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43話 凡人皇太子、婚約者のやらかしを目にして大ショック

♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢




 その舞踏会は、ハルトの生徒会入りを祝す意図も兼ねているという話だった。


「ようこそ! 歓迎しようハルトくん! 生徒会へようこそ!」


 そう言って大きく手を広げたのは、ヘクター・ヴァノンだった。ブリタニア国軍元帥の息子にして、魔法特進クラス三年生の首席。生徒会役員としても庶務長の役職に就いている人物だ。


 要するに、ハルトが迷宮攻略に打って出た目的である。この見上げるほどの偉丈夫のご機嫌を取るために、わざわざ死ぬような思いをして迷宮を駆けまわったのだ。


「ありがとうございます、ヴァノン様」


「止めてくれハルトくん! わたしを呼ぶときはファーストネームで、様付けなんかしなくていい!」


「はは。では、ヘクターさんと」


「うむ。よろしく頼むぞ、ハルトくん!」


 大仰に頷いて、ちょっと痛いくらいの力加減でボンボンと肩を叩いてくるヘクター・ヴァノン。悪い人じゃないんだろうが、苦手な人も多いだろうな、とハルトは客観視だ。


 舞踏会のメイン会場ではない、廊下の奥を進んだプライベートルームでのことだった。揃うのは生徒会メンバーのみ。つまり、第一王子に元帥の息子、そしてそれを支える有力貴族の子息たちと、そうそうたるメンツが並んでいた。


「やはり君はやってのけたね、ハルト・アレクトロ。おめでとう、祝福するよ」


 そう言って軽い調子で拍手するのは、エセルバート第一王子だった。アルフィーの兄だから顔つきが似ていないこともないが、その超然とした態度は真逆と言っていい。


 ヘクター、エセルバート、という生徒会での有力者による賛辞に続いて、他の生徒会メンバーからも祝福される。その度にペコペコしているハルトだったが、最後の一人からの祝福が終わってからすぐに、第一王子から「しかし」と切り出された。


「申し訳ないね。本当なら副会長で、私の婚約者でもあるヴァネッサもここに来てくれる予定だったのだが、今回の舞踏会の主催ということもあって忙しいようだ」


「構いません。あとで自分から伺います」


「そうかい? それならよかった」


 どこか霧がかったような朧げな笑みを浮かべて、第一王子エセルバートは「では諸君、遅まきながら、新たな生徒会の仲間を迎え入れられたことを祝して――乾杯」とグラスを掲げた。それに続いて、その場の全員がグラスを掲げ口にし始める。


 だが、ハルトは素直に口にできなかった。何故かといえば、ここに来る寸前の出来事のせい。


 ――ロレッタにダンスの誘いをして、交渉の余地なく切り捨てられたためだ。


 正直あそこまで取り付く島もないとは……、と落ち込んでいるハルトだった。なので、何と言うか、ここでお酒を入れると醜態を晒しそうで躊躇いがある。


 ……飲む振りでお茶を濁しておくか。


 そう考え、口を付けるだけ付けて飲まないでおく。というか、振り返ってみれば今回も含めて生徒会への潜入捜査が目的なので、流れに任せて酔っぱらうのは単純に悪手だった。


 そしてグラスを置いてみんなの拍手に合わせて手を叩き、自由時間、という塩梅だった。それぞれの生徒会メンバーが近くの人に話しかけるなどする中、エセルバート王子とヘクターが近寄ってくる。


「しかし、重ねてアルフィーを助けてくれたこと、感謝するよ。たった一人で迷宮の罠に引っかかって、生きているだけでも十分だったというのに」


「いやはや、素晴らしい働きだった! 急いで救出隊を編成して向かって驚いたぞ。迷宮の深層から急に魔物が一匹も出なくなったのだからな! お前のような傑物が一年の首席ではないのが信じられないほどだ!」


「は、はは……」


 面倒な置き土産を残してくれたものだ、とディーのことを恨めしく思う。これで面倒ごとが増えていくようであれば、ブリタニアにも見切りをつけて逃げる必要があるかもしれない。まるで逃亡生活だ、と嘆いてしまう。


「ともかく、これから期待しているぞ! お前のように強い貴族がいてくれると、ブリタニアの将来も安泰というものだ。少なくとも今代で帝国に落とされることはないだろうな!」


