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44話 童顔王子は分からない

♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤♠♤




 舞踏会の、前日のことだった。


 アルフィーはハルト君にもらったすごい剣(名前は教えてもらい損ねた)の使い心地に罪悪感を覚えながら、その日の訓練を終えたところだった。森の魔獣たちの死体の中に残った魔石をもったいなく思いながらも、訓練の為、とアルフィーは自前の魔力で空間を裂く。


 そうしていつもの訓練場に戻ると、意外な顔が待っていて驚いてしまった。


「あれっ、ジシュカじゃないか。どうしたの? こんなところで」


「少し、お話がございまして。お時間を頂いても構いませんか?」


「え、うん。けど、ここだとどうかな。ロレッタが遊びに来ていた時はバレちゃったし、あんまりよくないかも」


 ロレッタの場合それで一悶着あって、フランがぐったりしていたのを覚えている。少なくとも、意外にここは人の目が当たる場所ということなのだ。それでジシュカを困らせたくない。


 だが、ジシュカ首を振って「大丈夫です。人払いは済ませておりますから」とお淑やかに笑った。「そう?」とアルフィーは難しい顔になるが、本人がそう言うならうるさく言っても仕方がないだろう。


「それで、今日はどんな用事で? ……あ、ごめん。疲れてるから座らせてもらうね」


 訓練場の中のベンチに腰かけて、アルフィーは大きく息を吐きだした。日ごろ使っている剣よりもかなり魔力の通りがいい剣ではあったが、それでも空間破りには体力を使う。


 その横に、ジシュカは腰を下ろしてきた。何だか踏み込まれているような感覚がして、アルフィーは座り直す振りをして僅かに距離をあけた。


「単刀直入に申し上げます」


 だがアルフィーの顔を見るでなく、俯いて深刻そうな顔をするジシュカに、勘違いかと納得しかけて――


「アルフィー王子殿下。ハルト様に、ブリタニアをお渡しいただけないでしょうか」


 言葉を、失った。


「……えっ、と。ごめん、聞き間違えかな」


「いいえ、聞き間違えではありません。アルフィー殿下、この国をハルト様にお渡しいただけませんか?」


「……」


 何を言っているのだろう。アルフィーは、厚かましい、を大きく通り過ぎた要求に、呆気にとられるばかりだった。だが、返答など考えるまでもない。落ち着くための深呼吸を挟んで「ここは、お互いのために聞かなかったことにするよ」と立ち上がる。


 だが、オルドジシュカは食い下がる。


「お待ちください! このように提案することがどれだけ不躾で、非常識なのかはわたしも理解しております。ですから、このように直接話を持ち掛けました理由だけでも、お聞き願えませんか?」


「……」


 そのように言われると、アルフィーも後ろ髪をひかれてしまう。自らを客観視で来ていてなおこのように言うのならば、それ相応の考えがあるという事だ。


「――分かった、話だけは聞くよ。でも、返答は変わらないからね。それだけはちゃんと分かってくれるかな」


「重々理解しております。その上で、お聞きください」


 真剣に頭を下げるジシュカに嘆息して、アルフィーは座り直した。ジシュカはとうとうと語り出す。


「そもそも、このような提案をするに至った理由をご理解いただくために、ハルト様の境遇をお話ししなければなりません」


「境遇」


 アルフィーのオウム返しに、「はい」とジシュカは頷く。


「ハルト様が市井で幼少期を過ごし、後に皇太子として抜擢されて以来波乱に満ちた人生を送ってきたことは、有名ですのでご存知ですよね」


「うん。貴族に限らず、大抵の平民たちでも知ってると思う。実際、ハルト君が来てから波乱続きだしね」


 ロレッタの所為である一面もあるが、そこにハルト君の影があったことは間違いないだろう。


「ですが、ハルト様が皇太子に何故選ばれたか、ひいてはハルト様が市井に生きて居た時どのようなお人柄で会ったことは、ご存じないかと思います」


「それは……そうだね。抜擢の理由は皆不思議がってる印象があるよ。逸話も、抜擢以後の『運命の寵児』の話ばっかりだ」


 知ってるの? と尋ね、首肯される。それに、にわかにアルフィーは興味をそそられた。前のめりになるアルフィーに、ジシュカは上を向いて思い出すように話し出す。


「元々、ハルト様は現皇帝陛下――『殴龍帝』ディエゴ・ロペス・アレクサンドル陛下と、その最愛の女性の間に生まれました。その女性はしかし、妃には相応しい身分ではなく、そのことが原因で王宮を離れてハルト様を育てなければなりませんでした」


