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19話 悪役令嬢、婚約者の秘密を知って何かもう、うん……えぇ……

♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣




 もちろん言うまでもないことだろうが、無論のことフランは限界だった。


(むりぃぃぃいいいいいいいいい…………!)


 魔怨の森という自身の人生からは程遠い存在と認識していた魔獣たちの巣に足を生み入れ、あまつさえその所為で帝国の皇太子を巻き添えにし、瀕死のところを助けてもらったと思えばその相手は恋敵にして国防の要の愛娘で。


 一体全体自分の人生はどうなってしまったのだろう、としばしば遠くなる意識の中で考えるのだ。フランの人生の窮地は、精々毒婦のような貴族令嬢たちの思惑と策略渦巻く社交場で起こるとばかり思っていた。今ではあんなもの可愛いとすら思えてくる。魔獣怖い。


「なるほど。つまり足を踏み入れたが最後、みたいな土地なわけですね。前情報とはずいぶん違いますが」


「そういうことだ。しかしロレッタ、お前も冷静だな」


「今更こんなことじゃあ取り乱したりしませんよ。何年生きてると思ってるんですか」


「……十五、六年じゃね? 何歳のつもりだよお前」


「確かに」


 ところがフランの心配もどこ吹く風、ここで命を落とせばブリタニア、アレクサンドル大帝国の二国が荒れるだろう二人がのんびりと雑談に興じているのだから、フランとしては憤懣やるかたないと言ったところ。


 取り乱せ、とは言わないものの、緊張感を持ってもらえないだろうか。


「……」


 とはいえどう声を掛けたらいいものか思いつかないフランは、しゃがみこんで頭を抱えるポーズのままじっとりと涙目で二人を見つめる他ない。


 戦場に迷い込んだ令嬢など、無力の極みなのだ。


「んー、ではどうしましょうね。……ふ、ふふ、ふら、フラン様は、どうお考えでござりまひょうか!?」


「キョドりすぎだろ」


「うるさいですね! 私には私の事情があるんですよ!」


 怒鳴られてからから笑うハルトヴィン殿下を、ロレッタは軽く叩いてからこちらに向き直る。いやいやいやいや、相手を誰だと思っているのだこのバカ令嬢は。隣国の皇太子という話をもう忘れたのか。叩くな。


 そんな怒りを原動力に、フランは深呼吸で言葉を整えて、ロレッタに苦言を呈する。


「ロレッタ、それから、ハルトヴィン殿下。今更だけれど、あなたたちは自分の身分を理解しているのかしら?」


 その言葉に、二人は一瞬顔を見合わせてそれぞれの考えを口にする。


「国の端っこの末端貴族でございます」とロレッタ。まだ本物の身分を隠しおおせていると思っているのか、あれだけ大規模な精霊魔法を使っておいて。


「中級貴族……じゃないのはバレてるのか。まぁこの際だからアレクサンドル大帝国の皇太子だって言っちまうが、大したもんじゃないぞこんなの」とハルトヴィン殿下。それ以上に大した身分などアレクサンドル大帝国の皇帝しかいないのに何を言っているのだろう。


 ロレッタという武力の存在によってある程度思考を働かせられる程度の余裕が出てきたフランは、それでも怯える心を怒りによって抑え込み、威圧を込めた笑顔で言い放った。


「ご自覚がないようだから、二人に告げさせてもらうわね。あなた達、ここで死んだらアレクサンドル大帝国と、ブリタニア=バロン王国連合は、ほぼ間違いなく戦争状態に置かれるわ。しかも十中八九連合の大敗、併合という形になるでしょうね」


 戦争、という言葉に流石の二人も表情を硬くする。「それは、どういう……?」と尋ねてくるロレッタに、フランは言って聞かせた。


「まずロレッタ・コールドマン、改め、ロレッタ・フロストバード。あなたは我がブリタニアにおける国防の要、フロストバード家の人間だってことはすでに調査済みよ」


「ひょえっ!?」


 ロレッタはフランの言葉にびくりと肩を震わせ、一拍おいてから赤面した。何で?


