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何でも短編集

魔王村人

 剣と魔法がある世界に、小さな村があった。

 その村の名前は「ギョウノウ」と言い、平和だけが取り柄だった。

 そんな平和な村に、太った中年男性の村人が住んでいる。

 彼は普通の村人ではなかった。


「ふふふ……我の愛するデビルデビルよ、世界征服の計画は順調か?」

「はっ、現在シリョウ大陸の征服が完了しました」

「ほう。順調ではないか。部下に言ってやれ、『貴様たちの働きぶりは素晴らしい。今夜はシリョウ大陸征服記念の宴をする』と……」

「承知しました、魔王様」



 そう、彼は世界征服を企む魔王だったのだ。



 魔王の妻で悪魔のデビルデビルは部下の魔物たちに魔王の言葉を伝えるために拠点である木造の家を後にした。

 そして、自らの翼で空へ飛び立とうとした時、一人の老婆に話しかけられた。


「あらデビデビちゃん、どこか行くのかい?」


 老婆は悪魔を怖がらなかった。それどころか、馴れ馴れしい。

 デビルデビルは軽く会釈し、老婆の質問に答えた。


「これから仲間たちに宴をするというのを伝えに……」

「それはいいわねぇ。あたしも参加していいかい?」

「是非是非! きっと仲間も魔お……ウオマも喜びますよ!」

「良かったわぁ。それじゃ、夜になったらウオマの家に行くからね」

「はい! 皆でお待ちしております、それでは!」


 デビルデビルは優しく笑うと雲一つない青空へと消えていった。

 老婆は手を振り、彼女を見送った。


「さてと、あたしもおめかししなきゃねぇ。……おや?」


 老婆は袋の中にあった老眼鏡をかけ、遠くを見つめる。

 そこには赤いマントを羽織った少年と、下がすり減った木の杖を持った少女と、右目の周りに傷がある大男がいた。

 少年が老婆に気付き、三人は老婆に近寄った。


「あらあらこんにちは。……見かけない顔だねぇ、旅人かい?」

「…………」


 少年は無表情のまま、動かない。

 そんな少年の気持ちを代弁するかのように、少女と大男が喋った。


「そうなの! 私たち、魔王を倒すために旅をしているの! 無口で表現が不器用だけど、この人は世界に選ばれた勇者なの!」

「……この村はどんな村だ? 宿屋はあるのだろうか?」

「ここはギョウノウ村。魔物と共存する、平和だけが取り柄の村さ。宿屋はここを真っ直ぐ行ったらあるよ」

「ありがとう、おばあちゃん! 勇者くん、宿屋に行く前にいつものアレをやってく?」

「はい」

「……決まりだな。まずは、あの家からどうだろうか」


 三人が目を付けたのは魔王の家だった。

 ノックもせずにハイスピードで三人は家の中へと入る。

 魔王は気配を察知し、両手を広げて大声を上げる。


「ハーァハッハッハッ! よく来たな勇者よ! 我こそは……」


 勇者たちは魔王を無視し、タンスを開ける。

 そこには服が入っているが、底に小さな袋があり、勇者は袋の中身を見る。


「勇者くんは、二百ゴールドを見つけた!」

「やったね勇者くん! それにしても変なおじさん。早く行こうよ」

「こんな情報を提供しないような村人に用はないからな」


 そのまま、三人はそそくさと魔王の家を出ていってしまった。


「……わ、我のへそくりが……」


 魔王はがっくりと頭と両手を下げた。



 魔王が延々とへそくりについて考えている内に夜が訪れ、魔物たちの宴が始まった。

 普通の村人である老婆がいることを確認した魔王は世界征服中であることを隠し、乾杯の挨拶をした。


「皆の者よ、我の宴によく来てくれた、感謝する。今日は普段のことは忘れ、思いっきり飲もうではないか! 乾杯!」

「乾杯!」


 皆は酒を飲み、肉や魚に食らいついた。

