29話 え、何この美少女に囲まれた生活。死ぬよ? 童貞幸せすぎて死ぬよ?
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ある昼下がりのことだった。
「あら、ロレッタ。それにオルドジシュカも。奇遇ね、この後急ぎの用事でもなければ、一緒にお茶でもどう?」
偶然フラン様に出会ったのは、授業も終えて、いつものようにジシュカちゃんとお出かけに向かう、というところだった。
「ハイッ! 是非にお願いします!」
ジシュカちゃんの同意を得るのも忘れて、ロレッタは脊髄反射で返答していた。それからハッとして振り返ると、ジトっとした目で見つめてくるジシュカちゃんの視線がある。冷や汗をかきながら、童貞は確認だ。
「じ、ジシュカちゃんもいい、ですよね? ごめんなさい勝手に答えてしまって」
「……はぁ。仕方ないなぁ、特別に許してあげる」
ジシュカちゃんはそう言って、「わたしも嬉しい限りです。是非」とフラン様に答えてくれた。このやり取りをどう思ったのか、フラン様は「ありがとう。予約してある店があるの、みんなでそこに行きましょう?」と妙な手際の良さでお茶会に案内してくださった。
そこでのお茶会は、非常に楽しいものだった。だが、特筆すべきものはなかったとも思う。美少女天国だぁと思いながらロレッタは、童貞なりにフラン様にアタックを仕掛けようとしつつもビビって何も出来なかったくらいだ。
だが何故か、遭遇率の低いはずのフラン様と翌日も遭遇した。
「あら、昨日ぶりね、二人とも。今日はどこへ?」
メイドを連れたフラン様がベンチに腰かけてくるのを見かけて、ロレッタは思わず駆け寄って声をかけての返事だった。ジシュカちゃんが微妙に物言いたげな目で見てきたのが気まずいところだったが、「今日は二人でダーツ場へ遊びに行こうって」と解説を。
「あら、ワタクシの行きつけじゃない。良ければ案内しましょうか?」
「あ、えと、そうですね……」「いいんですか!? ぜひお願いします!」
ちょっと戸惑い気味のジシュカちゃんの存在を一瞬忘れて、ロレッタは入れ食い状態の鯉よろしくその提案に食いついた。それから、我に返って「ごめんなさい、またもや……」とジシュカちゃんに許しを請う。
「……もー、次はないんだからね」
よろしくお願いします、フランソワーズ様。とジシュカちゃんが頭を下げるのを見て「いいのよ、たまにはワタクシも息抜きがしたいもの」と快諾してくださった。何て優しいフラン様だろうか。ロレッタの前世は童貞だが、フラン様の前世は女神に違いない。
それから数時間、三人でダーツを楽しんだ。「ロレッタ、うますぎない……?」「す、すごいわね。常に最高点って何をどうやっているの……?」と美少女二人によいしょされてとっても嬉しかった。
何か変だな、と勘づき始めたのは、そのさらに翌日のことだ。
「あら、二人とも話題を聞きつけてきたの?」
ジシュカちゃんと二人で、女子の間で有名なアイス屋さんに並んでいると、フラン様が現れた。今までビンタ嬢に取次ぎを願っても、常に「フラン様は多忙ですのよ、一応言ってみますけれど、期待しないでおくことね」とあしらわれるフラン様が、である。
「ハイッ! 三日連続で会えるなんて、とっても嬉しいです!」
童貞、奇妙だなと疑う心が燃え上がる恋心に惨敗した瞬間だった。
だが、ジシュカちゃんはそうは思わなかったらしい。「多忙と聞いていたのですが、結構遊びまわっているんですね、フランソワーズ様」と聞きようによっては嫌みのようにも聞こえる言葉を紡いだ。ジシュカちゃんは性格いいので気のせいだろうが。
「いいえ、今日はちょっとロレッタに用事があったのよ。ここのアイスはメイドに用意させるから、少し付き合ってもらえるかしら」
「ぜっ」
