4話 童貞だけど美少女のお茶会誘われちゃったからとりあえず一発芸仕込んでく
「あなたッ! 何度言ったら分かるのかしら!?」
いつものビンタの令嬢(まだ名前を聞き出せていないのが寂しいところ)が例のごとく現れたので、童貞美少女ロレッタは「あっ、いつものですね!」と超絶美少女の輝かんばかりのスマイルと共に振り返る。
「うっ」
それにビンタの令嬢はちょっとうめき声を上げて目を覆う。ちらと目に入った鏡を見るとロレッタのスーパースマイルが童貞の視界に飛び込んできた。可愛すぎて悶死しかける。
「ロレッタ本当可愛い……。こんな笑顔出来るんですね。まだまだ精進せねばなりません」
「何を言っているのかしら! まったく男爵家の娘如きが自分の顔を見て自画自賛なんて、程度が知れますわね!」
言いつつも手でロレッタの顔を見ないようにしているビンタの令嬢。ならその目を覆う手は何でしょう、とか聞いてちょっと意地悪してやりたくなる。
「そうよそうよ!」「どこでどんな教育を受けてきたのかしら!」とビンタの令嬢を援護する取り巻き二人。ビンタの令嬢の高圧感も可愛いけど、この取り巻きの子たちのわちゃわちゃ感も可愛いなぁ、と童貞は女性に対して無限の懐の広さを展開だ。
昼過ぎの昼食タイム。トイレでの遭遇だった。
トイレで用足しをして個室から出てくると、待ち伏せしていたかのようにビンタの令嬢たちが現れたのだ。童貞としては嬉しいサプライズである。
それも、上級貴族クラスの付近にはちゃんともっとゴージャスなトイレがあるのに、わざわざ下級貴族クラスのこちらにまで来てもらえるのだ。本当に嬉しい。何だかモテてる気分。
「ロレッタ・コールドマン! 聞いているの!? あなた、いつになったら王子殿下との分不相応な逢瀬をやめるのかしら! 王子殿下も困っているわ!」
王子殿下、と聞かれて交友関係が限りなく狭いロレッタは、唯一まともに接した男である影薄イケメンを思い浮かべる。最初ははた迷惑だと思ったが、こうもビンタの令嬢が会いに来てくれるものだから少し評価を改めてもいいかもしれない。
まさか一度軽く話した程度でここまでの影響力を発揮するとは。やるじゃん影薄。
ともあれビンタの令嬢の言う逢瀬はたった一回限りなので、正直いつやめるかとか言われてもちょっとよく分からない。
「それなのですが、ビンタの令嬢。私は王子殿下とはあれ以来一度もあっておりません」
「誰がビンタの令嬢よ!」
いっけねあだ名付けてんのバレた。
「言い訳は聞きたくないわ! 昨日だって殿下しか使わないあそこにコソコソと足を運んでいたじゃない。嫌らしい……」
美少女に「嫌らしい」と言われてキュンキュンする童貞だが、本当に心当たりがない。昨日などアルフィーといつものように戯れるために訓練場に言ったくらいだ。そもそも男と接するためにどこか行くわけがない。
と、そこで取り巻き美少女たちの雰囲気が変わる。どこからかバケツのようなものを持ってきて、トイレの洗面台で水を入れ始める。
「そんな嫌らしいあなたには……、これがお似合いよ!」
腕力がないのかタプタプに水を注いだバケツを持とうとして持てず、半分以上洗面台に流した取り巻き令嬢がロレッタにバケツを振りかぶる。一々仕草が可愛いなぁとほっこりしながらも、ロレッタが濡らされるのはちょっと良くないので、童貞は先手を打った。
童貞の意思に従い、凍える霊鳥の残滓がバケツの水に降りかかる。
