2 一人暮らし ~一旦距離を置いてみる~
兄貴達は、結婚後すぐに我が家に住むことになっている。
新婚時代くらい2人っきりで住めばいいのに、と母さんは言ったけど、なにしろ2人ともずっと実家暮らししてたから家具とか持ってなくて、いずれ親と同居するなら今から買うのも無駄だよねってことで、こうなった。
あと、一緒に住むなら最初からの方がいいってアドバイスをくれた人がいたらしい。ある程度2人の生活のリズムができちゃうと、その後お姑さんと暮らす時にリズムが狂って不満が増えるから。結婚した時はどうしたって生活のリズムが変わるから、その時にお姑さんとの距離を調整した方が楽なんだって。その時なら、お互いに遠慮があるから。経験者の言葉は重いね。
2人が住むのは兄貴の部屋で、荷物が増える分は、前にあたしがいた部屋を使う。
まあ、そっちは将来子供部屋になるんだろうけど。
あたしはと言えば、この4月から一人暮らしをしている。といっても、実家からほんの1~2キロしか離れてないけど。スープの冷めない距離って言ってもいいかな? 新婚さんのアツアツぶりを見せつけられるのは嫌だという至極もっともな理由を付けて、あたしは独立を勝ち取った。
これで外泊も男泊めるのも自由自在って感じだから、父さんにはずいぶん心配されたけど、母さんが、もういい年なんだからって応援してくれた。これはあれだ、あたしが男作った、もしくは作るつもりとみてるんだろう。もう24だし、多少のことはあってもいいと。「いい年」ってとこに不満を感じないでもないけど、まあ、せっかく後押ししてくれてるんだから、ありがたく利用させてもらった。
後で裏切ることになるかもしれないと思うと少し辛いけど、そんなことで弱音を吐くようじゃ、この先やってけない。
正直、兄貴達夫婦の仲を見せつけられるのが嫌だというのは、本音でもある。嘘の中に少し本当のことを入れると真実味が増す、という言葉があるけど、今のあたしは正にそれだ。
適度に実家から距離を取って、1人で何をしてるのかわからなくして。
兄貴の顔を毎日見ることができないのは死ぬほど辛いけど、それで忘れる程度の想いなら、それでいい。これは、あたしの想いへの試練でもある。絶対に勝つけど。
兄貴は、義姉さんのものになってしまった。でも、それは予定どおりだから、悲しくない。悔しいけど、辛いけど、悲しむ必要はない。あたしは、この日が来ることを覚悟してたから。兄貴が付き合った人は義姉さんだけ。それがあたしの望んだ未来に繋がる。
兄貴が義姉さんと付き合うと決まった時、死にそうなくらい辛かった。2人の背中を押したのは、あたしだったのに。
あの時は、兄貴が好きな人と結ばれたら諦められるかもしれないって思ってた。その相手があたしにとっても好きな人なら、真理先輩なら、諦められるかもって。兄貴が幸せなら、それで満足できるかもって思った。
でも、全然そんなことはなかった。
兄貴が誰を好きだろうと、誰と付き合おうと、あたしが兄貴を好きだってことは変わらなかった。むしろ兄貴に恋人ができたせいで、諦めきれない気持ちを再確認してしまった。
だったら、諦めなきゃいい。あたしは兄貴が好き。兄貴が誰を好きだろうと、あたしは兄貴が好き。
たとえ、その想いが許されないものだとしても。あたしは、貫く。
そのために、一旦距離を置く。
辛いけど、必要なことだ。
あたしが1人で自活できることを証明する。
この先、あたしが結婚しなかったとしても、1人でどうとでも生きていけるんだって、母さん達に見せておく。
そして、それ以上に大切なこと。あたしがどこで何をしていたか、誰も気にならないような生き方をする。なんなら、あたしが行方不明になったら誰も居場所に心当たりがないってくらいに。
どのみち、あたしが兄貴と一緒に暮らせる未来はないんだから、あたしにできるのは、いつでも会いに行ける状態を維持すること。兄貴達が父さん母さんと同居してくれてる限り、あたしは気軽に遊びに行ける。
いつも一緒にいるとかでなければ、義姉さんだってあたしの気持ちには気付かないだろう。
兄貴に赤ちゃんができたら、日参して遊んでやろう。
誰も、兄貴に会いたくて遊びに行ってるなんて思わない。
3話は9/8午後10時更新です。