ひ、という寸前でロレッタ、恐る恐るジシュカちゃんの顔を見た。すると、少し不機嫌そうだったジシュカちゃんはぱっと明るい表情へ。良かった、不満はないみたいですね、と童貞納得して「ジシュカちゃんもいいそうなので、是非私にお任せください!」と答えた。
途端にジシュカちゃん、何故か絶望の淵へ突き落とされたような顔に。何故、とビビり散らかす童貞美少女ロレッタだ。けれど茶会の女帝(アルフィー談)ことフラン様は無敵な微笑みで「よかったわ、じゃあそこの公園に移動しましょう」と歩き出す。
「……ロレッタ、何で頷いたの……?」
ちょっと傷ついたような小声でジシュカちゃんに聞かれ、「えっ、だって顔色を窺ったらニコってしてくれたじゃないですか」と戸惑い気味に答えるロレッタ。信じられない顔で見られ、何を間違ってしまったのだろうと焦るばかり。
そんな一幕はさておき、フラン様に連れられて公園にたどり着いたロレッタと不満げなジシュカちゃん。「そろそろそっちでも期末テストの時期でしょう? 噂の才女と一緒に勉強できればと思って」とフラン様はにっこりと笑顔が素敵。
「そう、ですね。でもロレッタが頭いいの、フランソワーズ様は良く知ってましたね。この子フランソワーズ様の前では結構惚けてるから、知らないと思ってました」
「正直半信半疑だけれどね。噂が耳に入ってくるのよ。で、その噂の実体を確認するつもりで来たってワケ」
――特にロレッタ、相手の気持ちを汲み取るのとかすごい苦手じゃない? 小説読解なんか弱点なんじゃないかって思って。
そんな風にからかうような悪戯っぽい目で見られ、童貞の心はキュンキュンとときめきの嵐だ。
とはいえ、童貞は女性にモテたいあまり恋愛心理学やジェンダーを大学で専攻していたような人間だ。それが逆にモテない原因となっていた感は否めないがそれはさておき、少なくとも小説の読解レベルなら問題なくこなせるはず。
なのでロレッタ、「いえいえなんの! 勉学に置いて私に隙はありませんよ!」とイキってみた。
「じゃ、証明してご覧なさいな。そうね……これとかどう?」
フラン様はそう言って、適当な問題集を開いてロレッタの前に差し出してくる。ふむ、と一読の後、ロレッタはさらりと答えを記した。「「えっ」」とフラン様、ジシュカちゃんの声が重なる。
「……今の一瞬で? これかなり長い文章題だけど」
「多分合ってると思いますよ。答えと照らし合わせてみてください」
難しい顔になったフラン様、模範解答の冊子を開いて確認し、「合ってるわね」と一言。ジシュカちゃんが「やっぱりロレッタってすごい頭いいよね……!」とほめそやしてくれた。美少女に褒められるの超嬉しくてロレッタはぎゅんぎゅん天狗になる。
ちなみにやった事としては割と単純だ。問題文を読み、適当に文章から大まかな流れを掴んでキーワードを抜き出しただけ。この小説の対象読者層及びその購買意欲を、統計を使って求めなさい、とかやっていた生前からすれば朝飯前である。
どうでもいいが学校の授業でガッツリラブロマンス小説を勉強できるのは自由でいいなぁなどと思う童貞である。勉強会で甘い気持ちになってあわよくばぐふふふふ。
「ロレッタ、よだれ」
「ハッ! すいませんこれは御見苦しいところを」
「ものすごいだらしない顔でよだれ垂らしてるのを見てその冷静さって何なの? あなたたち二人はどういう関係性なの?」
淡々と指摘するジシュカちゃんと、それにちょっと引いた様子になるフラン様。そこで不意にロレッタは、ふむんと何かに勘づくような気持になった。
嬉しさに忘れていたが、三日連続でフラン様と接する幸運に浴するなんて何かおかしいというのは理解していた童貞だ。そこで想起されるのは、先日ハルトから呈された苦言である。
『人間相応しい運命ってものがあってよ、その運命から外れたモノとかコトはそうない。なら、誰かの意図があるか、あるいは――』