「それっ!」
バケツの令嬢はバケツの中の水をロレッタにかけようとして、その水が凍っていることに気付かずバランスを崩す。そのまま転びそうになったので、童貞は慌てて近寄り、その背を支えた。
結果、ロレッタがバケツの令嬢を抱きかかえる形になる。
「「……!」」
お互い至近距離に顔が近づいて、それぞれの顔の良さに赤面する。童貞美少女ロレッタは言わずもがなにしても、バケツの令嬢とて超絶美少女のロレッタと至近距離で見つめ合うのは照れ臭かったらしい。
「しっ、失礼しますわ!」
「あっ、ちょっと! ぐっ、覚えていなさいよ!」
「えっ、えっ、待ってください!」
まずバケツの令嬢が逃げ去り、その後をビンタの令嬢が続き、最後にまだあだ名のない令嬢が追いかける。あの三人黄金トリオだな。可愛すぎる……。
「しかも全員顔がいい」
そう。この世界の貴族は何でか知らないが総じて美男美女なのだ。フロストバードの領民は普通にぶちゃいくも居るには居たが、ロレッタの家族はやはり全員美男子ばかりだった。男の美醜は果てしなくどうでもいいが。
ちなみに女性の場合多少アレでも味があると評価するロレッタである。女性は女性というだけで素晴らしい。
そんなことを考えながら、ロレッタはバケツを軽々持ち上げて軽く揺らす。すると氷がすぐに溶けたので、そのまま洗面台に流した。よかった、いじめで全身ビショビショにされる女の子なんていなかったんだね!
「正直この問題を解決する気はさらさらありませんが」
嬉しいことづくめだ。女の子に連日詰め寄られるとか天国を疑うレベル。
「多少不可解ですし、アルフィーに相談しましょうか」
そんな訳で放課後、いつものように一般貴族用訓練場に赴き、アルフィーと会う。
「アルフィーーーーーーーーーー!」
「ロレッターーーーーーーーーー!」
お互い走り寄り、元気よくハイタッチ。それから拳を合わせたり肘先の半ばをぶつけ合ったりしてから、最後に手の平をひらひらさせながらゆっくりと下げていく恒例の挨拶を決めた。アメリカ映画で子供が良くやってる系のアレだ。
この数日で、二人で考案したやり取りだった。やればやるほど仲良くなった気がするのでとっても楽しい。
そのためいつも通り両手でお手々を握りあいながら、ぴょんぴょんしつつのハイテンション雑談に突入する。
「ねぇねぇ聞いてください聞いてください!」
「何々ロレッタ!」
「最近女の子とお話しする機会が増えて嬉しいんですよやったー!」
「やったねやったね!」
「それでですねそれでですね!」
「うんうん!」
「その理由が王子殿下にちょっかい出したから焼き入れるとかで」
「うん?」
「嬉しいので放置する予定なんですが、原因だけ探っておきたいなーとか思ってるんですよね! ……アルフィーどうしました?」
「いやぁ……」
アルフィー、何故かすん……っ、となってしまう。目も背けがちで合わせてくれない。寂しい。けどひとまず詳細を伝えるに終始。
「私基本的にアルフィーとしか接してないので、王子はおろか男性とすらまともに接してないんですよね。だから原因が全然分からないんです」
「え」
アルフィーが顔を上げる。肩までの短い髪がさらさらと揺れる。可愛い。
「どうしました? アルフィー」
「あ、いや。うーん、えへ。何でもないよ。ちなみにロレッタはそれで困ってたりは」
「嬉しいことづくめですね!!!!!」
