごい企業のお偉いさんとも飲む機会かあったのだ。そういう相手は良くも悪くも傍若無人というか、才能があるが故に傲慢という連中ばかりだったので、一発芸が良くウケた。
一発芸は身を助ける。ここで気に入られれば大躍進、という機会も少なくなかった。そういう時、前世考案した数々の芸が役立ったのだ。
「まさか美少女になってまでやるとは思いませんでしたが……ふふふ、腕が鳴ります。強権高飛車美少女、是非お友達になって見せますとも!」
気炎を揚げてロレッタは学園を出る。お天気模様は快晴。何もかもがうまくいくという謎の自信にあふれていた。
♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡
お屋敷前に着いたけどデカすぎじゃありませんこれ?
「ふぇええ……おっきすぎますぅ……」
横数十メートル、四階建てともなると学園内じゃなくてもちょっとビビる大きさだ。実家は領地がだだっ広かったので一応この屋敷よりは大きかったが、それも元をただせば土地が有り余っていたという理由に尽きる。駅前と田舎の土地では地価が雲泥の差なのだ。
そりゃ寮母さんもビビりますわ、と納得しながら、ロレッタはチャイムを鳴らす。するとすぐに扉が開いて、目麗しいメイドさんが玄関扉を開けた。
「いらっしゃいませ、ロレッタ・コールドマン様ですね。承っております。庭園へお連れいたしますので、どうぞ道案内をお任せください」
「ひゃ、ひゃい!」
初対面の女性に対してめっぽう弱いのは治りそうにない童貞美少女は、メイドさんの衝撃に茶会のことを半ば忘れながら呆然とついていく。廊下の赤絨毯が何か高級そうだった以上の情報が記憶から抜け落ちた。
メイド……。メイド、良い。とても良い。実家はめちゃんこ寒い地域だったから、冬季とか家の使用人など男ばかりだったのだ。むさくるしい一方で嫁さんに外出させる負担をかけていないのは評価できたから、致し方なしと思った記憶がある。
そんな訳で異世界転生したのにメイド慣れしてない童貞は、メイドが羨ましい。いいなぁ。メイドいいなぁ。童貞も雇えないかなぁ。これだけ学園の敷地広いんだし、未雇用の若い女の子とか居な「到着です。では、ごゆるりとお楽しみください」「ひゃい!」
我に返る。思わずぴしっと背筋が伸びる。開かれた先には緑花開く春の庭園。そして中央には真っ白な机といすが有り、四人の令嬢が腰を掛けていた。
「あ! いつもの皆さんじゃありませんか! ビンタの令嬢にバケツの令嬢とあともう一人!」
見慣れた顔に嬉しくなって言うと、いつもの三人が吹き出した。そしてビンタの令嬢が「あなた! この誉れある席で失礼じゃありませんこと!?」と窘めてくる。他二人は「バケツの令嬢って私のこと……?」「あと一人って言われた……」とちょっと傷ついてしまった様子だ。
「……確かに」
ロレッタ、公爵が偉くて男爵が雑魚いことくらいは理解できるので、礼を尽くさねばと思い直した。静々と近寄って、一つ小さく咳払い。それから兄弟たちやマナー教師と滅茶苦茶に訓練した清楚な所作で、スカートを持ち上げて一礼する。
「この名誉ある席にお招きいただき、誠に光栄です。お初にお目にかかります。私はロレッタ・コールドマン。コールドマン男爵家の一人娘にございます」
その所作の完成度に鼻白んだようで、「初めからそうすればいいのよ」とビンタの令嬢が鼻を鳴らす。他二人も特に言うべきことが見つからなかったようだ。
だが、ただ一人深く静かな笑みを浮かべる令嬢が居た。
「あら、型破りだけど、話に聞いていたよりもずっと礼儀正しい良い子じゃない」
彼女が言葉を発した瞬間、ロレッタを含めたすべての目が彼女に吸い込まれた。そこで、ロレッタは何故彼女に目がいかなかったのだろう、と思う。鮮烈に赤い長髪。整った目鼻立ちは毒々しいまでの美貌を形成している。彼女は余裕を示すように、腰のあたりからウェーブし始めるらしいその真っ赤な毛先を少しだけいじってから、ロレッタを見やった。
