20話 そして、勘違い主人公四人が邂逅する
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アルフィーは魔法を宿らせた剣で魔怨の森の脱出口を切り開き、皆を連れていつものように森から脱出した。その後休憩する中、有無を言わさない圧力の「全員身ぎれいにしてからワタクシのサロンに来なさい、以上」というフランの命令に従う事になった。
そんな訳でもう夜の帳が落ちた頃、四人がフランの高雅な趣味の伺える室内茶室に集まり、円形の机のまわりに席を並べていた。
まずロレッタは、やはり自由というかフランにまたも茶会に招かれたのが嬉しかったらしく、頬を上気させてチラチラとフランの様子を窺っている。一方そのフランはというと、非常にご機嫌斜めで冷え冷えとした目を全員に向けていた。もちろんアルフィーも例外じゃない。ちょっと怖い。
他方ハルト君といえば、疲れ気味に目線を下げて休ませてほしいと切に願っていそうな顔色だ。だがその反面、ロレッタの隣に座れたのが嬉しいのかたまにちらりと目線を送っている。何で嬉しいんだろう。ボクにもそう言う視線を送ってくれればいいのに、とは漏れかけたアルフィーの本音か。
「さて、では今回の騒動について、色々と聞きたいことがあるわ」
沈黙に支配されていた雰囲気を、フランの発言が打ち破った。それぞれが「はい!」「……おう」「う、うん」と個性豊かに返事をする。
「まずは、ハルトヴィン殿下。魔怨の森に踏み入れてしまったワタクシを助けて下さり、大変感謝しておりますことを、ここに述べさせていただきます」
「んっ、お、おう。いやその、何というか、俺が追い詰めた部分もあるし、気にするなよ」
「いいえ、別問題ですので、この感謝はそのまま受け取ってください。ワタクシを無用に追い詰めたこと、並びにご自身の身分を十分理解せず危険にさらした点については、また別に追及させていただきます」
「あ、はい……スイマセンデシタ」
フランの圧が強い。とノックダウンされたハルト君を見て、アルフィーは苦笑いだ。
「といっても」とフランは必要以上に相手を緊張させることは望まない。少し頬笑み交じりに「ハルトヴィン殿下は反省してらっしゃるようですので、これ以上の苦言は控えさせていただきますわ」と告げた。ハルト君も、ちょっとだけ安心顔だ。
それからフランは深呼吸し、淡々と事実の確認をするといった態度でハルト君に臨む。
「ではハルトヴィン殿下。単刀直入に聞きます。あなたがこのブリタニア王立学園に身分を隠してご入学されたのは、いったい何故ですか」
「暗殺といいトラブルといい帝国に居るのが限界だったから」
フラン、ハルト君の悲壮なまでの即答に、思わず口を閉ざしてしまう。しかしそこは茶会の女帝とアルフィーが勝手にあだ名する彼女だ。一つコホンと咳払いをして「詳しく聞かせてくださいますか?」と掘り下げにかかった。
「詳しくって言ったってなぁ。別に大した内容じゃないぜ? 限界だって思って、逃げ出した。それだけだ。格好悪い話だがな」
「では、限界だと思った原因についてはお話し願えますか?」
「お前ほどの事情通が知らないとは思わないがな、ブルゴーニュ嬢?」
躱すハルト君に、それでも攻め入るフラン。二人のせめぎ合いは非常に高度な心理戦で、アルフィーには二人の考えが読み切れない。ちなみにロレッタはフランだけを一心に見つめている。自由だなぁ、とアルフィーはちょっと羨ましさを感じた。
「……そうですか、分かりました。納得できない話ではないので、ひとまずはここまでとしておきますわ」
「そりゃありがたいね。ブルゴーニュ嬢に本気で詰められたら、俺は一溜まりもなかっただろうからな」
「いいえ、滅相もありません。では次に」
フランがまだ続けようとしたのを見て、ハルト君はうげ、という顔。咄嗟に彼は助けを求めて周囲を見たが、アルフィーはフランの味方だしロレッタはそもそも興味がない。
「ハルトヴィン殿下がロレッタを探していたのは何故ですか? それと細かい点ですが、探している、という噂が何故流れたのか、またこの噂が何故下級生クラスの間でのみ確認されたのか、ご存知ですか?」
しかし自分の名前が呼ばれたとなれば、ロレッタもピンと眼を開いてハルト君に疑惑の目だ。うぐ、とハルト君はフラン、ロレッタの両視線に対して困った顔をする。
