11話 悪役令嬢やってるけど恋敵が訳わかんない
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フランは絶望の中に居た。覇権国家たるアレクサンドル大帝国の皇太子にこんなしょうもない死なせ方をしただなんて、自分が暗殺されるどころかブリタニア王国まで滅ぼされてしまうのではとすら考えた。
もはや天を仰ぎ、「太陽と天上の神タラニスよ、我が炎の信仰の下に、ハルトヴィン皇太子を死の運命よりお見逃しください」と言おうとしたが涙声でえずいて無理だった。涙ボロボロこぼれるし口上を述べようとしたところで「おぇっ」て言っちゃったのでもうダメだ。
頭を抱えて地面にうずくまる。きっとこれからブリタニア王国とアレクサンドル大帝国でかつてないほどの戦争が起こるのだ。ブリタニア王国は滅ぼされ呑み込まれ、アルフィーを始めとした王族は全員首を刎ねられ、ついでに自分も死ぬのだ。
「もうおしまいよぉぉぉおおおおおおお……!」
びえーん、と素をさらけ出して泣きじゃくりかけたのを、済んでのところで止めた者が居た。「ハイハイ、大丈夫だからねフラン。落ち着いてね~」と抱きしめられ背中をトントンされフランはちょっと眠くなり始める。アルフィーだぁ、ときゅっと抱きしめ返した。
「げっ! 何であなたがここに居るのよ、ロレッタ・コールドマン!」
そこでビンタ嬢より忌まわしき名前を聞いて、フランはびくりと肩を跳ねさせる。ギ、ギギ……ギ、と横を見ると嬉し恥ずかしみたいな赤面で慎ましげに手を振ってくる。ねぇあなた状況分かってる?
「お、おひ、お久しぶりです、フランソワーズ様……!」
「え、ええ、ひ、ひひ、久しぶりねロレッタ……!」
怒りを隠しきれない獰猛な笑みを向けても、ロレッタはきゃっきゃと嬉しそうな顔をして、アルフィーにちらちら視線をやる。何これ煽られてるのかしら。アルフィーもロレッタに笑顔を向けないでよ。
「あ、あの、ですね! 私はその、も、申し訳ないかな、と思ったんですが! アルフィーが、あいえ、アルフィー殿下が! フランソワーズ様とのお茶会の席に私を是非招きたいと! そのようにですね! はい!」
「……ロレッタ。そんな些事はどうでもいいのよ」
「はい?」
のんきに首を傾げるロレッタの手に、フランは掴みかかる。え、思った以上に筋肉質。
「今、何があったか教えてあげる。そこからね、男子生徒が窓から落ちてしまったのよ。ワタクシは、今からその後始末に奔走しなければならないの。分かる? あなたにかかずらっている暇は――」
「彼、屋上に跳び上がって逃げてったよ! ボク感動しちゃったよフラン! あんな身のこなし出来る人初めて会ったよ!」
「何ですって?」
アルフィーの横やりに、フランは続く言葉を失った。そこに、ロレッタが「はい、私も見ました。ちょっとした見物でしたね。フランソワーズ様たちが慌てているのも可愛く、おっと失言しました」あなたやっぱりワタクシのこと煽ってるでしょう?
「……まぁいいわ。それで、本当なの? 窓際から落ちた彼――ハルト・アレクトロは、つまり無事なのね? 死んでいないのね?」
「ピンピンしてると思いますよ。ちょっと皆さんのことを見下ろしてニヤッとする余裕があったくらいですし」
フランの額に青筋が走る。大国の皇太子だろうがそれは許しがたいのだが。
「にしても、すごかったなぁ……。どうやったらあんなふうに出来るんだろう……すごかったなぁ……」
アルフィーはアルフィーでどこかにトリップしてるので心配になる。
フランは、小さくため息を吐いた。情けない姿を思い切り晒してしまう前にアルフィーが来てくれて本当に良かった。ここに呼び出したのは信頼できるミツバチのみだが、まさか子供のように大泣きしては威厳も何もあったものではない。
ちょうど今日、会う約束をしていたのがフランにとっての幸運だった、と言ったところか。とフランはまだ動揺を鎮め切れていないミツバチたちに、「ごめんなさいね、ここまで強硬に逃げるとは思わなかったものだから。また後日にしましょう」と告げる。
だが、この中でも最も忠実なミツバチ――ビンタ嬢が首を振った。
「いいえ、フランソワーズ様! 私にはまだ、見過ごせないことがありますッ!」
そう言って、ロレッタに指を突き付ける。
「何でまだ、この女は王子殿下に付きまとっているのですか! ハルト・アレクトロに関しては仕方がないとしても、こちらは私、納得いきません!」
「……」
――確かに!