「他の三人は初対面じゃないらしいから、自己紹介はいいわね。ワタクシは、フランソワーズ・アストヒク・ブルゴーニュ。ブルゴーニュ公爵家の長女よ。あなたとは同い年だから、よろしくね」
深い微笑みで見つめてくるその瞳に、童貞は射抜かれた。ロレッタを見てガンギマったのとはまた違う。前世に抱いたことのある胸の鼓動を感じた。
「―――……はっ、はい」
僅かに呆けて、それから慌てて返事をする。「どうぞ座って?」と促されて、ガクガクぎこちなく頷いたロレッタは、強張る体を動かし腰かけた。
「では、お客様も揃ったことだし、お茶会を始めましょうか」
「はい」「そうですわね」「もちろんですわ」とズッコケ令嬢三人組が頷く。見た通りこのフランソワーズという少女が一番偉いらしい。
と、油断した瞬間に全員の視線がロレッタに集中したからビクリとしてしまう。
「え、と、どうかされました?」
「ああ、そういうのはいいのよ」
フランソワーズ様がクスクスと笑って手を振る。ロレッタが首を傾げると、彼女はずいと顔を寄せて問うてきた。
「単刀直入に聞くわ。アルフィー王子殿下に必要以上に親しげなのは、どういう了見なのかしら」
「……ふぇっ?」
フランソワーズ様の顔が近いのとフランソワーズ様の顔が良いのとアルフィーが王子なのとアルフィーが男なの。同時に四つの重大事実が発覚し、ロレッタはキャパオーバーを起こす。
「ちょ、ちょちょちょ……、ちょっと待ってください! フランソワーズ様がお美しいのは分かりましたから、少し離れていただけませんか!? 理性が悲鳴を上げてます!」
「……?」
流石の貫録を醸し出すフランソワーズ様といえど、ロレッタの意味不明な言い分に困惑したらしい。バケツの令嬢と少し顔を見合わせて、席に腰を落ち着ける。
「ふー……っ、ありがとうございます。ちょっと心臓がバクバクいってるので待ってくださいね。もう! フランソワーズ様はご自身の美貌を自覚してください!」
「……ねぇ、この子は一体何を言ってるの?」
「それが分かったら私たちで対処してます……」
ビンタの令嬢はげんなりした様子で答えた。その辺りで童貞の心臓が落ち着いてきて、美少女に囲まれる幸せを享受し始める。
「それで、何でしたっけ。アルフィーと仲がいいのはアルフィーが可愛いからですよ。でも私が仲のいいアルフィーは可愛い女の子なので勘違いだと思われます」
「アルフィーという名前の学生は、この学園内で一人しかいないはずだけれど」
「じゃあ偽名じゃないですか? 私もガラの悪い男子学生に絡まれたとき偽名を使いま……ッ」
息をのむ。ズッコケ令嬢三人組のあだ名のない一人に、ロレッタは「嘘、嘘ですよね? 私アルフィーに嫌われてませんよね!? 偽名なんて嘘ですよね!?」と縋りつく。
「知りませんよ! っていうか、私見たんですからね! アルフィー殿下と一緒に、あなたが剣術の練習をしたり歓談したりと、逢瀬を重ねているのを!」
「だからそれは女の子のアルフィーです! 男なんていうむさっくるしい生き物じゃありません! あの可愛さを見たのなら分かるでしょう!? あの笑顔は砂糖とスパイスと素敵なもので出来てますよ絶対!」
「いいえあれはアルフィー殿下でッ!」
「静粛に!」
フランソワーズ様の一喝に、口論する二人は背筋をピンと口を閉ざす。それから落ち着いた声音で「ロレッタ」と語り掛けてきた。
「つまり、あなたはアルフィー王子殿下を女性だと勘違いして、つい気安く接してしまったという事ね?」
「アルフィーは女の子です。じゃなきゃ私、女の子のお友達がいまだゼロって事になっちゃうじゃないですか」
「何気なく可哀そうなことを言わないで貰えるかしら」
フランソワーズ様は長く息を吐きだして、「分かったわ」と髪をかき上げる。