「……それ、言わなきゃダメか? 限りなく個人的な理由なんだが。つーかロレッタの前でそれを言わせられるのは結構キツイものが……」
「え、単純にお礼云々みたいなあれじゃないんですか? 私自身は冬に助けたのをすっかり忘れてましたが」
「――そう! それだそうなんだよ! 冬にブリタニアに渡ってくるにあたって、ロレッタに命を救われてな! 一回偶然再会できたんだが、結局そこでもお礼を言いそびれたから探してたんだ」
ロレッタの助け舟に全力で乗っかるハルト君に、フランは眉をひそめて訝しげな顔だ。だが筋は通っているので納得せざるを得ない。「分かりました。それで、噂に関してはどうです?」と再度尋ねる。
「ん、ああ、そうかそれもか。つっても、俺から積極的に噂を流したわけでもないし、俺の周りにも噂を流すような社交に長けた奴は居ないからな。俺には分からないとしか言いようがない」
「そう、分かりましたわ」
ハルト君の首振りに、知らないならばいい、と言わんばかりに矛を収めるフラン。元々それほど重要視していなかったのだろう。だが一方で、ハルト君はどこか引っかかるかのような、何とも居心地の悪そうな顔で何かを思案している。
だが、ひとまずこの二人に関してのわだかまりのようなものはなくなったようだった。ハルト君も質疑前に比べるとだいぶ顔色がいい。恐らく余程恐ろしいやり取りを想像していたのだろう。
「では、ひとまずハルトヴィン殿下への質問はここまでとしておきます。何か質問はございますか?」
「あー、そうだな。結局俺の正体はどこで知ったんだ? もう詰問するつもりはないから、ささっと教えてもらいたいんだが」
「ロレッタの正体の裏取りをすべく学園長に連絡を取ったらついでに発覚しました」
「俺ついでで身バレしたの……?」
ハルト君は静かな動揺に硬直しているが、フランは気にせずロレッタに目線を移した。フランはこういうとこ冷淡だよね、とアルフィーは評する一方、ロレッタの嬉しげな顔に眉を顰めるのも何ともフランらしいと思ってしまう。
「では次に、ロレッタ・フロストバード。あなたは……結局何なの?」
「はい! 私はフラン様の忠実なシモベです!」
「……」
フラン、さらに渋面である。非常に嫌そうというか、令嬢にあるまじきシワの寄った顔でロレッタを見ている。ここまでフランの嫌そうな顔は見たことがなかったから、アルフィーとしては面白さに笑いを堪えるしかない。
だが、この二人に任せていては多分永遠に解決しないので、アルフィーからいくらかいうべきだろう、と口を開く。
「フラン、いいかな」
「何よ。ワタクシはあなたにも言うことがあるんだからね」
「まぁまぁ。それはそれとして、ロレッタがフランを慕ってるのは本当だと思うよ。ね、ロレッタ」
「はい! その通りです! フラン様のためならたとえ火の中水の中!」
「その過激な物言いがフランからすると煽ってるように聞こえるみたいだから、これからは止めようね」
「えっ、……はい」
シュンとするロレッタの様子を見て、フランはようやく信じる気が起きたらしい。「本当に……?」と疑惑の目でロレッタを見つめている。
「ほら、前に言ったとおりでしょ? ロレッタは何ならフランのこと大好きだから優しくしてあげてよ」
「なっ、なにゃっ! ある、アルフィー! 本人を前にそういうことを!」
ロレッタは顔を真っ赤にして立ち上がるが、フランからの冷静な視線を受けて静かに腰を下ろし、顔を覆ってしまった。普段髪も肌も真っ白なロレッタがこうやって真っ赤っかになるのは、見ていて可愛いし面白い。
「……ちなみにワタクシはあなたのことが嫌いだけれど」「ぐふっ!?」
あ、ロレッタが死んだ。
目を虚ろにしてブツブツと机を凝視し始めるロレッタ。それにフランはしばし呆れた目を向けていたが、埒が明かないと溜息を吐いて会話を再開させた。
「はぁ。じゃあ、一つ一つ確認させてもらうわね。まず、ロレッタ。あなた、結局アルフィーのことはどう思ってるの?」
その質問に、僅かにハルト君の体が反応する。アルフィーはそれが微妙に面白くない。
一方ロレッタの態度はハッキリとしたものだ。
「はい? 普通に親友だと思ってますよ」
「そう断言されちゃうと、ボクも恥ずかしいけどね」
曇りなき眼で即答するロレッタに、フランは難しい顔。「でもあなた、将来アルフィーに嫁にもらってくれだのと言ってなかったかしら?」と問い詰める。