 身分ある人間には、ありがちな話だった。基本的に、この世は政略結婚の世だ。愛に関わらず婚姻が決まり、血を混じわせる。そしてその混じり合った血でもって政を為す。


 故に愛なき場所に愛を求め、望まれぬ血を宿す子が生れ落ちるのだ。ハルト君もまた、その一人だったということでしかない。


 しかし、ここからがハルト君特有の話になってくる。


「ですが陛下は、身分を隠し周囲の反対を振り切って、度々その女性の下へ通いました。ハルト様が生まれた時も他のご子息以上にお喜びになり、可愛がったそうです。そうして、ハルト様は事実を知らないながらすくすくとご成長なさいました」


「何て言うか、救いがあるね」


「ええ。幼少期は幸せな時期でした。わたしもその場にいたので、よく存じております。わたしも望まれない血をこの身に宿す者。だからこそ幸運にも、ハルト様に付き従うことが出来ました」


 少し笑って、ジシュカは続ける。


「あの頃のハルト様はとってもやんちゃで、いっつも騒動の最中にいらっしゃいました。でも正義感に溢れていて、例えばスラムの子供が形成した盗賊団に乗り込んでそのリーダーを倒して部下にしたり、威張り散らす貴族の子息と大喧嘩したと思ったら親友になっていたり」


「あはは、すごいね。今はけっこう面倒くさがりなイメージがあったんだけど、でも昔から兄貴肌だったのかな」


「はい。優しい方ですから、曲がったことがあるとまず体が動き出してしまって。今は色々ありましたから、なるべく静かに暮らそうとしますけれど、そういうところは変わっていないんですよ」


「そっか」


 小さくてもっと元気に満ちたハルト君を思い浮かべて、アルフィーは何だか可笑しくなる。そして、その次の言葉で笑みが消える。


「その、ハルト様の――何でも結局はうまくいく、形容しがたい資質をして、陛下は『運命』と表現なさいました。そして、『ハルトヴィンには運命が渦巻いている。それは皇帝に相応しいものだ』と」


 アルフィーは、兄の言葉を思い出して口を閉ざした。運命。ジシュカは、視線をアルフィーに向けて話を再開した。


「その話を拝聴しました翌日、ハルト様は王宮にて皇太子に任命されました。国中が騒ぎ立てていましたし、乱れることの多い国ですから、すぐに暗殺されるだろうという暗い噂が蔓延しました。事実、ハルト様は暗殺者たちに襲われ何度も命を落としかけています」


「でも」


「はい、ハルト様は生き残りました。生き残り、証拠を掴んで暗殺者を差し向けた他の皇子、皇女様方を告発なさいました。わたしも微力ながらお手伝いさせていただいたことを、覚えております」


 ひと騒動を乗り越えた、といった様子で、ジシュカは語る。だが、アルフィーは知っている。暗殺者騒ぎなど、ハルト君の波乱に満ちた人生の始まりに過ぎないことを。


「その後にも、様々なことが起こりました。わたしの家の諸事情を始めとして、十二星座の乙女たちの事件の数々。帝国に反旗を翻す反乱軍の鎮圧や、一部の貴族間ではやったおぞましき魔術と魔人騒ぎの収束。その度にハルト様は見るも無残なお姿になってお帰りになりました」


 ジシュカは目を伏せ、思い出すのも嫌だという顔をする。「そして」と悲壮な表情で言った。


「そして、わたしは理解せざるを得なくなるのです。陛下が表現した『運命』とは何なのか。ハルト様の背後に渦巻く運命がある限り、ハルト様の人生がどのようになっていくのか」