フランの頭脳に電流が走るほど納得な指摘を受け、「ふぇ? 私ですか?」と小首をかしげる恋敵にフランは詰め寄る。
「そうね。確かにそれは聞いておきたいわ。気が動転していたからもう一度確かめさせてほしいのだけれど……アルフィーに、誘われたとか何とか、言ってなかったかしら」
「はい、言いました。アルフィーがフランソワーズ様と二人でお茶会と聞いて、今日は訓練なしかぁとションボリしていたら、『ロレッタも来なよ!』と」
「アルフィー“殿下”でしょう!?」
ビンタ嬢の激しい指摘に、ロレッタは息をのんで、彼女を指さしながら「それ!」と言った。それ、じゃないわよ仲良しか。
「……アルフィー?」
「だって、今日は用事で訓練できないって言ったら、ロレッタがあんまりにもションボリしたものだから……」
何故ションボリするのか。コマドリを何人かお友達としてけしかけたはずだが、とロレッタを見ると「最近私、ズッコケ令嬢三人組とも会いませんし、クラスの女の子たちに話しかけられてもテンパって逃げてしまって、お話しできるのがアルフィーくらいで……」と。
……これまた面倒な言い訳を用意してからに。とフランは頬を引きつらせる。
「ズッコケ令嬢三人組って、まさかとは思うけど私たちじゃないわよね……?」「そう思いますけれど……」とビンタ嬢以外の二人がコソコソと話し合う。だが、肝心のビンタ嬢は、その下手な言い訳が許せないらしかった。
「あのサロンの後にも、まだ逢瀬を重ねていたというの……? 信じられないわ! この男爵家の娘如きが! 恥を知りなさい!」
ビンタ嬢が顔を真っ赤にして、手を振りかぶった。令嬢たちが一拍おいて驚きに目を剥く一方、フランは見てしまった。
ロレッタがビンタ嬢の手が振りかぶられるのを視線で瞬時に捕捉し、しかし何ら抵抗せずに振りかぶり終えるのをちゃんと眺め、ビンタ嬢のビンタがしっかり当たるように半歩前に出て、そしてビンタを喰らうのを。
パシィン! と気持ちのいいくらいの音が、その場に響く。ロレッタはビンタを加えられた方向そのままに吹っ飛び、微妙に受け身を取りながら地面を転ぶ。ビンタ嬢はそこでハッとする一方、ロレッタはニヤッと笑った。
フランは、勘づく。――今、わざと食らった……?
「えっ、ちょっと! そういうのは良くないよ!」
アルフィーが止めに入るのを、ビンタ嬢は肩を竦ませて「ち、違うんです! これは! 私はちょっとお灸を据えようと思っただけで……」と弁解する。しかし、フランは理解してしまった。
ビンタ嬢は、策に嵌ったのだ。自発的に身分的秩序を侵す不届きものに警告、排除など、活発にミツバチとして動いてくれていた彼女だ。かつてもロレッタに警告したという事は、フランも知っている。そして、この場ではそういった彼女の性質を逆手に取られた。
「お灸を据えるってだけで、こんなに力を込めて殴ることはないと思う。君、シータ・バラービンさんだよね。このことは学園長に報告させてもらうよ」
「そっ、そんな! 待ってください! 私は……!」
手が震えるほどに狼狽したビンタ嬢は、顔を真っ青にして弁解する。だが、こういう時のアルフィーが頑固なのは良く知っていた。マズイ、と思う。咄嗟にフランはアルフィーの手を取って、彼女がこうしてしまったのは自分の所為だ、と口にしようとした瞬間。
「アルフィー、構いません。私が悪いんです。私がビンタの令嬢を怒らせてしまったのがいけなかったんです」
ロレッタがビンタ嬢を庇、ん? あれ? 煽ってない?
