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38話 童貞美少女はシリアスブレイカー

♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧




 ノックの音が、三回。フランははやる気持ちを押さえて、ゆっくり余裕を持った所作で扉を開けた。


「あら、いらっしゃい。よく来たわねアルフィー」


「うん。こんなに呼ばれなかったの、久しぶりだね。お招きありがとう、フラン」


 こっちよ、とフランは自室へとアルフィーを招き入れる。アルフィーが奥へ進んだのを確認しながら、厳重に扉を施錠し始めた。内鍵を回し、ドアチェーンをかけ、防音の魔法を唱える。


 そして、とっくにソファに座っていたアルフィーに向かって走り、腰のあたりに抱き着いた。


「アルフィ~~~~~~~~~~~~!」


 フランが地べたに跪きながらぎゅうと抱き着いていると、「はいはい」とアルフィーは頭を撫でてくれる。フランはそれに甘えて唸り声。


「うううう~~~。もっといっぱい撫でて。目いっぱい甘やかして!」


「はいはい。愚痴は聞くから落ち着いてね」


 頭をポンポンされ段々落ち着いてきて、それでも甘え足りないとフランは、髪のセットが崩れるのもいとわずグリグリとアルフィーのお腹にあたりに顔を押し付ける。顔に似合わない筋肉質な感触が、フランのお気に入りだ。


 この、欠点を補おうとする努力の感じられる体つきが、フランの好きなところの一つだった。フランは努力家が好きだ。だからアルフィーがますます好きなのだ。


「それで? 今回は何があったの?」


「……ロレッタが毒殺されかけた」


「今なんて?」


 え? と困惑した声が降ってくる。フランは口を滑らせたわ、とちょっと反省しつつ、「それより」と話題の修正を図る。


「アレクトロがあなたを迷宮の主から救ったって、最近ものすごい話題じゃない。その話を聞いたときは気が気じゃなかったのよ? その話を詳しく聞かせなさい」


「あ、うん。ちなみにその話、信じてる?」


「え? ……まさか違うの?」


「いや、大枠は正しいけど厳密には違うというか」


 少し説明が難しいんだよね、とフランが見上げる先で、アルフィーは頬を少し掻いて説明を始める。


「迷宮の主が憑依型の魔物だったのは正しいんだけど、取りついたのはボクじゃなくてオルドジシュカっていう女の子だったんだ。で、ボクが攻めあぐねてたのを助けてくれたのがハルト君だったっていうのが、本当のあらましかな」


「今なんて?」


 まさかのここでオルドジシュカの名前である。何でここでその名前が、と思いながら、「その、オルドジシュカっていうのは誰なの?」と質問だ。


「偶然そこで遭遇した、ハルト君の婚約者だって言ってたよ。ハルト君と、その、えへへ、ボクが協力して無傷でそのジシュカを捕らえて、中の迷宮の主を駆除したところで騎士団が駆け付けて、勘違いを利用してもっとハルト君のお手柄が際立つように少し嘘を吐いちゃったんだ」


 フラン、受け取る情報量にぐるりと目を回し思考を巡らせる。要は、ハルトヴィン殿下の計画にオルドジシュカが乱入したものの、特に不都合は見受けられなかった、というところか。


「あ、うん。そこは分かったけど……遭遇? 変なことはされなかった? 」


「あはは、心配性だなぁフランは。大丈夫。良い子だったよ、ジシュカは。それに頭も回る。ハルト君の手柄のために、ハルト君を満身創痍にするみたいなことを言っててびっくりしたけど、そう見せかけただけだったしね」


「そう……。というか、それならあなたは何で迷宮に居たのよ、アルフィー」


「えっ。あ、うん。……ちょっとね」


「……」


 隠し事は許さないわよ、という言葉に変えて、ジト目でフランはアルフィーのお腹をつつく。「えっ、ちょっ、フラン、ふふ、くすぐったいよ、あはは」とやめるよう言ってくるが、フランは容赦しない。