「あはは、ロレッタってすごい心が強いよね。憧れちゃうな」
「そうですかぁ~? 照れちゃいますね~」
デレデレになりながら、ロレッタは思う。アルフィーはいっつもニコニコしていて、女の子以前に人間として傍にいて心地がいい。ちょっとしたことで褒めてくれるし、ロレッタもアルフィーのそんなところを褒め返したくなる。
だからこそ、言わないが、こっそりと気にしてしまう。
何故アルフィーは、いつ見てもここに一人で居るのだろう、と。
「アルフィー何か分かりますか? っていうか貴族失格な質問してしまうんですけど、ブリタニア王国の王子殿下ってどんな人ですか?」
「あはは、そんなこと聞かれたの初めてだよ。そうだね、他の人に聞くと怒られちゃうかもだから、ボクから説明するね」
コホン、とアルフィーは小さく咳払いして、説明を始めた。
「まず、このブリタニア王国は王国の名の通り君主制です。王様がちゃんと権力を持ってて、有力貴族とある程度協議しながら政策を進めていくよっていう制度。でもちょっと珍しいのが王様のお嫁さん、お妃さまが一人しかいなくて、子どもも二人しかないのが特徴かな」
「その二人が危うくなったら国の存亡に……?」
「大湖峡の先にあるアレクサンドル大帝国なんかは王族同士で命のやり取りがあるらしいけど、ブリタニア王国は平和だからそういうのはないかな。でも王様がちゃらんぽらんだと困るから、そのくらいはしっかりしないとねって」
アレクサンドル大帝国と聞いて、そういえば実家がブリタニア王国唯一の帝国との国境沿いだったなぁと思い出す。ちょいちょい帝国の貴族と父が会談とか小競り合いしていたが、そんなヤバい国なのかアレクサンドル大帝国。
「しっかりしないと、とは?」
「えっ、まぁその、何ていうか……。き、貴族の身分でも出来る限りの努力をしないとねっていうか、そんな感じ」
「なるほど……。アルフィーは将来のことをしっかり考えていて偉いですね」
そうやって褒めるも、アルフィーは首を振って「ううん、ボクはまだまだだよ」と寂し気な笑みだ。童貞と違って誉め言葉を素直に受け取るタイプではないらしい。
「それでブリタニア王国には二人の王子が居て、……兄の方がちょっと適当なのが問題って言われてる一方で、弟の方も頼りないって声があるんだよ。だから、どっちかの問題を直して王につけさせないとねって。じゃないと、次代にでも帝国に呑まれるぞ~って」
「まぁ、帝国って他の国を従えて初めて帝国みたいなところありますし」
「アレクサンドル大帝国は人間界の六割を占めてるらしいからね。世界征服の下に成る世界平和を標榜してるらしいけど、ホントにやりかねないから怖いよ」
「……」
前世の地球ではちょっと考えられないほどの覇権国家っぷりに、背筋がひやひやする。こんなのがまかり通るのか異世界。すごいですね異世界。
「っと、話が逸れちゃったね。それで、何だっけ。王子と関わったから上級貴族のお嬢さんが怒ってる……のかな?」
「はい。で、私が王子かな、と睨んでる人も一回しか会ったことないので、誰なんだろうな、と」
「……ウーン、難しい話だね」
「難しいんですか?」
「うん。ここの難しさっていうのは、多分その令嬢たちが、王子とロレッタが一緒に居て悲しいだろうなって人のために、勝手に行動してることなんだよ」
「……はい?」
話が微妙に飛躍したような気がして、ロレッタは首をひねった。童貞は忖度で絡まれている、と?