「ロレッタ。あなたが接しているのは、間違いなくアルフィー王子殿下よ。ワタクシ、王子殿下よりこの茶会の招待状を贈るよう言われて招待したのだもの。そうでなくてもいずれ呼び出していたでしょうけれど」
「えっ……、じゃ、じゃあアルフィーは、男……?」
「その通りよ」
言われ、ロレッタは愕然とする。流石に衝撃が大きくて、ガタンとイスの背もたれに持たれてしまった。
「そん、な。あんなに可愛いのに……。嘘、嘘です……」
「残念でしょうけれど、これが真実よ。そして、ここからが本題」
また、フランソワーズ様が身を乗り出してくる。今度はさらに顔色険しく。童貞はドキドキしてしまう。
「王子殿下と、男爵家の娘。明らかに不釣り合いなことくらい分かるわよね? だから、これからはあの訓練場に近寄らないで欲しいの。あなた、マナーに力を入れて玉の輿でも狙っているのでしょう? 剣なんて、今まで触ったこともない。違うかしら?」
「レイピアでなら男性にも負けない自信がありますが」
「でしょう? なら訓練場に近寄る理由はな……何ですって?」
またギロリと睨まれて、何かに目覚めかける童貞だ。しかし真実は真実なので、「レイピアの扱いには自信があります」と繰り返す。そこで、思い出した。
「そうです! その証明がてら、一発芸をお見せいたしましょう!」
「はい?」
「お疑いなのでしょう? ですから、私が余興として用意してきた芸を、証拠として御覧に入れようと思ったのです」
席を立ち、ロレッタはいそいそとカバンの中からそれを取り出そうとする。それにビンタの令嬢が「え、ちょ、何をしようとしているのかしら?」と制止するのを、フランソワーズ様が止めた。
「……ぷっ、ふふ、面白いわ。いいでしょう、見せてごらんなさいな」
「はい! あ! 面白かったらまたお茶会呼んでくださいね!」
ロレッタの元気な返事に、バケツの令嬢ともう一人が「この子おかしいわ……」「もう私コールドマンさんに関わるのやめておこうと思います……」と小さく言いあう。
そんなコショコショ話など興奮したロレッタの耳には届かない。童貞美少女はぎゅうぎゅう詰めにしたそれを勢いよく抜き出して、四人に「これです!」と指示した。
「……それは、何かしら」
フランソワーズ様が尋ねてくる。
「ペンギンのペン君です!」
ロレッタは目を輝かせて、元気にお返事した。その腕の中には、ずんぐりむっくりした鳥のぬいぐるみがある。
「……フランソワーズ様、もうこの辺りで追い出した方が」
「ま、まぁ一応様子を見ましょう? 後の処遇は見てからでも判断できるわ」
四人の間で困惑が止まらない様子。つまり、この場の主導権はロレッタが握っているという事だ。ふふん、と得意げにロレッタは胸を張り、それからまたスカートを持ち上げ一礼をした。
「では、今日のために備えた私の一発芸をご覧に入れたいと思います」
息を吸う。少し止まる。始めるまでにちょっとばかりの時間を置くのが、より注目を集めるためのテクニックだ。明るい庭園に不似合いな静寂が下りる。それを機として、ロレッタは始めた。
――まず、ペンギンのぬいぐるみの胴体に、思い切り抜き手を突き込む。
「ッ!?」
フランソワーズ様を除く三人が、その異常な行動に息をのんだ。ロレッタはその反応にニヤリとする。まず度肝を抜く。だから目を離せなくなる。
そのまま、ロレッタはペン君の中の綿を強く掴み、外にひきづり出した。この行動には流石のフランソワーズ様も眉をひそめている。確かに、これで終わったならタダのトチ狂ったバカ者だ。
だが、ロレッタは違う。
チチ、と霊鳥が鳴き始める。ロレッタの意思に従って、高純度の氷がペン君の綿を芯に構築されていく。
少しずつ、だが氷の魔法と比べると破格のスピードで、綿が氷をまとい、氷の棒となり、そして氷の刃となった。取っ手ももちろん忘れない。ロレッタは何度もやったことなので、今更手際で戸惑うことはない。
そうして、ロレッタはペン君から綿を抜き切り氷のレイピアを成した。軽く空を切るように手元で回す。そしてペン君の抜け殻を宙に投げ出す。
