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3話 童貞だから美少女になっても女友達出来ないんだが

 単刀直入に言うとロレッタは童貞なので女友達が出来なかった。


「……?」


 無言でへの字口で首を傾げるロレッタ。大学のような段々畑的な列をなす椅子に腰かけつつ、それぞれ集まってぺちゃくちゃと喋るグループを観察する。


 話している様子はとても親しげで、昨日今日の関係性ではないだろう、というものばかりだ。話題も「グリード商会の最新の化粧品がとっても良くて!」「えー、やっぱりこの国ではアイロン&ゴールド商会に勝るものはないわよ」などとどうでもいいものばかりだが、それぞれが気の置けない朗らかさを醸している。混ざりたい。スキンケアならワゴコロ廻船で取り寄せるのがおススメとか言いたい。


「お友達が出来ません」


 ぷくっと頬を膨らませ、ちらと窓を見てロレッタは今日も美少女だなぁとほっこりする。実はその一連の流れを見られている事実をロレッタは知らない。


「にしても話しかけられてキョドってしまって失敗、なら分かりますが、最初から話しかけられず、しかも話しかける機会もないのは妙じゃありませんか……?」


 童貞は前世に男友達しかいなかったという前提はさておき、それなりにコミュ強だったので、機会さえあれば人間いくらでも仲良くなれるという事を知っている。


 その上でこうも人間関係を築くのが難しいとなると、自分が前提的な情報を知らない、という可能性が出てくる。具体的には、大学ではサークルに入って友達作りに励むのが定石なのに、サークルの存在を知らないような感じ。


「勧誘とかってありましたっけ」


 入学して数日間の記憶をさかのぼる。初日のチャラ男みたいな男どもに声を掛けられた回数は十数回ほど。そしてその全てを唾棄する勢いで拒否ったのは記憶に新しい。


「……ありましたね。でもヤリチンと関わるのはロレッタの貞操に危機が及ぶのでダメですダメ。ヤリチン殺すべし」


 女性に関しては諦めて、自分の情熱を追っかけているタイプの童貞っぽい男なら、割と親近感も持てるし誘いに乗ってもいいのだが。いやぁでもそれも何かオタサーの姫みたいになりそうで嫌だなぁなどなど。とにもかくにも女の子と絡むことを第一に求める童貞だ。


 今日も授業を一人寂しく淡々と受け終えた放課後、ロレッタは勢いよく立ち上がった。それだけで何か注目が集まったが、視線を向けるとみんな違う方向を向くのできっと気のせいだろう。


 荷物を手早くまとめて教室を立ち去る。そして廊下を歩きながら、行動せねばならないと考えた。


「まずは情報から集めにかかりましょう。人が居ないジャングルで友達を作ろうなどと考える人間はいません。それと同じです。友達になりやすい環境を見つけることから始めなければ」


 ぶつくさ言いながら、ロレッタは女子寮に直帰した。当初は期待した相部屋も何故か、ロレッタだけ何故か! 一人部屋だったので、こういう部分でも縁がないと嘆きたい気分を押し殺し、目的場所の扉をノックした。


「は~い。どなたかしら……あら! コールドマンさんじゃありませんか! どうされました?」


 六十も過ぎて半ばと言った初老の優しげな女性こと、女子寮の寮母さんが出てきた。包容力~、と童貞美少女ロレッタはメンタルをやられながらも、言葉を返す。


「あっ、あの、あのあのあの、でしゅ、ね」


「はい?」


 顔が真っ赤になる。頭に熱が回って上手く喋れない。これだ。女性を前にしたときの徹底的なアガリ症に、いつも童貞は惑わされてきた。


 だが、今日は覚悟を決めてきている。いずれ一緒にお茶を飲めるくらいの関係性を目指すロレッタである。こんなところで躓いてはいられない! と顔を上げ、小さな声で叫んだ。


「おっ、お友達って! どこでならできましゅか!」


「……ぷっ」


 ロレッタは逃げ出した。全速力で。太陽が沈むよりも速く。


「あっ、ああ! ごめんなさいコールドマンさん! そんなつもりじゃなくて、あなたがとってもかわ――……」


 超速ダッシュで寮を出て走り去るロレッタの耳に、寮母さんの弁明は届かない。ロレッタはただただ涙を拭いながら「私が全面的に悪いんですぅうううううう!」と絶叫し走りゆく。