 ガッハッハ、と縁起でもない言葉を吐くヘクター。本当にそう落ち着けばいいのだが、とハルトは静かになる。


「では、忘れないうちに渡しておこうか」


 エセルバート王子は、ハルトに小さなオルゴールを渡してきた。受け取りながら、これか、と思う。ブリタニアにあけるケルト魔術の粋を集めた鍵。ハルトの知識では大体不可能な代物。


「これは、生徒会員にのみ許される、この学園の万能鍵だ。生徒会には様々な権利が保障されている。その内の、捜査権を支える道具だ。非常に大事なものなので、無くしてはならないよ」


 ぎゅっと握らせるように、エセルバート王子はハルトに握手がてらオルゴールを手渡した。ひんやりとして冷たい手だ、と思う。冷たい手を持つ人は心が、というが、果たしてエセルバートはどちらか。ハルトは「ありがとうございます」と笑顔で受け取った。


 そこで、改めて頼んでおいた通りプライベートルームの扉にノック音が響いた。老齢の執事が開けると、アルフィーが「やっ」と手を上げて登場した。


「おや、アルフィーじゃないか。一応これは生徒会の集まりなのだが」


「あ、ごめんね兄さん。その……、まだ十分にハルト君にお礼を言えてないから、この機会にって思ってたんだけど」


 あらかじめ決めておいた説得台詞に、エセルバートとヘクターはそれぞれ渋くも納得顔になった。それでも僅かに逡巡していたが、最終的にエセルバートは頷く。


「分かった、いいだろう。我々も彼との親交を深めていきたいと思っていたのだが、他ならぬアルフィーだ。今回は譲ろう」


 ハルトくんと接する機会は、これから余るほどあるだろうしね。と締めて、第一王子はハルトを送り出してくれる。


 逆にヘクターは不満そうに、「それならアルフィー殿下もこの場に混ざればいいだろうに……」と呟いている。救出時の反応と言い、やっぱり妙にアルフィーへの忠誠心高いよな。


 それを黙殺して、「では、今回はここで」とハルトは手を上げて、プライベートルームから退出した。それが済み次第、速足でアルフィーと離れていく。


「おし、うまくいった。助かったぜアルフィー」


「ううん、大したことじゃないよ。それより、ヴァネッサの資料室はこっちだよ」


 アルフィーの案内に従って、速足で進んでいく。人気のある大広間からはどんどんと遠ざかっていく中で、ハルトはアルフィーの横顔を見つめた。


 考えるのは、アルフィーに伝えておいた情報のことだ。


 無論のことだが、アルフィーに全てを教えてはいなかった。ハルトの婚約者であるディーがこの国を落とそうとしている、など信じられないだろうし、何より無用な混乱を誘うだけだろうという判断だ。


 だがそれでもある程度の協力が必要だったので、いくつか限定して話していた。


 内容としては、生徒会に潜り込もうとした意図として、いくらか調べものをしなければならないということ。そしてそれ生徒会の立場でしか出来ないような重要事項で、かつ秘密裏に進めなければならないということ。


 詳しい意図に関しては、アルフィーから感じられる好意から、省いても問題ないだろうという考えだ。どうしても詳しく知りたいならブルゴーニュ嬢から聞いてくれ、と続けたら少し不満げな顔をされたが。


 ともかく、そんな形での潜入捜査でシン……と静まり返る廊下を歩いていると、不意に気配を感じて二人は立ち止まった。


「警備か?」


「うん。ヴァネッサはフラン同様、色々と秘密を抱えてるからね。パーティを開いても踏み入らせない領域ってことなんだと思う」


 曲がり角の物陰から覗くと、仏頂面の男が二人立っていた。そしてその奥に目立たない扉。いかにもな警備員だ、とハルトは微妙な顔つきで物陰に引っ込む。


「どうする」


「ボクが行こうか? 結局追い払われる流れにはなるだろうけど、無碍には扱われないと思う。その隙を突いてもらえれば」


「それで行こう。じゃあちょっと違うルートを探してくる」


 ハルトは蜃気楼のフードを被って、姿を見えなくした。それから頭の中である程度形作っておいた地図に従い、窓の外やバルコニーをいくつか伝って回り道だ。


 警備員の真横を取れるルートで戻ってくると、アルフィーが二人の警備員相手にゴネているのが見えた。アルフィーがトラブルメイカーって本当かよ、とブルゴーニュ嬢からの忠告を訝しく思いながら、素早く警備員の背後を取って二人の頭をぶつけ合い眠らせる。