だが、これはごみを放ったのではない。
レイピアよりも大きな音を立てて、ペン君の抜け殻が凍り付く。同時、彼は飛翔を始めた。ペンギンとは思えない大きな翼を広げ、庭園を燕のように飛び回る。
「な、何、何をしているの?」
動揺に声を上げたのは、ビンタの令嬢だ。ロレッタはにっこりと笑みを返し、後髪を片手で纏めて凍らせることで、ポニーテールのようにしてから一つ足踏みをした。
突如として中空を滑空するペン君から氷塊が飛んでくる。狙いはロレッタ。それを、危なげなく捌く。
こぶし大の氷塊が、氷のレイピアに貫かれ崩れた。ロレッタは、ちょっとした雑学を披露する。
「――純度の高い氷は、時として鉄よりも固くなる」
ペン君は飛び回りながら、ランダムに氷塊を飛ばしてくる。それを一つ一つ突きで砕きながら、ロレッタは続けた。
「ご存知ですか? 氷というのは、条件さえ整えてあげればとても便利な武器となります。中でも、私が愛用するのは綿です。純度の高い氷の柱の中に、綿を仕込む。それだけで、氷は鉄の剣と何ら変わらなくなるのです」
ペン君は飛翔の速度を上げ、同時に氷塊の弾速も上昇する。だが、ロレッタは危なげ一つない。この程度の訓練は実家で何度もした。三兄との模擬戦は、こんなものではなかったのだ。
足元にパラパラと砕け落ちる氷の粒。それが足元を覆い尽くすほどになったところで、ロレッタは満足して腕を掲げた。そこに、訓練された猛禽のようにペン君が留まる。さぁ、最後に決めますよ。
もう一度、ロレッタは足を大きく踏み鳴らす。途端地面の氷が反応し、凍える霊鳥に反応して小さな背景を作り出した。
描かれるは、鳥。げに大きな凍える霊鳥。フロストバード。幼き日にこの精霊と契約を結んで以来、竹馬の友のように過ごしてきた。
「以上。この余興を、フランソワーズ様、並びに皆様に捧げます」
もう一度踏み鳴らすと、背景の氷が崩れ去った。ロレッタはペン君から霊鳥を出し、レイピアをしまい込むようにして綿を元に戻していく。そして完全にしまい込むと、開かれた入り口が勝手に凍り出し元のふわふわペン君に戻る。
あとは指を一つ鳴らせば、氷は一息に蒸発し消えてなくなった。ポニーテールがほどけて、ふわりと純白の長髪が広がる。これで後始末も完璧! あとは観客の歓声を待つだけ!
そう思って目を瞑ってニコニコしていると、何故だか歓声が聞こえてこない。アレ? と目を開くと、ビンタの令嬢がロレッタを指さし言葉を詰まらせていた。
「な、なな、ななな……!」
「何て見事なんでしょう?」
「逆よお馬鹿! なんて真似をするの!? フランソワーズ様という高貴なお方がここに居るというのに、こんな危険な催しをするなんて! 恥を知りなさい!」
ディスられてしまった。悲しい。
「えー、ダメでした?」
「ダメに決まってるじゃない! 先ほどの氷がフランソワーズ様に当たったらどうするつもりだったの!?」
「え、そんなこと絶対起こりませんよ。ペン君私より頭いいんですよ? 私ならトチっちゃうかもですからやるにしてももう少し距離を取りますが、ペン君なら安全ですもん」
ペン君、というか凍える霊鳥が、だが。
しかし説明してもビンタの令嬢は納得できないらしく、「だいたい! あなたはいつもいつも!」と顔を真っ赤にして可愛らしくぷんぷんし始める。可愛いなぁ。可愛いけど何か長くなりそうだなぁ。とロレッタが予感したところで、
「――いいえ、見事だったわ」
フランソワーズ様が、にっこりと笑って拍手をした。
「ふ、フランソワーズ様!? え、でも」
「いいのよ。とても貴重なものを見せてもらったわ。ありがとうロレッタ」
「え、は、はい」
この流れで褒められる想定をしてなかったので、童貞は戸惑い半分に返事をする。それから、もう半分の嬉しさがじわじわと追ってくる。
「よ、よかったですか?」
「ええ。とっても素晴らしい演武だったわ。ごめんなさいね、剣など触ったこともない、なんてことを言ってしまって」
