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16話 美少女に取っ捕まるシチュエーションでも童貞だから近寄っても貰えないんですけど

♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧♣♧




 対ロレッタ用にフランが打ち出した作戦は、大きく分けて二つになる。


 一つは、単純にロレッタの任務達成を阻害すること。元々逃げ足の速いハルトヴィン殿下が相手だから、フランは少し手を回すだけでも十分効果が得られる見込みの、本命策だ。


 そしてもう一つは、フラン側からロレッタを通さずハルトヴィン殿下との対談の席を持つこと。つまりは、任務は達成されたがロレッタはそれに寄与していない形を目指す案だ。これは少々難しいが、ロレッタの任務の意義が失われるという意味で、フランの勝利になる。それにこの形でならロレッタの弱みについても探れるだろう。


 ひとまず後者においてアルフィーに少し頼んでおいたが、無論用意周到なフランが前者の本命案に着手していない訳がない。まずロレッタの行動過程を「ハルトヴィン殿下の情報を得る」「ハルトヴィン殿下と遭遇し協力を得る」「二人そろってフランの下にたどり着く」という三つに分け、それぞれに対策を――


「フランソワーズ様ッ! お伝えします、ハルト・アレクトロらしき魔法特進クラスの生徒が、ロレッタ・コールドマンに接触しました!」


「何で?????????」


 理解の及ばなさに、フランは思わず疑問の声を上げてしまう。それに困ったのが下級貴族クラスを見張っていたコマドリだ。フランはハッとして「報告ありがとう。詳細を教えてくれるかしら」と続きを催促する。


「はっ、はい! そのですね、どうやらロレッタ・コールドマンからではなく、ハルト・アレクトロ側からのアプローチのようです。その為ロレッタ・コールドマンを囲う情報隔離網が機能しなかったのでは、と」


 何故そっちから、とフランの脳裏に、うすら笑いを浮かべる不敵なロレッタの顔がよぎる。


「……そう。それで、ハルト・アレクトロが何故ロレッタに接触したのかは分かるかしら」


「申し訳ありません、そこまでは……。現在二人は教室で接触し次第、すぐにその場を離れてしまいました。ロレッタ・コールドマン側から手を引いていた様子ですので、恐らくはフランソワーズ様の下に駆け付けようとしているのでは、と」


「あ、ありがとう。そう、分かったわ」


 冷や汗がダラダラと肌を伝う感覚に、フランはもう何か限界に近いものを感じていた。だが、まだだ。まだ負けたわけではない。


「じゃあ、手はず通りこの廊下に他のご令嬢たちも呼んで目を光らせておいてもらえるかしら。もしロレッタ・コールドマンとハルト・アレクトロの二人が現れたら、囲って時間を稼いでもらうのよ。その間にワタクシは身を隠すから」


「はい! ではここはお任せください。寄ってたかってフランソワーズ様を陥れようとする不届きものに、目にものを見せてごらんに入れます!」


「――あの、乱暴はダメよ……?」


「はい! 仰せのままに!」


 元気のいいちょっと不安になる返事を聞きつつ、フランは一人、上級貴族クラスの教室から出る。いくらか近くの数人に軽く挨拶をしながら、足早にその場を離れていった。




♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢




 ロレッタ、アルフィーを連れたハルトが、三人で階上にて上級貴族クラスの並ぶ廊下を覗き見ると、一見して数えきれないほどの令嬢たちがジロジロと周囲を見回していた。


「何だあれこわ……」


「……桃源郷です」


 ロレッタと真っ向から意見が食い違ったハルト、一瞬無言で顔を見合わせてから、気にせず「何でこうなったんだ?」とアルフィーに振り向く。


「んー、ちょっと言えないかな。特に、ハルト君には」


 素直にボクと一緒に来てくれればよかったのに、とアルフィーがむくれるので、ハルトの伺い知れないところでのやり取りが原因になっている、という事だろう。藪蛇だから突くな、と言っているのだ。


「……想定以上にブルゴーニュ嬢は本気で止めにかかってるってことか」


「フランは耳も手を打つのも早いからね」


 逆に言えば、ハルトがロレッタと共にブルゴーニュ嬢と会うのは、ブルゴーニュ嬢にとって不利益、という事の表れだろう。だから妨害している。となれば、あの令嬢防御網を突破さえすればいいという訳だ。


「ちなみに考え無しに二人で突っ込んだらどうなるんだ?」


「捕獲されるんじゃない?」


「でもアルフィー、俺とロレッタなら割と簡単に振りほどけるんじゃないか? 俺にしろロレッタにしろ、身体能力はあそこの令嬢たちと比べ物にならないだろ」


「腕力はそうだろうけど、権力がそうさせないんじゃないかな」


 確かに、とハルトは渋い顔。高貴な貴族令嬢複数名を乱暴に振り払ったなど、ハルトの偽名上の位ではその時点で有罪判決を下されてもおかしくない。本能的に感じた恐怖は間違っていなかったという訳だ。


