12話 童貞、美少女に酒を盛られ興奮する
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フラン様呼び認められちゃった! ふぉぉぉおおおおおおおおおおお!
童貞はフランの自室(女の子の! 女の子の自室!)にアルフィーと共に招かれ、天にも舞い上がるような気持だった。
今日はまったく良い事尽くめで困ってしまう。アルフィーに誘われたのもそうだし、ビンタ嬢の本名が分かったのもそうだし(シータ・バラービンとか末尾取ったらビンタじゃん超覚えやすい)、挙句の果てに略称をフランソワーズ様――フラン様に許されてしまった。
ロレッタは今日死んでもいいくらいのテンション具合で、飛び跳ねたい衝動を押さえつけながらお淑やかにフラン様の自室に入室する。
あ、いい匂いする……!
「二人とも、こちらに座って」
フラン様に導かれ、童貞美少女とアルフィーは小洒落た椅子に座る。サロンのイスと机は華々しさがあったが、自室のそれは落ち着く色合いをしていた。茶色というか、飴色というか。
「レイ……は、今日は暇を取らせていたわね。ごめんなさいね、少し紅茶を入れてくるわ」
「あ、わわわわ、私がやります!」
ロレッタが立ち上がると、フラン様は「いいえ、ワタクシの不手際ですもの。お気遣いなく」と言って奥へ引っ込んでしまった。いいとこ見せたかったのに、とちょっとだけ不満に思う。
せっかく手に入れたお茶会タイムである。ここで可能な限りアタックしなければ。
「ふふ、何か新鮮だなぁ。フランに呼ばれたときは、いつもお茶とかそういうのすっ飛ばしてたのに」
「すっ飛ばす、とは?」
アルフィーがくすくす笑って言うのに疑問を呈すると、「実はね」と彼は悪戯っぽい顔になる。
だが、そこで奥の方から大声が飛んできた。
「――アルフィー! それ以上言ったら許さないわよ!」
「残念、先手を打たれちゃった」
「気になります……」
ロレッタは消化不良顔でアルフィーを見つめる。この女の子にしか見えない可愛い顔つきの王子は「また今度、フランのいないところでね」とウィンクと共に静かにのジェスチャーをした。男なのにズルいと思ったが、窓を見たらロレッタの顔が良かったので良しとした。
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フランはアルフィーを叱りつけつつ、紅茶のためのお湯を魔法で沸かしながら冷や汗をかいていた。危ないところだった。毎度ストレスが溜まり切ったらアルフィーに膝枕してもらって甘えているなど、知られては威厳も何もあったものではない。
このことは改めてアルフィーに言い含めなければ、と危惧を抱きつつ、フランは自分の中で課題を再確認する。
今回、あのにっくき恋敵、ロレッタ・フロストバードに対して行うべきことは二つだ。一つに、ロレッタの弱みを握ろうとしている、という目的を隠して皇太子落下の件を説明する。もう一つは、この件にロレッタを関わらせない。
――その根幹には、秘密裏にロレッタの秘密を握る、という意図がある。
弱みを握る、というのは政争において必要不可欠な手順の一つだ。どんな人間でも、首元にナイフが突きつけられていれば言う事を聞く。そのお蔭で穏便に済むことも多いが故に、そう言ったあくどい方法をもブルゴーニュ公爵家は容認する。
フラン自身そういう手段に打って出るのは、公開処刑を好まないためだ。一度ばかり社交界の場で裁いたことがあるが、あれは気分のいいものではない。公開処刑というのは、事件を内々に処理しきれなかったがために行う、見せしめのようなものでしかないのだから。
「……あまり手を掛けさせないで貰いたいわね、ロレッタ・フロストバード」
やかんからブクブクと音がし始める。沸騰したことを確認して、フランは手をかざし詠唱でもって火を消した。ポットやカップにお湯を注ぎ、全体を温めておく。
弱みを握り、その強制力でもって退けた先には破綻や破滅といったものが存在しない。フランはきっとロレッタに恨まれるだろうが、ロレッタが貴族社会から追放されることはないし、そこからの諸問題も起こらないだろう。
奴が友達として近づいてきたコマドリすら退けた以上、フランはロレッタの弱みを握って、アルフィーに近寄ることそのものを禁止しなければならなくなった。これはもう決定事項に近い。上級貴族の令嬢の間では、すでにロレッタに対する反感は高まりつつある。
気の毒だが、手早く済ませなければ。ビンタ嬢などまだ可愛い方なのだ。陰惨な方法で身の程知らずを裁くのが好きな令嬢は、いくらでもいる。同じ相手に恋をした相手だからこそ、身を引かせるにしろそういったことは避けたい。
なればこそ――フランは、無慈悲でなければ。
「悪いとは思わないわ。許してほしいなんて、絶対に言わない」
温めたカップの内、ロレッタのモノにだけウィスキーを少量入れる。毒などでは決してないが、酔えば茶会の話題を操作するほどの知性は発揮できまい。
