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3 妹の妊娠

 「妊娠した!?」


 その日、実家(うち)にやってきた妹の爆弾発言に、俺達は全員絶句した。

 妹の香奈は、兄の俺から見ても整った顔をしていると思うんだが、中学高校大学と、男っ気のない生活をしていたようだ。

 本人は、ずっと“男に興味はない”みたいなことを言ってたし、真理に訊いても、香奈の口からそういう意味で(・・・・・・・)男の名前が出ることはなかったそうだし。

 けど、香奈ももう25だし、過去に彼氏の1人や2人はいてもおかしくない。

 ある日突然、男を連れてきて“この人と結婚する!”とか言ってもおかしくないとは思っていた。いたんだが…。

 まさか、いきなり子供ができたと言ってくるとは思わなかった。

 できちゃった結婚か。

 まあ、すぐに式挙げれば腹も目立たないだろうし、結婚したい相手がいるってんなら、祝福してやるべきなんだろうな。


 「で、お腹の子の父親は誰なんだ? どうして一緒に挨拶に来ない?」


 父さんのもっともな質問に対する香奈の答えは、またしても度肝を抜くものだった。


 「ごめん、言えない。連れて来れないし」


 連れて来れないってなんだよ! 別れたってことか?

 少なくとも、この家にいた頃の香奈は夜遊びするようなことはなかったし、実際、職場の飲み会でも二次会くらいで帰ってきて、日付をまたいだことなんてなかった。

 たった1年半だぞ。香奈が一人暮らしを始めてから。いったい何があったんだ!?

 こんな時、真理がいてくれたら聞き出してくれるんだが、今は出産したばかりで実家に戻ってるしなあ。こんなことで手を煩わせるわけにはいかない。


 「堕ろせ」


 父さんが、ある意味妥当だが残酷な一言を告げた。

 お腹の赤ん坊に罪はないけど、私生児を抱えるとなれば色々と大変だからな。

 とはいっても、娘が生まれたばかりの俺からすると、ちょっと頷きにくい話でもある。


 「嫌だ。というより無理。

  もう6か月だから」


 「なんで今まで放っておいた!」


 「堕ろせって(そう)言われるのがわかってたから。

  あたし、産むから」


 「お前1人で育てられるわけがないだろう!」


 「育てるから。あたし市役所勤めだから保育園とかも入れやすいし、子供1人くらい養う稼ぎはあるから。

  結婚はできなかったけど、初めて好きになった人の忘れ形見だから」


 「忘れ形見ってのは、死んだ相手との子供のことだ! 別れた男のことじゃない!

  …まさか、不倫してるんじゃないだろうな」


 「違うよ。ただ、連れて来れないだけ」


 「だから、それはどういうことだと言ってるんだ!」


 「ごめん。言えるのはそれだけ。できるだけ父さん達には迷惑掛けないようにするから、好きなようにさせてください。お願いします」


 言うだけ言って、香奈は逃げるように帰ってしまった。




 「どういうことだ、何を考えてるんだ、あいつは。

  だから、一人暮らしには反対だったんだ」


 父さんは憤懣やるかたないといった感じだし、俺もある程度同感だが、母さんだけは違った。


 「たぶんね、相手は亡くなった佐竹さんのところの息子さんよ」


 「佐竹さんって、バイク事故のか?」


 「たしか、香奈の小学校の同級生だっけ?」


 佐竹…下の名前は覚えてないが、小さな頃から香奈にちょっかいを掛けてた奴だよな。いわゆる“好きな子をいじめる”って感じで。香奈は嫌ってると思ってたんだが。いつの間にか付き合ってたのか? え、事故で死んだのか? いつ? 3か月くらい前?


 「ちょっと荒れてた時期もあったけど、高校中退して就職してからは真面目にやってたみたいよ。

  ずっと香奈に声掛けてたって話は聞いてたのよ。子供の頃いじめてたせいでちっとも相手にしてもらえないって、あちらの奥さん言ってたわ。

  でも、おととしクラス会があって、その後なのよね。香奈が一人暮らししたいって言い出したの」


 つまり、佐竹と付き合うために一人暮らし始めたってことか?


 「お前、そこまで知ってて一人暮らしに賛成したのか!?」


 父さんが声を荒らげたが、母さんはどこ吹く風だった。


 「成人した娘が誰と付き合ったっていいじゃない。

  まして、香奈は今まで男の子に興味を示さなかったのよ。いつまでも子供じゃないんだから、好きなようにさせてあげたって…」


 「その結果がシングルマザーか!」


 「死んじゃったなら、仕方ないでしょう。まさか死んだ人に嫁がせるわけにもいかないし、旦那さんいないんじゃ、お姑さんとの関係だって面倒なんだから。ものすごい遺産があるわけじゃなし、籍なんか入れても入れなくても変わらないわよ」


 「しかし、世間体というものがだな」

 「離婚したって死別したって、どうせ何かしら言われるんですから、そんなもの気にしなければいいんです」


 母さん、それは随分と乱暴な意見だと思うぞ。

 とはいえ、相手が死んじまったんじゃ、責任取れって言ってもはじまらないし、財産なんかないだろうし欲しくもないだろうし、変に突かれたくないって香奈の気持ちもわからなくはないか。


 「じゃあ、母さんは香奈が産むことに賛成なんだ?」


 「賛成だの反対だのじゃなくて、6か月じゃ、もう堕ろせないのよ」


 「あ」


 「だから、産むことを前提に、一番いい方法を探さないと」


 「そうか。だから、香奈は今まで黙ってたんだな。

  確信犯か。そりゃ、テコでも動かないな」




 結局、香奈は、男の子を産んだ。

 名前は「亮」とつけた。佐竹の下の名前は、「亮太」だそうだ。

 一応念のため。シングルマザー云々の台詞については、娘が言えない相手の子を妊娠したことに対する父親としての心情からくるものです。作者として、特に思うところがあるわけではないことをお断りしておきます。


 最終話は、明日午後10時更新です。

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