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34話 凡人皇太子は一人だとだいたいこんな感じ

♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢




 ハルトはアルフィーに裏切られたので、迷宮に挑む前の準備に勤しんでいた。


「確かに取り持ってほしいとは言ったが、まさか生徒会入りの試験を課されるとはな。しかもこんな難関試験を」


 ため息を吐きながら、思案する。誰よりも大きな戦果、とは言うだけなら簡単だが、実行するのは言うまでもなく難しい。特にハルトは凡人だ。戦いに秀でている訳でもない以上、戦略を練る必要がある。


 本当ならほどほどの関係を持って、少し生徒会に紛れる機会が欲しかっただけなのだが。こうなってしまったものは仕方がない。ある意味では期待以上なのだし、文句を言っても始まらないというところか。


「アルフィーが手伝ってくれれば確かに問題はなかったんだろうがな……。まさか王族が迷宮攻めに交じるなんて無理だろうし」


 独り言の〆は、「俺が言うのも何だけどな」と。肩を竦めてから、ハルトは思考を続ける。


 あの時小声で何やら言っていたが、きっと『ハルト君ならできるよ』とかそんな感じの根拠のない期待だろう。ハルトに大きすぎる期待をかける連中ばかり接してきた人生だ。婚約者たちに従者たち。その手の人間に対応にはすっかり慣れてしまったものだ。


 そんな訳でハルトは大きく息を吸って、「おしっ」と気合を入れた。愚痴を吐き出すのはここまでだ。ここからは、実際にどうすべきかを考えていく。


 魔法学という座学の授業の最中、集中力に切れた時の考えだった。


 時計を見ると、あと数分もせずに授業が終わると示している。それまでに、手早く済ませておくことをまとめる必要があるだろう。


 第一に考えるのは、戦力だ。ハルト自身は戦力として頼りないので、もっと確かな実力者が必要となる。そして幸運なのは、魔法特進クラスの一年でも各分野のトップがハルトの友人であることだ。


 槍の達人エルザと、ケルト魔法に一家言を持つハロルド。まずこの二人を押さえる必要がある。


 幸い、まだ迷宮攻めの予定は未公表だ。その隙を突けばこの二人の確保はそこまで困難ではないだろう。この授業終わりにでも動けばいい。


 肝心なのは、ハルト含むこの三人の武力をどう組み合わせれば、迷宮の主を狩れるか、ということだ。


 迷宮攻めにおける一番の手柄といえば、当然主の攻略となる。そして迷宮の主というのは街に放てば軽く滅ぼしてしまうくらいには強大な魔物であることがほとんどだ。英雄たちですら単騎での勝利は苦戦するほど。


 それを数の戦略で何とかしなければならない以上、頭をひねる必要がある――そう思案していて、ハルトは危うく聞き逃すところだった。


「なお、今回の迷宮攻めにおいて、近接戦闘首位のエルザ・シャンクリー及び、魔法詠唱首位のハロルド・アイロンは上級生の班編成に加わるように。他の生徒は六人までで自由に組んでいいが、真剣に編成を考えるように。以上!」


「はっ?」


 一方的に述べて、教官は教室を出ていった。途端騒がしくなる教室である。それぞれが「じゃあここで組むか」「一緒に組まない?」などとガヤガヤ言い合っている中で、ちょっと申し訳なさそうな顔をしたエルザ、ハロルドが近寄ってくる。


「アタシ、ハルトと組みたかったんだけどなー。残念だ……」


「いやぁ、突然のことで驚いてしまったな。吾輩も完全に兄弟と組むつもりで居たのだが」


 エルザは俯いて、ハロルドは苦笑気味に言ってくる。その残念がってくれる気持ちはありがたいのだが、何と言うか、その。


「俺も残念だ、って悠長に言ってられない状況なんじゃねぇかこれ」


 見れば周りで次々に班が出来上がっていく。出来上がっていくというより、もう空きがない班ばかりだ。ハルトは冷や汗を垂らしながら、どこか空きのある班はないかと血眼になって探す。