 すると取り掛かるべき問題は、この令嬢網を突破するのに適した方法を考えることか。


「ロレッタ、お前はどう思う?」


 何か案がないか尋ねると、終始目をキラキラさせていた彼女は、このように言った。


「いえ、何の対策を打つ必要もありません。どうどうと真ん中を歩けばいいんです」


「は? いや、それは」


 言い返しかけて、凛とした顔を向けられハルトは口を閉ざした。よくよく考えれば、ロレッタが単なる馬鹿ではないことは先ほど確かめたばかりだ。何か考えがあって、こう提案しているのだろう。


「……信じていいんだな」


「ええ、構いません。共に行きましょう、ハルト・アレクトロさん」


 手を差し出され、握り返す。頼もしいなぁこいつは、と何だかむず痒い気持ちだった




♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡




 ここでミスったらちょっと人権失うんじゃないかくらいの勢いで「信じていいんだな」とか言われたロレッタだったが、それでも合法的に美少女JK令嬢たちにもみくちゃにしてもらえる欲望には勝てなかった。


(いや~~、仕方ないですよこれは。うん、仕方ない)


 しきりにうんうんと頷いて、ロレッタは廊下を角から覗き見だ。そこにはやはり、多くの麗しき令嬢たちが闊歩しておいででいる。


(あぁ~~~~~~~~)


 ロレッタ、喜悦の叫びを必死に脳内で押し留めつつ、いくらか自分なりに考えをまとめた。


 元々三日以内という発注で受けた、この「ハルト・アレクトロをフラン様の元へ連れていく」案件。多少期日が近いが、ご褒美が「何でも教えてくれる権」という破格のものを約束されている。


 ロレッタが推察するに、きっとフラン様も恥ずかしくなってしまったのだ。何せ何でも教える権である。ちょっと恥ずかしいことを聞かれる想定をしていなくて、安請け合いしてしまったのが今になって恥ずかしくなったのだ。なんて愛らしいのだろうか。結婚したい。


 故に、ロレッタはあえて負ける選択肢を視野に入れ始めていた。つまりは、ここで堂々と廊下を歩き、令嬢からもみくちゃに、ふふ、もみくちゃに! されつつ任務も失敗する。そうすることでフラン様は面目も経ち、童貞はたくさんの美少女JKから触ってもらえ、しかもフラン様の奴隷になれる、という訳だ。


「完璧な作戦です」


「そこまで自信があるのか……」


 何か影薄イケメンことハルト・アレクトロ君が呟いているが、残念ロレッタはもっと巨視的な利益の獲得を目指して動いている。見ているモノが違うのだよ、と勝ち誇りたい気分だが、そんなことをして逃げられては元も子もない。何せ、童貞と影薄イケメンが揃う事に意味があるのだ。


「では、行きますよ」


 逃がさない意思を込めて、ロレッタはハルトの手を握る力を強めた。正直ロレッタの細くて美しい白魚のような手がイケメンに触れるのは腹立たしいことだったが、そこは実利を取る考えを重視だ。ついでに中和効果を狙ってアルフィーの手も反対の手で掴んでおく。


「えっ、ボクも行くの?」


「もちろんです。三人そろってフラン様に会いに行きましょう」


 そう頷いて、ロレッタは二人を引き連れて廊下に一歩踏み出した。姿を現した三人に、令嬢たちがこぞって振り向く。さぁ! 飛び込んでおいで!


 そんなすべてを受け止める気持ちで進むと、何故か麗しき令嬢たちはどこか葛藤を抱えた様な表情でこちらを見つめたまま、一定の距離を保ち続ける。遠ければ近寄るが、近すぎれば離れる様は、詰め寄られてラッキースケベなどの起こる余地を残さない。


 ……。


 ………………………何故………………………?




♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢




 ハルトは感心していた。その視線の向かう先はロレッタが掴むアルフィーの手だ。強気でずんずん進むロレッタに、行く手を阻もうとするはずのご令嬢たちは全員手出しできないでいる。それはひとえに、ロレッタの周囲がアルフィー王子の監視下だからだ。


 なるほど、考えたな、とニヤリとしてしまう。降って湧いた幸運を逃さない力は稀有なものだ。偶然出会ったアルフィーというカードをすぐさま切るのには、高い判断能力が必要となる。その点で言えば、ロレッタは十分切れ者という訳らしい。


 アルフィーは少々苦笑いをしていたが、ハルトとしては面倒ごとの起こらない形での解決は非常に心地がいい。特に何が心地いいかと言えば、視線がすべてロレッタに集まってハルトにほとんど視線が来ていないのがいい。


