47話 主人公四人、再集結
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フラン様からのお呼出と会って、るんるんで歩いている時のことだった。
「……おう」
「げっ」
「げって……」
落ち込む、とばかり俯いてしょぼくれた顔をするハルトに、しかしロレッタは冷たい目。確執があるため仕方ないことだった。このヤリチンめ、とロレッタの猜疑心は最高潮だ。
フラン様のサロンが度々開かれるお屋敷近くの、公園での遭遇だった。ロレッタは、これからフラン様に会える! という高揚に水を差された分だけハルトへの嫌悪感を高めている。
「その、ロレッタ。ブルゴーニュ嬢の指定時間まで少しあるし、話せないか? 何つーか、恩のあるお前に勘違いで避けられてるのは、辛いものがあってさ」
今回ハルトも呼ばれてるんですか……? と静かな動揺が走るロレッタだ。奴めフラン様をも、と血走った目で凝視したくなるが、そうもいかない。
かなり意気消沈気味にぼそぼそ言うハルトに、ロレッタ、渋い顔になる。こういう陰キャっぽさを出されると、ヤリチンとして素直に嫌うことが出来ないのだ。前世由来の「陰キャは友達」という価値観が、今も根強く残っている。
その為、クソデカため息を経てロレッタは聞く態勢に入った。「分かりましたよ。毎回顔を合わせる度に、そんなしょぼくれた顔を見せられるのも嫌ですし」と腕を組む。
するとハルトは顔を明るくして、深く頭を垂れながら「ありがとう……」と声を絞り出す。何だか悪者になったような気分で、ロレッタは組んだ腕の中で指をグニャグニャさせた。
「で、その、えー……まず、ロレッタが俺を避け始めたのって、ディーの一件からだよな?」
さらりと飛び出す愛称にピキッと血管が浮き出る中、満面の笑みで「ええ。ジシュカちゃん! の一件でハルトが女性関係にだらしない人間なんだなって思い始めましたね! フラン様とも仲が大変よろしそうでしたし!」とロレッタは突きつける。
それに、言いにくそうにハルトが言った。
「単刀直入に言うが、ディーは俺の婚約者だ。キスしてても不貞とかそう言う事にはならない。ブルゴーニュ嬢は、ディー関連でいろいろと問題が起こってるから、その相談に乗ってもらってただけだ。これから行くし、ちょうどそれも証明できる」
「えっ!? はっ!? 婚約者!? 何ですかそれ! あんな可愛い子と将来ご結婚が決まってるって言うんですか!? カーッ! これだから貴族は!」
「えぇ……? お前も貴族じゃん何言ってんだ……?」
つーか貴族と言うより皇族だから俺。と説明するハルトをガン無視し、頭を抱えてぐぬぬと唸るロレッタである。
しかし、それだと不満こそあれ嫌う理由にはならない。フラン様に関しても、相談、というワードが女性相手に飛び出てくるだけで何かもやもやしてくるが、責められる内容ではない。
そんな憤懣やるかたない気持ちを、ロレッタはマウントで解消する。
「わっ、私だってフラン様とお勉強会とかしてるんですからね! ここ最近はほとんど毎日会ってるんですからね!」
「えっ、おう。よかったな……?」
「うわぁぁぁぁあああああああああああん!」
ロレッタは泣いた。婚約者持ちとかいう無敵超人に喧嘩を売ること自体が馬鹿だったのだろうか。完膚なきまでの惨敗である。
もはやえぐえぐと涙ぐむしかないロレッタに、ハルトは「そ、その、何が悪かったのかさっぱり分からないんだが、悪かったよ。俺に出来ることなら何でもするからさ」と。
それを聞き逃すロレッタではない。
「じゃあ女の子紹介してください」
「……んっ?」
ハルトは聞き間違いを疑うように、目を何度かまばたきした。それから悩ましげに眉根を寄せながら「あーっと」と尋ねてくる。
「友達が少ないの気にしてんのか? ブルゴーニュ嬢からいくらか聞いてはいるが、別に気にする必要はないと思うぞ」
「いえ、まぁ女の子の友達も欲しいですけど、本当に欲しいのはこ……」
