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28話 凡人皇太子、悪役令嬢に頭が上がらなくなる

 ハルトは、自分が誰に会うかという些細なことが発端で、トラブルに発展しかねないことを熟知している。


 故に、手紙を出して予約を取ったブルゴーニュ嬢への訪問も、毎回のようにアーティファクトを使って慎重に行っていた。


「あーっと、蜃気楼のフードは……あった」


 “宝物庫”から取り出した薄いフードで体をすっぽりと覆い、ハルトは建物の影から姿を現した。人通りの多い道ではないというのに、誰もハルトに視線を向けない。そのことにほっとしながらしばらく歩くと、ブルゴーニュ嬢のよく使う館が見えた。


「五回、だったな」


 ノックを五回繰り返すと、扉がメイドの手によって開かれた。彼女は特に迎えの言葉を紡ぐでもなくじっとそこにいる。その時間を逃さず、ハルトは館内に足を踏み入れた。「もういいぜ」というと、メイドは扉を閉める。


「ようこそいらっしゃいました、ハルトヴィン皇太子殿下。フラン様が客間にてお待ちです」


「ああ、案内頼む」


 言いながらフードを脱ぎ、“宝物庫”に突っ込んだ。階段を上がった先の部屋に入ると、「ようこそいらっしゃいました、ハルトヴィン殿下」とブルゴーニュ嬢が淑女の礼でもってハルトを迎え入れる。


「……殿下呼びとその堅苦しい挨拶、止めてくれって言わなかったか?」


「ええ、嫌がらせですもの」


 恨みがましい微笑みで睨まれ、ハルトは両手を上げて降参のポーズだ。「大口叩いて悪かった。まさかアイツが来るとは思ってなかったんだ」と弁解する。


「ま、いいわ。ひとまずそこに座りなさいな、アレクトロ。出来もしないことを無理に努力して、どうしようもなくなってから音を上げられるよりはよっぽどマシだもの」


「まるで経験したことがあるかのように言うよな」


「もちろん経験したことがあるのよ。大変だったわ、どれだけ奔走したことか」


 遠い目で嘆息するのだから、ハルトも頭が下がるというもの。ブルゴーニュ嬢の目の前に着席して、「用件は手紙に書いた通りだ」と告げる。


「ええ、ロレッタと同室になったオルドジシュカ・シャッテンブラウトが十二星座の乙女たちだった、という話でしょう? まったく、ぬかったわ。こうも容易く潜り込まれるなんて」


「あいつの得意分野の一つだからな、仕方ないことではある。で、それに関して助力を仰ぎたい、って言うのが俺の要求なわけだが……」


 段々尻すぼみになるハルトの言葉に、「分かっているわ」とどこか自棄になったような笑みで、ブルゴーニュ嬢は答える。


「自分が何とかするから、罰則は与えないでくれ、とまで言ったアレクトロが、こうして頭を下げに来ているんだもの。恐らく、あなた一人の力ではどうにもできない何かがあるんでしょう? そして、その何かを、恐らくワタクシなら突破できる、と」


「ああ。お前みたいな、魔法にも武力にも秀でないのに、それでもどこか特別な立ち位置に居る爵位の高い貴族が“大抵握ってる知識で”、この問題はきっと解決する」


 ハルトは、半ば確信に近いモノを腹に抱えながら、問うた。


「ブルゴーニュ嬢。お前、何の呪術師だ?」


「……花園よ。花園の呪術師」


 どこか言いにくそうな声色で、ブルゴーニュ嬢は肯定した。ハルトは胸をなでおろす。呪術とは、可能な限り秘匿されねばならないもの。無関係の者にそれを仄めかすことそのものが、呪術師を敵に回す。


 その意味で、これは賭けに近かった。だが、絶対に言う必要があったのだ。呪術師が本気で何かを為そうとしたとき、それを止められるのは呪術師以外に居ない。


 何故なら、呪術とは体系化されえぬ非常に高度な人間操作術だからだ。故意に正論を選び抜き、人に自らの幻想を素晴らしいものだと共有し、操られている自覚なく操る、魔によらぬ神秘。常人には、何がどうなるのかもさっぱり分からないまま、抗えずに終わるだけ。


