27話 凡人皇太子、童貞美少女の酒豪っぷりに小細工を用いる
「では全員分のワインを。それから、各種肉や魚、野菜料理をバランスよく持ってきてくれ」
ひとまず、といった様子で人数分の注文をする太っちょハロルドに、ロレッタをじっと見つめているエルザ。見つめられて気になる一方で、ハルトを煽りたそうな顔をするロレッタと、ロレッタの様子を微笑んで観察するオルドジシュカ。そして死にかけのハルト。
何だココ。地獄か。ハルトは今後のことを考えて頭がズキズキと痛み出す。
「うむ、ではグラスも揃ったことだし、乾杯といこうではないか! ではみんな、グラスを掲げて」
『かんぱーい!』
それぞれがそれぞれの思惑を抱えて杯を掲げ、ワインに口を付ける。ロレッタなど一息に飲み干して、ハロルドに「おぉ、ロレッタさんは飲めるクチだな?」と声を掛けられる。
「ええ、実家が酒豪ぞろいで。それよりハルト、ねぇねぇハルト、何か言う事ないんですか? 分かった、だけで済まされると思ってるんですか? ねぇねぇ、ねぇねぇねぇ」
そしてロレッタがウザい。先日の言葉が恨みを買ったのだろうか。本気での心配だった上に、ある意味的中しているというのにこいつは、とハルトは恨みがましい気持ちになる。
そんなとき、エルザがハルトにとって助け船に等しい申し出を入れた。
「ロレッタって言ったな。飲み比べ、するぞ」
珍しく静かな様子で眉根を寄せたエルザが、ロレッタに呑み比べ対決を挑みにかかる。そこにどういう意図があるのかは読めないが、その提案にハルトはピンときた。
――そうだ、この場でロレッタを潰してしまえば、強制的にこの場は解散となる。
「え、あ、えと、その、ですね。いやその別に嫌なわけではないんですど、そのぅ……」
初対面の女子にはとことん弱いロレッタ、どう対応していいものかと顔を紅潮させて慌てだす。それを好機だと、ハルトは逃さなかった。
「いいじゃねぇか。打ち解けるせっかくの機会ってもんだろ? それに、そうだな。飲み比べで勝ったら、お前の満足する形で謝るなり何なりしてやるよ」
その言葉に、ロレッタは食いついた。「……言いましたね?」とニヤリ笑って、ハロルドへと視線をやる。太っちょハロルドはすぐに「亭主! 飲み比べをやるぞ! ウォッカのショットを用意してくれ!」と大声を出した。何でそこでツーカーなんだよ。
用意されるのは小さなグラスに入れられた、割り材なしのウォッカたち。そこまで酒に強くないハルトなどが飲みだしたら、多分五杯程度で目を回すだろう。
だが向かい合う女性二人は、互いに自信満々なご様子だ。まっすぐロレッタを見つめるエルザに対して、ロレッタは恥ずかしがってハルトを見てはいるが。
「先に言っておきますが、私も家族同様中々の酒豪ですよ。負けるとは思いませんね」
「ならこっちを見ろ! 何で見ないんだ、馬鹿にしてんのか!」
「あっ、えっと、あなたに言ったんじゃなくてそのぉ……。あくまでハルトに喧嘩を売ったっというかぁ……」
「ごめんさない、ロレッタってすごい恥ずかしがりやで。悪気はないんですよ」
エルザにどやされて一気に弱気になり、あまつさえオルドジシュカにフォローまで入れられるロレッタだ。決まんねぇなぁと思いながらハルトは眺めるばかり。そこに、太っちょハロルドが間に入った。
「ルールは単純。今から多く飲んだ方の勝ち。なお、相手への妨害は無しとする。以上だ。何か質問はあるか?」
「ないです」とロレッタはあくまで余裕綽々で。
「ないぞ!」とエルザはかなり意気込んで。
「では尋常に……勝負ッ!」