 そうして地味に体力のあるロレッタは、気づくと敷地内ながらよく分からない場所に出ていた。ブリタニア王立学園は深い森と山脈に囲まれた、秘境の中に開拓された施設である。それが森に面した場所に出てしまったとなれば、ここは敷地の端なのだろう。


 そして、そこには謎に開けた空間がある。太い柱が円を描くように建てられた、人気のない建物だ。


「ちょっと……覗いてみますか……」


 傷ついた心を少しでも紛らわせるために、ロレッタはガランとしたそこに足を踏み入れる。足場はむき出しの土で、石畳や芝生の多い学園には珍しいなどとロレッタは思った。


「何の建物なんでしょう、ここ」


 制服のスカートを少し畳んでピンで留め、土ぼこりがつかないようにする。この十五年間でスカートにも慣れてしまったなぁと感慨深くなりながらキョロキョロしていると、妙なものを見つけた。


「これは……模造剣ですね」


 木でできた簡単なものだ。となるとロレッタは、自然に慣れた種類のそれを探し始める。少し見て取ると、すぐに発見できた。


「あ、レイピアありました」


 実家ではもっぱらこれを使って一つ年上の兄とバチバチのバトルを繰り広げたものだ。互いに凍える霊鳥の加護の元、無尽蔵に氷を使って汗を流したのはいい思い出である。あの一件以来家の中で碌に女扱いされなくもなったが。


「ふふ」


 学園に来たばかりだというのに少し懐かしくなって、ロレッタは木製レイピアを手元でくるりと回す。よくできたもので、木製なのにところどころ鉄が埋め込んであって、実際のそれと使用感が近い。


 構え。ロレッタは姿勢を落として素早く三回の突きを放つ。これで一つ上の兄が居れば、全力でのバトルと洒落込めるのだが。


「すごいね。君、経験者?」


 中性的な声を掛けられ、ロレッタは振りむいた。そこには、ロレッタより少しだけ背の低い、ショートボブの金髪を揺らす少女が立っていた。体操着……というか訓練着なのか、かなりラフな格好だ。


「はい。少しだけですが心得がありまして」


 軽く受け答えしながら、ロレッタは不思議な感覚を抱く。ともあれ折角美少女と関われるチャンスを得たのだ、と童貞は意気込んだ。


 そう、彼女は美少女なのである。爽やかながら、ぬくもりのあるちょっと幼い顔立ち。パッと見ても分かるほど胸がないが、そこはそれ。それもまた女性の魅力なのだという固い信念の元、話を続ける。


「ここは、訓練場……なのですか?」


「うん。といっても、ここは一般貴族用の方だから人が居ないんだけどね」


「えっと……ああ! そうですね、魔法特進クラスではありませんものね」


 領地を有する貴族は個人の戦闘能力よりも領地の運営や、いざとなった時の指揮能力が求められるが、戦闘能力は最悪なくてもいい。教養のレベルを出ないという訳だ。


 一方魔法特進クラスはその逆だ。領地を継げない次男三男でも戦いに秀でる者や、王立騎士団の貴族階級の子息が、戦闘能力の向上を目指し所属するのが一般的と言われている。他にも才能ある子女による研究なども行われるとか。


 要は、住み分けが出来ている、という事だろう。普通の貴族は学園に来てまで武術的な鍛錬を積まないということだ。その証拠かこんな敷地の外れに訓練場があり、まともに使われてすらいない。


 そこで、ロレッタは勘づいた。――ここで鍛錬をするようになればこの美少女とお近づきになれるのでは……?


