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46話 凡人皇太子、センシティブな問題を腕力で解決する

 最初に断言しておくが、ハルトは同性愛に関して理解のある方だと思う。


 というのも、身内にハルトを異性として愛していると明言している同姓(???)が居る上に、婚約者からして十二人いる内の四人はハルトの死を望んでいるためだ。意味が分からないが彼女たちの中ではハルトへの愛と死が同じらしい。やっぱり意味が分からない。


 要するに、人間色んな考え方、価値観の人が居るので、誰かに迷惑のかからない範囲なら自由にやるといいんじゃないかな、という立ち位置だった。もちろんハルトは同性愛者ではないので丁重にお断りするが、それを理由にその相手を忌避したりという事はしない。


 が、実際に迷惑な場合は別だ。


「……」


 アルフィーは、ヘクター・ヴァノンからの告白を受け一歩後ずさった。顔はかなり蒼白だ。とはいえ、これが普通の貴族の反応というものだろう。貴族というものは子孫を残す必要があるため、大抵の場合は同性愛を「あり得ないもの」として考えるものだ。


 一方で、告白した側であるヘクター・ヴァノンは、アルフィーの反応に傷ついたのか全身を震わせてじりじりにじり寄っている。そんな事をしても無理だろうに、とは外野だから出来る判断か。


「な、何故遠ざかるんだ。せめて首を横に振るだのと、ちゃんと返答してくれたっていいだろう? それすら、それすら拒まれるのか?」


「ちょ、ちょっと待って、ヘクター。ボク、何て言うか、ちょっと想像もしてなくて、咄嗟に反応してしまっただけって言うか」


「咄嗟の反応にこそ本性が現れるものだ! アルフィー、あなたは、あなたはそんなことをしないと思っていたのに……!」


 雲行きが怪しくなってきた、とハルトはフードの下で警戒する。襲い掛かられるようなら、ハルトが対応せねばならないだろう。今のアルフィーに冷静に対処できるとは思えない。


 それで武器を抜こうと思ったが、よくよく考えれば舞踏会という性質上帯剣が許されていなかった。しかも唯一手持ちで肌身離さず持っていたまともな剣であるデュランダルは、アルフィーに渡してしまっている。


 “まともでない”剣ならば、ブルゴーニュ嬢より受け取ったものが一つ手持ちにあるが。アレを抜く方がよっぽど地獄絵図だろう。


 となれば、と動向を見つめる。ヘクター・ヴァノンの接近に、アルフィーは次第に壁の方に追い詰められていた。ハルトは頭の中で現状に適したアーティファクトを探すが、どれもこれも物騒なものばかりで判断が難しい。


 しかし考えて吟味する時間など無く、ええいままよ! とハルトは腹を決めて飛び出した。あえてフードを脱ぎ“宝物庫”にしまい込んで「何やってんですか、ヘクターさん」と問いただす。


「は、ハルトくん。い、いや、違う。これは」


 慌てている、とハルトは内心で握りこぶしを掲げた。このまま責め立てればヘクター・ヴァノンが自発的に逃げていく方向に持っていける。


 ―――そう考えていたのが甘かった。相手は、曲がりなりにも名家の生まれの実力者であるというのに。玄人では決して収まらない、天才に分類される人種であったというのに。


「……いや待て。先ほどわたしは鍵をかけた。何故君は、この部屋の中に居る?」


 ハルトは凍り付いた。扉を閉めていたのを見たが、鍵を掛けていたかどうかまでは覚えていない。だがこういった困惑くらいなら、おくびにも出さずにいられるようにハルトは訓練されている。


「鍵? 掛かっていませんでしたよ。それより、ヘクターさんはアルフィー殿下に何をしているんですか?」


 ハルトはあくまで攻め手を緩めない。こういう問答は、防御に回った側が圧倒的に不利なのだ。つまり、可能な限り攻め手で居続けるが肝要といえる。しかし、その程度はヘクター・ヴァノンも掴んでいるらしい。


