49話 凡人皇太子は童貞美少女の手を取った
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今日で政争が決着する、という話だった。
あの結局何を話していたのだか分からないような会議の後、ハルトは特に何をすることもなく当日を迎えた。つまり、周囲の生徒たちと同様に試験を受け、その結果に阿鼻叫喚し、その余韻冷めやらぬままにこの日を迎えたという事だ。
この、初夏の全校社交パーティの日を。
「……舞踏会自体は慣れたもんではあるんだけどな」
帝国では度々招かれては騒動の火種を抱えて帰ったものだ。流石に三度目になれば学んで、そもそも舞踏会に行かないという選択肢を取ったが、結局行かないことで騒動に巻き込まれた。
「舞踏会で肝心なのは、そつなくこなす、目立たない……のは今日は違うのか」
ブツブツ自分に言い聞かせながら、ハルトは待ち合わせにいつもの公園で待っていた。つまり、ディーにはぐらかされたり、それをロレッタに見られて勘違いされたりした因縁の公園だ。
ハルトも制服ではなく、持参してきた一張羅をちゃんと身に纏っていた。しかしなにぶん久々の着用であるのと、ちゃんと着こなせているかを確認してくれる相手がいないのとで少々緊張気味だ。
それに、伝書鳩郵便局の獣人から受け取った手紙で知らされていた予定表の内容も、拍車をかけている。
「あ、ハルト早いですね」
涼やかな声が聞こえて、ハルトはドキリと心臓を跳ねさせた。振り向くと、白を基調としたドレスに身を包んだロレッタが立っている。
正直、絶句ものだった。エルフの血が混ざっているとされる貴族の中でも、特にずば抜けた容姿がこれでもかとドレスで際立っている。
胸を突かれたような気分になって、ハルトは目をそらしながら「お前が遅いんだよ、ロレッタ」と冗談めかして答えた。
「え? そんな訳ないですよ、今集合時間の十分間前じゃないですか」
「いや、もう一時間後だぞ。アルフィーもブルゴーニュ嬢も遅すぎるって先行っちまった。俺はお前の誘導のために待ってただけだ」
「えっ、嘘でしょう!?」
「ああ、嘘だ」
殴られる。ハハッと笑って、ハルトはやっとロレッタを見ても緊張に体がガチガチにならずに済んだ。それでも直視するのは気が引けるほどだが、違和感ないくらいには振る舞えるだろう。
「まったく……。ま、それはそれとして感想を聞いておきましょうかね。どうですか? 今回はフラン様にもご意見を頂いて前回よりもさらにバージョンアップしてきましたロレッタのこのドレス姿は! ふふん、素晴らしいでしょう。私なんか感涙して鏡の前でしばらく拝んでいたくらいなんですよ!」
「お前のナルシストっぷりはいっそ清々しいよな」
と言いつつ、理性が飛んだらそのくらいはしてもおかしくないほどに美しいのは確かだ。ハルトは口をもごもごさせた後、「まぁ、その、何というか」と前置きを重ねてようやく勇気を得た。
「……似合ってるよ。すげぇ似合ってる。ちょっとそれ以外に語彙がなくなるくらいには」
「……」
え、何その沈黙。止めて恥ずかしくなるから。
と、もしかして褒めるのマズかったか!? と静かな動揺に打ち震えているとロレッタは一歩踏み込んできて言った。
「ですよね!?!?!?!? いいじゃないですか分かってるじゃないですかハルトも!」
あ、大正解だったわ。
目がキラキラと輝いている様は、自分の容姿の美しさを語っているとは思えないほど純粋だ。まるで流れ星にロマンを感じる少年が如くである。
となれば、何だか恥ずかしがっていた自分が、むしろ的外れのように思えてくる。ハルトは、こいつとの関り方は本当に難しい点が多いな、と後頭部を掻いてから言った。
「ま、ひとまず今日はエスコートさせてもらうから、よろしくなコールドマン嬢」
「はい。今日はロレッタと踊れること、光栄に思ってくださいね」