「こ?」
ロレッタ、危なっ、と慌てて口をつぐんだ。ここは異世界の地。もっというなら現代日本よりもだいぶ倫理観の遅れた地である。同性愛を仄めかすだけでもリスクだろう。
「何だよ、言いにくい事なのか? ……“こ”、“こ”? こ、から始まる女の子に関わるものって何だ……?」
そしてハルトが何となくで推理を始めてしまうから堪らない。ロレッタは慌てて「恋人」以外で女の子に関わるワードを探し、咄嗟にこう答えてしまった。
「子どもが! 欲しくて!」
「!?」
その言葉により、二人の間に動揺が走った。ロレッタはある意味では間違いではない願望を述べてしまってややこしくなり(童貞の夢は綺麗な奥さんと娘二人である)、ハルトは目を丸くしてロレッタを見つめている。
「……何か、家に事情でもあるのか……?」
「あ、いえ、その、……まぁ、はい」
ロレッタ、全責任をフロストバード家に転嫁した。その目は泳ぎまくっているが、ハルトからして変な汗が出まくっているので気づかれていないことを信じたい。
「……そうか。いや、うん。分かった。何がどうなって子供につながるのかは分からんが、見ず知らずの男を紹介しろって言われるよりは女の子のがかなりマシだ。いいぜ、近い内に紹介する」
「本当ですか!」
思わぬ逆転勝利に、ロレッタは沸き立った。思わず近寄ってしまったところ、ハルトは思い切り顔をそらして「本当だ! 本当だから、あんまり詰め寄るな!」と防御の構え。童貞美少女ロレッタは、ロレッタの美貌は罪ですね……とまんざらでもない顔で後退する。
「じゃあいいでしょう! 今回は許してあげます! その代わり頼みましたよ! 心優しくて包容力のある、でもちょっとキツめの女の子だと完璧です!」
「おう、承っ……それ、ブルゴーニュ嬢じゃね?」
指摘されて、童貞は硬直し顔を真っ赤にした。「ともかく、何かよさげな女の子をお願いしますよ!」と逃げるように走り出す。
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アルフィーと穏やかに話しながらロレッタ、ハルトヴィン殿下を待っていたフランは、扉を騒々しく開いた二人にキョトンと瞳を丸くした。
「……珍しい光景があったものね」
「はい? どうかされました? フラン様」
フランが見たのは、ハルトヴィン殿下にワーワー文句を付けながら入室したロレッタである。根本引っ込み思案な(たまに大胆すぎるほど大胆だが)ロレッタが、こうも男性に積極的に行くのはフランにとっては驚きだった。
「アレクトロも、何だか振り回されているみたいだけど」
「いやー、別に、そんなことないぞ? きっと。恐らく」
どこか含みのある対応に、「ま、いいけれど」と言いつつ、フランは釘を付しておく。
「でも、ロレッタはダメよ。その子は我が国からは出しません。特に、あなたの十二星座の乙女たちを十三星座に増やす、なんてことは決して許さないから、そのつもりで」
「……はい」
顔を青くして背筋を正すハルトヴィン殿下に、ひとまずの満足を得てフランは紅茶をすすった。ロレッタは意味が分からないのか首を傾げている。
そこで、会話が終わるのを待っていたのだろう。アルフィーが立ち上がり「ハルト君! ロレッタ!」と喜色満面に名前を呼んだ。
「アルフィ~~~~久しぶりです~~~~」
まずロレッタがアルフィーに飛びつき、両手を合わせてキャッキャッとはしゃぎまわった。こうして改めると無邪気な光景である。まるで子犬同士が戯れ合っているかのよう……。
……やっぱりちょっと近いわよね。
フランは努めてニコニコ顔で近づいて、「さ、二人とも。これからお話をするからちゃんと二人で座って」と引き離す。ハルトヴィン殿下が微妙な顔つきで見ていたが、黙殺だ。
「ハルト君も来てくれて嬉しいよ。今日はハルト君に相談したいこともあったから、是非聞いてほしい」
