亡国にきらめく流れ星
このページに来て下さいまして感謝致します。極力話の骨組みに、肉付けの作業を省きました。それは、是非とも最後までお読み頂きたいから。ですので、ネタバレ等の恐れもありますが、読んで頂く為に創った作品ですので、ここに一言添えさせて頂きます。では皆様の心を響く事を願い、ご挨拶とさせて頂きます。
生…き…て…
「生きて…か…。悪いけれども、もう…無理だな。寂しいんだ…。」
素晴らしく晴れた日の午後。繁栄を続けた歴史のある城内に、兵士の声が響いた。
「連れて参りました!」
武力を重んじるのであろう、飾っている剣は皆、装飾よりも機能性を重視された品々から、この部屋の主の勇ましさが伺える。
その中央に国家の象徴を背にし、玉座に神々しく落ち着く美形と呼べる顔の男。
対照的に、どれだけの距離を歩けば、ここまでに形を変えられるのかと思えるボロ靴を履き、同じく靴に見合うボロボロな服を纏った髭の伸び放題な男は、兵士に後ろ襟を掴まれ、ひざまづかされていた。
「放してやりなさい。」
玉座から冷たい口調で言ったのは、ここコーティス国の王。いわく付きの王子である。
━━彼が、まだ12才の頃に、五つ年上の兄が王位の継承を受けるのに2ヶ月と迫った頃…。
父である王が病に倒れ、継承者の兄が突然の失踪…。
かくして…若干、齢十二の王が誕生したのであった。彼は、兄の失踪を裏切りの逃亡と認識し、兄を呪いながらも、未熟ゆえの苦労を乗り越え、この国を統治してきたのであった。
彼が手のひらを腹の前に軽く掲げると、兵士は掴んでいた襟を放した。
ガクッとボロ服の男の頭がうなだれたが、既にひれ伏されていたのでボサボサの髪が揺れたに過ぎなかった。
「そのほう、我が国に反逆を企てる者との報告がある。誠か?」
やはり冷たくコーティス王が訪ねると、ボロ服の男は頭を下げたまま答えた。
「いえ…、私は旅の詩唄いに過ぎませぬ…。」
「では、何故に私の国で自らを王と名乗るのだ?口を慎まないと命を失う事になるぞ。」
男の答えに更に問う王の声は静かであったが、周りの兵士が固まってしまう程に王の威厳を感じさせた。
━だが、脇で横に規則正しく隊列を組み控えていた兵士の一人が
「……っ。」
何やら呟きフラフラと前に出てしまった。
「…王様」兵士がコーティス王の方では無く、男の方に声を掛けるのを見て、コーティス王は
「なんだ?奴は…」
と、王の右手前方に控えていた政治執行補佐‐王室々長の老臣の耳元に顔を寄せて尋ねた。
小声で
「遠国出身の、まだ三年目の浅い者でございます。」との老臣の答えを聞き
「三年で近衛兵になれるのかね、我が国は?」
と呆れた口調でコーティス王は声を荒げて言い、拳を膝の上で握った。
「連れて行きなさい」と胸元で手のひらを下に指だけを動かし、追い出すようにした後で、バツが悪そうに老臣は言い訳がましく言った。
「あの者は、成績がとても優秀でしたので、私が配置致しました。」
「良いか?三年で近衛兵になれる…。これが諸国に噂をされたのなら、我が城の周りは暗殺を技とする志願兵で溢れ、私は寝るのに首をいくら用意しても足りないだろうな。」
「申し訳ありません…。」
と王の説教を慣れた様子でかわすのを見て
「もう良い…」とコーティス王は諦めて言った後に、顔を男に戻した。
「…で、お前だ。何故、我が国で王を名乗るのだ?」
詩唄いを名乗るボロ服の男は二度目の同じ質問を、初めて聞いたように答えた。
「…私が唄いましたのは、亡国の王子…国を失い、栄華を失い、国と倒れなかった事を悔やみ、醜くさまよう哀しい男の詩です…。」
「ハッハッハッ、それがお前だと言うのか?お前は如何なる国の王なのだ?」
愉快に笑ったコーティス王の言葉は、後半には怒りが含まれていた。
「いえ…比喩的な表現なのです…。国と言うのは最愛の者と言う事でして、愛する者を失った哀しい男は亡国の王子に等しい…と。」
「…それで?」
怒りを治めながら、コーティス王が問うた。
「それだけの事ですが、先程に命を失う事になると仰せられましたが、私は命を絶ち次の世界に迎いたいのです…。」
男が言葉を終えた刹那、コーティス王の怒りは頂点に達した。