 アルフィーはつばを飲み込んだ。はやる気持ちを落ち着けて、尋ねる。


「ジシュカ、その、運命って何なの? ボクの兄も『運命の魔眼』って言うのを持っていて、ハルト君を見た時に驚いていたんだけど」


 ジシュカは、言う。


「わたしの知る限り、『運命』とは栄光と受難の呪いです。本人が望む望まないに関わらず、その人に栄光を強いる。そこに至るまでの、受難をも」


 その説明に、アルフィーは言葉もなく納得していた。栄光と受難。それは、ハルトヴィン・ディエゴ・アレクサンドルという今代における最大の英雄を語るために、必要不可欠な言葉だ。


 庶子の出でありながら皇太子の栄光に身を浴し、そしてそれにふさわしい受難である暗殺騒動を乗り切った。十二星座の乙女たちも同様だろう。優れた美姫の婚約者という栄光と、それにふさわしい受難があったのだ。


「数々の栄光と受難の日々を送る中で、ハルト様は少しずつ壊れていきました。暗殺騒ぎの時には大きな出血に震えて動けない普通の感性をしていましたのに、今では四肢を失ってなお冷静さを失わず戦うことが出来ます」


 それを知ってわたしは、堪らなくなったんです。


 ジシュカは、堰を切ったかのようにまくし立てる。


「わたしは、婚約者たちの中でも一番初めからハルト様の傍に居ました。だから、少しずつ摩耗していくハルト様のことが痛いほど分かってしまったんです。ハルト様は少しずつ痛がらなくなりました。泣かなくなりました。喜ぶことも少なくなりました。事件に巻き込まれて、致命的な状況になっても、飽きたように『またか』って言って。わたしは。わたしは!」


 ジシュカはそこで、血がにじむほど強く下唇をかみしめた。それから一呼吸おいて、「申し訳ありません、取り乱しました」と首を垂れる。それから沈黙を挟んで、呟く。


「……そんなある日、不意に何もしなくていい、とても平和な日があったんです。疲れても居なくて、特に取り掛かる仕事もなくて、もちろん事件もない。そんな日が」


 ジシュカの表情が、目に見えて緩んだのが分かった。喜色を湛えて、思い出すように語る。


「みんなで、森に散策に行ったんです。とても穏やかな時間でした。ハルト様は最初嫌がっていたんですがみんなで行こうって言うと渋々ついて来てくれて。でも、その日は本当に何もなかったですから、だんだんハルト様も楽しんでくれるようになって」


 お昼ご飯を食べた。釣りをした。少しお昼寝して、今度は皆で川遊びをした。そんな、ありふれた幸せの話だった。それが終わって、ジシュカ惜しむように黙り込んで、目を瞑る。


「……毎日がこんな風ならいいのになぁって、ハルト様は仰ったんです」


 泣き出しそうな、声だった。


「わたしは、それで思いました。ハルト様がこんな幸せな日々を過ごすには、どうすれば良いのかって。ハルト様はどこに居ても何があっても、何かしらの騒動を呼び込みます。そこにあるのは運命です。ハルト様に栄光と受難を招く、運命です」


 運命をどうすればいいのか、それを他の十二星座の乙女たちと話して出た答えは、こうだったという。


「わたしたち四人は、運命を満足させればいいのだと、そうした結論に至りました。ならば、どうすればいいのか。簡単です。ハルト様が背負うはずだった受難を我々が先に取り除いてしまえばいい。そうすれば栄光だけが残ります。ハルト様は、傷つかずにいられます」


 それは、運命という化け物に、先に餌を与えて満足させてしまおう、という発想だった。常人には理解しがたいが、ハルト君の事情を知っていればいるほどその考えを受け入れてしまうのだろう。


「実際、それで一度大きな成功を上げたことがあるんですよ。ムーンゲイズ法国の話は、ご存知ですか?」


「うん。その、法王様が酷い人で、それをハルト君が――っていう」


「アレは、わたしたちが先んじて手を打ったんです。次期法王に目されていた聖女がいて、それが偶然わたしたちの知らない内にハルト様と面識を作っていたと知って、すぐに察しました。おかげで、婚約者が一人増えてもハルト様はほとんど傷を負わなかったんですよ?」