 ……ま、まぁいい。今は黙殺である。とフランは一つ咳払い。


「で、そんなあなたがこんなところで死んだら、フロストバード家と中央貴族並びに王家との関係に亀裂が入るのも分かるわね。一方ハルトヴィン殿下。あなたが死ねば、今まで様子見でフロストバード領にちょっかいを掛けていた軍隊が本腰を入れて攻め込んできますわ」


「え、いやぁ、俺にそんな人望はないぞ?」


 政治の分かっていない若き英雄の謙遜に、フランは額に青筋を立てて説明する。


「国と国の間に人望なんて関係ありません。『皇太子が他国で死んだ』というだけで、とてつもない大事。それに加えて世界征服の下に成る世界平和を標榜するアレクサンドル大帝国にとって、ハルトヴィン殿下の死はこれ以上ない大義名分になります」


 だんだん理解出来てきたのか、ハルトヴィン殿下は顔を青くし始める。そこに、普段の顔色に何ら変わらない様子でロレッタは確認してきた。


「要するに、敵がマジになって襲ってくるタイミングで国防の要が裏切る要因まで作られるのが、私とハルト殿下の死であると」


「あなた理解してるのに何で落ち着いてられるの」


 思わずしてしまった問いに、ロレッタは何故かはにかんで笑った。意味が分からない。


「……と、ともかく、そういうことだからあなたたちは絶対に死んではならないと肝に銘じておいてもらいたいわ。緊張感がなくなっていたようだから、それだけ」


「あ、なるほどそういう意図で。さっすがフラン様!」


 何でロレッタはこんな時でも煽りを忘れないのだろう、とフランは怒りに打ち震える。


「死んではならない、ねぇ。もとより死ぬつもりなんざ更々なかったが、それにしたってここを脱出する術が見つからないことには確約は出来ないぜ」


「それは、そう、でしょうけれど」


 ハルトヴィン殿下の言葉に、フランは俯いて目を背けるしかない。


 その時だった。近くで、様々な魔獣の咆哮が上がったのは。


「「「!?」」」


 三人は一斉に、鳴き声の方向へと振り向いた。それはハルトヴィン殿下の放つ「弱者の音」とは訳が違う。強者の悲鳴、古兵の断末魔ともいうべき、苦しみと屈辱の中にあげざるを得なかった絶叫だった。


「……何ですか、今の」


 ロレッタの疑問に、応える声はない。ハルトヴィン殿下も測りかねている最中だろうし、フランなどは恐怖に体が硬直してほとんどまともに動かないのだ。


 言う事を言いきったらまた限界を迎え始めたフランのメンタルである。


「分からん。ただ、俺たちは二択に迫られたのは間違いない」


 ハルトヴィン殿下は、どこか覚悟を決めた面持ちで尋ねる。


「全力で逃げるか、あるいは危険を承知で確認しに行くか、だ。どっちでもいいぜ。俺が選ぶと碌なことにならないからな」


 行動内容をゆだねる、という事だろう。フランは真っ先に逃げるべきだと具申しようとしたが、如何せん恐怖のために口が震えていて、うまく開かない。


 残されたのはロレッタだ。故に、フランは一生懸命、視線に「逃げましょう? ね?」という気持ちを込める。それが伝わったのかロレッタはフランに目を向け、にっこりと笑顔を浮かべ頷き、ハルトヴィン殿下へと提言した。


「確認に行きましょう。フラン様もそれをお望みです」


 もう嫌いこの子! とフランは、よくよく思えば今までロレッタから多くの嫌がらせを受けていたことを思い出す。こんな状況下で助けに来られたからもしやと思ったが、完全に勘違いだった。やはりロレッタは恋敵である。


 分かった、と頷くハルトヴィン殿下は先陣を切るように歩き出した。続くロレッタは「で、ででででで、では! 一緒に行きましょう!? 私がええええ、えす、エスコート! して! さしあげまっ」と恩着せがましいことを言う。腹立たしい。


 が。


「……分かったわ、お願いしても、いいかしら……」


 フラン、もう足腰から震えて歩くのも難しいくらいだったので、悔しいながらその提案を受け入れざるを得なかった。顔から火が出るほど、何なら悔し涙さえ出てくるほどだったが、やむを得ない決断である。


 そんな訳で震える手で多少自分より背の高いロレッタの腕に抱き着きながら、よろよろとフランは歩いた。ロレッタが何やら顔を赤くしているのは、フランの無様さに吹き出してしまうのを必死にこらえているのだろう。いつか覚えていなさい、とフランは心中で呪う。


「この辺りだったはずだが」


 数分も歩かないところで、ハルトヴィン殿下は周囲を見回しながら呟いた。難しい顔で唸る殿下に、ロレッタは狼のように鼻を高くしてスンと鳴らし、言う。


「この辺りで合ってますね。かなり色濃い血の匂いがします。そちらの方かと」


 フラン、この状況じゃなきゃ犬なの? とツッコミを入れかけるくらい引いていた。だが、よくよく考えればフロストバード領は獣人の血が多く入っているという。ロレッタもそうなのかもしない、とは一つの分析だ。