「ふっ、ふふっ、あは、ごめん、分かった。話す、話すから! 話すから止めてってば! あはははは」


「ほら、早くしなさい」


「こんなに甘えんぼな体勢の癖に強気だなぁ、あ、ごめん話すから。その指止めよう? ね?」


 フランがお腹に近づける人差し指をしまうと、アルフィーは一つ咳払いをしてから言いにくそうに言った。


「そ、その、ハルト君が必要以上に苦労する選択肢をボクがけしかけたような感じになっちゃったから、流石に協力しない訳にはって……」


 フラン、それを聞いて溜息だ。ハルトヴィン殿下、あなたは自分の立場が分かっているのですか、と問いただしたい気持ちもあるが、そもそもアレクサンドル大帝国の皇太子を迷宮に向かわせうる判断を下したのは自分でもある。


 責めても仕方がない、と納得するしかないだろう。それに、かつてハルトヴィン殿下の言っていたことも理解できた。


 迷宮をほとんど一人で踏破する。途中からは仲間がいたとしても、その強力な仲間に取りついた迷宮の主を無傷で制圧する。そんなのは、英雄でさえない。


 化け物。


 フランは、ソファに、アルフィーの横に腰かけ直し、それから彼の膝に頭を乗せた。「寝るの?」と問われ、「この後ハルトヴィン殿下といくらか話すから、それまでに疲れをとりたいのよ」と答える。


「うん、分かった。あ、そういえばなんだけど、ちょっと相談いい?」


「ええ……ふぁああ……。少し生返事になるかもしれないけど、ちゃんと聞いているから」


「ふふ、了解」


 言いながら、アルフィーは頭を撫でてくれる。フランは少しくすぐったがりながら、猫のように気分を良くした。


「その、迷宮の一件でハルト君から剣を貰っちゃったんだけど、何て言うかすごい剣で。こんなもの貰っていいのかなって、迷ってるんだ」


「うん……」


 聞きながら、そういえばオルドジシュカから接収した禍々しい剣を持っていかなくては、なんてことを考える。


「じゃあ、この後殿下に聞いておいてあげるから……」


「ありがとう。ボクからはそれだけかな。お休み、フラン」


「ん……お休み……」


 目を閉じながら、フランは思う。アルフィーが化け物だったから何なのだろうと。フランがすべきことは、今も昔もただ一つだ。アルフィーのために、この国の秩序を自分なりに守り抜く。社交界という虚実入り混じる世界で情報を制し、アルフィーの糧とする。


 フランにとって本当に大切なのは、アルフィーだけだ。それ以外は、アルフィーに関連しているから気遣っているだけ。ロレッタの立場に気を払うのも、ハルトヴィン殿下と手を組んでいるのも、果てはこの国を守ろうとするのも、アルフィーのためでしかない。


「大好きよ、アルフィー……」


 フランはそう呟きながら、決意を固める。化け物だからこそ、守らねばならないと。人間は理解しうる範囲でしか相手を受け入れられない。そして凡人の理解の範疇とは、存外に狭いものだ。


 そんな彼らがアルフィーの本質を知ったとして、恐怖し迫害する可能性は高い。ならばそのとき、フランこそが凡人に分かるように情報を統制するのだ。


 アルフィーを、人間に拒絶される、悲しい化け物にしないために。


 そう念じながら、フランは意識を睡魔に委ねていく。




♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧




 アルフィーに癒された昼下がりは過ぎゆき、夕暮れになっていた。


 フランは前回ハルトヴィン殿下を招いたサロンの館、その客室で静かに紅茶をすすっていた。アルフィーが来るにあたって席を外していたメイドのレイも、今は殿下を迎える準備に扉の前で待機している。


「こちらです」


「ああ、ありがとな」


 そんな声と共に、扉からハルトヴィン殿下が現れた。フランは「定刻通り。時間にしっかりした人って素敵ね」と余裕をもって迎え入れる。


「お褒めに預かり光栄だな、ブルゴーニュ嬢。早速だが、首尾の方はどうだ」


 席に着きながら、ハルトヴィン殿下は確認してくる。フランは息を吐いて、「率直に述べるわ」と切り出した。


「まず、オルドジシュカを引き付け続けるのには失敗した。オルドジシュカ側から同居はもう取りやめにしてほしいって通達があったわ。ロレッタってすごいわね。ワタクシが守る必要なんてないんじゃないかって思うくらい、天然で翻弄してたわよ」


「……というと、仕掛けてきた訳だ」


「ええ、毒殺寸前。かなり強い毒だったわ。しかもワタクシのケーキにも惚れ薬を混ぜ込んで、ワタクシが行ったことに見せかけようとしていた」


 頭が回るのね、あの子。と言いながら、紅茶を一啜り。実際、フランとロレッタの確執もどきは学園でも有名な話だ。それが急に近づきだして、末に毒殺なんて、精査する必要がないくらい分かりやすいストーリーラインだろう。