「にしても、珍しいね。ここに来るのは男の子でも珍しいのに、まさか女の子が来るなんて。手つきも手馴れてるし……もしかして魔法特進クラス用の訓練場と間違えちゃった?」


「えっ、いえいえ! 私は下級貴族クラスの凡人ですので、ここで合ってます!」


「あははっ、凡人って。ボクもそうだけど、自分のことをそういうのは良くないよ?」


 少しからかうような言い方に、ロレッタはじーんとしてしまう。これだ。この会話だ。可愛い女の子とのこういう会話を求めていたのだ童貞は。


 感動に体をきゅっとさせていると、美少女は「でも嬉しいな。いつもボク一人で鍛錬してたから。ねぇ、一緒にやろうよ。お着替えはそこで出来るから」と片隅の小部屋を指さす。


「ええ、是非!」と立ち上がったロレッタは、ハッとして思い直し、肩口までの金髪を揺らす少女に向き直り、頭を下げた。


「その前に、申し遅れました。私、ロレッタ・コールドマンと言います。あなたのお名前を教えてくださいますか?」


 そういうと、彼女は少しだけ目を見開いて、「ボクはアルフィー。よろしくね、ロレッタ」と笑いかけてくる。


 アルフィー。……アルフィー……?


「……ええ、よろしくお願いますね」


 ロレッタ、笑い返しながら自分に、考えるな、と言い聞かせる。アルフィーという名前が微妙に男っぽいな、とか、よくよく見ればおっぱいが無いんじゃなくて胸筋なんじゃないかとか。


 ――考えるな。感じろ。この美貌でこの可愛さは女の子だろう。女の子だ。女の子ったら女の子なんだ。それに名前の字面が男っぽいとか女の子っぽいとか、日本の感覚では完全には判別できない。やっぱり女の子じゃんと結論付けた。はいもうアルフィーは女の子!


「じゃあちょっと待っててくださいね」


 ロレッタは頭がグルグルする感覚に悩まされながら、アルフィーの容姿を考える。華奢で、女子としては平均的な自分より小さな体躯。線が細くて色白で整った顔。でも何故か女の子相手にはアガってしまう童貞が、普通に話しかけられて、でも可愛くて……。


 そんな拗れた考えを巡らせる童貞美少女ロレッタが、最終的に「否定されるまでは女の子って思った方が幸せ」という現実逃避案を選ぶのに、さほど時間はかからなかった。




♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡




 そんなこんなで人生初めての女の子の友達を得たロレッタは、アルフィーと嬉し恥ずかし剣術訓練を放課後に行うようになった。


 放課後に敷地の外れの一般貴族用訓練場に赴くと、大抵すでにちょっと疲れた様子のアルフィーが長剣を携えて壁に寄りかかっている。聞けば、アルフィーの上級貴族クラスは下級のそれより授業カリキュラムが少なめらしく、早めに切り上げるのだとか。


 そのため、ロレッタが来る前に敷地外の森に出て、ちょっとした魔物の駆除を行うのだという。学園が結界に守られているという話はロレッタも聞いたことがあったが「危険ではないのですか?」と問うと「この森にいる魔物はとっても弱いから大丈夫だよ。ボクでも勝てるんだもん」とのこと。


 そんな風にして合流し、ロレッタの着替えを待って、二人で一緒に軽めの剣術訓練と勤しむのが最近の日課となっていた。


 元々体を動かすのが好きで、実家でも三兄と暴れまわっていた童貞美少女だ。前世ではフェンシングで結構鳴らしたのもあって、剣術だけでも並大抵の男に負けない程度だという自負がある。


 その上でアルフィーと練習していて感じたのが、奇妙さだった。


「……アルフィー、不思議な剣を使いますね」


「えへへ、そうかな。いっつもへなちょことか言われちゃうんだけど」


 可愛らしくはにかむアルフィーは、筋力が足りなりないために普通の長剣を振るうのにも苦労する。だが見ていてわかるのが、腕の筋肉などと比べて異様に発達した体幹だ。


 ブレない、と率直に思う。


 剣を振るうのに、最初は力むようにして体の回転に遅れて剣がついてくる。それを何度か繰り返すとアルフィーは疲れてしまって、「ちょっと休憩……」と地面に座り込んでしまう。だが、その剣筋は非常にはっきりしているのだから奇妙と言うもの。