「ん、何だハルトそんな必死になって……」


「--ハッ! そうか、兄弟は吾輩たちが班員になれないからどこか入れてくれる班を探さなければならないのか!」


「あっ!」


 二人もハルトの様子から察してくれたようで、多少焦りの滲んだ表情で一歩後ずさった。ハルトはやっとの思いでメンバーの規定人数に達していない班を見つけて駆けだす。そして開口一番に頭を下げた。


「すまん! 突然悪いんだが班に混ぜてくれないか!? 荷物持ちでも何でもやるか」


 ら、と言いながら顔を上げると、その班の班長らしき男子が申し訳なさそうな顔で「こちらこそすまん。今この瞬間、満員になった……」と片手謝りをする。ハルトは絶望の面持ちで周囲を見回すも、どこも察して苦い顔で首を振る。


「ハルトは近接でも詠唱でも二位だから、何処にも決まってないって知ってたら絶対に誘ったんだが……今からメンバーを外すわけにもいかないしよ」


「……ありがとう、その気持ちだけで十分だ」


 ハルト、トボトボと近くの席に座り、頭を抱えた。


 そんな訳で、ボッチ確定である。もっと言えば、このブリタニアをディーに滅茶苦茶にさせないために、単独で迷宮の主を倒すことに決まった瞬間だった。




♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢




 そんな訳で当日の早朝、ハルトは単独で班登録を済ませて、迷宮攻めの隊列に加わっていた。


 人数はかなりのものだ。魔法特進クラス限定で学年を問わず集まるとこんな人数になるのか、と数百人規模の貴族の子女たちの列を思う。


「静聴――――――――――――!」


 教官の声がビリビリと耳に響く。アルフィーの訓練場から十分歩いた場所にある、学内にあえて残された迷宮の入り口にハルトたちは居た。魔怨の森とは比べ物にならない攻略難度ではあるが、それでも主は魔怨の森でも見劣りすることはない強さを誇るはずだ。


「本日! 周期通りこの迷宮で『迷宮の主』の復活が確認された! 貴君らに行ってもらうのは、その討伐である!」


 教官は、そこから詳しい段取りを話し始める。役割分担として、一年生は低階層の雑魚の掃討、二年は中階層から深層への活路の構築、三年生は主の側近たちの排除、そして各学年首位の面々は主の討伐、という流れだ。


 ハルトは首位ではないので、普通の一年に交じって雑魚のお掃除――とはいかない。行けばいいのになぁと思うが、ブルゴーニュ嬢との取り決めや、エセルバート王子との約束上主はこの手で討たなければならないのだ。


 あろうことか、一年の役割である低階層受け持ちを投げ捨てて。


「迷宮には数多くの罠が配置されている! 一年生の役目は、授業通り雑魚の掃討及びこの罠の排除だ! 貴君らには多くを求めない! 死なず! 大きな怪我をすることもなく! 経験のみを持ち帰ることが貴君らの役目である!」


 一時は傭兵としての従軍経験もあるハルトだから、貴族相手の教官ともなると優しいなぁなどと思う。その辺の冒険者相手だと人格否定から始まって、冷静な戦いのできる兵士の完成を徹底的に目指すのが軍というものだ。


 なんて考えはするものの、ここに居る魔法特進クラスの人間は、どんなに劣ろうと命あればいずれ士官が叶う人間である。当然といえば当然なのだろう。特に、三年生には元帥の息子がいるくらいなのだから。


 ――だが、だからこそ軍規違反は厳しく罰せられることだろう。案の定教官の話はそっちの方に続いていく。


「なお! 貴君らの中に功を急いて役割を放棄したものがあれば、どれだけ大きな戦果を得たとしても厳罰に処す! これは貴君らの身分に関わらない絶対の規則である! そのこと、努々忘れぬように!」


 どうしたもんかなぁ、とハルトは考えた。敵は軍規と主の二つ。情状酌量の余地か大義名分を得た上で、主の討伐へと向かわねばならない、というのがハルトの現状だ。


 案がないわけではない、のだが。ハルトは頭を悩ませる。出来うる限り穏便に事を運びたい、というのが本音だ。大きすぎる代償を払ったり、誰かの頭をおかしくしたり、なんてことはご免である。