あらかじめアルフィーから聞いていた内容だろう、とフランは内心納得しながら、最後にハルトヴィン殿下の着席を待った。彼はアルフィーに「心して聞かしてもらうぜ」と軽口を叩いてから、ひどく真剣そうな顔でフランを見ながら席に着く。
「さて。いつかぶりに四人そろったわね。何と言うか、メンツがメンツだから久しぶりという気もしないのだけれど」
フランがそう言うと、「そうですね、フラン様!」とロレッタは太鼓を持ち、「ボクとロレッタは誰かさんの所為で全然会えなかったけどね」とアルフィーはからかってきて、無言ながら微笑のハルトヴィン殿下は肩を竦める。
「さて、じゃあ本題に切り出す訳なのだけれど――今回この四人で当たるべき事は、『ヴァネッサ・エヴリーヌ・ミッドラン』についてよ。具体的な話に関しては、アレクトロ、頼めるかしら」
「ああ、頼まれた。実のところ俺とアルフィーはその場にいて、すでにブルゴーニュ嬢には話は通してあるんだが―――ロレッタ。あのヴァネッサとかいうミッドラン公爵令嬢は、お前を魔女として告発する予定でいるらしい」
その言葉に、ロレッタはキョトンと唇をすぼめた。それから少し首を傾げて、「あの、魔女っていうのは何でしょう。魔女裁判的な? ひどい目に遭わされたりします?」と緊張感なく質問してくる。
フランはそれに溜息を吐いて「本当に、この世間ずれしたお姫様は……」とボヤいてから説明を始めた。
「いい、ロレッタ? 魔女って言うのはね、我らが神の敵、魔族の尖兵のことを言うの。魔女認定された人間はその瞬間から神から見放され、魔法を使う能力もはく奪される。そこからは国ごとにまちまちだけれど、少なくともブリタニアでは死罪が通例ね」
「あ、死刑ですかなるほど」
ほう、と頷いてから、一拍おいてロレッタは確認してきた。
「……それマズくないですか?」
「だからこれからどうしましょうかって話すのよ~? 分かるかしら~?」
「あっはいすいません。何と言うか、ちょっと自分事とは思えなくて」
フランが眉をヒクヒクさせながら猫なで声で教えると、ロレッタは背筋をピシッと正して傾聴の姿勢だ。しかしそれも、すぐに崩れ首を傾げてしまう。
「え、でもヴァネッサちゃんってそんな脅威な存在なんですか? 不都合なことを言うようなら黙らせておけばいいじゃないですか」
想起されるのは、先日ロレッタがやらかした、咳き込ませ事件である。魔女説の起因ともなった技だ。フランは目を抑え溜息をつく。
「ロレッタ。あなたね、まさかヴァネッサに付きっきりでついて回るつもり? 目の前に居れば黙らせられるのは分かっているけれど、ヴァネッサが魔女告発の根回しをしようとした瞬間を狙って常に黙らせるなんて出来ないでしょう」
それにロレッタ、しばらく考えた後にこう言った。
「そうなんですか?」
「……い、いやいやいや、待ってよ。待ちなさい。まさかできるなんて言わないでしょうね」
すっとぼけた確認に、フランは慌てて確認の構えだ。ロレッタは目をパチクリさせつつ答える。
「ああ、いえ。なるほどそこまで徹底する必要があるんだなぁって。でも、どうなんでしょうね。出来ないんでしょうか。どうですか?」
問いかけながら、ロレッタは自らの肩口に目を向けた。何度か頷いている様は、恐らくフランたちに見えない凍える霊鳥と話しているのか。
精霊会議が終わったらしいロレッタは、このように述べた。
「フロストバード領なら出来たそうです。ここでも無理ではないらしいんですが、ちょっと私から離れることになるのでおススメしない、と」
「……いやすげぇなそれ」
ハルトヴィン殿下の呟きに、フランは全力で頷きたい。アルフィーも驚きに口をすぼめている。しかしロレッタだけが思考を素早く切り替えていて、少し考え込むように俯くなり一足跳びな答えを口にした。
「私の口封じがきかないとなると、政治的な対応が求められますね。今回だと、ヴァネッサちゃんの印象操作云々を躱して、私の身分証明を大々的に広めることになるんでしょうか? 例えば、全校社交パーティなんかで」
