36話 童顔王子、凡人皇太子の婚約者のメンヘラにあてられる
「それでそれで! ハルト様ったらですね!」
「うんうん! どうなったの!?」
もう完全に打ち解けた迷宮の道中、アルフィーとオルドジシュカ――ジシュカは意気揚々とハルト君の話に興じていた。
迷宮の深層である。普段なら耳を澄ませて警戒の一つもして然るべき場面だったが、ジシュカから教えてもらえるハルト君の話が楽しすぎてそれどころではなかったのだ。
「もう全然ダメだったのに、死ぬ気で食らいついていってくれて……、わたし、その姿見て泣いちゃったんです。わたしのためにあんなに頑張ってくれるハルト様が本当に愛おしくって、なのにハルト様が傷ついているのを、わたしは見ているしかできないで」
「あぁ……」
今しているのは、ハルト君とジシュカの馴れ初めの話だ。壮絶な出会いとジシュカを縛る状況の中で、巻き込まれただけのはずのハルト君が必死になってジシュカのために奔走していた、というのが大筋の流れだった。
「でも、違ったんです。ハルト様は闇雲に必死なんじゃなくて、ちゃんと意図があったんですよ! それでですね」
「あ、ごめん魔獣が来た」
アルフィーが言うと、ジシュカは一息で切り替えて剣を抜き放った。見上げるほどの狼の魔獣が三体、まとめて襲い掛かってくる。
その内二体の攻撃を受け、アルフィーは反転と共に葬り去った。ジシュカも危なげなく雷の剣で痺れさせ、手甲から剣の生えた武器、パタで貫き危なげなく処理していた。
上がる煙を手で払いながら、アルフィーは尋ねる。
「そのパタ、どんな魔法がかかってるの?」
「……気づいちゃいますか。うーん、一応秘密にするべきなんでしょうけど、アルフィー殿下には戦いに関して秘密にしてもいずれバレてしまうと思いますし」
魔石を拾いながら、ジシュカはパタをアルフィーの前に出して、その刀身を軽く撫でる。
「このパタはちょっと複雑なんです。右手用の剣は属性魔法を使って敵の弱点を突く、くらいのものなんですが、こっちは―――決まれば大抵の敵は一撃で始末できます」
「人間用、というより魔獣用ってところ? それとも……魔獣以上に厄介な人間相手、とか」
「……後者ですね。魔物は確かに厄介なことも多いですが、ハルト様を追い込む運命はほとんど人間が運んできますから。この武器は英雄をも殺せるように特注したんです。ルーンに限らず視覚的な意味を持たせる必要があって、その関係でパタになったとか」
聞いていて、すさまじいな、と思う。愛する人のためとはいえ、英雄を殺す準備をしているというのはちょっとアルフィーの常識外の世界だ。
凡人は簡単に死ぬ。単なる玄人も変わらない。天才からは一味違うが、時と場合によっては犬死にすることもある。達人も実力自体は英雄とさして変わらないが、策がハマれば殺せる。
だが、英雄というのはそうならない。英雄とは時代に選ばれたもの。どんな窮地でも生きて帰り、そして最後に勝利を掴む。死ぬにふさわしい場所以外では、不思議なほど生き残る存在だ。だからこそ国力は単純な技術や物資に加え、抱える英雄の数を考慮に含む。
唯一の例外は、神魔大戦で全世界を焦土に変えたような、規格外の化け物達との遭遇くらいのモノだろう。一度だけ会話したことがあるから分かる。
アレは、“仕方がない”。
「アルフィー殿下?」
名前を呼ばれ、「ごめん、ちょっと考えごと」と苦笑を返す。それから、「すごいなって圧倒されてたんだ。英雄を殺すだなんてことを考える必要のある人生って、ボクには想像も出来ないから」と続けた。
するとジシュカは、視線を下げて「ハルト様の人生に比べたら、わたしの人生など何てことはありませんよ」と言う。そこに込められた感情は複雑に過ぎて、アルフィーには読み解き切れなかった。
話をそらしがてら、アルフィーは提案する。
「そういえば、ハルト君に手柄をって漠然と考えてたけど、どうしようか」
「ああ、そうですね。一応わたしには考えがあるのですが、聞いてくださいますか?」
「もちろん! ジシュカの作戦を聞かせてよ」