「いいや、確かに掛けた。それに、君がこの部屋に赴く理由がないだろう」


「自分がここに居るのは、ヴァネッサ様との顔合わせにアルフィー殿下と共に来て、少し前に席を外したのを戻ってきたんです。むしろ、ヘクターさんが鍵を掛けたと言い張るなら、自分は何故この部屋に鍵を掛けていたのかを聞かせていただきたいです。そして、何故今アルフィー殿下に詰め寄っているのかも」


 鍵を掛けた掛けていない、はこうなると水掛け論になる。となるとこの議論は主旨から外され、あとは口裏を合わせられるハルトとアルフィーが有利になってくる。


 が、ヘクター・ヴァノンという人物は、肉体はもちろん頭脳も切れる人物のようで、じっとヴァネッサ嬢の方へと視線を向けて言った。


「ヴァネッサの頭の付近に、魔法の残滓があるな。しかし、これは……ドルイドのそれではない。音の余韻ではなく視界で踊る虹のようだ。となると、ルーン、か?」


 ハルト、流石にこれには息をのんだ。そうなのだ。こういう、常人では踏み込み切れないような点から真相に迫ってくる。こういう、末恐ろしい事をしてくるのが天才という人種なのだ。


 勝ち誇ったような笑みで、ヘクター・ヴァノンはハルトに目を向けてきた。それから歩み寄り、見下ろしてくる。その表情は影がかかって、まるで闇の奥で獲物を狙う獣のように見えた。


「ハルトくん、君は、何者だね。わたしも専門ではないから詳しいことは言えないが、少なくとも対象に『刻み込まない』ルーン文字での魔法発動は、ごく限られた人間にしか出来ないと聞き及んでいる。そしてそれは、宗教圏の違う人間には為しえないものだ」


 マズイ、と思う。雰囲気にのまれている自分がいる。このままでは身元がバレて更に状況が悪くなるだろう。どうすれば――と生唾を飲み込んだ瞬間だった。


「ハルト君はボクの友人だよ、ヘクター。君がどうこう言うべき相手じゃない」


 僅かに震えを含んだ声で、アルフィーがヘクター・ヴァノンに言い放った。のそり、とこの偉丈夫は振りむき、小柄なアルフィーを凝視する。それから、言った。


「外敵よりブリタニアを守るが我が国軍の役目。そしてその元帥の血を引くわたしだからこそ、こういった状況に際して判断する必要があるのです。そして王家は、わたしに流れる血をして、実権を与えなさった」


 アルフィーは、その論理だった反駁はんばくに口をつぐんだ。だが、気丈にも睨み返す。その無言の反論をヘクター・ヴァノンは真摯に受け止め、そして闇の中の獣じみた雰囲気のまま、続けた。


「しかし、王子の客人をわたしの独断で排除するのもまた問題であるのは確かだ。故に」


 ぬっ、と熊のようにヘクターはハルトの肩を押さえつけて言った。ハルトは思わず後ろ手を“宝物庫”に突っ込んで――


「腕相撲で、貴君を測らせてもらおう」


「……」


 ……んっ?


 ハルトは何度かまばたきをしつつ、“宝物庫”で掴んだ即死武器をゆっくりと手放しつつ、「ど、どう言う事でしょう?」と尋ねた。ヘクターは「うむ」と頷く。


「本来ならば裁判にあげることなのだが……如何せん、わたしとて何がどうしてこうなったか、を公で説明するのは苦しいものがある。故に、ハルトくん。わたしが買っている君の実力を、改めてわたしの前に見せてほしい」


 恐ろしく見えていたその瞳がいつの間にかつぶらに輝いていることに気付いて、ハルトは気づかぬ間に「は、はい」と頷いてしまっていた。「その意気やよし!」と強めに背中を叩かれる。さっきまでの緊迫感は一体どこに。


「え、と。その、俺が言うのも何なんですが、良いんですか? それで」


「ああ、構わない。それに、わたしには『知恵、霊感、学問を得られる魔法薬』の逸話で知られる月の女神ケリドウェンの加護がある。直接相対すれば、その人物の人となりくらいは分かるというものだ」


 知恵なのに腕相撲なのか、とも思わないでもないが。同時に考えさせられるのは「加護」の一言だ。神からの祝福を受けた人間は加護を有する。そしてそれは、英雄に至りかねない重大な資質だ。