 老婆は積極的に魔物たちと語り合う。

 魔王は常に笑い、魔物たちが楽しそうにしているのを満足そうに見ていた。

 そんな魔王に話しかけていないと気付いた老婆が、酔った勢いで魔王に語る。


「あたしねぇ、今年の収穫祭がすごく楽しみなのよねぇ、今年は豊作だって聞くからさぁ、あたしゃ嬉しくて嬉しくて」

「ああ。今年は見たことのない量の収穫が見込めるだろう。育ててきた我らも、とても嬉しく思う」

「きっと今年のビールは美味しくなるだろうねぇ、収穫祭でも飲んじゃうよ!」

「我も、今日でも収穫祭でも飲むぞ……。我の愛するデビルデビルよ! 我に酔いの力を、もっと与えろ!」

「はい、お酒ですね」


 そんなこんなで夜が明け、酔いつぶれた老婆はデビルデビルが責任を持って老婆を背負って自宅へ帰した。

 魔王含めた魔物たちは酔う様子もなく、そのまま自分たちの仕事場へと戻っていった。

 そして、宿屋に泊まっていた勇者たちは魔王を倒すことなく、村を出ていったのであった。



 収穫祭の時は刻一刻と迫っていった。

 魔王の世界征服の計画はさらに順調に進み、残すは魔王を倒せる存在である勇者一行をどうにかすることだけだった。


「うーむ。魔王史を見ると、戦いでは必ず勇者が魔王に勝っていたという記録が……。力で有利になっていようが、不思議な力によって逆転されてしまう。困ったものだ……」

「魔王様、ここはやはり戦い以外で対処をするべきでしょう。例えば、勇者たちを無力にするというのはいかがでしょうか」

「そうだな、それがいい。無力と言えば……村人だな。我と同じ村人になることで勇者は戦いを忘れ、永久に我と倒すことが無くなるだろう。と、なると……」


 魔王は右腕を動かし、しばらくして指先が窓の方へと向いた。


「我の愛するデビルデビルよ、村長に伝えるのだ。『世界中に移住者を募るために村の平和を売りにし、それを魔法で宣伝しよう』と……。きっと乗り気になってくれるはずだ」

「承知しました、魔王様。すぐに結果を報告します」

「ああ、頼むぞ」


 デビルデビルは村長の家へと向かい、魔王は結果を待った。

 しばらくするとデビルデビルが戻り、笑顔で報告した。


「成功です! 村を挙げて村おこしをするそうです、早速宣伝しましょう!」

「さすが、我の愛する者の働きよ。……では、テレパシー魔法の出力を上げてくれ」

「はっ」


 青い闇に染まった魔法の球をデビルデビルの魔力でさらに深い闇に染め上げていく。

 プツンと音がした後、魔王はいつもの口調で移住者を募った。


「フハハハハ、フハハハハハハハ……我の民よ、そして勇者たちよ、ギョウノウ村を知っているか? その村はとても平和で、魔王である我もお手上げしてしまうほどだ。そんな村に移住をしてみないか? 我が特別に移住を許可しよう。家に畑や農具も貸そう。さあ、今すぐにギョウノウ村へと来るのだ!」


 魔法の球は役目を終えたかのように元の色に戻っていった。

 魔王は高笑いし、デビルデビルもつられて笑う。


「あははは……魔王様、これで多くの人々がこの村にやって来ることでしょう。そして勇者たちが来たら……世界征服は完了となります」

「ああ。ついに、ついにこの時が来るのか……」


 魔王は世界征服が完了する瞬間がとても楽しみにし、勇者一行が来る時を待った。


 しかし、移住者が来るだけで肝心の勇者一行は来なかった。

 収穫祭は、あと三日。

 その真実が、魔王をとても苦しめたのだった。

 魔王はひたすらに考える。

 どうすれば、勇者を村まで誘導することができるのかと。

 そして、魔王は結論を導く。


「……勇者たちよ! 我に会いたければギョウノウ村のウオマという村人の家を訪れるのだ! ウオマが、魔王の居場所を導く唯一の存在だからだ! さあ、お得意のテレポートで来るがいい!」