 だからこそ呪術師の味方に、敵は呪術師であると告げる必要があったのだ。ハルトはそれを、婚約者の内の二人から学んだ。


 その内の一人が今回の敵となるのだから、人生とは分からないものだ。


 それにしても、とブルゴーニュ嬢は呆れた顔をする。


「アレクトロは何と言うか、どの分野にどこまでの知識があるのかさっぱり分からないわね。アーティファクトを数多くそろえて使いこなし、ルーン魔法もお手の物。果ては呪術も知ってるですって? これが『運命の寵児』ってことなのかしら」


 褒めてるのか貶しているのか分からない文言に、ハルトは苦い顔で手を振った。


「やめてくれ。どれもこれも、身に着けなくちゃ俺の命にかかわることだったんだ。それより」「分かってるわ。オルドジシュカは呪術師だって言うんでしょう?」


 間髪入れずに言葉を遮られ、ハルトはむんと黙り込む。その隙に乗じて、ブルゴーニュ嬢は切り込んできた。


「では、交渉と行きましょうか。アレクトロの要求は、婚約者の無罪放免及び、犠牲者の出ない早期での捕縛。なら、ワタクシが行うそれらの許可や根回し、呪術戦での助力に際しての労力に見合う報酬は、当然期待してもいいのでしょう?」


 来たか、とハルトは思った。ブルゴーニュについては、森でのへたれた一面しか知らないから油断していたが、元はと言えば、『悪徳公爵』と呼ばれる家のご令嬢だ。ハルトの苦手とする、助ける代わりに多くを求める貴族たちの手合い。


 だが、仕方ないことだ。ハルトの要求は現状ブルゴーニュ嬢にしか通るまい。腹に力を込めて「もちろんだ。何が欲しい?」と尋ねる。


 ブルゴーニュ嬢は、言った。


「休みが欲しいわ」


「……んっ?」


「だから、休みが欲しいの」


「……なるほど」


 ハルト、大困惑である。休みたいのなら休めばいいのでは、と思ったが、そういう安直な返答はブルゴーニュ嬢を怒らせかねない。そんな気がする。今ものすごい勘が冴えてる気がする。


「少し考えてみたが、ちょっと情報が足りない気がする。順を追って話してもらえないか?」


 苦肉の策でそう告げると、ブルゴーニュ嬢は紅茶を一啜りしてこう言った。


「ロレッタの件ね。ものすごい疲れたのよ、ワタクシ。だって、ねぇ。あの子ったら天然でワタクシを勘違いさせ続けて、挙句の果てに魔怨の森でしょう? 人生初の命の危機。だっていうのに、間髪入れずにあの子を上級貴族クラス馴染ませる準備をしなきゃじゃない」


「……はい」


 あ、ヤバい奴だこれ。とハルトはだんだん冷や汗をかき始める。


「そこに、ねぇ? アレクトロの婚約者が忍び込んで、ワタクシの命を狙ったかもって聞かされて、その人物がロレッタの隣にいる? 我が国防の要の愛娘の同室に? それだけでも気が気じゃないっていうのに、呪術師ですって?」


「……ソウデスネ」


 ヤバイヤバイヤバイ、ヤバイって。


「でね? もう、何ていうのかしら。ワタクシね、実は以前からずっとこういう立ち位置なの。中等部にもあなた達ほどじゃないけど問題児が居てね。彼らはアレクサンドル大帝国の特待生として迎え入れられたらしいんだけど」


「ナルホド……」


 ハルト、静かに驚愕だ。アレクサンドル帝学院の特待生は一部では英雄の登竜門って言われてるのだが、その英雄の卵の相手を何年も務めてたと? 何だその災難。


「ともかく、居なくなってくれて、これからずっと楽になるって思ってたの。でも、蓋を開けて見ればこの始末よ。何なら前よりもずっと忙しいの。あっちこっちに飛びまわりながらいろんな人と話すせいで、足がパンパンなの。もう歩きたくないのよ」