 人間とは基本的に取るに足らないものだ。天才でさえ、達人でさえ、強大な魔物など本物の怪物たちには敵わない。だが何故そこから英雄と呼ばれるような人種が生まれるかと言えば、それは人ならざる者に愛されているがため。


 神、精霊に愛されれば英雄への道が開かれていると言っていい。魔人に愛されれば魔女として人類を脅かすことになるだろう。龍ならばいずれその人物も龍となる。そして運命に愛されればおしまいだ。


 その意味で、ハルトはこの腕相撲が、何なら今すぐアーティファクトを使用して逃げに徹したいくらい嫌だった。何せ相手は英雄の卵である。腕の一本くらい持っていかれてもおかしくない。痛いのは嫌です。


 が、そうも言っていられないのがこの社会。ハルトは「分かりました」と頷きながら、ヴァネッサ嬢の部屋にあったお洒落な机の上に腕を立てる。


 そうして、乙女の部屋の小さな机を挟んで、鍛え上げた男たちが向かい合った。手を組み合わせ、強く机に肘を固定する。お互いに深く息を吐いて、いつでも力を入れられる状態まで持っていった。何だこの絵面。


「では、行くぞ」


 来ないで、とはハルトの本音だ。


 思わぬ急展開に戸惑いながらも、アルフィーは近づいてきて「えっと、じゃあ審判を務めるね。双方組みあって」と仕切り始める。その自然さにかつてやった飲み比べを思い出した。ブリタニアは突発的な勝負に際して審判の教育でもしてるんじゃないか?


「じゃあルールを確認するよ。勝負種目は腕相撲。何回勝負がいい?」


「わたしは三回を希望する。三回くらいがお互い納得できる回数だろう」


「ハルト君は」


 聞かれて、考える。普通に戦っても勝ち目はないだろう。腕の太さが違う。ならば、いくらか小細工をする余地を入れるために――


「異論ないぜ。あとはそうだな、大怪我したらさせた側の負けにしといてくれ」


「わたしを何だと思ってるんだ。本気で挑んでもそんなことにはならんぞ」


 どうだか、とハルトは訝しむ気持ちでいっぱいだ。加護持ちが普通であったためしがない。とはいえこの文言で気を逸らせたようで、他にルール違反についての規則が定められずに、アルフィーが試合開始の構えに入る。


「じゃあ。そのルールで行くよ。三回勝負で怪我をさせない。以上を持って腕相撲を始めます。いざ尋常に――」


 アルフィーが両手で固めた両者の拳を解き放つ。


「――勝負!」


「神よ、我が身にその知恵と力を!」


 ヘクターが開始直後に叫ぶなり、尋常でない力でハルトの腕は机に倒されていた。思わずぽかんと口を開け、まばたきをパチパチしてしまう。それに、ニヤリと笑ったヘクターが一言。


「ん? どうした? 魔法の類をルール違反に規定しなかったではないか」


「……なるほど、まさか逆手に取られるとは」


 この偉丈夫、よっぽどハルトより頭が回るらしい。やっべー、と思いながらも深呼吸し、ハルトは頬を両手で叩いて切り替えた。


「いいでしょう、まずは一勝譲ります。二回戦目と行きましょう。と、その前に少し水を飲ませてください」


 止められない内に背後に隠した手で“宝物庫”を漁り、魔法薬を一気飲みする。すると体全体に熱がこもり出すので、それをルーン魔法で腕に集約した。


「……腕が赤熱しているんだが」


「気のせいです。さぁ、やりましょう」


「怪我をさせたら負けだぞ?」


「ヘクターさんには無関係のルールですよ」


 向かい合い、組み合った。その瞬間に、もうヘクターの表情が強張り始める。手のひらには力が全く入っていないのは、ハルトの手が異様に熱いためか。


 だが、先ほどの薬はそれだけのものではない。


「では二回戦――勝負開始!」


 一瞬の間もなく、ヘクターの腕は机の上に叩き伏せられた。と同時に、腕の内包された熱が一気に燃料として消費される。次に呆気にとられてまばたきを繰り返すのはヘクターの番だった。しばしの無言の後、口を開く。