ハロルドの掛け声に従い、二人は飲み始めた。ロレッタが素早くグラスを取って口に運び、軽い調子でぐいと飲み干す。すげぇな、とハルトはちょっと引き気味だ。喉焼けないのかあんな飲み方して。
一方エルザはというと。
「……!? うぇ、焼ける、喉焼ける……!」
まさかの飲みなれていない様子だった。嘘だろ、とハルトはだいぶ当てが外れて愕然とする。
「おや、ハルトの賭けた相手は少々慣れてない様子ですけど?」
煽りながら、ロレッタはかぱかぱグラスを空けていく。もう十杯目だ。こいつはこいつでやべぇな、と思いながら、エルザの調子を確かめにかかる。
「おい、大丈夫かエルザ。無理はするな」
「う、うわ、なんれハルト三人もいるんら?」
「エルザ降板! 俺がいく!」
このまま飲ませたらこいつ死ぬ! とハルトはエルザを退かしてロレッタの目の前を陣取る。
「えー、交代ですか? ズルじゃないですかそれ?」
「エルザ一杯も碌に呑めてないぞ」
「何でそんな人が飲み比べを挑んで……」
俺が知るか。とハルトは首を振る。背後でハロルドに背中をさすられながら「どうしてこんな勝負を?」と尋ねられ、エルザは「飲んだことなかったけど、イケると思って……」と思った以上に浅い考えが浮き彫りになった。
「ま、ひとまず私が飲み終わってる十杯分をハルトが飲み干してからじゃないですか? ささ、ぐいっと」
ドヤァアアア、とばかりのニヤケ面で言われ、ハルトは嫌な顔。溜息を吐いて、一杯目を手にした。一息に呷る。
喉を通過するどろりとした感触に、直後襲い来る、燃えるような感覚。「うげぇ」と舌を出しつつも、二杯目に手を出した。
「おや、思った以上にイケますね」
「あ、あの、ハルト、さん? 無理はしない方が……」
心配してくるオルドジシュカにちょっと微妙な目を向けつつ、ハルトは三杯目を口にする。えっぐ、と思いながら使っていない左手を“宝物庫”に突っ込み、ある錠剤の瓶から、片手で器用に一粒取り出した。
「ふー……」
限界に近い、というような演技で左手を口元に持っていき、錠剤を飲んだ。僅かに来始めていたグラつくような平衡感覚が、正常に戻る。
「おやぁ? もう限界ですか? じゃあ何をしてもらいましょうかね? 面白い謝り方がいいですねぇ? どんなのがいいでしょうか」
勝ちを確信して笑うロレッタに、背後から「兄弟、無茶はやめておけ。酒で人生を棒に振るのは馬鹿げているぞ」とハロルドが制止に掛かる。
が、もうハルトの勝ちは確定済みだ。
「……おし、ちょっとノッてきた」
ハルトは笑い、それから今まで何となく保っていたペース配分を捨て、ロレッタ以上の速度でカパカパやり始める。あっという間に十杯に達し、ロレッタは目を丸くした。
「さ、これで対等だ。飲み比べと行こうじゃねぇの」
「……上等です。やりましょう」
そこからは、お互い無言だった。ただ相手を置き去りにせんとする、気迫ばかりがぶつかり合う。十杯、二十杯、三十杯。気付けば酒の量に気付いたのか、ロレッタの美貌に釣られたのか、集まっていた聴衆が二人の攻防をドン引きしながら見守っている。
すでに、合わせて二本のウォッカを飲み干していた。空の瓶がハルトにロレッタ、それぞれの傍らに一本ずつ置かれている。
いかなザルといえども、ロレッタもここまで肝臓に負担をかけるとは思っていなかったらしく、「ちょっと胃がタプタプしてきましたね……」と言いながら顔を赤くし始める。一方ハルトは余裕だ。「あれ、どうしたよロレッタ。随分苦しそうだが」と煽り返してやる。
「いやいやにゃんの、まだまだ余裕でしゅよ! じぇんしぇでは最高六十杯の、瓶二本をさんじゅっぷんで空けたことだってありゅんでしゅからね!」
「じぇん……? 呂律だいぶ回ってないぞ。限界だろ」