「茶番だな…、近衛兵!望み通り、こやつの息の根を止めてやれ。」
再び兵士に襟を掴まれ、強引に立たされた男は臆する事無く
「お待ち下さい。」と平然と言ったのでコーティス王は、頭痛に悩む仕草で
「何だ?何なのだ?付き合いきれぬな…。」
目をつぶり、額を擦った。
男は遠慮せずに、続け
「この国には、悪鬼の住まう所ありと…。」
コーティス王が、不動のまま瞳だけを開けた。
「━その悪鬼、大きな熊の様な化け物を飼い、年に一度宮の者を生け贄に求め、化け物に喰わせると…。」
「…うむ、確かに我が国は近隣諸国に比べ大国でありながら笑い話の様に語られる、アクと言うのか癒えない傷口のかさぶたの様な問題点はある。」
触れられたくはない部分を男に言われ、王は少し顔を伏せ認めるしかなかった。
「そこで、私が贄の身代わりに、なりたいのです。」
「しかしな…。」
「分かっております。私が生け贄になれるのなら、すなわち宮の者であれば良いのですが。」
「うむ…。いや…。」
コーティス王は、詩唄いの男の願いに興味を抱いたような表情を見せるが、いまだ素直に聞き入れられる事ではない様子でいた。
「………。」
詩唄いの男は先程までは、うつ向き視線を伏せていたが、今は懇願した眼差しで、王をじっと見つめ無言で返事を待っていた。
若き王子コーティス王は、しばし考えを巡らせていた。
そして想いの全てが整理されたのか、静かに口を開いた…。
「詩唄いの男よ、そなたは名を何と申す?」
コーティス王の顔には、一欠けも迷いはなくなっていた。
「…はい。私は愛する者を想い、ただ愛する者の居る死の国に向いています。既に生への執着は無く、名前は命と共に捨ててしまいました。ですので、申し訳ありませぬが王様の好きに呼んで頂きたいのですが…。」
詩唄いの男は、コーティス王の長い沈黙の後の問いに、髭の伸びている顔を表情を見せずに答えた。
「そうか、では引き続き詩唄いの男と呼ばせて貰うぞ。」
「…はい。」
「詩唄いの男よ、そなたの願いは分かった、そしてその考えに感心いたすぞ。」
詩唄いの男が少々頭を下げたのを見て、コーティス王は続けた。
「しかし、名も分からぬ程の得体の知れない男を、城内を自由には出来ぬぞ。ましてや城に仕えるなど、論外だ。」
「では私に、牢屋番をお申し付け下さいませ、当然ながら牢獄の中からで構いません。」
「…よろしい、そなたは罪を犯したわけでは、無いようなのでな。だが、用心せずに信用する事は出来ぬが良いな。」
「ありがとうございます。無論、構いません。」
「…コーティス国に住まう妖しき魔女と獣、そして毎年失われる尊い命。この問題に、我が国は代々悩まされている。先代の父の時代、そしてこの先も、無論この私もだ。
この国コーティス国の長い歴史を紐解くとだな、この問題に数々の試みがあったのだ。」
コーティス王は右方に目を移し、少しばかり顎を引いた。
そして
「はい、陛下。」と先程の老臣がゆっくりと語り出した。
「━ある時には…、生け贄を捧げずに静観を試みたとある…。結果、空から魔女の呪いの言葉と共に炎が大地に注ぎ、民の半数の更に半数程を失ったとあり…。
━ある時には…、罪を犯し死を命ぜられた、宮に仕える者にあらずを捧げたとある…。結果、空から魔女の呪いの言葉が響き、大いなる獣が空を駆けて、民の半数のそのまた半数程を失ったとあり…。
━ある時には、選ばれし剛なる衛兵が百と十六人…、義なる民が三百人程…、盟の国々からの部隊が四隊が魔女を討ちに行ったとあり…。結果、民が二十三人、盟の国々の部隊各一名計四人を除き、全てが灰になったとあり…。」
老臣は瞳を閉じて一部を語り、政治執行補佐たる高位な役職を示すかの様であった。
「これらに記録に比べたのならば、一つの命は我が国の為であらば安いものでございます。」と、やはり言い訳がましく付け加えた。
「…良い。」
と軽く右手を振ったコーティス王が諌め、視線を男に戻し、再び語り始めた。
「我が国は、誉れある誇り高きコーティスの国。忠義を果たす臣下を贄として扱う事や、罪人などの不届きな輩を城に仮にも仕えさせる事は、この誉れある誇り高きコーティス国の歴史の上にも、有り得ない事でな。