「では! これより迷宮攻略を開始する! 総員! 進めェッ!」


 一年を始めとして、隊列が動き出した。ハルトは懊悩にうめきながらも、周囲に従って足を前に動かし始める。


 迷宮の洞窟に入ると、雰囲気が変わるのが分かった。だが、これは生の迷宮の空気感ではないだろう。迷宮というのは少人数で入ったときこそ最も恐ろしい。あらゆる全てが自らの命を狙っているというのが、肌で分かるからだ。


 とはいえ、今回そんな危険はないだろうが。何せハルトが単独班を許されるような過密探索だ。ちょっと大声を出せば、教官なり他の班なりが駆け付けてくれることだろう。


「ではこれより、班に分かれ散開し、低脅威の魔物の掃討に移る! 深層への活路の構築を行うのは定刻に達し次第、あるいは掃討完了が確認され次第とする! では、散開!」


 それぞれあらかじめ決められた方向に向かって、広がるように進んでいった。ハルトもまた、他の班の背後を守るように歩き始める。一人の班で先鋒を務めるなどという危険すぎる真似をするつもりはない。


 次第に人も少なくなっていき、本来の迷宮の空気感になってくる。とはいえ、行く先行く先で魔物のものらしき悲鳴が上がるのを聞いていると、警戒するのも馬鹿らしく感じてしまうが。


 それでも、油断だけはしない。そういうときにこそ、不運は襲い掛かってくるのだから。


「――っと、お出ましだな」


 物陰に隠れていた敵を、袖の内に隠したグレイプニルが揺れて知らせてくれる。振り返ると、武器を振りかぶるゴブリンが居た。ハルトは支給品のロングソードで軽く受け流し、そのまま背を蹴って倒れさせ、その真上から背中越しに心臓を貫く。


「あー、このぐにゃっとした手ごたえだよ。ホント向いてねぇよなぁ」


 愚痴りながら剣を手元で回転させ、間違いなく息の根を止めて抜いた。途端黒い煙を上げてゴブリンは霧散する。これは、迷宮内の魔物の特徴だ。命絶えても迷宮に肢体を回収され、また迷宮の主の核を通して復活する。


 残されたのは指先ほどもない小さな魔石だけだ。この量如何で成績に響くらしい。


 実は期末試験も兼ねている迷宮攻めである。よくやるよなぁなどと感心してしまうハルトだ。


「迷宮の主が一番弱い時期に必ず駆除してるって思えば、管理はしっかりしてるんだろうけどな」


 ブリタニアの防御はフロストバードがあまりにも有名だが、それ以外でも中々の複雑さを誇る。天然要塞「魔怨の森」や、一度死んでも蘇り、十人近く殺すまで止まらない「屍兵」技術。


 その上迷宮管理や厳しい訓練法などを考えると、ディーの策略程度で揺らぐとは思えなくなる。実際、帝国を除けば人間界でも有数の国土を持つ国なのだから、そう簡単に揺らぐはずはないのだが。


「ないんだが、なぁ……」


 ムーンゲイズ法国の時もそう思っていた。あの走り出したら止まれない婚約者たちでも、まさか一国を思うがままに荒らすなんてことは出来ないと考えていた。その油断があの結果だ。ハルトは、息を吐きだして大きく前に一歩進む。


「もうあんな情けない後悔はしねぇぞ、チクショウ」


 スライムが飛び出てくる。鋭く核を突いて倒した。この程度では相手にもならない程度には、ハルトだって実戦経験がある。


「先頭組に混ざった方がよかったかね? 低階層の雑魚にも例外はいるだろうし、それである程度実力を上級生に示せれば機会もある」


 そこから教官に具申出来れば晴れて大義名分を獲得という訳だ。最初は危険を避ける癖のせいでそんなこと考えもしなかったが、手柄を立てて来いと言われて守りに入るのは悪手だろう。


「まださして時間も経ってないし、追いつけるか」


 方針は固まった。「補助頼むぞ相棒」とグレイプニルに語り掛けながら、ハルトは駆け出す。向かいから走り来たコボルトをルーン魔法で燃やし、スケルトンをルーン文字で一時的に重くした剣で砕き、群れを成す角ウサギをグレイプニルで纏めて拘束し切り裂いた。