にっこり笑って促すと、「はい!」とジシュカは説明し始めた。
「まず前提として、ハルト様は入手した情報によると迷宮の主攻略組に残念ながら選ばれなかったんですよ。ですのでハルト様が軍規違反もせずに攻略に向かえるよう、低階層から深層へとつながる魔法陣を用意しておいたんです」
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「死ぬッ! 死ぬぅぅぅぅうううううう!」
ハルトは全速力で迷宮の深層を駆け抜けていた。背後には十を超える魔物たち。魔怨の森ほどではないにしろ、一体でもハルトの手に余るような怪物たちだ。
「クソッ! だから迷宮は嫌いなんだ! 罠、魔物、罠、魔物! 俺を苦しめるために存在してんのかチクショウ!」
言いながら、“宝物庫”から取り出した真っ赤な液体の入った瓶を取り出した。ハルトはそれを後ろに投げつける。途端、激しく通路が炎上した。魔物たちが怯む声を聞き次第、ハルトは反転し魔物たちの天井辺りに輪のついた杭を投げた。
「グレイプニル!」
黒曜石を先端に付けた魔法の紐は奴らの天井に刺さる杭の輪を通過した後、魔物たちへと直行した。そして纏めて拘束する。それを、ハルトは引っ張った。ハルトの膂力では到底持ち上がらないが、グレイプニルが意図を察して縮んでくれる。
そうして、ハルトは魔物たちをまとめて炎の真上で宙づりにした。燃え盛る火にあぶられながら、魔物たちは叫ぶしかない。ハルトは大きくため息を吐いて、その場に腰を落ち着けた。魔物たちは、体力のないモノから灰となり炎の中に魔石を落としていく。
「あークソ、つっかれたぁー……。やっと一息つけるぜ。つーか何だよこの魔物の数は」
魔物の全滅を確認し、“宝物庫”から取り出した青色の瓶を炎へ投げつけると、瞬時に鎮火する。その中から現れたのは、魔物たちが落とした魔石の山だった。冒険者や他のクラスメイトなら跳び上がって喜ぶような量だが、ハルトとしては溜息しか出ない。
「うわ、こぶし大の魔石あるじゃん。そんな魔物に俺追いかけられてたのか……ホント死ななくて良かった……」
げんなりしながら、袋に魔石の山を仕舞っていく。単なる収納袋ではない。魔石を入れると瞬時に感知して粉末にまで砕いてくれる、『黎明の魔女』発明の逸品だ。
一般には大きなサイズであるほど重宝される魔石だが、生憎とハルトはクソ親父から潤沢な魔力量を受け継いでいるため気にしない。換金するにもこの学園の中では意味がないだろう。故に砕いて、今の炎上薬、鎮火薬のような薬品の材料にする。
光源を魔法で確保して、安全な洞穴に身をひそめながら薬の補充をする。森の賢者のような本格的な錬金術は無理だが、簡易的なものならハルトも慣れたものだ。
「しかし、冷静に考えれば考えるほど、あの転移の魔法陣、ディーの仕業だよな……」
オルドジシュカ―――ディー。月影の呪術師にしてハルトの婚約者。内乱の起こし手にして、暗躍の名手。ここがブリタニアでなければ、あの魔法陣の設置者がディーだとすら看破できなかっただろう。
だが、ここはドルイドが主流魔法の地域だ。ルーン文字の魔法陣である以上、犯人は自然と一人に特定される。
「ってことは、この地下にディーが潜んでるってことか? ……はー、どうしたもんかなマジで」
ディーは婚約者たちの中でも、ハルトのことを信奉する一派の一人だ。ハルトを殺そうとすることはないだろう。だが、だからこそ展開がどう転ぶか読み切れない。
今ハルトに出来るのは、用心して前に進むことだけだ。そう決めて、ハルトは立ち上がった。そして偶然見つけたさらなる深層へと続く階段を下っていく。
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「おぉ! 凄いね、そこまで備えてるなんて。それで、その後どうするの?」
アルフィーがジシュカの話に感心していると、ジシュカも気を良くしたのか「それでですね」とノリノリで続けた。