「なるほど。翻弄って言ってたが、ロレッタはどうなんだ?」


「そう。今回ワタクシからアレクトロに伝えたいのは、ロレッタが上げた二つの戦果についてよ」


 レイ、と名を呼ぶと、メイドのレイが長い棒状のものを布で覆ったものを机の上に置いた。フラン手ずからその包装を解くと、禍々しい剣が現れる。


「――――――――これは」


「オルドジシュカがロレッタと住まう部屋に隠し持っていたものよ。せっかくだから回収させてもらったの」


 顔色を見る。かなり強張った様子だ。ひとまず差し出そうと手を伸ばすと、その手を掴まれ止められる。


「直に触れるな。それだけで悪影響がある」


「……分かったわ、任せます」


 手を引く。ハルトヴィン殿下は受け取って、虚空の中にしまい込んだ。空間が波打つ。それを眺めながら、フランは「その剣、一体何なの?」と尋ねた。


「ブルゴーニュ嬢、剣には詳しいか?」


「いえ、生憎と門外漢だわ。流石に帝国四聖剣くらいは分かるけれど」


 かつて勇者が持っていた、あるいは現勇者が振るう聖剣。その中でも最も優れた四振りを指す言葉だ。だが、言いかえればフランはその四振りくらいしか知らない。


「こいつはまぁ……帝国四聖剣と似たような剣だ。性能だけならな」


 言い方に含みを感じて、フランは推測を述べる。


「魔剣、と呼ばれる種類のものかしら?」


「その中でも最上級に分類される、『呪われし勝利の十三振り』の一つだ。こいつの場合は、抜いたらどんな強敵相手でも勝てる代わりに、破滅して死ぬ」


 嫌な顔をする理由が分かった。フランも今盛大に嫌な顔をしている。


「だからこそ、ディーから回収してくれて本当に助かった。ありがとう。この恩は忘れない」


「改めないで頂戴。それより、剣で言えばアルフィーがあなたから一本良いのを貰ったって話だったけれど」


「ああ、宝剣デュランダルのことか?」


 フラン紅茶を吹き出した。


「うわっ、きったね! 何すんだ!」


「ご、ごめんなさい、粗相をしました。レイ、殿下を」


「失礼いたします、ハルトヴィン殿下」


 素早く駆け寄ったレイが、ハルトヴィン殿下の服を拭き始める。「ったく」と言いながら、殿下は頭を掻いて溜息だ。


「って! そうじゃないでしょう! 今まさに話題に出た帝国四聖剣じゃない! 何てものをアルフィーに渡してるのよ!」


 驚きから大声で言うと、彼は耳を塞いで五月蠅そうな顔をしてから、「仕方ねぇだろ。デュランダルがアルフィーを次の遣い手に選んじまったんだから」と。


 その言い回しがよく分からず、フランは渋面で尋ねる。


「何よ『その遣い手に選ぶ』って」


「上等な剣はそういうのがあるんだよ。デュランダルなんかは特に、創造主が作った一振りの内の一つでもある。意思を持ってるんだ。その宝剣が選んだ以上、俺がどう邪魔したってアルフィーの手にデュランダルは渡る」