 とそんな考えに夢中でロレッタが進むのに置いていかれ、フランは慌てて腕にしがみつき彼女に続いた。ロレッタは邪魔な蔓を手で振り払っては凍らせ、フランの邪魔にならないようしてくれる。意外に優しいのかしら、と疑ったが、違った。


 眼前に数々の巨大な魔獣の亡骸と、それらから作られただろう血の池を目の当たりにしたためだ。


「―――――――――――――――ッ」


 フランは人生でも見たことのない衝撃映像に気が遠くなる。思わず固まってしまうがロレッタは気にもしてくれない。「なるほど」と何が分かったのか分からないが興味深げに魔獣を見つめて、「これはひょっとするとひょっとするかもですね」と訳の分からないことを。


「こりゃあ、随分だな」


 顔から血の気の引いているハルトヴィン殿下の態度に、これが適切なのよね、ロレッタがおかしいのよね、と現状を再確認。とはいえ殿下にはフランとは違って胆力があるので、嫌そうな顔をしながらも近づいて何かを確認している。


「ハルト殿下も気づきました?」


「ってことは、これ俺の勘違いじゃねぇのか」


「そうですね。私も薄々勘づいてはいましたが、そういう事らしいです」


「なるほどなぁ……、つーことは、俺らの最善手は待つことになる訳だ」


「断末魔が上がったのはついさっきですからね。それがいいと思います」


「でも一応指輪で連絡を」「あー、かと言って魔獣引き付けてもなぁ」云々。何やらフランには分からない会話を交わして、二人は苦笑を交わす。フランは二人のどこか戦友めいたやり取りについていけないので、空を見上げて現実逃避を始めていた。


 あの雲大きくて可愛いわね……、昔劇で見せてもらったクジラみたい……などなど。血の鉄臭さにもうそうするしかなかったのだ。すでに腰は砕けてへたり込み、立ち上がれる気がしない。気付けばぽろぽろと無意識に涙を流している始末だ。


 っていうか待つって聞こえたんだけど気のせいよね。こんな魔獣蔓延る死地で待つなんてトチ狂った選択肢あり得ないわよね。


「え、え、え。ど、どどどどどどうしたんですかフラン様! 何で泣いてらっしゃるんですか!」


「色々と限界なんだろ。ほっといてやれって」


「何が限界なんですか!? 私に教えてくだされば今すぐ解決してみせます!」


 ずずい、と近づいてくるロレッタに、フランは嫌でも現実に引き戻される。それに嫌な顔をしながら「さっき、まさかとは思うけど、待つって言ったの……?」と聞いた。


「え、はい。そのつもりでしたが、お、お嫌、でしたか?」


「うん……」


 フランは元気を極限まで抜かれて、まるで塩を掛けられた青菜のようだ。そんな様を見て顔を赤くするロレッタは鬼畜だと思う。恋敵のションボリした姿がそんなに嬉しいか。


 だが、フランはもとよりハルトヴィン殿下さえ、応えるロレッタの言葉に瞠目した。


「わ、分かりました! ではその問題を解決しますね!」


 興奮気味に言うロレッタに、殿下は「え、いやいや待て。何するつもりだ」と制止にかかる。フランもキョトンとして、見守るしかない。そんな簡単に解決するような問題なのか、と。


 だから、次の瞬間ロレッタが大声を出したのを目の当たりにして、ただ絶句するしかなかった。


「アルフィ―――――――――――――! 私たちは、ここですよぉぉぉぉおおおおお!」


 フランとハルトヴィン殿下が同時に色めき立つのも無理のない暴挙である。ロレッタがいるから多少余裕が出来た森の探索ではあったが、だとしても魔獣が集まりかねない絶叫はあり得ない。


「あなた何やっているの!? 何でアルフィーの名前を呼んだの!? えぇ!?」


「あ、フラン様ちょっと元気になりましたね、良かったです!」


「ワタクシが元気になったから何よ! こんなのすぐに殺されておしまいよ!」


「ロレッタ、おい、ロレッタ。待つのがいいってさっき決めたよな。何で賭けに出たよおい。せめて指輪で連絡するの待てよおい」


「だってフラン様が待つの嫌って仰ったんですよ! それに比べたら私たちの取り決めなんてゴミみたいなものです」


「嘘だろ」


 自分との約束事がゴミ扱いされて、ハルトヴィン殿下は言葉を失うしかない。と、そうこうしている内に地震めいた揺れが三人の足元で起こり始める。三人は同時にキョロキョロし始めて、自分たちに迫る脅威の正体を理解した。