「熱さで弱らせてという想定で居たから、熱がって見せて油断を誘ってやろうと思ったのだが……」


「生憎でしたね。さっきの腕はトロールと腕相撲しても勝てますよ」


 というかこの手法で一度勝っている。知性ある魔物というのは出来るだけ殺すべきではなく、その一環としての騒動だった。そのトロールからは随分と文句を言われたが。


 しかしヘクターは痛く気に入ったらしく「そうかそうか! 流石にトロールと腕相撲しては、わたしも勝てまいな!」と笑っていた。


 そして、その笑みの色が変わる。


「では、三回戦目だ。泣いても笑ってもここで決着する。さぁ、構えろ」


 ぞく、と背筋に寒気が立つ。彼は一度唇を舐めて、ぶつぶつと長い詠唱を始めていた。おいおいと思うが、逆手に取れなくはない。


 今度はどうしようか、と考えながら“宝物庫”を漁り、これだと思ったものを二つ抜きだした。その二つの魔法薬をのんで、机に肘を付ける。


「では、三回戦。いざ尋常に――」


 アルフィーの掛け声で勝負が始まる。その瞬間だった。


「ん、んん……? 何でアタクシ寝て、うぇ、お腹痛……」


 背後から聞こえた声に、三人は同時に震えあがった。ハルト、我に返って気づく。そりゃこんなに長い事腕相撲で男二人がワーワーやっていれば、気絶していたヴァネッサ嬢も起きるというものだ。


 男三人は慌てて目配せし合い、無言で扉まで忍び寄り、鍵を開けてそっと抜け出した。それからすたこらさっさと離れていき、叫ぶ。


「あっぶねぇええええええ! 助かった! ギリギリだった!」


「ほ、ホントだね……すっかり忘れてたよ。危なかった……」


「いやまったく、焦らされたものだ。これでは勝負を仕切り直さねばならないではないか」


 謎の連帯感に顔を見合わせ、それから緊張が一気にほどけたからか笑ってしまう。ヘクターは何度か肩を竦めてから、「ま、一度やりあって性根を知れたし、今回は見逃すとするか」と言った。


「本当ですか、ありがとうございます。何と言うか、寛大ですね」


「いや、わたしとてあの場は頭に血が上っていた。その、……それだけ本気だったというか、何と言うか。そこを止めてもらったのだから、このくらいはな」


「え、あ、うん。その」


「いや! いい、良いんだアルフィー。そうだな、その反応が普通なのだ。ただ、いきなり都合のいい告白の機会を得てのぼせ上がったわたしが悪い。それだけだ」


 そう言われれば、アルフィーも何も言えない。とても難しそうな顔で視線をあちらこちらに回遊させるばかりだ。


「ただ、その、答える必要はないし、わたしからも返事は求めない。だが、わたしがその、そういう気持ちでいることを忘れないでほしい。そうしてくれれば、わたしからはもう何も望まない」


「……分かった。この事、胸に留めておくよ」


「ありがたい」


 アルフィーのどこかさっぱりした対応に、ヘクターは深く頭を下げた。一件落着と言ったところか、と思いながら、後学のためにハルト、一つ尋ねておく。


「それで、ヘクターさんは一体アルフィーのどこを好きになったんですか?」


「そりゃあ!」


 勢い勇んだところでアルフィーの困惑気味の視線に気づき、咳払いで誤魔化すヘクター。こうしてみると男心だって繊細で難しいもんだよなぁ、などと女心の複雑さを揶揄する様々な文句を思う。


「と、ところでハルトくんは、最後の勝負でどんな手を使おうとしたのだ?」


 話逸らしがてらに尋ねられたので、半笑いでハルトは乗ってやった。


「ヘクターさんが長い呪文で相当強化してきてたんで、逆に『怪我させたら負け』のルール狙いで、関節が外れやすくなる薬と部分麻酔をのんでおいたんですよ。そうすれば怪我しやすくなるし痛くないし、治療も一瞬ですからね」


 引かれた。


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