「い、いえいえ! そんな滅相もない!」
ロレッタ。まともに女の子から褒められる機会がアルフィーしかなかったものだから(しかもアルフィーが男だと判明したから)、フランソワーズ様の賛辞がとてつもなく嬉しくなってしまう。
いつものように顔がカーッと熱くなるのではなく、何だか体の芯からポカポカしてくる感じ。
まただ、と思う。
「そうね……。なら、今日は楽しませてもらったことだし、この辺りでお開きにいたしましょう?」
「で、でもっ、フランソワーズ様!」
「……いいのよ、後々に説明するわ。だからここはこれで。ね?」
食い下がるビンタの令嬢に、フランソワーズ様は落ち着いて言い聞かせる。もしかしてロレッタを庇ってくれているのだろうか。正直要らないけど、その心遣いがとても嬉しい。
体の芯から湧きあがるポカポカとした熱に、ロレッタは気づき始める。だが、と思う。ダメだ、と。これは良くない流れだと。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。特に、ロレッタ。今度またお茶会をしましょう? その時も、もちろん来てもらえるわよね?」
「え、は、はい! 是非に!」
答える。すると、また笑みを向けてもらえる。頭の奥の方で、ズキューン! と音が聞こえるようだった。っていうか聞こえた。もう完全に自覚してしまった。
「では、この辺りでお開きにしましょうか。――レイ、お客様を表までお連れして」
「ハイ、お嬢様」
現れた三人のメイドに連れられ、ロレッタを始めとした四人は屋敷の外へと連れていかれる。ぼーっとしているとビンタの令嬢に睨まれたが、そんな強がる様も可愛いのでにへ~っとロレッタは手を振る。
「ふんっ! 行くわよ二人とも!」
遠ざかっていくズッコケ令嬢三人組の背中を見つめながら、ロレッタは壁に寄りかかり、「やられた~……っ」と熱に浮かされた様な声を漏らす。
「ダメな流れですよこれは~……。だめ、ダメなんです。うぅうううう……」
一人になると、思い浮かべてしまう。真っ赤な長い髪を伸ばしたフランソワーズ様。キリリとした目でロレッタを見つめ、ドキリとさせながら、最後には優しい笑みで褒めてくれたことを。
――前世でもこうだった。そもそも女性を目の前にするとキョドってしまうのはもちろん、慣れた女性相手でも結局ダメになって振られてしまう、ちゃんとお付き合いできない、その理由。
それは、好きになった相手に対する極度のアガリ症だ。どんな窮地でも乗り切ってきた童貞だったが、これだけは克服できなかった。
「……今世では、初恋にあたるんでしょうか……」
錯綜する考えと感情の中で、ロレッタはお目目をグルグルとさせてしまう。その中で、不意にアルフィーの言葉を思い出す。
王子には婚約者がいて、その婚約者の取り巻きが忖度でロレッタを排除しようとしている。そしてアルフィーは王子で、ビンタの令嬢たちは取り巻き。ならば、王子の婚約者は……?
ロレッタ、震える声で呟く。
「……アルフィーとフランソワーズ様は百合カップル……?」
童貞は気づいてしまった。そして、糾弾されるべき欲望にかられ、童貞オッサンの自分にはそんなことは出来ない! と首を振った瞬間、窓に映った自分の姿を見てしまう。
そこに居たのは、この世で最も美しい少女。恋の悩みに頬を染める、愛らしい雪の妖精。
「そうじゃないですか」
ロレッタは歓喜に震えた。
「今世の私なら、百合カップルに混ざっても許されるじゃないですか!」
湧きあがる情熱に世界一美しい少女は立ち上がる。その瞳には、爛々と輝く希望の光が、そして狂気めいた愛の灯が宿っていた。
♣♧♣♧♣♧♣♧クローバー♣♧♣♧♣♧♣♧
一方その頃、童貞に惚れられてしまったフランソワーズ嬢はというと……。
「こ、怖かった……! 死ぬかと思ったわよ、アルフィ~……!」
半泣きで椅子の上に縮こまっていた。