洒落た言い回しで言うと、ご機嫌な様子のロレッタだ。それでもこの勝気な感じは特有の物だろう。どんな環境ならここまで独特な精神性を育めるのか、とは疑問の一つだ。
そこで、二人に声がかかった。待ってましたとばかり、ハルトは振り返る。
「あら、二人とも遅刻なくちゃんと来たわね。服もよく似合ってるわ。ロレッタは特に、ね」
「ハルト君! 格好いいね! ロレッタもすっごく可愛い!」
そこには、協力関係にあるちびっ子二人が、それぞれ燕尾服、ドレスに身を包んで立っていた。並んでいると、揃って数歳年下のように見える。これでよっぽどハルトより優秀な頭脳、武術技能を有しているというのだから驚きだ。
「アルフィーもキマってんな。ブルゴーニュ嬢は良いセンスしてるぜ。ロレッタの破壊力をこれだけのものにしただけある」
「フラン様も今日は麗しゅうございます! アルフィーもいい感じですね! ……ドレスの方が似合いそうな気もしますが」
ロレッタが後半ボソッと何かつぶやいていたが、大分小さな声だったのでハルトには聞こえなかった。アルフィーには聞こえたのか、困り顔で頬を掻いていたが。
アルフィーの案内で彼の呼んだ馬車に乗り、腰を落ち着けたところで「さて、じゃあ到着までに手早く段取りを確認しましょう」とブルゴーニュ嬢が切り出した。
馬車が、走り出す。音と振動が尻に伝わってくる。
「手紙にも書いた通り、ワタクシとアルフィー、ロレッタとアレクトロのペアに分かれて全校社交パーティは行動するわ。出来るだけお互いの接触は避けるように。具体的には、ロレッタたちはメインホールで注目を集めて頂戴」
「ダンスで出来るだけ派手に踊ればいいんだろ? ロレッタが居れば余裕だな」
「ロレッタは世界一の美少女で、フラン様が手ずから選んだ最高級のドレスを着ていますからね! ご安心ください!」
ふふんと得意顔でいうロレッタに、「ワタクシも、そこは心配していないわ」と苦笑するブルゴーニュ嬢だ。以前から思った以上に仲良くなったのだな、と感心するハルトである。
「いい? あなたたち二人で付き添うのには、様々な意味があるわ。まず上級下級貴族クラスの人間にとってロレッタは超有名人だけれど、一方で魔法特進クラスでは全く知られていない。一方アレクトロは真逆の魔法特進クラスでの超有名人で上級下級ではアルフィーの周囲の人間しか知らない」
「そうすることで様々な勢力をけん制できるって話だったよな。そんでもって、ディーの混乱も狙える、と」
「そっちは副次的というか、正直どちらにでも転びかねない要素だけれどね」
そこまで話して、ロレッタが小首を傾げているのに気づきハルトはブルゴーニュ嬢と共に慌てて訂正だ。「あっと、ま、まぁどうでもいい要素だけどな!」「え、ええ! そうね! いやぁ共通のお友達だとわかった時はびっくりしたわよね!」と誤魔化しにかかる。
「あれ? フランも知り合いだったんだ。知らなかったよ」
アルフィーの呑気な返事に、「アルフィーも知り合いなんですか?」とロレッタ。「あ、うん。ちょっとね」と眉を垂れさせてはぐらかすのを見て、ハルトとブルゴーニュ嬢はほっと胸を撫でおろす。
ディーの一件に関しては、状況の複雑さがゆえに詳細な情報伝達はロレッタに伝えないでおこう、というのがハルトたち三人の決定だった。
理由としては、ディーがロレッタを毒殺しようとしたのを、ロレッタが無自覚な反撃によって惚れ薬によって惚れさせた、などどう説明すればいいか分からなかったからだ。説明して信じてもらえる自信がなかったし、その上ロレッタからの不信感が芽生えかねないという危険があった。
ディーが間違いなく危険な敵と化しているのは間違いないのだが、ロレッタが敵と化す方がよっぽどの脅威だ、というのが三人の了解である。
「ともかく、あなたたち二人の役目は衆目を集めながらも誰かに話しかけられないようにする事よ。共通の知り合いという話だった魔法特進クラスの友人にも言い含めたでしょうね?」
「エルザとハロルドか? もちろん。二人とも変な顔してたが、とりあえずの納得はして貰えた」