 やれるな、とハルトは順調な道のりに高揚していた。いつもは自分よりも遥かに強い敵から命からがら逃げながら、ギリギリのところで反撃に出るという心臓に悪いことばかりだったから、こういう楽な戦いは初体験だったのだ。


 気分がいい。楽しい。何か自分が強い気がしてくる。


「……そうだよな。俺、かなりの死線くぐってきてるんだし、その辺の奴よりはよっぽど強いはずなんだよな」


 走りながらも、この程度の運動では息一つ切れない。段々と周囲で必死な級友たちの戦う声が聞こえ始める。つまり、この辺りが最前線という事だろう。


 ハルト、ニヤリと笑って級友のパーティに近づきながら、「おい! 加勢いるか!?」と声をかける。


「!? いや、来るなハルト! お前一人じゃ――」


「とりあえず任せてみろよ!」


 彼らが相手をしていたのは、この階層では強い方だと思われる、豚面の巨漢、オークだった。だが奴でもハルトには敵ではない。人前だからグレイプニルは使えないが、それでも危険はないだろう。


 奴のこん棒は、まともに受けると体力を思い切り持っていかれる。だがそれだけ鈍重という事でもあった。故にハルトは振り下ろされる人の胴体ほどもあるそれをほとんど力を入れず受け流し、返す刃で首に一太刀入れる。


 噴き出す血。ハルトはオークの背後に回りそれを避け、巨体が倒れる力をも利用して背中から串刺しにした。オークは何度か痙攣し、動かなくなる。


「一丁アガリってな」


 肩で支えていたオークの体を地面に落とすと、そのまま煤けた煙となって消えていく。「おぉ~……!」と助けたパーティから軽い拍手と「助かったぜ、ありがとな」というお礼の声を貰う。


 それにハルトは気分を良くして、「いやいやこのくらい。同じクラスのよしみだって」と謙遜しようとしたのだ。


 しかし、続いた彼らの言葉がそれを許さなかった。


「で、お前、大丈夫なのか?」


「大丈夫って?」


「いや、あれ……」


 彼らが一様に指さす方向には、ハルトが素早く通過した地面があった。首を傾げて近寄ると、そこに魔法陣らしきものがある。


 ルーン。何でこんなものがここに、と思いながら解析する。


「その、正直見慣れないゲッシュでさ、なんて書いてあるか分からなかったから踏まないように気を付けて戦ってたんだが……なんて書いてあるんだ?」


 パーティのリーダーらしき少年に尋ねられて、解析の終わったハルトは血の気を引く感覚と共に応えた。


「その、『この文字を踏む者、迷宮の深部へと至らん』って……書かれてる……」


「……嘘だろ!?」


 体が、緑色の光の粒子に覆われ始める。あるいは、全身がその様に変わっていく。見れば足からハルトは光へと変わり始めていて手遅れなのが一目でわかった。


 ハルトは大きくため息を一つ。それから、ちょっと言いにくいことを頼むような気持でパーティに話しかける。


「えーとその、何て言うかさ」


「だっ、大丈夫だハルト! すぐに教官に伝えて、最優先で助けに行ってもらうから!」


「そっ、そうだ! 俺たちだって助けられたんだ! 出来ることはする! だから、死ぬなよ! 持ちこたえろよ!」


「お前らの励ましに涙が出そうだよ俺」


 窮地は慣れっこだがこんなに優しい対応は初めてである。ブリタニアあったけぇなぁと思いながら、こう言い残しハルトは全身を光に変えて消えていく。


「ひとまず、罠の所為で深部に移動することだけでも教官にはたの」


 ハルトはそこでルーンの中に吸い込まれ消えた。視界が光に覆われ、そして一息に晴れる。


 目の前には、低階層とは比べられないほどの闇があった。続いて荒い息遣い、肌を走る悪寒、ハルトを餌とみなす容赦のない視線を感じ取る。


 低階層では自分で携帯する必要すらなかった松明を付けながら、ハルトは呟く。


「……ま、俺らしいっちゃ俺らしい展開だよな」


 さて、どうやって自分の命を守っていこうか。とハルトはグレイプニルから始まる複数のアーティファクトを“宝物庫”から引き出して、近寄ってくる見上げるほどの四足獣を前に考え始めた。


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