『安心健全、ノーリスク 旅行代理店●● 絵葉書に真心をこめて』
旅行に行きたいと常々考えた筆者はつつましい現実から逃れるために、よりつつましい妄想で、トリップしております。温かいコーヒーでも飲みながら笑ってくだされば幸いです。
『安心健全、ノーリスク 旅行代理店●● 絵葉書に真心をこめて』
ひっきりなしに電話が鳴る。デスクに置いてある4台のフォンは常に保留中の光を点滅させていた。私はそれぞれの電話に手早く応対しながら各エリア担当に繋いでいく。
北は北極の大陸から、南は惑星の極点まで…。勿論、それは相当にレアなケースである。しかし、昨今ではそのレアなケースの案件が急増しているのだ。つい、2年前までは、メジャーな観光地の案件がほとんどだったのに、だ。
私が勤めているのは旅行代理店だ。文字どおり、旅行を代理する。多忙で煩雑な日常を送っているであろうクライアントから、自分の代わりに旅行に行って欲しい、と依頼を受ける。
我々はそんなクライアントの代わりに、旅行に行く。いや、正確に述べると、それぞれ現地にスタッフがいて、風光明媚な景色や、一流ホテルのプールサイド、風変わりな催し物など様々な名所、秘所の撮影をし、クライアントにデータを転送する。
何故、このような一見、無意味な依頼が後を絶たないのか、私も考えた時期があった。
旅行とは、本人が行くから旅行の意味を成すのであって、他人が代行するような類のものではないはずだ、と。
当然、クライアント本人が行く、旅行の手配も我が社では承る。しかし、そんなケースは減る一方で、旅行を丸投げするクライアントが激増しているのだ。
現代では、諸国間の物流や物質的な何かの出入国の検査が激しさを増す一方で、物理的に遠くに行くことが難しい。これは、最大の要因であって各国がそれに至るまでそれ相応の事情があった。
しかし、データの転送は、世界中に張り巡らされた神経網のようなネットワークが不眠不休で活動している。つまり、データはいつ何時、どこからでも転送され社会形成の自由を謳歌し、膨大な量の電気信号をやりとりしている。
我が社の売りは、そんな社会情勢のなかで『絵葉書』を現地からの消印で送ることに商期を見出したのだった。これは、葉書の束を物理的に流通の経路に乗せるので、ある種のステータスだった。国家単位でみると、ここ30年で経済社会は非常にコンパクトになっており、より合理性を求められるようになったのだ。いささか、本末転倒ではあるが、『絵葉書』という旧時代的な文化が復権したのである。
今日も、社会的な公休日であるにも関わらず、恐らくはクライアントであろう電話が鳴る。
『はい、安心健全、懇切手配の●●社です。』
鼻炎でもおこしているのであろう、妙にくぐもった声の電話主が聞き取り難い声で喋る。
『ああ、ZZ年のYY月XX日に、地球に行ったことにしたいんだがね。過去の旅行も扱っていると聞いたんだが。』
『もちろんです。地球ですね。ZZ年のYY月XX日で。畏まりました。仔細な場所などは?
『とにかく人間の多いところだな。ネオンのひどいところだ。あの星が、他星系と文化交流を発表したのはZZ年より、後だよな?』
私は電子投影されパノラマに展開しているブラウザを6本の腕で掻き分ける。
『左様でございます。ZZ年は地球は諸惑星との交流中です。ネオンの多い風景となりますと…では、東京などはいかがでしょう。』
『結構。実は私もよくは知らんのだよ。君に詳細は任せる。あとで私のIDを送ろう。デポジット決済から君の労働対価を引き給え。必要経費は後で証明書を送ってくれ。私のオフィスにだ。間違えるなよ。オフィスにだぞ。それじゃあ』
俺はデスクの端に走り書きをする。【クライアント:地球:浮気:アリバイ工作】
そして呟いた…
『よくもまあ、辺境の惑星を探し出すもんだ…。人間が多かったなんて数千年前の話だぞ。今じゃ、ゴキブリくらいしかいないってハナシだけどなぁ。そうだ、近くの惑星に駐在員がいたな。』
私は即座に呼び出しのコールをする。今日も、忙しい。
『もしもし…』