故にこの城には、生け贄になる為だけに産まれる子が代々いるのだ。私にはそれが悲しくて辛い。
もしも、この憐れな命が一つでも救われるのならと、毎日悩んでは憂いを繰り返していたのだ。
…詩唄いの男よ、大義である。その決意に改めて礼を言わせて貰う。」
「はい、ありがとうございます。…私の安い命かも知れませんが、私をかつて愛してくれた者は、ただで死ぬような男を愛したのではない事を証明出来ますし、何よりも一刻も早く愛する者の元へ旅立つ事が私の唯一の願いでした。
ありがとうございます。ありがとうございます。」
詩唄いの男は礼を繰り返し、男の願いはコーティス王によって受理された。
コーティス王が
「して日程は?」と老臣に問うたので
「六日後の夕刻が、カーラ・リリア…つまり[悪しき魔女]との約束の時刻であるので、三日後の朝まで勤め、二日向かい、夕刻まで待機されよ。」
と老臣が直接男に告げ、確認を求めて王をチラッと見た。
最後に王が
「妖術師かも知れぬという疑いも持て、コーティス国の加護無き異国出の先程の兵士は混乱したからな、道案内の付き人は兵士に替えよ。 では、詩唄いの男よ、そなたの善行は我が国の歴史に刻ませて貰う。さらばじゃ。」王が言葉を残し、奥の王の間に消えると男は約束通り牢獄へと連れて行かれた。
…生・き・て…
わずかに存在する小窓…と言っても硝子などは無く、ただ開いたそれは、鉄の棒が三本付いていた。
小窓のお陰で、昼夜が分かるし、少しばかり風を感じる事が出来た。
反対側の鉄格子から見えるは、わずか灯る蝋燭の火。
詩唄いの男は、そこに居た。
名だけの牢屋番。
ボロ服とボロ靴は今は無く、髪は整い髭も綺麗に剃られていた。
男は、ただ三日間を何も無く、ここを過ごすのだろうと思っていた。
しかし意外にも、彼の牢屋番の仕事を確認に来る兵士が多かった。
生け贄を替わった勇姿と言うのを、だが多くは生け贄を替わった変わり者を、好奇心で訪ねて来た。
励ましの言葉を掛けて、今夜の酒の肴と共に、可笑しな男の話は飲み干されるであろうが、城での最後の夜、今宵は女のお客が多かった。
宮仕えのサラと言ったかな。彼女の仕業だなと、男は心に呟いた。
━初日は誰も、男を訪れる事も無く、牢獄で小窓からの風、蝋燭の炎、近くの別の牢獄に居る罪人の気配や咳などを感じ、邪魔する者は無く牢屋番の勤めを果たした。
二日目に昼飯の配給を期に、ちらりちらりと兵士が訪れ色々な事を尋ねられたりし、夕刻の小窓から夕日が差す頃には、鉄格子の前は非番や少々代わりを置いてきたと言う兵士で塞がれたのであった。
足音がした、そして鉄格子の前の兵士が一斉に緊張し、顔を強張らせた。
魔物が来て逃げ出す様に、皆言い訳を残し去って行くと、年老いた古い声が、男に掛けられた。
「陛下より令が仰せられた…。牢屋番よ、令を拝領されよ。」
コーティス王からの命令を伝えに来た。同じ家臣として。
脇に近衛兵を抱える老人は政治執行補佐兼王室々長の老臣であった。
━王からの命令…。
それは、我が国の家臣として服を正し身なりを整えよと。そして、任務遂行の為に体調を管理いたせと。
つまりは、入浴をし新しい服を貰い、豪華な食事を頂き、宮仕えの女性に髪と髭を整えて貰う事であったのか。
詩唄いの男は、ボロを纏った姿からは想像のつかぬ身なりの整った好青年へと、コーティス王の配慮と言える命令によって姿を変えたのであった。
宮仕えの女性が、詩唄いの男の髪を整え終え、髭を剃っている時に問題が起きた。
次第に女の顔が赤らみ、手先に緊張が走っている…。なんとも男の顔が美形である事に…。その顔は、コーティス王よりは年上だろうか、しかし王に劣らずに、また別な魅力を持っていた。
なんとか宮仕えの女が顔を朱に染めながら、髭を剃り終えた頃に詩唄いの男が
「これだけの恩恵に授かりながら申し訳ありませんが、先程の老臣に一つお願いが…。」と囁く様に言うと、頼み言を聞いた女性の顔は、とてもうっとりとしていた。
そんな事もあり、出発を控えた今宵最後の城での夜…。
宮仕えの女達が詰め掛けた牢屋の前。
足音を響かせ、再びそそくさと宮仕えの者を散らす男…。
老臣が一振りの剣を持ち現れた。