「この倍は行けまひゅ!」
「無理だろ」
とはいえロレッタはグラスを掴んで呑むまでに、やはりほとんどのタイムラグがない。素早くグラスを取り、飲み干し、それから顔を真っ赤によく分からないことをペチャクチャと喋くり倒すのだ。
「……じゃ、いいぜ」
ザルだからこそ、飲みすぎたときの反動というものは洒落にならないものだ。この辺りで決着をつけてしまおう、とハルトは提案する。
「最後の一杯だ。こいつを飲み干せたら、お前の勝ちでいい。どうだ?」
言いながら、ハルトは手ずからロレッタ側のグラスに一杯の水を注いだ。水である。ウォッカが透明だからこそ出来る、外見上のフェイクだ。
だが、仕掛けをしないとは言っていない。
素早く指で刻むのは、「気絶」と「解毒」のルーン。差し出された水を、ロレッタは躊躇わず飲み干した。その後に違和感を覚えたのか、「こりぇ……?」と言いながら、彼女は机に倒れ伏す。
これでロレッタが酷い二日酔いに苦しむこともないし、何なら店を出たくらいに回復して、“無用な隙を晒すことも無いだろう”。
「……勝負ありってな」
一杯差を付けるために最後にハルトがぐいと飲み干すと、周囲で歓声が上がった。ハロルドは「すごい! すごいぞ兄弟! お前がここまでの酒豪だとはな!」と、エルザは「しゅげぇ……! アタシなんて、見てるだけで気持ち悪くなったくらいなのに」と青い顔で褒めたたえてくる。
「本当にすげぇのはこいつだよ。俺は大したことない」
真実を言ったつもりが謙遜ととられ、観衆たちは「おぉ~!」と感心の声。いつも通りのやらかしだなぁと頭を掻いていると、オルドジシュカが横から「流石です」と言ってきた。
ハルトは、忘れてた、とまたもや血の気の引くような思いをする。
「……あーっと、だな」
言葉に詰まると、彼女は微笑して「では、ロレッタは私が責任をもって連れ帰りますね」と言った。それから顔を寄せてきて、こっそりと耳打ちしてくる。
「大丈夫ですよ、“ハルト様”。すべて把握しております。何もかもお任せを」
背筋に冷たいものが走る。気付いたときにはオルドジシュカは離れていて、くすりと笑ってロレッタを担ぎ食堂から出ていった。ハルトは周囲の騒ぎようから、たった一人置いてけぼりにされながら、オルドジシュカの髪飾りを思い出す。
それは、ハルトが数年前に贈ったもの。彼女の問題を解決した時、記念に用意した三日月の髪飾り。
「……ディーかぁ……」
オルドジシュカ――ディーは、ハルトの婚約者の一人だった。それも世間でいう十二星座の乙女たちの中で、最も世論の操作に長けた、『月影の呪術師』だ。
ひとまずハルトに出来ることは、いますぐ自室に戻ってブルゴーニュ嬢へと「助けて」の手紙を書くことだろうか。他の策略家や暴れん坊連中ならいざ知れず、ディーの対処はハルト一人では回らない。
「『運命の寵児』なんていう要らん二つ名を考えたのも、そういえばディーだったな」
気の遠くなるような気持で、ハルトは呟いた。彼女は個人レベルでは“単なる”オールラウンダーにすぎない。すべて達人レベルにこなすが英雄には至らない、一点豪華主義だらけの婚約者の中では目立たない一人。
だが――いざ“国を乱す、国主を追い詰める”という段階になったのなら、ディーの右に出る者は居ない。
「マズイって……多分一番マズイって……!」
難攻不落のブリタニアに侵入し、しかもブリタニア国防の要の愛娘と同室に潜り込んだディー。彼女はハルトの予想通り、自分の役割を果たしに動いていることだろう。つまりは、そういうことだ。
今、ハルトの婚約者の所為で、ロレッタとブリタニアがヤバい。