「元をたどるとね、王子っていうのはやっぱり大切な王の血脈を継いでいる存在だから、絶対に絶やされることがないように周りで勝手に対策が打たれるものなんだよ。で、その一環としてブリタニアの王子二人は生まれた頃から婚約者がいる」
「あ、なるほど。婚約者がいるにもかかわらず王子に付きまとうお邪魔虫だと、私が勘違いされていると」
「勘違い……えー、あー。少なくとも、その令嬢たちはそう思ってるわけだね」
「ふむふむ。でも私、男に全く興味ないですよ。権力争いとかもどうでもいいですし」
「あはは! ロレッタは何ていうか、はっきりしてていいなぁ。そうだ! ロレッタは元々女の子のお友達が欲しいんだよね」
「そうですね」
「で、王子云々にも興味がないと」
「はい」
「分かった。じゃあ、フランソワーズ・アストヒク・ブルゴーニュって名前の人から招待状を貰えるよう手配しておくから、招待状の通りにお茶会に行ってもらえる?」
「はい?」
♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡
ある日の朝。女子寮からいい匂いをいっぱいに漂わせて飛び出していく下級貴族令嬢の溌溂さに、ロレッタがホクホクしながら靴を履いていると、寮母さんが「コールドマンさん!」と呼び止めた。
「ひゃい! なななな、何でひょう!」
「あなたまだ私に慣れてないのね……。じゃなくって、こ、これ。あなた宛てに」
寮母さんは僅かに震える手でロレッタに手紙を差し出してくる。それを見ると、「ロレッタ・コールドマン様へ。花園のサロンにてお茶会のお誘い フランソワーズ・アストヒク・ブルゴーニュより」と記されたオシャンティーな手紙が。
「あ、招待状じゃないですか」
ロレッタも震える手で受け取り(寮母さんの手に触っちゃった!)、封蝋を剥しその場で読み始める。それに慌てたのは寮母さんだ。「ちょっ、ちょっとコールドマンさん!? お、落ち着いて、冷静になりましょう?」と言ってくる。あなたのが落ち着くべきでは。
「えっと……、何を慌ててらっしゃるのですか?」
「え、だっ、だってあなた。これ、悪徳公しゃ、ゴホンッ! ブルゴーニュ公爵家のフランソワーズ様からのお手紙でしょう?」
「はい。確かにそのように書いてありますが……」
悪徳公爵言いかけませんでしたかのこの人? え? アルフィーそんなヤバそうな奴とコネあるんですか? 友達アルフィーしかいないから、そういう噂話と無縁なのが手痛い。
というか前にもどこかで聞きましたね、悪徳公爵ってワード。とロレッタは記憶を何となく探り始める。
「コールドマンさん、悪いことは言わないわ。今すぐお実家に帰りなさい。そしてあなたの家の寄り親にあたる貴族に、執り成しを依頼するの」
「このお茶会で私どんな目に遭うんですか?」
「そんなっ、私の口からはとても……」
「何とまぁ……」
ヤバそう以上の情報量がゼロなのだが、とロレッタは落ち着かなさに手をにぎにぎ。お茶会(よく分からないが飲み会みたいなものだろう)で恐ろしいことと言ったら一発芸とかだろうか。確かに予告なしでやれと言われたらこれほど恐ろしいものはない。
ひとまず年配ながら慌てる寮母さんの愛らしさにほっこりしながら、ロレッタは手紙を開封した。読んでみると内容は存外さっぱりしたもので、今日の放課後お茶会を開くからおいでませとのこと。急なご指名だが、アルフィー経由の招待だし行くべきだろう。
「あ、あの、コールドマンさん? まさかとは思うけど、行くつもりじゃないでしょうね?」
「え? 大丈夫ですよ寮母さん。ちゃんとネタは仕込んでいきますので」
「ね、ネタ……? じゃなくって、コールドマンさん。今回の件は間違いなくあなたと王子殿下の噂よ。きっと無事では済まないわ」
言われて、そういえばアルフィーに噂について相談して、結果届いた招待状だと思い出す。だがどちらにせよ根も葉もない噂だ。興味のかけらもない問題に関しての追求はバッサリ切り捨てる主義なので、ロレッタとしては一発芸にのみ専念すればいい。
「大丈夫です。女の子らしくキレイな一発芸こなして、お友達をいっぱいゲットしてきます。目指せ百合ハーレ、げふんげふん」
ちょっと本音が出すぎたので自重する。となると、一発芸に必要な小道具を用意せねばなるまい。ふむんと考えて、ロレッタは自室に戻り、“あるもの”をカバンに詰め込んだ。