「ソウデゴザイマスカ……」


 ハルトはもう俯きっぱなしだ。相槌を打つ木偶人形のようになっている。


「だからね、ワタクシは今休暇が欲しいの。誰にも邪魔されず、アルフィーとゆっくりできる休暇がね。言っていることが分かるかしら」


「その、俺はつまりどうすれば……」


 ブルゴーニュ嬢は言った。


「今回の件は手伝うから、その代わり長期休暇ではワタクシに協力なさい。具体的には、どんな問題があってもワタクシに知らせず、気づかせず、ワタクシがいい休暇だったって思えるようになさい」


「……と、言いますと」


 どういう状態を保てばいいのかは分かったが、何をどうすれば良いのか分からなかったハルト。尋ねると、ブルゴーニュ嬢は大きなため息を吐いた。


「要は、アルフィーとロレッタのおもりを頼みたいわ。ロレッタは言うに及ばず、アルフィーも中々のトラブルメイカーでね……。多分これからも付き合っていけば分かると思うのだけれど」


「マジ……?」


 ハルトの万感の想いがこもった動揺に、ブルゴーニュ嬢はキッと睨みつけてきた。ハルトは背筋を伸ばし、そのまま頭を下げる。


「了解しました! ですので今回は、ご助力お願いいたします!」


「契約成立ね。不履行は許さないわよ」


 手を差し出され、握り返す。何だか将来的にブルゴーニュ嬢に頭が上がらない気がする。


「さて。じゃあひとまず、オルドジシュカの情報を聞かせてもらえるかしら。何の呪術師なのか。狙いと、その目的達成方法の目星などなど、分かる限りね」


「そう……だな、じゃあ、呪術の種類から」


 ハルトは一拍おいて、説明を始める。


「ディーは『月影の呪術師』だ。詳しい原理までは分からないが、名誉や評判に根差した呪術だって話だった。今まで見てきた活用法としては、俺の二つ名になってる『運命の寵児』なんかは、ディーが名付け親だな」


「一応聞いたことがあるわ。ブルゴーニュ家に伝わっている呪術ではないからどういった世界観なのかまでは分からないけれど、女性社交界という盤上で勝負を仕掛ければ負けることはないはずよ」


「そりゃ頼もしいな。で、ディーの狙いはというと……すまん、分からなくなったっていうのが本音だ。俺に関する嫉妬で動いてる連中なら分かりやすいんだが、あいつは違う」


「となると、アレクトロを崇拝している派閥であると?」


「自分で言うのも何だが、そうなる。最終的な着地点としては俺に役立つ何か、という事になるんだが、あいつの得意分野をもとに考えるのはちょっと、……怖い」


 ハルトがそう濁すと「そういうのは要らないわ。それとも協力しないでもいいのかしら」とブルゴーニュ嬢はせっついてくる。……そこまで言うなら、仕方がない。


「あいつの得意とする偉業は、世論の操作を利用した、内乱の誘発だ」


「……何ですって?」


「だから、内乱の誘発だ。その土地の重要人物に働きかけて、例えば醜聞をまき散らしたり、逆に名声を上げたりして、民衆の心を操る。それを多方面で行って、気づけば内乱勃発だ。俺の逸話の中に、そういう話があっただろ?」


 確認すると、「もしかしてなのだけれど、ムーンゲイズ法国の救世の話かしら」と戸惑い気味に聞いてくる。ハルトは、深く首肯した。ブルゴーニュ嬢は凍り付く。


 ハルトは以前の自分の大失態を思い出しながら、とうとうと語り出した。


「長らく法王を抱えているせいで、アレクサンドルのど真ん中に居ながら侵略の憂き目を見ずにいた特権国ムーンゲイズ。だが法王は裏で迷える子羊たちを、おぞましい欲望のままに扱っていた……それを救ったのが、『運命の寵児』たる俺、って“聞いてるんだろ”?」