「ああ、あれは冗談ですよ。現時点で男性の中なら唯一アリかなと思うってだけで、恋心とかそういう訳ではないです」
それを聞いて、小さくハルト君が安堵の吐息を落とすのをアルフィーは見逃さない。フランはフランで思うところがあるのか、響かない反応ながら頷いて見せた。
「……そう。アルフィーから見て、どう? ロレッタは」
これは、ロレッタの言葉が真実か否か、そしてアルフィーからロレッタをどう思っているか、という質問だろうか。
「嘘じゃないよ。って言うかロレッタは基本的に嘘をつかないからね。それでボクからロレッタをどう思っているかって言うと……やっぱり親友だね。フランとも、ハルト君とも違う心地よさがあるけど、それらは比べられるものじゃないから」
「あれ、俺ってそんな長い付き合いだったか?」というハルト君の呟きは全員から無視されつつ、またフランはロレッタに向かう。
「じゃああなた、今までのは全て本心だった、と。あくまでそう主張するわけね、ロレッタ。アルフィーを女子だと思って接していたのも、女子が友達になろうと接近したのを緊張して対応できなかったって言うのも、全て」
「お恥ずかしい話ですが……」
フランの懸命にロレッタの粗を探そうとする姿勢は、しかしロレッタ自身のしゅんとした態度に空振りするしかない。しばらく細かいロレッタへの質問が続き、その全てに矛盾も疑わしさもないと納得してしまったフランは、頭を抱え、ただこう言った。
「……つまり、今までのは全てワタクシの空回りでしかなかったと……?」
気づいちゃったかー。とアルフィーは隣に座るフランの背中をポンポン叩いて慰める。恐らく今、フランの中では「これなら自分より上手の恋敵に翻弄されていたほうがよかった」とでも考えているのだろう。フランも大概分かりやすい。
そこで、ロレッタが言わなくていい一言を口にした。
「ということは、もしかして私、フラン様に恋敵として今まで見られていたのですか?」
「そうよッ! 悪い!? あなたが身分隠してアルフィーに近づくわ、その所為でワタクシが上級貴族の令嬢たちから『あの身の程知らずをどうにかしろ』ってせっつかれるわ! あなたの行動がトンチンカンで的外れなせいで! ワタクシはどれだけ胃痛で眠れない夜を!」
「ッ! フラン様、そんな眠れない夜だなんて、そんな気がなくてもドキッとしちゃうようなこと……♡」
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
フラン、阿鼻叫喚である。多分だがロレッタの思考をフランが理解する日は来ないだろう。アルフィーもそれなりに多くの貴族たちと接して生きてきたが、ロレッタに似た相手はついぞ思いつかないほどだ。
馬鹿と天才は紙一重と言うが、ロレッタがどちらに属するのか、アルフィーは今でも判断しきれない。
「……もういいわ、疲れた。あなたのことは後々まとめて対応するわ。ひとまずロレッタ、あなたはワタクシのサロンに所属なさい。諸問題は後でまとめて考えましょう」
「了解しましたフラン様! フラン様のためならこのロレッタ! ドラゴンの卵でも「いいから口を閉ざしなさい」はい」
あ、でもフラン、ロレッタの扱い方は何となく掴んだな。とアルフィーは感心だ。流石この王立学園で最も巨大なサロンの主なだけはある。
だが、それで終わらないのもまたロレッタだった。
「あ、ちなみに蛇足とは思うのですが、フラン様が『知っていることを何でも教えてくれる』っていう約束の方は、どうしましょうか」
「ッ!?」
フラン、跳び上がって目を見開く様子は、珍しく誰から見ても驚いているのが丸わかりだった。「そそそそ、そうねっ、それ、それも、何とかしないとね……」と途中から涙声で頷く。
「ありがとうございます! ですが今はフラン様の聞きたいことが優先ですので、そちらも後回しで結構ですよ」
「ええ、ありがとう……」
ロレッタは気を遣っているのか追い詰めているのか分からないが、ひとまずフランからの好感を得るのは遠い未来のことになりそうだね、とアルフィーは目を細めた。
「……それで、最後。アルフィー。あなたにはこの二人以上に聞きたいことがあるわ」
「あ、はは……お手柔らかに」
アルフィーは苦笑気味にフランの鋭い視線を受け止める。フランのこんな顔が自分に向かうのは何年ぶりだろうか、と少し懐かしいような。それでも目尻に涙をためているのがフランらしい。