「恨んでくれて結構よ。ワタクシは、お前に勝ちに行くのだから」
フランは茶葉を用意する。念には念を入れて、悪役令嬢は恋敵を潰しにかかる。
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フラン様が持ってきた紅茶に口をつけると、とても芳醇な香りがした。お酒入ってんじゃん! とフラン様の心意気に感動する。童貞はお酒が大好きなのだ。
というのも童貞、前世でも酒豪だった上に、ロレッタの地元は寒い地方だったので、飲み物にはほぼ必ずブランデーやウォッカが香りづけに入れられていた。異世界だから未成年禁酒法とかないのだ。祝いの席では家族そろって浴びるほど飲むのが通例である。
そんな訳で酒類とは切っても切り離せない人生を歩んできた童貞だ。ここだけの話、これだけではちょっと物足りない。多分酔うこともないだろう。とはいえ酔って醜態をさらすよりずっといいか、と自分を納得させる。
「ひとまず、先ほどの騒動の共有をしておくわね」
紅茶をすすりながら、最初に口を開いたのはフラン様だった。今日も自信にあふれた気品ある所作が美しい。好き。
「元々はと言えば、ワタクシたちはハルト・アレクトロという男子生徒に、いくつか聞きたいことがあったの。それで問い詰められたら、あんな紛らわしい方法でまんまと逃げられてしまった、というのが簡単な概要よ」
「フランはハルト君に何を聞きたかったの?」
「……」「……?」
アルフィー、さっきの男子生徒に対して何か距離感近くないですか? とちょっと違和感を覚える。フラン様も微妙な顔で見てますが。
しかしそこには強く踏み込まないつもりなのか、一つ咳払いしてフラン様は続けた。
「ゴホン。それで、その要件というのが、広く知られると厄介な内容なの。だから二人とも、ここでの話は内密にできるかしら」
「もちろん。フランは秘密ごとばかりだしね」
「もももも、もちろんです! このロレッタ、ふ、フラン様に言われたことは忠実に守りたいと思います!」
アルフィーは少しからかい気味に、ロレッタは目を輝かんばかりに精いっぱい返事をすると、フラン様はロレッタをとてつもなく微妙な顔で見つめていた。え、嘘。何か私変なこと言いました?
「え、ええ、ありがとう。それで、その内容なのだけれど――」
フラン様は、息を吸う。それから、極めて静かに言った。
「彼、ハルト・アレクトロは、本名をハルトヴィン・ディエゴ・アレクサンドル。『運命の寵児』と噂される、皇太子殿下かもしれないの」
「――――ッ!」
その事実はアルフィーにとってはとてつもない大事だったらしく、しばらく呼吸が出来ないようだった。
「?」
だが、ロレッタは正直ピンとこなかった。何で驚いてるんだろう、とか思っている。
「そ、その話、どこで」
「いくらかツテがあって、意図せず知ってしまったの。だから、今日はそのことが本当であるのか、本当であったなら、こちらも協力するから静かにしてほしいという旨を伝えるつもりで居たわ」
「な、なる、ほど……」
アルフィーは冷や汗をかいて、その事実を飲み込んだ。ロレッタは一応空気が読めるので、「なるほど……!」と重大そうに頷いておく。これで大丈夫だろう。フラン様も、何か上手くいったみたいに、ふふんって顔してる。可愛い。
しかし、と思う。寛大なるフラン様がロレッタを茶会に招いてくれたのは大変喜ばしいところだが、どうにも旗色が悪い。致命的に政治情報がロレッタに不足していて、フラン様はおろかアルフィーとも共感できない、感情的ボッチ状態に置かれている。
これでは碌にアプローチも出来やしない。緊張してしまうのは仕方ないにしても、それ以外の努力はして然るべきだろう。家でロレッタは内面まで完璧美少女計画を敢行していたから、兄たちは政治にうるさい女は嫌だという意見の元そういった研鑽がしなかったのだ。
余談だがロレッタはそういう頭でっかち感も愛せる女である。インテリな女性もいい……という話はさておき。
ううむ、と思う。フラン様の役に立ち、それでもってお近づきになるにはどうすればよいだろうか。気になるワードとしては、やはり帝国だろうが。
帝国、ですかぁ。と先ほどのワードを吟味する。率直な話をするなら、アルフィーの反応にはまったく共感できないのだ。何せロレッタの育ったフロストバード家においては、帝国など偶にちょっかいを出してきては父の軍にボコボコにのされるヘタレ国である。
何か他に、と考えたところで、機能の優れたるロレッタの脳内検索能力が、『ハルト』という名前に対する該当記録を弾き出した。そういや学園敷地内に入って初めて絡まれたときに助け舟出してフラグ建てようとしてきた影薄イケメンの名前じゃないですか、と。
キタ、とロレッタはニヤリとする。好機、来たれり。その話題が出次第申し出て、フラン様に喜んでもらわねば。
フラン様とアルフィーという極上百合カップルの中に混ぜてもらうための、第一歩である。