「……嘘だろ?」


 ハルトヴィン殿下が同じ言葉を口にする。だが、無理からぬことだったろう。


 先ほど殿下が「弱者の音」でかく乱し逃げおおせたトロール。その群れが、こちらへと駆け寄ってきていた。


「わお」


 ロレッタがちょっと驚いたように言う。わおじゃない。


「い、一匹で結構やべぇんだが。何だ? 魔怨の森の中で集落でも作ってやがったか?」


「ハルト殿下、あの魔物強いんですか?」


「アレ一匹とフロストバード領の領兵二人がかりでだいたい互角くらいだ」


「ウッソそんなヤバいんですかあの魔物」


 自分の分かる尺度で伝えられて、やっと状況のひっ迫具合を理解したらしいロレッタだ。フランはとっくに限界突破して白目をむいて倒れている。


「に、逃げますか」


「逃げるしかねぇだろこんなもん! それともお前勝てんのか!?」


「いやー、このままだと押し負けますね。多少の時間的猶予があれば策の一つでも考えるんですが」


「じゃあ逃げるぞ! 俺がブルゴーニュ嬢を抱えて走る! お前は出来る限り大声を上げてアルフィーに聞こえるようにしてくれ!」


「はぁ!? フラン様は私が運ぶんですけど!?」


「ブルゴーニュ嬢お前のことだいぶ嫌いだしここで暴れられても困る!」


「え、嫌い……」


 ハルトヴィン殿下が完全に精神的衝撃でこと切れかけているフランを素早く背中に負ぶって、「グレイプニル!」と紐のアーティファクトで固定しつつ木々の合間を素早く振り子のように移動する。


 遅れてついてくるロレッタは、何やら足場を薄く凍らせ、靴に不可思議な処理を施して地面の上を走り滑って追いついてきた。後ろを見ればトロールの数匹が転んでいる。しかし如何せん氷道の幅が狭く、脇に逸れて追いかけるトロールは速度の低下は見られなかった。


「俺の移動法も大概だが、お前も変わってんな!」


「フロストバード流アイススケート術ですよ! 疲れない、早い、敵が転びだす、と良い事尽くめ! って言うかフラン様の」「あーあー! そのことは後でこっそり教えてやるから、今はちゃきちゃき叫べ!」「分かりましたよもう!」


 ロレッタは薄く張った氷の上を滑りながら、大声で名を呼んだ。


「アルフィ――――――――! ここです――――――――――! トロールに追いかけられて困ってますぅぅぅぅぅううううう! 助けてくださ―――――――――い!」


 その言葉に、フランは意識を取り戻す。ギリ、と睨みつけて、「ロレッタ!」と眼下を進む恋敵を問いただした。


「何故アルフィーを呼ぶのよ! アルフィーが華奢で、こう言った荒事に向かないのは分かっているでしょう!? というか、そもそもこの森に呼んだの!? もし呼んだのなら」


「悪い! 呼んだのは俺だブルゴーニュ嬢! だが俺たちの予想じゃ、アルフィーは」


 ハルトヴィン殿下がそう言いかけた時、「見つけました!」とロレッタが立ち止まった。その先に居たのは見間違えようもない、昔からの幼馴染にして婚約者、ブリタニアの第二王子たるアルフィーだ。


「アルフィー!?」


「あ、ハルト君だ! それにフラン、ロレッタも。やっと見つけたよ~」


 多少の疲れがあるのか、アルフィーは額に汗をかいている。ハルトヴィン殿下に降ろしてもらい、「何で! 何であなたこんなところに、もう!」とフランはアルフィーの両手を握って叱りつける。


「え、何でって、ボクからしたらみんながここに入っちゃう方が何で? って感じなんだけど……」


「だから!」


 アルフィーの分からず屋っぷりにフランが怒髪天になりかけた時、「あー、悪いがそこまでにしてくれ」とハルトヴィン殿下と止められてしまう。


「ほれ、アルフィー、あの先にトロールの大群が要るだろ? 申し訳ないんだが、俺たちはちょいと疲れててな。アルフィーに後始末頼めるか?」


「あ、うん。分かった。じゃあトロールをどうにかしたら、みんなで帰るって感じかな?」


「そうなるな、任せたぜ」


「うん!」


 元気に頷いてトロールたちに向かってしまうアルフィーに、フランは言葉にならない叫びを上げるしかない。まとまらない思考の中「あ、アルフィー! だめ、死んじゃ、囮ならワタクシを」とハルトヴィン殿下に縋りつくと、彼は困り顔で弁明した。