 焦りの気持ちを表しながらも、魔王は大胆にも勇者一行に面会を希望した。

 それから数分後、勇者たちは魔王の家に現れた。


「……」

「あ! ここって変なおじさんの家だよ! 変な喋りはキャラ付けのための伏線だったのね!」

「早いところ居場所を聞こう。……聞きたいことがある。お前は魔王の居場所を知っているのか?」


 何も知らない勇者一行は、魔王の言葉を待った。

 魔王はいつも以上に大きく両手を広げ、大声で言った。


「知っている! それは勇者、お前自身だ!」

「!」

「えっ!」

「な……!」


 勇者一行は驚くが、魔王はそのまま話を続ける。


「疑問に思わないか? 『何故いくら探しても魔王が見つからないのか』と。それもそのはず、魔王を倒す役目である勇者が魔王だから、永遠に見つかることが無かったのだ!」

「で、でも! 魔王だったら手下がいるでしょ! それに世界征服の計画もどうやって進めるのっ?」

「……簡単だ。勇者は毎日のように夜には眠っている。その時こそが、魔王として目覚める時。手下はそのことを知っているため、夜にだけ魔王に会いに行く。夜は魔物が多くいる理由も、そのためだ」

「そ、そんな……」

「……でも待てよ。俺たちは数分前にテレパシーで魔王の声を聞いたぞ。それはどういうことなんだ?」


 ぎくりと魔王はひるむ。魔王はすっかり忘れていた。

 なんとかならないものかと、魔王は適当にご都合的なことを言ってごまかす。


「……知らないのか? 魔王の魔法は一流だ。夜の時にあらかじめ声を魔法で閉じ込めておき、時間を遅らせて勇者たちに伝えることもできるのだ。それほどのことができないと、魔王は成り立たないからな」


 実際のところは自分の魔法ではなく魔法の球で言っていることも隠し、勇者一行の反応をうかがう。


「……そうか。さすがは魔王だな」

「勇者くんが魔力が高くて強いのも納得! ね、勇者くん!」

「……」

「だが、そうなると勇者を殺さなければ世界に平和が訪れなくなってしまうのか?」


 大男のもっともな疑問に、魔王は待ってましたと言わんばかりに答える。


「いや! 一つだけ! 魔王の動きを封じ込める方法がぁぁぁ……ある! それは、勇者たち全員がこの村で一生を過ごすことだ!」

「?」

「えっ、どういうこと?」

「前のテレパシーで魔王が言っただろう? 『ギョウノウ村は平和すぎて魔王もお手上げする』ということを。つまり、この村で暮らせば魔王は目覚めない。さらに念のため、お前たちも暮らして勇者を監視することでより確実に魔王を封じ込めることができる。我ながらいい考えだろう?」


 魔王は自分で自分を褒め、勇者たちに問いかける。


「さあ勇者たちよ! ギョウノウ村の村人になるか?」

「……どうする、勇者」

「ど、どうするの勇者くん?」


 視線が、勇者に向けられる。

 勇者はカチカチという音を鳴らしながら迷い、そして……答えた。


「はい」


「……決定だ。今日からお前たちはギョウノウ村の村人だ! さあ、村長にそのことを伝えに行ってくるといい。そこでお前たちの家と畑、農具を借りることができるだろう。……フハハハハ、フハハハハハハハァァァア!」


 こうして、念願だった魔王の世界征服は完了した。

 魔王は、喜びの表現として自らの願望を叫ぶ。


「フハハハハハハ! これで、これで! 畑をたくさん作り、たくさん収穫することができる! そして、来年には世界中で収穫祭が行われるであろう! これこそ、これこそが、我が望んでいた……世界だ!」