「……違わないって言ってよ」


「無論違う。かつての法王猊下は立派な人だった。苛烈だが、その苛烈さを自分にも向ける、自他ともに厳しい人だった――だが、俺の婚約者たちがハメやがった。今じゃかつての猊下は塀の中。ついでに今の法王は俺の婚約者と来た。その中で指揮を執ったのが、ディーだ」


 確かに一時は、ハルトと猊下が敵対していた。だが、それは意見の食い違いであり、話し合えば解決するようなものだった。しかし対談は成らなかった。あとは、言うまでもないだろう。


 言い切ると、ブルゴーニュ嬢はしばし両手で顔を覆い、それから目だけ出してひどく皮肉気に吐き捨てる。


「つまり、ムーンゲイズ法国は『月影の呪術師』の手で破綻したって訳ね」


「そうだな。だが俺は、あの時の大失敗をブリタニアでも繰り返すつもりはない」


 ハルトがまっすぐブルゴーニュ嬢の目を見て言うと、「その言葉だけが救いだわ。それで、方法として考えられるのは」とまで言って、彼女は「考えるまでもないわね」と自己完結した。


「ロレッタへの世論操作がメインになるのかしら。一応上級貴族間での情報はワタクシの方で回しているけれど……なるほどね。ではこちらからもアレクトロに耳寄り情報を一つ」


「何だ?」


 身を乗り出して聞く姿勢を取ると、ブルゴーニュ嬢は「この学園の生徒会についてご存知かしら」と問うてくる。


「生徒会……? すまん、ほとんど話を聞いたことがない」


「そうね。まぁ、魔法特進クラスなら仕方のないことしら。簡単に言うと、その世代で最も位の高い爵位の家系に生まれた貴族の子女が集う、実務と実権を伴ったサロンと言ったところかしら」


 ハルト、最も位の高い爵位、と聞いて、「ブルゴーニュ嬢も属してるのか?」と尋ねる。だが、彼女は首を横に振った。「じゃあ誰が」と繰り返し聞くと、ブルゴーニュ嬢は一人ずつ指を立てる。


「まず、ブリタニアの第一王子ことエセルバート・エリウ・ブリタニア殿下。ブリタニアにおける王位継承権第一位の方よ。次に、ヴァネッサ・エヴリーヌ・ミッドラン。ミッドラン公爵家の長女で、第一王子の婚約者。そしてその二人に認められた、現ブリタニア軍元帥の息子ことヘクター・ヴァノン。実家は侯爵家だったかしら。ほかにも数人ちらほらいたはずだけど、大抵は殿下とヴァネッサの息のかかった人間ね」


「……つまり、第一王子の派閥が生徒会の実権を握ってるってことか」


「そ。だから第二王子アルフィー派閥のワタクシは、慎ましく花園のサロンで活動してるってわけ。で、ここからが本題だけれど、オルドジシュカが生徒会に出入りしている、という情報が入っているわ」


「な、なるほ、ど」


 ハルト、声が震えるほど現状が最悪に向かっているのを理解し、意識が明後日の方向に飛び始める。そういえば今日の夕飯はどこに食べに行こうか。今日は肉がいいな。元気の出るものが食べたい。


「……状況の切迫具合が酷いわね。胃が痛いわ」


「言うなよ……。頭が痛くなってきた」


 二人して重い溜息を吐く。そこに音もなく表れたメイドが、ハルトとブルゴーニュ嬢のそれぞれに水とクスリを用意してくれた。そのまま声もなく一礼して消えていく彼女に、二人はほろりと涙を流し感謝をささげる。


 ひとまずクスリと水を飲み下し、話題を再開させた。


「じゃあ、どうする」


「そうね……定石としては、敵の攻めを防ぎながら攻撃の準備をすることだけれど」


 言われ、ハルトは思いついた。


「なら、こう言うのはどうだ? せっかく今ロレッタをそっちのサロンで囲ってるんだから、ブルゴーニュ嬢が出来る限りディーの邪魔をして、逆に俺は何かしらのツテを用意して生徒会に潜り込む」