 別にお互い強くなるのが目的という訳でもないから、わざわざ指摘はしないのだが。


 と、そこでロレッタ一つ思いついて、アルフィーに軽く相談してみる。


「そういえばアルフィー、私授業で凄いボッチなんですけど、お友達ってどうやって作るのか教えてもらえます? 特に女の子」


「え? ああ、ロレッタってやっぱり今年からの入学生なんだね。となると……うーん……ボクも友達いっぱいいる訳じゃないからなぁ。――そうだ!」


 アルフィーは短い腕を組んで悩んでから、ぺかー! と顔色を晴れさせて提案してくる。


「サロンに入ればいいんだよ! ボクもそんなに常連ってわけじゃないけど一応所属してるし」


「サロン……?」


 童貞美少女は精神が半分以上童貞のオッサンなので、サロンが何か分からない。文豪とかか所属してたとかいうアレ……? みたいな胡乱な知識が精々だ。


「となると、そうだなぁ。サロンって基本的に紹介制だし、ボクの方から紹介させてもらおっかな? あ! でもフランが何ていうかな……」


 フラン、という名前に食いつく。絶対女の子ネームじゃん。お近づきになりたい。いやいやアルフィーも可愛いけど、女の子の友達って多ければ多いほどいいと思うんだよね。


「私はアルフィーさえよければ是非お願いしたいです!」


 アルフィーのちっちゃめお手々を両手で挟みながら、ロレッタは強めに主張する。アルフィーはキョトンとしつつも、「えへ。そんなに喜んでもらえるなら、頑張っちゃおっかな」と後ろ手に頭を掻いた。






 そんな顛末で何やらよく分からないが、サロンと言うところに招かれ女の子のお友達を増やせるチャンス! と浮かれながら昼過ぎ、教室で授業のお片付けをしていると、「あなた」という声が聞こえた。


 けど女の子の声だったので多分自分じゃないな、とロレッタは教科書をカバンに入れる。


「ふーんふふーんふふーん♪」


「ちょっと、あなたよあなた。もしかして聞こえないの? は、これだから男爵家なんて言う低い家格の人間は……」


「サロン~、お友達~、いっぱいつっくりまっすよ~♪」


 鼻歌交じりにカバンを持ち上げ、スキップ気味に廊下に出る。その後少しして、慌てたような声が追ってきた。


「ちょっ、何処へ行くの! あなたよあなた! ロレッタ・コールドマン!」


「んぇ……? ふぇっ!?」


 名前を呼ばれたのには流石に気付いて振り返り、その呼び手が女の子、しかも三人くらいであることに気が付いて、童貞は歓喜に跳び上がった。


「な、なななななな、何でございまひょっ! 舌噛んだ……」


「ふんっ、無様だこと……。まぁいいわ。あまり長々と話したくもないから、単刀直入に用件を伝えてあげる」


 高圧的なのがヒリヒリいい感じな、いかにも貴族令嬢らしい女の子の言葉に「何なりと……」と早くも童貞は恭順の姿勢だ。彼女は一歩近寄ってきて、手を振るった。


 力の入れ方で、平手だという事はすぐに分かった。だが避けようとは思わなかったし、むしろこっちのが痛いかな、と微妙に位置調整した上で喰らった。


 ビンタを一発。


 ぺっしーん! と派手めに音が響き、ロレッタは廊下に吹っ飛んだ。それにクスクスニヤケ顔をしていた取り巻きとビンタの子がちょっと不安そうに「え、そこまで強くしたの……?」「えっ、いや、私そこまでは……」と言いかけて咳払いする。


「どう? これで懲りたかしら? 一応言っておくけれど、これは制裁ではなく警告よ。身の程をわきまえたのなら、王子殿下から身を引きなさい。いいわね」


 ふんっ、とビンタの令嬢は鼻を鳴らして立ち去っていき、二人の取り巻きが「惨めだこと」「これで済んでよかったわね」とくすくす笑いながら遠ざかっていく。


 取り残されたのは、ビンタを受けたロレッタとその様子を見ていたやじ馬だ。「今のってもしかして……」「悪徳公爵家の取り巻きの……」と何やら好き勝手言っている。だが、童貞の頭の中にあったのはたった一つの事実ばかり。


「美少女JKにビンタされちゃった……!」


 貴重な体験をありがとうございます、という胸いっぱいの感謝を、童貞美少女ロレッタはビンタの令嬢に送った。






「アレ。っていうか王子って誰ですか。アルフィーは女の子なので違いますし……」


 もしかして学園に到着した初日に出会った影薄イケメンのことだろうか。迷惑だなぁアイツ。


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