「……結構鈍い音したけど」


「気絶する程度には威力があるからな。ま、回復と記憶消去のルーンで解決するさ」


 警備員たちの頭に指で平穏な眠りのルーンを刻むと、苦しげなうめき声が消え、呑気ないびきに変わった。そして眼前の分厚い扉に触れ、「さぁて、さっそく使わせてもらおうか」とハルトは悠々、先ほど受け取ったオルゴールを鳴らす。


 奇妙な音楽が流れるのを聞きながら、生徒会に入るという選択は当たりだったなと思う。生徒会入りの直前でブルゴーニュ嬢から教えてもらった知識ではあったが、これがなければどうしようもなかっただろう。


 オルゴールの音色に合わせて、扉が鈍い音を立てて開いた。その先にあったのは、おびただしいまでの蔵書を抱えた図書館だ。手入れ具合を見るに、頻繁に使われているのが分かる。


「これが個人用かよ」


 言いながらハルトは部屋に足を踏み入れた。そして適当な本を手に取って、その題名に絶句する。


『王家秘匿情報についての情報保持者の家系一覧とその弱み』


「アルフィー、俺もう帰りたくなってきた」


「えっ、ここまで来て?」


 ポカンとされ、「いや、だってこれ……」と題名を見せると、「ああ、うん。……ウチの公爵家ってそういう人が多くて」とちょっと恥ずかしがるように頬を掻く。いやそれどころじゃねぇってこれ。


 とはいえハルトも、これの為に迷宮で死ぬような目に遭った身である。ちゃんと目的の物を見つけて帰ろう、とげんなりしながら出来るだけ新しい情報を探し始める。


 狙い目としては、そのヴァネッサとかいう令嬢が手ずから記した最近の情報である。そこにディーが絡んでいれば大当たりだ。


 ……が、まぁそんなものが狙いすましたように見つかる訳もない。埃の被り具合などから痕跡の新しめのモノを探そうにもすべて掃除されているので見分けもつかない。


 気づけば四半刻ていどの時間が経っていて、見つからなさにため息をついてしまうほど。何度もここに通う事になるのかね、と今後を考え脱力しかけたところで、少し離れたところに居たアルフィーがぽつりと呟いた。


「足音」


 ハルトが蜃気楼のフードを取り出すが早いか、アルフィーはハルトに接近し手を引いて物陰に隠れた。ハルトはそれを助力するようにアルフィーごと自分に蜃気楼のフードを被せると同時、扉が開かれる。


「警備が寝ているだなんて聞いたことがないわ。あなたたち、鞭打ちは免れないと思いなさい。それ以上の沙汰は追って伝えます」


「まぁまぁ、ヴァネッサ様。彼らが悪いと決めてかかるのは早計かもしれませんよ? わたしもこういった事を経験したことがありますが、そのときは侵入者がいたものです」


「あり得ないわ。だってこの扉は生徒会所属の人間の万能鍵でしか開かないのよ?」


「まぁまぁ、ひとまず探してもらいましょう。それで見つかれば、無事お二人の汚名も返上ということで」


 苛立ちを抑えきれないといった詰問の声と、それを諫める穏やかな声。アルフィーが小声で「キツイ方がヴァネッサだね」と教えてくれる。


「でも、妙だね。穏やかな方、ボクの聞き間違いじゃなきゃ――」「ディー、だろ。聞き間違えねぇよ」


 遮るようなハルトの言葉に察するものがあったのか、アルフィーは真顔で黙り込んだ。ハルトからすれば、資料も探す必要がなかったか、と殊更嘆きたい気持ちになってくる。


 予見していた通りの行動だ。何もかも想像通り。だが、それでも、事実として目の前に晒されるとクルものがある。


「……婚約者と、ぶつからなきゃなんてな」


 それから、二人して黙って事の成り行きを聞くに徹した。ディーの鋭い指摘は、しかし蜃気楼のフードに阻まれている。


 ヴァネッサなる令嬢の命令で部屋中を流し見る警備員は、まったく気づく様子もなくハルトとアルフィーの前を通り過ぎた。アルフィーはドキドキしていたようだったが、ハルトはこのフードがどれだけ隠密性能に長けているか知っている。