「悪い作戦じゃないわね。でも、ワタクシに十二星座の乙女たちと直接渡り合う武力なんてないわよ? ミツバチ――取り巻きにもそういった手合いは居ないし」


 難しい顔で言われるが、ハルトは「大丈夫だ」と頷く。


「そこは素直に、ロレッタに頼ればいい。つまりは、ディーを生かさず殺さずロレッタの近くで生殺しにするって作戦だ。ブルゴーニュ嬢はロレッタに付きっきりになって、ディーが勝負を仕掛けそうな時だけ呪術的に、あるいはロレッタに警鐘を鳴らす形で邪魔をする」


「それは……妙案ね。特に、生殺しっていうのが良いわ。オルドジシュカが敵であるとロレッタに勘づかれない範囲で動けば、オルドジシュカはロレッタから離れず動けないままになる。ワタクシも気づいてないふりをしないとね」


「ああ。そうすればその分俺も生徒会に潜りやすくなるしな。ディーに俺が邪魔に入ってきてるって勘づかれたら、俺にだって勝ち目はない」


「……それ、ロレッタも危ういんじゃないかしら」


 ブルゴーニュ嬢の懸念に、ハルトは「ないない」と笑う。


「俺の見立てじゃ、あいつはすでに英雄に片足を突っ込んでる。天才が生涯かけてたどり着く達人の領域を超えた、化け物の一歩手前の人間だ。畏怖の世代とか、アルフィーを敵に回さない限りは武力面で誰かに劣ることはないと思うぜ」


 そう言うと、ブルゴーニュ嬢は言葉を失う。それから、言いづらそうに聞いてきた。


「もしかしてだけれど……ハルトヴィン殿下にはアルフィーは化け物に見えているの?」


「殿下呼びはやめろ。――そう、だな。正直、アルフィーは畏怖の時代の『無光の勇者』シンシャとも互角に渡り合えると思う。それだけ隙がなく完成しかけてるんだ。完成したら、多分勝てる奴は居ない」


 化け物だよ、アルフィーは。そういうと、ブルゴーニュ嬢は机の上で拳をギュッと固めた。怒らせたか、と思ったが、彼女は深呼吸してハルトの言葉を受け入れる。


「――いくつもの地獄と栄光を駆け抜けてきたあなたの言う事なら、そうなんでしょうね。でも、アルフィーはアルフィーよ。たとえ誰もがアルフィーを化け物と罵ろうと、ワタクシだけはアルフィーの味方でいる」


 悲壮なまでの決意を秘めて、ブルゴーニュ嬢は言った。ハルトは、目を伏せ同意する。


「そうだな。俺もムーンゲイズの失敗をここで挽回して、運命をこの手に取り戻す。取り戻せたらいいなって、思う」


 だが、今までそう思いながらずっと出来ないでいた。運命はずっとハルトを引きづって回り続けて、ハルトはただ揉みくちゃにされながら望まぬ苦しみと名誉のループの中に居た。


 だから逃げ出したのだ。だが、追いつかれた。それを、覆せるのだろうか。ロレッタとの出会いは兆しだった。けれど今、彼女はディーの手中に居るも同然だ。


 そんな逡巡を破ったのは、ブルゴーニュ嬢の拍手だった。


 乾いた音が、客室に響いた。ハルトはそれにキョトンとして、ブルゴーニュ嬢を見る。


「弱気にならないで。防御はワタクシが請け負うとは言ったわ。でも、攻め手のあなたが居なければどうにもならないのよ、アレクトロ。ワタクシがアルフィーを信じるように、あなたはあなたを信じなさい」


 いいわね、と言われ。黙ってコクンと。「それでいいわ」とブルゴーニュ嬢は笑った。


「では、手はず通り頼むわよ。それぞれの仕事をしましょう?」


 そう語りかけてくる笑みの深さに、ハルトは張り詰めていた肺の中の息を吐きだした。それから「そうだな。それぞれの仕事をしよう」と立ち上がる。


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