だが、アルフィーは最初から最後までフランの味方だったし、自分の考えの通りを彼女に伝えていた。これ以上何が聞かれるのか、正直見当もつかないのだ。
そんなアルフィーの考えを余所に、フランは切り口鋭く尋ねてくる。
「まず、事実の確認からさせてもらうわ。アルフィーあなた、あの魔怨の森には、どれくらい侵入していたの?」
「九年前に学園に入学して以来かな。師匠との剣の修業はもっぱら森の中でやってたし。……え、みんな何で引いてるの?」
ハルト君からもロレッタからも困惑に満ちた表情で見られて、アルフィーは狼狽える。何故そんな顔をされるのか、理解が出来ない。
「その師匠っていうのは、去年居なくなった彼のことよね?」
「え、うん。そうだよ。フランも会ったことあったよね」
「ええ。まさかこんな修業だとは露とも思ってなかったけれどね。じゃあ次、今日私が踏み越えてしまった、魔怨の森の結界の綻びは、あなたのもの?」
あくまで冷静に聞いてくるフランに、アルフィーは首を横に振る。
「ううん、それは違うよ。みんなも今日のボクの結界破り見てたでしょ? 放置して残るほど、ボクの結界破りは強くないよ」
アルフィーはハッキリと否定する。結界破りは師匠から教えてもらった、森へ自由に行き来する唯一の方法だ。アルフィーの潤沢とは言えない体力を、行き来でほぼ完全に消費してしまう。魔獣狩りで体力を“ほとんど使わない”からできる芸当だ。
だが、その返答にハルト君は息をのんだ。それから何かに勘づいたように、冷や汗をダラダラ流しながら青い顔をする。ロレッタも予想を裏切られたのか、キョトンとして目を何度か開閉させている。
「……分かったわ。あなたが嘘を吐くとは思えないし、それ以上に帰還直後の疲れ具合を見れば嘘じゃないって理解できるもの」
言葉の内容とは裏腹に、フランは非常に重苦しく受け止めた。その気持ちは分かる。何せ、アルフィーのミスでなく結界の綻びが出来たという事実が示すのは、二つの最悪な推論だからだ。
――つまり、あの魔怨の森を覆う結界に不具合が出来始めている。もしくは、これを機にフランを亡き者にしようとした人間が居る。そんな、二つの可能性。
「……ブルゴーニュ嬢、ちょっといいか」
顔を真っ青にしたまま、ハルト君がフランにいくつか耳打ちする。フランは眉をひそめるが、「今は詳しく話せませんから、また今度に」と一旦保留の判断が下ったようだった。
「じゃあ、本題に入らせてもらうわよ、アルフィー。――あなた、何でそんな強さを隠していたの?」
その言葉に、アルフィーは僅かな頭痛を覚える。
「えっと……それはちょっと、質問の意味が分からないかな。ボクは何も隠してないし、別に強くもないよ」
偽らざる本音で、アルフィーは答えた。しかし、その返答で誰も納得を示さなかった。フランはもちろん、ロレッタも、ハルト君でさえ、緊迫した雰囲気を崩さない。
「ワタクシは、あなたの剣が振るわれるのを今日、初めて見たわ。ワタクシはそう言ったことに詳しくないから何とも言えないけれど、それでも神話に近い何かを感じた」
頭痛が酷くなる。表情には出さないけれど、アルフィーは痛みを堪えるために目線を落とす。
「神話だなんて、買い被りもいいところだよ。ボクは弱い。ハルト君だってボクと戦って、簡単に勝ったじゃないか」
「あの時お前は森での修行で、いや、二回にわたる結界破りでへとへとだっただろ。様子見れば分かんだよそのくらい。しかも、俺はお前のやり口に覚えがあって、自分が対処できる力加減で蹴りを入れた。あんなの勝ったとは言えねぇよ」
堪えきれないほどの頭痛が走って、アルフィーは少しだけ顔をしかめてしまう。同時湧きあがるのは、強い反発心だった。記憶の奥で、違うと強く否定する誰かが居る。そうだ、その通りだ。自分は強くなど――
「アルフィー、親友として質問させてください」
ロレッタは、率直に、ある意味で誰よりもまっすぐにアルフィーを問いただす。
「“何故、隠すんです?” 隠さなければならない理由があるのですか? でしたら、それだけでも教えてもらえれば、きっと力になれ」
「だからッ! ボクは強くなんてない! 誰よりも弱くて! 未熟で! 意気地なしでッ! だからボクは! あんな契約を」
その時、耳の奥で何かが弾けるような音がした。全身から力で抜けるような感覚の後、アルフィーの視界はどこかぼやけながらずれ込んで、大きな音と共に暗がりの中に投げ出された。