 なら素直に渡すのが一番いい。ハルトヴィン殿下はそう〆る。フランは納得できず、むすっとへの字口だ。


「捨国の勇者の御伽噺に出てくるような剣を貰っても、見返りなんか用意できないわよ」


「あー、イランイラン。帝国四聖剣は常に剣が遣い手を選ぶもんだ。人間の意思なんか介在しない。むしろ間借りしてた間の分だけ俺が丸儲けって考えてるくらいなんでな」


 ならいいけれど……、とフランは渋々頷く。「それで? もう一つ報告があるんだろ?」と殿下は話を促してきた。


「ええ。もう一つは、ロレッタがオルドジシュカを惚れさせたことよ」


「何だって??????????」


 ハルトヴィン殿下は信じられない事実を聞いたように唖然とフランを見つめている。なのでフランは、掻い摘んで説明だ。


「さっきオルドジシュカが私に惚れ薬を飲ませようと、っていう話したでしょう? それよ。経緯は長いから割愛するけれど、オルドジシュカが口にして、ロレッタを見たの」


 その説明に、しばらく殿下はあんぐりと口を開けて呆気にとられていた。しかし一旦天を仰ぎながら事態を飲み込んだようで、深すぎるくらい頷いて理解を示した。


「なるほどなぁ。それならあり得るか。何つーか、前回俺たちがロレッタ相手に空回ったのが思い出されるな」


「アレ、トラウマなのよ……。思い出させないで」


「す、すまん」


 思い出すだに重い気持ちになる過去である。しかも今しているのは、あの時の後始末というのだから笑えない。


「ひとまずそんな訳だから、ロレッタを直接オルドジシュカが狙う事はもうないと見てるわ。つまり、引き付け続けるのは無理になったけれど、ロレッタの命に関しては一安心ってところ」


「分かった。じゃあ、次はこっちの話か」


 一通り流れを理解したらしいハルトヴィン殿下は、次の話題に移ろうとする。だがフランはそこで遮った。


「それはアルフィーから聞いたわ。いくらかの予想外はあったけれど、おおむねうまくいったってところでしょう?」


「ああ、その通りだ。生徒会ってのはどうやら会長を中心として過半数の認定があれば、途中参加でも生徒会入りが認められるらしい。俺の場合は庶務長のヘクター・ヴァノンがいたく喜んでてな。『よくぞアルフィー殿下をお助けした!』って泣いてたくらいだ」


 何であんな忠誠心が高いのが、アルフィー付きじゃなくてエセルバート王子の隣に居るんだ? とハルトヴィン殿下は首を傾げる。何となく実情を察しているフランは、「色々あるのよ」と誤魔化す構えだ。


 話を逸らしがてら、少し気になったことに踏み込んでみる。


「で、ここから少し聞いておきたいのだけど」


 フランは前のめりになって、ハルトヴィン殿下に鋭く質問した。


「オルドジシュカ……接していて思わずにはいられなかったのだけれど、妙じゃないかしら、彼女」


「……妙って?」


 はぐらかそうとしているのか、あるいはどれほど感づいているのか聞き出そうとしているのか。フランは、まくし立てるように言う。


「ワタクシの中で、短い間とはいえ仲良くやっていたロレッタをあっさり毒殺するオルドジシュカと、その癖ロレッタの無垢な期待に応えて惚れ薬をそのまま受け入れてしまうオルドジシュカが繋がらないの。あなただけを優先するなら分かるわ、アレクトロ。でも、そうじゃない。オルドジシュカはちゃんと社交性を身に着けながら、それとちぐはぐなくらい反社会的な行動を取れる」


 フランは息を吸い直して、問う。


「あの子は、どういう子なの?」


「……そういう奴だよ。ブルゴーニュ嬢の看破した通りだ」


 認め方はあっさりとしたものだった。だが、それ以上を晒さないとする警戒を、フランは見抜く。


「ワタクシ、あまり失礼なことは質問したくないのですけれど」


「聞きたいことを聞けよ。俺は何を言われようが、侮辱だなんて思わない」


 その返答は、ある種詰問を誘っているかのようだった。それに気づいたからには、乗らない手もあったのだろう。だが、フランがそうするには頭に血が上りすぎていた。


「なら、はっきり言わせてもらうわ、ハルトヴィン殿下。あなたの周りにはおかしな婚約者ばかり集まっているという話だけれど、それはあなたの不運だけが原因なの? あなた自身には、問題はないの? つまり――」


 フランは一拍おいて、核心を突く。


「あなたの不運がおかしな婚約者を集めたのではなく、あなたの近くに居ることでおかしくなったんじゃないのかしら?」


 ハルトヴィン殿下は、口を閉ざす。それから目を伏せ言った。


「その通りだよ。俺自身の問題だ。俺の悪運、不運、全て俺自身の問題だ。ブルゴーニュ嬢の考える通り、不運の一つとして最初からぶっ飛んでる奴が俺の婚約者におさまることもある。だが、ディーは違う」


「あなたが傷つけた結果、ああなったと、そう認めるのね?」


「ああ、俺が傷つけた。俺を愛していると言い続けて、ずっと傍にいてくれた奴だったよ、ディーは。だからきっと耐えられなかったんだ。毎度俺は死ぬような思いをして、傷だらけで帰ってくる。その度にあいつはボロボロに泣いて、泣いて、ある日、泣かなくなった」