意図。とロレッタは考える。推し量るのはフラン様の意図だ。何故ここでロレッタに接触するのか。それがここ三日間の出来事のカギとなる。
しかし、フラン様も私の気持ちに応えてくれたんですね! と思い込むほど、ロレッタも馬鹿ではなかった。そもそも嫌いだと断言されての今の関係性である。
これまでだって中々の塩対応だったのは確かな事実。今だってほら、よだれを垂らして妄想にふけっていたロレッタに向ける視線は親しみ以上に引いている。その冷たい目つきにちょっとゾクゾクしないでもなかったが、それとこれとは別の話。
となると、フラン様の目的はロレッタではない可能性が高くなる。
「……」
ロレッタが目をやったのは、ジシュカちゃんだ。ロレッタに目的がない以上、フラン様が関わろうと考える理由はジシュカちゃん以外ありえないだろう。なら、その理由は何か。
考えられるのは、政治的なものだろうか。
このファンタジック異世界では、貴族のちょっとした騒動が国同士の戦争につながりかねない。そのことでフラン様に叱られたばかりなロレッタだから、そういった発想に行きつくのは自然なことだった。
となれば、どんなものが考えられるだろうか。ジシュカちゃんがロレッタよろしく身分を隠した何者か、という線が濃厚かもしれない。となると、ロレッタ以外の騒動の火種として考えられるのはハルトだろう。ならば、ハルトに関連する何者か。例えば、婚約者など――
妄想が過ぎるだろうか、とそこでロレッタは難しい顔になる。改めて二人の様子を確認した。
「あら、オルドジシュカ。そこ間違ってるわよ。あなたワタクシのこと邪険にするけれど、勉強会自体は必要だったんじゃないかしら」
「じゃっ、邪険にもしてませんし勉強会に反対しても居ません! ところでここ、どういう風に間違ってます……?」
なんだかんだ仲睦まじく勉強に勤しむ美少女二人を眺めながら、尊い……これがてぇてぇ……と頬の緩んでしまう童貞だ。
そこで、稲妻が落ちんばかりの衝撃と共に理解してしまう。
これだ。理由など探す必要なんてない。ジシュカちゃんそのものがフラン様の目的。すなわち、フラン様はジシュカちゃんが気になってロレッタを経由して近づこうと考えていたのだ。
将を射んとする者はまず馬を射よという言葉がある。ロレッタは、ここでいう馬の役割だったのだろう。つまり、すでに射抜いている馬に将が乗っていたという訳だ。
ロレッタは納得に吐息を一つ。それから、職業病ですね、と自分の妄想癖を恥ずるような気持になった。まさかジシュカちゃんがハルトの婚約者と言う身分を隠して学校に潜入し、それを探るためにフラン様が近づいてきたなどという面白事件が起きている訳がない。
「つまり――」
現実はもっと単純だったのだ。推察するにフラン様に百合的な、百合的な! ご趣味があって! その好みとして! ジシュカちゃんがドンピシャだった! ――その為にロレッタに絡み、いい具合に接近している……!
――これだろう。
思い返せばフラン様の婚約者であるアルフィーだって、女の子めいた愛らしい外見をしている。あのカップルは今でも童貞判定では百合だが、実際のフラン様のご趣味も絡んでのことだったのだろう。完璧である。
となれば、ロレッタがすべきはたった一つ。どこまでもフラン様のお手伝いをするばかりだ。
「フラン様」
声をかけると、深紅の長髪を翻してあどけない顔を向けてくる。ロレッタはそんなフラン様の手を握って、耳元で「フラン様が誰を好きでも、私はフラン様が大好きです。ですから、今回のことはお任せください」と囁き、顔を離してにこりと微笑む。
「……はい?」
フラン様はキョトンとした様子で誤魔化していた。ロレッタはそれ以上何も言わず、スムーズに視線を外してジシュカちゃんの勉強の手伝いを始めた。