「盛大に勘違いしてるところ悪いんだが、この状況はアルフィーにしか解決できないもんでな。ひとまず落ち着いて見ててくれよ」


「こっ、これが落ち着いてみてられますか! アルフィーはこの国の王子で! 未来のブリタニアを担っていく、ワタクシの大事な」


「フラン様、大丈夫ですよ」


 背中からかけられたロレッタの宥めに、目尻に涙をためてフランは振り返る。


「私も割と手練れを見てきてはいますが、多分個人でなら、アルフィーはこの世の殺しにくい人ランキングで、トップ10に入れますから」


 何を言って、という疑問は結局口を突いて出なかった。接近しきったトロールによる、近くの樹木を引き抜いての打撃。普通の人間なら叩き潰されるばかりの一方的な処刑。


 だがアルフィーは、いつも通りクスクスと笑いながら、フランに対してこう言った。


「フランは、いつも心配性だよね」




 次の瞬間。


 アルフィーは渦を巻くような奇妙な動きと共に剣でトロールの体を駆け上がり、魔物の体をその血で染め上げた。




「うわー、想像してたが、えっぐ」


 ハルトヴィン殿下の感想が、フランの中で空転する。トロールの巨体はゆっくりと倒れ、ロレッタが作った氷の道を粉々にした。トロールたちはその様子に怒り狂って襲い掛かってくるが、続々と同じ結末を迎える同胞を見るにつれ、いつしかその姿を消していった。


「……何が起こったの?」


 フラン、まるで神話めいた剣術を振るうアルフィーに、理解が及ばない。「俺の考えだが」とハルトヴィン殿下が軽く解説を始めた。


「アルフィーは確かに華奢だし、力がない。だが、それを補って余りあるほどに剣術の実力がある。じゃあ足りない力はどこから補えばいいかって考えて、あいつは“敵の攻撃から補えばいい”って答えを出したんだろうな」


「い、言ってる意味が」


「フラン様、私たちが確認しに行った先で見つけた魔獣の死体の山、ありましたよね。あれ、アルフィーの仕業なんですよ」


「……えっ?」


 ロレッタの横やりに、フランは首を傾げるしかない。


「あの魔物たち、無数の切り傷で失血死してましたよね。ほら、トロールについてる傷と種類が同じ」言われてもワタクシには分からないけれど「で、トロールもそうなんですけど、傷がその魔獣の攻撃手段、つまり手とか足とかの末端から、首筋みたいな弱点にまっすぐ道みたいにして伸びてるんです」


「――回りくどいのは嫌いよ。はっきり言って」


「ッ、嫌い……」


 ロレッタは何故かその言葉が硬直しつつも、咳払いしてこう続けた。


「要するに、アルフィーはカウンター特化なんです。敵から受けた攻撃を剣で受けて、その勢いを回転切りに変え、そのまま敵にぶつけ返す。大きい敵の場合は、剣を登山用に使う杭みたいにしてガンガン穴をあけて回転しながらよじ登って、素早く頸動脈を掻き切って倒す。そう言う事をしてるんです」


「あ、今の上がってく動きってそう言う事なのか。目が追い付かなかった」


 ハルトヴィン殿下が謎の納得を見せるも、フランはチンプンカンプンだ。カウンターって何よ、などと考えている。


「何か未熟な技を見せちゃったみたいで恥ずかしいな」


 あれだけのトロールを倒してなお、返り血一つ浴びないで近寄ってきたアルフィーの様子がひどくいつも通りで、先ほどの戦いが嘘であったかのように感じられる。その蜃気楼めいた感触が恐くて、とっさにフランはアルフィーに抱き着いていた。


「そんなこと言うくらいなら戦わないでよ! ワタクシ、心臓が破裂しちゃうくらい心配だったのよ!?」


 緊張がやっとほどけてきて、全身に激しい震えが走っている。アルフィーはフランの抱擁を受け入れながらも、「フランはこの森でも怖かったよね、早く帰ろうか」と宥めてくれた。


「……なぁロレッタ、お前的にあの光景って」


「尊いと思います」


「そ、そうか……」


 後ろで何やら妙なやり取りがあるようだったが、ともあれフランは愛しい婚約者とやっと再会し、その胸の中で大泣きすることが出来たのだった。


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