 ハルトヴィン殿下は、視線をまっすぐフランに向けてくる。フランは、何も言えずに見つめ返すしかない。


「それからのアイツのことは、俺にもよく分からないんだよ。ムーンゲイズを落とすわ勝手に俺の婚約者増やすわ、どういう意図があるのか聞いても『全てハルト様の為です』の一点張りだ。それで万事順調って面してやがる。俺にはさ、どうしようもなかったよ」


「……そう」


 ちぐはぐ、どころの話ではなかったということか。フランは視線を落として考える。ハルトヴィン殿下すらオルドジシュカを理解できていないということ。そしてそれが呪術師であるということ。要するに、フランでさえお手上げだ。


 フランは溜息を一つ落とした。それから、素直に頭を下げる。


「申し訳ありません、ハルトヴィン殿下。あなたを疑うような言い方をしました。そのことを、ここに謝罪させていただきます」


「やめてくれ。むしろ、お前が少しでもディーに同情的な見方をしてくれてるだけで、救われる」


 ハルトヴィン殿下は眉を垂れさせて首を振った。それから、ため息交じりに結論付ける。


「要するに、あいつはどこか壊れてるんだ。俺だって人のことを言えないけどな。だから、ロレッタから直接アイツが引いたからって油断するなよ。まず間違いなく違う手で打ってくる」


「分かったわ。じゃあ晴れて現状の報告を済ませたし、お互いのこれからについて話し合いましょう」


 フランの提案に、ハルトヴィン殿下は頷いた。それから日が暮れるまで、二人は熱心にこれからの計画を練っていた。




♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢




 会議の帰り、ハルトは夜の帳の落ちた街を歩いていた。


 役割分担は、継続という事になった。つまり、ハルトは手柄を上手く利用して生徒会に潜り込む。ブルゴーニュ嬢は情報を集めながらロレッタに危険が及ばないように立ち回る。


「元帥の息子にも顔を覚えてもらえたみたいだったしな」


 アルフィーを救い出したことが大変喜ばしかったと見えて、ゴツイ手でブンブンと握手した手を振っていたものだ。あの様子なら難しいことはあるまい。


 そんな訳で今は、夕飯を取るべく食堂に向かう道の途中だった。ここからだと、人通りの多いが少し遠回りな道を抜けていくか、閑散とした公園だが突っ切れば近道を通るかのどちらかといったところ。


「腹も減ったし、抜けてくか」


 夜の公園に、ハルトは足を踏み入れた。やはり人が居ないとどこか不気味に感じてしまうのは、人間の本能によるものだろうか。


 だから少し駆け足で、豊かな芝生を進んでいった。薄暗い道を、月明りが照らしている。何かと出会いそうな雰囲気だな、と考えていると、公園の真ん中、ちょっとした丘のようになった場所で、三日月に手を伸ばす少女がいた。


 オルドジシュカ――ディー。今まさに対策を打っていた対象である彼女が、それを知ってか知らずか、そこに立っていた。


「何、してるんだ」


 だから、敢えてハルトから声をかける。すると今初めて気づいたみたいにまばたきをして、ディーはハルトを見つめてきた。


「ハルト様。ああ、こんなところで会えるなんて、嬉しいです。これから御夕飯ですか?」


「ああ、そんなところだ。お前は?」


「月を眺めていました。欠け気味の月が、何だか切なくて」


 そうやって微笑む彼女に、ハルトはどう返せばいいか分からなかった。蜃気楼のフードを被っていたからブルゴーニュ嬢の館に訪れていたことはバレていないはずだ。だから、堂々として居ればいいのだが。