「侵入者なんていないじゃないの、オルドジシュカ」


「警備兵では見つからなかったようですね。こういうのが得意な知り合いがいれば話は違ったんですが……わたしたちが改めて探しても見つからないでしょうし、どうしますか? 部屋を移すとか」


「いいわ、馬鹿馬鹿しい。あなたが有能なのは分かっているけれど、そこまで徹底した対策をするほど、この国は帝国ほど殺伐としていないわ。無理に扉を開けられた痕跡もないのだし」


「なるほど。では郷に入っては、とさせて頂きましょう」


 ディーとヴァネッサ嬢は机を挟んで向かい合って座る。それから、爆発させるようにしてヴァネッサ嬢が言い放った。


「にしても―――何なのあの女は! いびってやろうと髪を掴んでも微動だにしないし、ナナリーの弱みをぶちまけてやろうにも咳き込んでしまうし! アレもあの女のせいなの!? どうやってるの!? 呪文を唱えている様子もなかったのに!」


 え、誰のこと? とハルト困惑である。するとアルフィーがこっそりと「ロレッタが、その、ね……?」と注釈を入れた。嘘だろあいつ何やってんの?


 だがそんなこちらの戸惑いなど知る由もないヴァネッサ嬢は、机を強く叩き「教えなさい、オルドジシュカ! フランも可愛がってやりたいとはずっと思っているけれど、それ以上にアタクシはあの女を潰してやりたいの。アタクシは、どうすればいいの」と。


 ディーは、儚ささえ感じられる軽やかな調子で、言ってのけた。


「どうすることもありません。あんな真似が出来るのは限られた人間のみです。そして、あのコールドマン男爵令嬢は特別な家柄でありません。となれば、その何かに手を染めていると見るのが自然でしょう」


 その言い方に。ハルトはアルフィーと目を見合わせた。手を染めている、と聞いて、敬虔な人間なら真っ先に思いつく発想。


「――ロレッタ・コールドマンは、魔術に手を染めている……?」


 ハッとした様子のヴァネッサ嬢の言葉に、ハルトは激しく背筋を粟立たせた。声を出せない状況でもなければ、「違う!」と大声で否定しかねなかったほどの動揺だ。


「だとすれば、魔女として告発せねばなりませんね」


 しかし、オルドジシュカはさらりと言ってのけた。ぶるり、と婚約者の提案に全身が震えあがる。魔女としての告発。そんなこと、敵を潰すための方法としても選択肢に入れるものではない。


 神への信仰と魔法という恩恵の享受は、人間に許された当然の権利だ。信仰は心を支え、魔法は人間文明そのものを根底から支えている。それを奪おうなどというのは、悪人でもそう思いつくものではないのだ。


 事実、ヴァネッサ嬢もしばらく沈黙していた。だが、ここからが善人と悪人の考えの違いというものだろう。


「……ふ、ふふ、ハハハ。流石よ、オルドジシュカ。あなたと話していると、アタクシの脳に不思議なくらい名案が思い浮かぶ。そうね、ええ。事実はどうあれ、あの魔法は我が国では有名なものではないわ。なら、魔女としての告発は成功する確率も高い」


「その意気です、ヴァネッサ様」


 話を聞きながら、二人の関係性が見えてきたな、と考える。つまり、ディーが頭脳としてヴァネッサ嬢を焚きつけている関係だ。そして、それにヴァネッサ嬢は気づいていながら理解していないのだろう。あくまで自分優位だと信じているし、信じ込まされている。


 こういうことを短期間で、権力者にやってのけるのがディーという少女だった。だから内乱をも起こせるし、起こし方如何で国さえ落としてしまう。


「覚えとけ、アルフィー」


 ハルトは、耳を澄ますアルフィーにそっと語り掛ける。


「お前も王子だ。だから、ディーに目を付けられる可能性は高い。気を付けろよ。あいつは簡単にお前の心の中に入り込んで、お前を支配する。そうなったらこの国は、簡単に荒れるぞ」


「う、うん……」


 怯え故か、躊躇いがちにアルフィーは頷いた。それからディーとヴァネッサ嬢が出ていくのを待ちながら、さてこれからどうしようか、とハルトは頭を悩ませるのだった。


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