「……んっ? えーと、ロレッタ? そのビンタのなんちゃらって言うのは……」
「えっ、ああ申し訳ありません! えーと、シータ嬢ですね。シータ・バラービンさん。彼女を怒らせてしまった私が悪いので、あんまり怒らないでください」
にっこりと微笑むロレッタの頬は、吹っ飛ぶほどの力で殴られたとは到底思えないくらいに綺麗だった。相も変わらず処女雪のような肌をしている。スキンケアで苦労しているこちらの身にもなって欲しい、というのはどうでもいいことで。
「ワタクシからもお願い。あの子はね、ワタクシのことを想って怒ってくれたの。だから、あまり大事にはしないで。どうしてもというなら、ワタクシも同罪よ」
ロレッタとフランから同時にビンタ嬢を庇われ、アルフィーは「そ、そこまで言うなら……」と折れた。するとロレッタはフラン、そしてビンタ嬢の二人に目をやってから「良かったですね」と笑う。ビンタ嬢は顔を強張らせていたが、フランには分かる。
恩を、売られたのだ。それも、類まれなくらいに、うまく。
これで、アルフィーとロレッタが隣にいて口を出せるものは、フランの勢力下には居なくなった。やられた、と切実に思う。これだけ立ち回りがうまいとは、想像もしていなかった。
「それで、ええと、何の話でしたっけ……思い出しました! 私がアルフィーとフランソワーズ様のお茶会に誘われた、という話でしたね。それで、なんですが。フランソワーズ様は、私が参加してもお嫌ではないでしょうか……?」
この状況で断れる訳ないじゃない、とフランは口端をヒクつかせる。またアルフィー呼びをしても、もうビンタ嬢には指摘できない。それどころか、ミツバチ全員がきっと、ロレッタに心の中で白旗を上げていることだろう。
「もちろんよ、あなたと同席できるなんて、とても嬉しいわ」
笑みを向けると、ロレッタは顔を真っ赤にして「そそそそそ、そんな! 私もとっても嬉しいです! 光栄です!」と過剰なくらいに褒めて返してくる。するとアルフィーも喜ばしげに笑って、「よかったぁ」とほっと胸を撫でおろす。
「もしかしたら二人は仲良くないんじゃないかと思って、心配してたんだ。ほっとしたよ」
「私も、フランソワーズ様にそう思っていただけるなんて、ほん、本当に、嬉しいです……! あ、あの、ご迷惑でなければ、フラン様って、呼んでも構いませんか?」
ミツバチたち全員の額に青筋が走る。だが、今圧倒的優位に立っているのは、何処までもロレッタだ。フランはミツバチたちに手をかざし、「今は堪えろ」の指示と共に頷く。
「ええ、もちろん。構わないわ、よろしくねロレッタ」
これほど手強い敵になるとは、とフランは戦慄を隠せない。だが、見ていなさい。アルフィーとの茶会では一対一。自分が癒されるためだけに設けた席だったけれど、そこで主導権を取り返して見せる……!
今までも様々な計略を巡らせ、上級貴族間の諍いを勝ち抜いてきたフランだ。頭をフル回転させ、「ハルト・アレクトロが何故落ちたのかについての説明を、ロレッタの弱みを握るためという目的を伏せて行う」「ロレッタにこの件に首を突っ込ませない」と方針を決める。
まったく簡単なお題目ね、とフランはロレッタに、不敵に笑いかけた。さぁ、第二回戦と参りましょう。
シー「タ」・バラー「ビン」
↓
「ビンタ」
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> 驚愕の事実 <
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