「ハルト様、一緒に月を見ませんか?」


 言われ、僅かに考えて頷いた。近寄っていくと、抱き着かれる。至近距離。顔と顔がくっつきそうな距離感で、ディーは囁いてくる。


「迷宮では、ありがとうございました。アレからちゃんとお礼も言えずに離れざるを得なくて、わたし」


「いいよ、そのことは。それよりさ、ディー。お前……」


 逡巡。ディーは小首を傾げて、ハルトの続く言葉を待っている。ままよ、と思いながらハルトは問い詰めた。


「お前、俺の許可もなく妙な動きしてるよな? 迷宮に一人で忍び込んだり、他にもいくらか、女子の間で噂になってるぞ」


 ディーの動きが止まる。表情が固まったのを見て、ハルトは畳み掛けた。


「ハッキリ言うぞ。止めてくれ。俺は、ここでほどほどに平穏な生活を掴みかけてたんだ。それを、壊さないでくれ」


 ディーはその言葉を受けて、寂しげに微笑んだ。それから、首を振り「出来ません」と。


 ハルトは、眉根を寄せる。


「何でだ。お前は、俺の平穏を誰よりも望んでくれてただろ? なのに何で、何で! 今はその反対のことをするん」


 だよ! と怒りをぶちまけようとした唇を、ディーは自らの唇でもって塞いだ。キス。ハルトは驚いてのけぞるが、ディーの掴む手がそれを許さない。


 熱烈な口づけだった。愛していることを、余すことなく伝えようとするキスだった。それも終わり、名残惜しそうに離れていきながら、ディーは言う。


「ハルト様。止めることは出来ません。出来ないのです。何故なら、あなたの運命がわたしを呼んだから。世論を操作し、内乱を呼び、国を壊すわたしをこそと、あなた様の運命が望んだから」


 熱のこもった瞳が、ハルトをまっすぐに見つめてくる。そこに宿るのは、悲しみと狂気だ。


 ディーは、ハルトには理解できない何かを、その目で捉えている。


「わたしは、ずっと変わっていません。あなたの平穏ばかりを祈っています。だから、だからこうするのです。こうしなければならないのです。ハルト様は安全なところで休んでいてください。その間に、わたしがすべてを終わらせてきますから」


「ディー、お前」


 ハルトは唾を飲み下し、問うた。


「お前は、一体何をするつもりでいるんだ?」


 ディーはその言葉に、にっこりと笑った。艶やかな黒い長髪が、月光に輝く。そして彼女は、何かを盲信したその瞳のきらめきを宿して、答えるのだ。




「ブリタニアを、あなたに」




 ハルトは、その意味をすぐに理解できなかった。数秒の間考え込んで、やっと恐ろしい考えにたどり着き、震えた。


「……ディ、ディー。おま、お前、まさか」


「ハルト様」


 ディーは再び唇を寄せてくる。それを受け入れるには、ハルトは動揺しすぎていた。だが突き飛ばす手は、武芸の実力者であるディーには通用しない。簡単に躱され、抱き着かれる。


「ご安心ください。アルフィー殿下もああ言っていましたでしょう? あなたは素晴らしい人。あなたにこそ、この世界は統べられるべきなのです。少し失敗もしてしまいましたが、次の手はすでに打ってあります」


「ディー! お前は何を言ってん」


「ムーンゲイズは簡単でした。次は、このブリタニア。続いてバロンを落とし、オーレリアに攻め入り、ジパングの荒波を乗り越えれば、この世界はあなたのもの」


 ディーは狂気を孕んだ笑みで、語り掛けてくる。


「待っていてください。すぐです。すぐに、あなたの望む世界を作り上げて見せます」


 最後に軽くキスをして、ディーは離れていった。その姿は、夜の闇の中に消えていく。ハルトは、追いすがることも出来ずに呆然とするしかなかった。


 ただ、漠然とマズイという考えが頭を覆っている。今までよりもはるかに強い危機感が、逆に身動きを取れ無くしている。


 そこに、声がかかった。


「ハルト……?」


 ハッとして振り向くと、そこにはロレッタが立っていた。彼女も同様に呆然と立ち尽くして、ハルトを見つめている。


「……ロレッタ、俺、俺、どうすれば」


 手を伸ばす。それは、救いを求める手だった。この焦燥をどうにかしてくれという、切なる悲鳴だった――


 --が、結構情け容赦なくはたき落とされた。


「えっ」


 ハルト、中々にショックでロレッタを見やる。すると何故か顔を真っ赤にし、ぐじゅぐじゅに泣きはらしていた。


 何で?


「こ、こ……」


 ロレッタはそして、胸も張り裂けるような悲痛な声を上げる。


「このっ、間男――――――――――――!」


 言うが早いか、ロレッタは走り去っていった。ハルトはしばらく言葉を失いつつも、やっと混乱する頭で叫び返す。


「だっ、誰と誰の!?!?!?!?!!?」


 情報が錯綜しすぎて何もかもが分からないハルトは、情けなく手を伸ばしながら、ただ動揺のままに疑問を口にするしか出来なかった。


 夜は、更けていく。



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