「ここからが大事なんです。魔法特進クラスを指揮する教官からすると、ハルト様が誤って罠に引っかかってそのまま迷宮の主を倒した、なんて信憑性に乏しいわけですよ。ですので、二つの要点を押さえておく必要があるんです」
迷宮の階段を見つけていながら、二人は階層を下りず魔獣狩りに勤しんでいた。アルフィーは内心、やっぱりこの辺りの敵じゃあまだやり辛さがあるなぁ、と思いながらも魔獣を切り裂きつつ話を聞く。
「二つの要点って言うと?」
「ズバリ、ハルト様が限界まで傷だらけであること。そして迷宮の魔物が主含めて深層から一気に数を減らしていること」
それを聞いて、「あー、そっかそういうことか。面白いなぁ」と納得を示す。つまりは、何処までも信憑性なのだ。
ハルト君が飛ばされたところから魔獣が消えていれば、ハルト君がやったという発想にたどり着くのが自然だ。それでも無傷なら知らぬ誰かを疑うかもしれないが、傷だらけなら死闘の末に、魔獣たちを全滅させたのだという理解に達する。
そしてその理解こそ、万人の真実になるのだろう。
「実際の事実は我々にとってどうでもいいんです。いつだって真実のみが社会を席巻します。真実の前には誰の声も無力です。そして真実を作るのは、多くの声と動かぬ証拠なのです」
「なるほどなぁ」
一応の得心を示しながら、しかしアルフィーは腑に落ちない点が一つあった。それを問おうとした瞬間、ザリザリと鱗を思わせる地擦り音が響く。アルフィーとジシュカはお互い目配せをして口を閉ざし、そろりそろりと音に近寄っていった。
そこに居たのは、翼を備えた蛇だった。ヤクルス、だっただろうか。この迷宮の深層では、さして目立たない部類の、アルフィーにはちょっとやり辛い相手。だが、方針上倒すべきだろう。
「こっちだよ!」
叫ぶとヤクルスはこちらに反応して翼をはためかせ突撃してきた。その攻撃を受けようとしたとき、ジシュカから「すいません! その魔物、生け捕りってできますか!?」と鋭く指示が飛んでくる。
咄嗟にアルフィーは、回避から姿勢を固くして大きな傷を負わせるにとどめた。しかし、敵の勢いを利用しない攻撃、つまりアルフィー自身の力を使う攻撃はかなり体力を使う。
その為アルフィーは、何ならヤクルス以上にヘロヘロになりながら、「こ、これ、で、いい……?」と答える。
「え、ありがとうございますけど、何でそんな疲れて」
「生け捕りって、苦手で……」
「そう、ですか。確かに王族ですし生け捕るような剣術は教わりませんものね。ではそこで少し待っていてください」
ジシュカは腹部を大きく裂かれたヤクルスの方に駆け寄っていって、拘束しながらその鱗に彫刻刀めいた道具で何かを掘り始めた。エグイことするなぁ、と思いつつアルフィーは質問を。
「それは、帝国で流行ってるルーンって魔法?」
「はい。この魔物に細工をして、ハルト様を満身創痍にします。そして、あとの敵は迷宮の主含めて我々で倒す、という算段です」
解説しながら翼の生えた蛇の魔獣に処置を施すジシュカに、先ほど気になっていた疑問をアルフィーはぶつける。
「ねぇ、ジシュカ。さっきまで話してくれた馴れ初めで、その、君はハルト君が傷つくのを泣きながら眺めるしかなかったって言ってたよね」
「そうですね。あの時のわたしは無力で、何も出来ませんでしたから」
「なら」
アルフィーは、目を細める。
「何で今回、君は率先してハルト君を苦しめようとするの? 万が一この蛇にハルト君が負けたら? その末に殺されてしまうなんてことは、考えないの?」
その問いに、ジシュカはぴた、と手を止めた。それから一拍おいて作業を再開しつつ、彼女は答える。
「考えません。そういう想定は、無意味だって痛いほど分かったんです」
「それは、どういうこと?」
ジシュカは言葉を練るように口をもごもごさせた。それから、吐き出すように、苦しげに呟く。
「ハルト様は……そういう運命を背負っているんです。どれだけ傷ついても、平穏に暮らしたいと望んでも、それが叶わない。あの方は、血を浴び、屍の上で栄誉を掴まざるを得ない宿命の中に居ます。だからわたしは、微力ながら、影の中で蠢くのです」