「そう、よかったわ」
静かながら満足げに言うブルゴーニュ嬢に、「しかし、いいのか? 俺たちはそっちの動向を全く知らないままなんだが」とハルトは質問する。
ブルゴーニュ嬢は落ち着き払った様子で、こう返した。
「いいのよ。知らない方がうまくいくことってあるでしょう? ワタクシたちはワタクシたちで、秘密裏に動くことにするとだけ理解しておいて」
「ハルト君は優しいね。でも、大丈夫だよ。ボクらはボクらでうまくやる。ボクの力自体は微力にすぎないけどね」
「はいはい、アルフィーの謙遜はもう聞き飽きたわ」
そんな会話をしていると、馬車が停車した。外の様子を見る限り、どうやら学内メインホールの正面入り口に到着したらしい。
「じゃ、ロレッタ。降りるぞ」
「はい。ではフラン様、アルフィー、ここで失礼いたします。ご武運を」
「ボクたち戦うの?」
「女の戦いってところかしら」
お互いに手を振りあって、ハルトたちは降車した。まずハルトから下りて、それからロレッタの手を取ってエスコートの構えだ。そしてメインホールを眼前にする。
「わぁ……!」
思わず、といった風に漏れるロレッタの吐息に、ハルトは全面的に同感だった。見上げるほどの立派な門構えに煌びやかな魔法のライトアップ。ヴァネッサ嬢のパーティも立派だったが、これは一線を画している。
「……すげぇな、これ。帝国の皇帝誕生パーティにも見劣りしねぇぞ」
と、立ち尽くして感動していては育ちを邪推されかねない。ロレッタの手をひいて、「さ、こちらですよコールドマン嬢」と歩き始めた。
正面通路に敷かれたレッドカーペットに足を踏み入れる頃には、周囲にも他の貴族生徒たちが見え始める。年頃はハルトたちと同世代から、腰ほどしかない背丈の少年少女たちも居るのだから、本当に全校規模のそれなのだなと思わされる。
「本当に小さな子も参列するんですね」
感心顔でいうロレッタに、不意にハルトは記憶によぎるものがあって、複雑な表情になる。
「……欲しいのか?」
「え? ―――いやいやいや! そういうのじゃないです。大丈夫です、私はその辺りの分別はついてますよ流石に」
「……」
「無言で疑わしそうな目で見つめるの止めてください」
そうは言うが、その件で女の子を紹介しろと言われたばかりである。正直会わせて無害な女の子の知り合い(お互いに)、となるとかなり限定される。しかも目的が子供となるとあらかじめ相手にどう説明していいやら見当もつかない。ハルト自身も実態を理解していない。
が、ロレッタの想いはそれとは無関係だったらしい。
「計画実行の時間、結構遅いじゃないですか。それって、フラン様が小さな子たちには見せたくないと思ったからなのかなって」
「ああ、その件か」
血を見ることにはならない、という前置きの上で、ブルゴーニュ嬢は「多分むごいことになる」と手紙で説明していた。その内容は、お世辞にも教育にいいとは言えないだろう。
「……そうだな。年幼い面々の目を汚すのは、ちょいと心苦しいもんな」
視線の先にいる小さな紳士淑女たちは、緊張でカチコチの子も居れば、肩で風を切って歩く不遜な子もいる。様々な子らが居る中唯一共通するのは、その無垢さだ。
「ヴァネッサちゃんは、そういう隙を突いてくるかもしれない、という話でしたね」
「ああ、ま、俺たちがすべきことは単純だ」
「はい、踊りで会場を圧倒しましょう。私たちで、ダンスホールの空気をねじ伏せてしまうんです」
二人で入場する。その時ロレッタは小さな動きでエスコートの手を外して、軽く握りこぶしを握った。ハルトがキョトンとしたのを見て、「拳を突き合わせるんです。それが戦友の証ですよ」と言われ、ハルトも拳を握る。
「では、お互い頑張りましょう」
「ああ、頼りにしてるぜ相棒」
「はい」
コツン、と拳を突き合わせ、またハルトはロレッタのしなやかな手を取った。ダンスホールに足を踏み入れる。ここからが、ハルトたちの勝負だった。