 これで後々も絡まれずに済みそうだ、と後顧の憂いなくロレッタに付き添いながら、三人はアルフィーの案内に従って目当ての教室に来た。「いつも通りならここに居るはずだよ」と言いながら、彼は扉を開ける。


 だが、居るのは数人の令嬢たちばかりだ。驚きの表情の後、悔しさを隠しもせずロレッタを見つめている。


「あれ、居ないね……。こんなにたくさん人を呼んでるんだから、居るものだとばかり思ってたけど」


「どうやらブルゴーニュ嬢の方が上手だったって訳らしいな。どうするロレッタ」


 ハルトの問いに、ロレッタはキョロキョロと周囲を見渡したのち「居ませんねぇ、どうしましょうか」と言いながら首を傾げている。所作の一つ一つが可愛いのは天性の美貌によるものか。そう言うのじゃないんだが、とハルトは謎の疚しさを感じて目を背ける。


 しかし、どうしたものやらと考えつつ、ハルトは窓辺に寄りかかった。この様子を見るにブルゴーニュ嬢がロレッタと共に自分と会うのは、実際に困ることなのだろう、という点はハッキリしたのでいいのだが、こうやって出向くたびに逃げられては敵わない。


 そんなことを考えながら、ふとハルトは窓の外を覗いた。小春日和の暖かな日差しは、まったく気分をのどかにさせてくれる。それがこの状況の似合わなさに――


 あ、居た。


 しかも目が合った。


 窓の外、校舎沿いの影に深紅の長髪を伸ばしたブルゴーニュ嬢が、やべっ、とでも言いたげに顔を強張らせながらハルトを見上げている。その反応に気付いたロレッタ、アルフィーが続々とハルトの横から窓を見下ろしてきたものだから、ブルゴーニュ嬢の顔色は気の毒なまでに青くなる。


「え、何かありましたかハルトさ、あっフラン様!」


「あ、フランそんなところに居たんだ、おーい」


 のんきな二人の反応に、ブルゴーニュ嬢は一歩後退した。それから少しの間震え、全力を思わせる所作で走り去っていってしまう。っていうかアレ全力か? 足遅すぎないか?


「……今のフラン様のお顔見ました?」


 しかし深刻そうな表情でロレッタが呟くものだから、ハルトは何だどうした、という気持ちになる。


「まぁ、青ざめてたな」


 妥当な表情だろう。敵対する人間と共に、確保したい相手と味方が姿を現したのだ。普通なら裏切りや自らの窮地を想像する。そして、それこそがロレッタの狙いだろう、と。


 だが、ロレッタはこう言った。


「フラン様、酷いお顔をしていらっしゃいました。何か別に大変なことが起こったに違いありません! 駆けつけて助けに行かなくちゃ!」


 叫んでそのまま窓から飛び出そうとするから「わー! 待て待て!」と必死に止める他ない。「何ですか離してください!」と言われるがロレッタお前正気か!


「お前の考えは正直よく分からんが、追いかけるにしても窓からなんていう衝動的な道を選ぶのはやめろ! 何考えてんだ!」


「ハルトさんだって窓から平気で屋上に上がってたじゃないですか!」


「俺とお前は別だろうが! お前にあの動きが出来るか!?」


「出来まっ」


 そこまで言って、ロレッタの手が素早くロレッタの口を押えた。僅かな沈黙ののち、「そうですね、出来ません」と悔しげに言う。


 ……この反応、実は出来るのか? だけど、それを秘密にしている? それがブルゴーニュ嬢の一件に関わってくるのか?


 疑問が渦を巻きつつも、そんな風にして息荒く向かい合う二人をアルフィーが仲裁にかかる。


「ま、まぁまぁ二人とも。ともかく、フランを追うならちゃんと階段を下りて向かおうよ。ロレッタが危惧するようなことではないと思うけど……」


「いいえ、あれはかなり深刻と言わざるを得ません。以前あの顔を見た時、その人は少ししない内に破産宣告してたくらいです」


「はさ……何だって?」


「とにかく、急ぎましょう! さぁ、早く!」


 んなことどうでもいい、と言わんばかりに教室を飛び出してしまうロレッタに、ハルトはアルフィーと顔を見合わせて苦笑いを交わす。


「アルフィー、お前も大変だな」


「ハルト君もだよ。何ていうか、全然関係ないはずなのに、色々と巻き込んじゃってゴメンね?」


「気にすんなよ。俺は俺なりに平和に生きようって努力してるだけだ」


 ひとまず、ロレッタを追おう。話はそれからだと、男二人はえっちらおっちらロレッタの後に続く。


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