 誇らしげに言うジシュカに、アルフィーはちょっと困惑しながら質問する。


「えっと、その。それ、ジシュカの心情的にはどうなの? だって、ジシュカはハルト君の婚約者で、なのに婚約者を自発的に増やしていくって……」


 ジシュカは、少し疲れたように答えた。


「もう、嫉妬なんて気持ちはありません。わたしたちが嫉妬してぶつかり合えば、その分ハルト様が傷つくだけです。ハルト様の死を望む乙女たちも居ますが、それはハルト様の苦痛を終わらせるため。ハルト様に苦しんでほしい婚約者など、一人も居ません」


 凄まじい覚悟だ、とアルフィーはただただ感嘆するしかなくなってくる。もはや、ハルト君一人に焦点を絞らないと、どうにもならないのだろう。その意味では、ハルト君に負けず劣らず、十二星座の乙女たちはおかしくなっているのだ。


「ずいぶん話が遠回りしてしまいましたが、本題に戻りましょう、アルフィー殿下」


 ジシュカはアルフィーに詰め寄って、まっすぐに繰り返す。


「わたしは、ハルト様がこの地にたどり着き、そして国を落とすことを得意とするわたしがハルト様と再会出来たことは、一つの『運命』であると認識しております。ここまでの話から分かっていただけます通り、わたしが欲するのは主権でも金でもありません。ただ、『運命』を満足させるだけの栄光のみが欲しいのです。もっというなら、その先の先にあるハルト様の平穏が欲しいのです」


「い、いや、そうは言っても」


「ご心配なさらずとも大丈夫です。アレクサンドル大帝国は、統治こそすれ支配しません。その土地の文化を尊重し、歴史に敬意を払い、その上で政治をより良いものにする。だからこそ人間界の六割というあまりにも広大な国土を有していながら、あれほど安定しているのです。アレクサンドル大帝国の侵略の後に不幸になる民衆などいないとすら断言できます」


「お、王家の責任が」


「その責任に押しつぶされそうなのは、あなたではありませんか? アルフィー殿下。――分かりました。混乱されているようですので、わたしの提案を整理させていただきます」


 詰め寄っていたジシュカは居住まいを正して、落ち着いた声音で説明を始めた。


「わたしが欲しているのは、『ハルト様がブリタニアを落とした』という栄光だけです。そこにブリタニア王家の断絶や、主権の移譲は含まれません。その意味で、アルフィー殿下は何も失わないといえるでしょう。むしろ、ハルト様という後見人を得るとすら解釈できます」


「……それ、は。えっと、うん。ハルト君が後見人になってくれるのは、嬉しいけど」


 それだけな訳が、とアルフィーは疑う。だが、ジシュカはあくまで首を振った。


「いいえ、それだけでいいのです。分かりますか? ハルト様がアルフィー殿下の後見人となって、ブリタニア王の座に就ける。それだけで諸外国は、ハルト様が事実上ブリタニアを落としたのだと解釈します。そしてムーンゲイズの経験上、それで運命は満足します」


 結果、ハルト様は傷つかずに済むのです。その説明に、アルフィーは肩透かしを食らっていた。ブリタニアをくれ、などという切り出しから想定されるものでは、決してない。何せ内容は、ハルト君を後見人に着けてくれ、というだけのものだ。


「……それだけ、なら」


「本当ですか!?」


 ジシュカはパァッと顔を晴れさせて、アルフィーの両手を握った。そこにあったのは嬉しさ以上に、安堵の色。ハルト君を傷つけずにことを済ませることが出来た、という大きな安心だった。


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……! よかったです、本当に。これで、ハルト様はいましばらくの間、傷つくようなことにならずに済みます」


 涙さえ浮かべて、ジシュカは感謝を伝えてきた。それに、「ううん、ボクにだってありがたい話だから。でも、ハルト君にはその話通ってないよね? だから、その辺りをしっかりした後に、正式な話をしよう」と返答する。




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 そして舞踏会当日、アルフィーは遭遇する。「ロレッタを魔女として告発する」というジシュカ本人の言葉。「ディーを信用するな、国が乱れるぞ」というハルト君の忠告。最後に「ただハルト様が傷つかなければいいのです」と祈りをささげる過去の彼女の涙に。


 アルフィーには、何も分からない。


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