「ごめんロレッタ、少し止まって。今度はボクとかハルト君が置いてかれてる」
アルフィー、戸惑い気味に話に制止を掛けた。ハルトヴィン殿下もコクコク激しく頷いている。フランとて、ロレッタからいきなり呪術師レベルの返答が飛んできてヒヤリとした気分だった。
恐ろしい子……、と思いつつ、「そうね。じゃあロレッタの口から段階を踏んで説明してくれる?」と促す。
「はい。といっても大したことじゃなくて、その、私は当たり前ですけど魔女じゃないですよね。でも、それを魔女呼ばわりするなら外堀も事実も埋めてしまう必要がある。その対策をしなきゃならないって話ですよ」
身分証明は相手へのトドメみたいな感じです。とフランも思い描いていた漠然とした考えを、全てロレッタが述べてしまう。尋常ではないとは常々思っていたけれど、本当に頭が切れるのね。とフランは感心だ。あとは手がかからなければ完璧。
「概ねはロレッタの言う通りよ。魔女告発を避けるには、ロレッタが魔女である、っていう噂が出回る前に何かしらの対策を打たなきゃならない。そして、出来ることならそのままヴァネッサを潰してしまうことが望まれるわ」
「政敵ってのは中途半端に生かしておくと厄介だからな。本当なら命まで奪っておくのが理想的だが」
「アレ、今回の話ってそんな物騒なの?」
経験則から語っているようなハルトヴィン殿下に、視線を右往左往させているアルフィーだ。フランは「アレクトロは過激だし、アルフィーは日和見すぎ。殺すのは今以上の騒動の種だから避けてほしいけれど、少なくとも何もしなければロレッタの命は怪しいし、ワタクシもかなりの打撃を受けるわ」と嘆息する。
「率直に言って、今回の件は学園では類を見ないくらい大きな政争になるわ。それこそアレクトロが経験してきた事件にも並ぶくらいね。ワタクシたちにできるのは、出来るだけ被害を少なく、かつ血が流れないように配慮するくらい。だからこそ、皆の知恵を借りたいの」
「なるほどな、話が見えてきた。となると、俺の役割はご意見番ってところか。血なまぐさい政争は嫌というほどやってきたしな」
げんなりしつつ言うハルトヴィン殿下に、フランは肩を竦めて肯定だ。
「そうね。帝国流は多少過激とはいえ、アレクトロの意見は是非聞いておきたいわ。アルフィーも目端が利くし、ロレッタも中々侮れないことが今しがた分かったばかりだし」
目配せすると、アルフィーは彼なりに乗り気で、ロレッタは先ほどまでに比べて余程真剣に頷いた。そこで、アルフィーが口を開く。
「でも、その分野はフランの領分だよね? ボクたちの意見なんか参考になるの?」
「もちろんよ。というか、ワタクシ一人で何とかなるならすでに行動を起こしてるもの。ヴァネッサはアレで中々隙のない人物で、今まで握ってきた弱みも数日中には痕跡ごとなかったことにしてくるから難しいの」
「え、でもフランもかなり隙がない……あ」
「そう。ロレッタがワタクシの唯一にして最大の弱みってこと。ナナリーがヴァネッサに掴まれた弱みもロレッタ関係だったしね。白状させるの大変だったわ……」
無論、その点もすでに対処済みである。本人の名誉のために詳細は省くが、ひとまずロレッタの件を片付けるのに集中できる環境を作ってはいた。
そこで、ハルトヴィン殿下は小さく挙手して尋ねてくる。
「先に聞いておくが、そのミッドラン嬢はあくまで社会的に潰す方針なんだよな? 物騒な選択肢は含まれないって考えでいるが、それで合ってるか?」
「ええ。……ちなみに帝国だとこういうときどうするの?」
「……陰鬱とした話になるけど聞くか?」
「止めておくわ……」
本当に住む世界が違うわね、とフランは背筋を震わせる。そこで「ま、ひとまずそのヴァネッサ嬢のところから盗んできたこのメモが、どれだけのものになるのかってところから吟味していこうぜ」とハルトヴィン殿下は小さな紙片を取り出した。