 三日後、村中が待ち望んでいた収穫祭が行われた。

 今年は豊作で今までにない量だったため、収穫祭は盛大に行われた。

 大人や魔物にはビールが振舞われ、勇者と少女を含む子どもにはジュースが振舞われた。


「勇者くんは、ジュースを手に入れた! 勇者くんは、ジュースを使った!」

「美味しいね勇者くん! 色々あったけど、平和的に解決できて良かったね! まさか勇者くんが魔王だったなんてね!」

「これからは、平和な地で平和な時を過ごして生きるのだろうな。もう剣を振るうことも無いのかと思うと残念な部分もあるが、平和なら武器はいらないからな」

「へぇ、若いあんたが魔王だったのかい! これは大ニュースだね、皆に広めなくちゃ!」


 勇者一行に交じって会話に参加していた老婆は、嘘の大ニュースを広めに村人たちに話しかけた。

 それは、魔王に対しても同じだった。


「聞いておくれよウオマ、デビデビちゃん! 魔王って、あの若者だったんだよ! すごいよねぇ、魔物たちの頂点があんな若者だったなんて! 村に来てくれて感謝だよ!」

「感謝……か。そうか、そうだったのか……。これからは、世界中が勇者に感謝する時代が来るのか……」

「あっ、ウオマ……」


 その時、魔王の目からほろりと、涙がこぼれた。


「……どんなことがあっても、魔王は所詮魔王、なのだな」

「……そうですね、どんなことがあっても、行きつく未来は同じなのですね……」

「ありゃ、どうしたんだい? すごく喜ばしいことじゃないか。……さ、ビールのおかわりいっちゃうよぉ!」


 老婆は立ち去り、その場には魔王とデビルデビルが残された。


「……この世界は我の物となったが、偽りの情報を流したために我は一生村人Aとして暮らすこととなるのだな。それもいい、それもいいのだが……」

「本当は村の皆に、勇者に、本当の自分を伝えたいのですね?」

「ああ。……嘘はいつかバレてしまうもの。だからこそ早めに、尚且つ正しい時に、自分の意思で告白をしたいのだ」

「そうですね、なら来年の収穫祭に思い切って……」

「……いいや、今言う!」


 魔王は自分の家へ向かい、大切にしまってあった魔法の球を取り出した。

 そして村中に、自分が伝えたいことを伝えた。


「ハハハハハ! ギョウノウ村の者よ、収穫祭は楽しんでいるか? 我は魔王だ! 勇者が魔王などという嘘が広まっている今、ここで我の正体を明かすこととしよう。我は……我は……」


 段々と、魔王の声が震えていく。

 少し深呼吸した魔王は、思い切って言う。


「我は、ギョウノウ村に住む村人、ウオマだ! どうだ勇者よ、驚いたか!」


 心臓の高鳴りが、魔王の体に響いていく。

 魔王にとっての長い時間の後、魔王の家に村人や魔物たちと勇者一行がやってきて、魔王に言った。


「知ってた」

「あたしも知ってたよ。よくデビデビちゃんが魔王って言いかけるからねぇ」

「予想通りだ」

「勇者くんはサーチを唱えた! 名前……ウオマ、職業……魔王」

「そもそも、テレパシーの声がおじさんそのままだからバレバレだったよ!」


「……えっ」


 予想外の反応に、魔王は驚きを隠せなかった。

 そんな中、世界の上下に黒い帯が現れ、勇者が魔王に語りかけた。


「……知ってたよ。きみが魔王史を、世界の運命を変えようとしていたのを。本当は魔物も魔王も人間と一緒に暮らしたかったのを。魔王は、世界を支配するために生まれてくる。勇者は、魔王を倒すために存在する。そんな戦いを、どうしても避けたかった。一番平和なシナリオを作りたくて、魔王は村人になったんだろう? そして今、きみが望んでいた世界になったんだよ。おめでとう、そして……ありがとう」

「ありがとう!」

「……ありがとう」

「ありがとね」

「ありがとう、魔王村人、万歳!」


 村人や魔物たちは感謝の言葉を言う。

 その言葉の一つ一つが、魔王の言葉に深く伝わった。


「ありがとう、魔王様。デビルデビルの愛する魔王様、あなたは最高の世界征服を成し遂げた魔王様です!」


 デビルデビルの最高の称賛を浴びた魔王は、いつものように高笑いをした。


「フハハハハハハハ……! 我はウオマ、史上最強にして史上最高、そして誰よりも平和を望む魔王だ!」

魔王村人を読んでくださり、ありがとうございます。

ふと短編を書こうと思った時に、魔王が出てくる話を書きたいと思いました。

そして、一人の村人を出したいとも思いました。その結果が魔王村人です。

後味悪い話でも良かったのですが、今回は平和を最優先させました。

皆さんの心にも、平和な気持ちをお届けできたでしょうか。

……そして皆さんも、平和主義者な魔王村人に、なってみませんか?


魔王村人の世界が、ずっと平和であり続けることを祈って……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでいてとても気持ちの良い作品でした。 ありがとうございます。 次の作品も楽しみにしています。
[良い点] こころがほっこりとする、ほのかに暖かいお話しで良かったです♪ [一言] もしかしたら此処ではよくありそうな魔王が善人って設定で色々言われてしまうかもしれませんけども、 でも、作者さんの想…
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