「望み通り陛下から賜って参った…。」
━朝日がとても眩しかった。
ここコーティスの国は、しばらく晴天が続いており、今朝もとても気持ちの良い日であった。
小鳥が騒ぎ、草の青い香りと土の匂い、そよぐ風…。
老臣と近衛兵と兵士、そして門番と向かい、詩唄いの男が居た。
「陛下は昨夜から、隣国カザスの宴の会合に迎われた。そなたにお言葉を賜っておる。
「政で見送ってやれぬが、この国の歴史と私は憂いに立ち向かう、
誉れある誇り高き我が臣下の勇姿を忘れぬぞ。」と…。」
凛とした姿になった詩唄いを眺め、コーティス国の老臣が付け加えた。
「そなたが貸して欲しいと望んだ剣は…
「ケチな事を言わずに受け取りたまえ。その剣は飾り物で、使う物に非ず物。少し離れたリューク国から友好の証に貰ったがな、私の好みでは無いので遠慮するな。」との事、拝領されよ。」
老臣への頼み事。
それは、玉座の間に、一つだけ不釣り合いな飾り物の剣。
…勇気が少し翳りそうだ。
逃げ出したくなるかも知れない。
昔に剣を持った頃があるので、是非とも貸して欲しい。勇気を貸して欲しいのだと。
ついでに、髭を剃ってくれたサラと言う娘。
彼女にも、恥ずかしいからと兵士用の口を覆うフェイスガードだけをねだり付けていた。
付き添い代わりの兵士は、元近衛兵長の老臣ガルダと、若き経験不足なエリートのキールネルフの二人が配置された。
「ありがとうございます、大臣様。では、行って参ります。」
礼と出発を告げたが、詩唄いの男は老臣の役職を知らなかった。
「誉れある誇り高きコーティスに先霊の加護あれ!」
老臣が気にせずに、叫ぶと兵士一同が礼の構えとった。
その姿を背に、元近衛兵長ガルダとエリートのキールネルフと共に、詩唄いの男は出発した。魔女の元へ、そして死の国へ、そして愛しき者の待つ愛の国へと…。
しばらく三人は、無言で歩いていた。
沈黙を破ったのは、詩唄いの男であった。
歩きながら振り返り、城が見えなくなったのを確認し
「ふうっ、息苦しかったなあ〜。」と肩をほぐす様に腕を回し始めた。
それを見た元近衛兵長ガルダが、剣の柄を握り、男に構えをとった。
それは、男の次の仕草等が怪しければ、剣を抜き臨戦をも辞さない様だ。
その老臣ガルダの姿を見て、未熟なエリート兵役のキールネルフも、ガルダの様子を見て柄を握った。
一筋の風が三人の頬を通り、詩唄いの男が微笑んだ。
「お待ちなさいな。私は詩唄い、言うなればだね、自由人ですよ。」
二人は突然の男の変わり様に、まだ驚きからか、剣から手が離れずに、互いと男とを交互に見つめ、警戒していた。
「フフフッ、足を止めるのは困りますね。」
男は先頭に立ち、再び歩き始めた。
…三人は歩いていた。コーティスの歴史に、生け贄が馬を奪って逃げ出した事から、以降は歩いて向かう事になっていた。
だから歩いていたのだが、出発した時と状況が違う。
先に老臣ガルダが導き、詩唄いの男を挟み、後方に若きキールネルフが控えていた。
しかし今は、詩唄いの男が豹変したかの様子を見せて、飾りの剣を片手に先頭を歩いている。
ガルダは遂に剣を抜いて、事有らば男を切り捨てようと構えている。キールネルフはガルダが動き出したならと、剣は抜いていた。
詩唄いの男は、時折振り向いては
「フフフ…」と笑みを見せていたが観念したのか、足を止めた。
そして振り返り二人に語り出した。
「私はね、この国を裏切るつもりだったのだ…。
…目的はね、この刀だ。」
「………。」
二人は、剣を構えながら静かに見守った。
「下品な飾りが付けられてしまったようだがね、この刀は〔魔物狩り〕と言うのだよ。」そう言って、男は飾りを剥がし始めた。
ガルダは剣を更に強く握りしめて、固唾を飲んだ。
が、しかし隣に居たキールネルフが男に声を掛けた。
「剣ではないのですね…。」
「ああ、刀なのだよ。」
そう言いながら、飾りを剥がし終えた魔物狩りと言う刀を、キールネルフに差し出した。
キールネルフは思わず、刀を受け取ってしまった。
男は、刀を若き兵役に渡すと
「その刀を立てて、倒してご覧。その刃先は必ず私に向いて、負の力を放ち私を死への旅へ誘おうと、魅了するのだ。」
「………。」
二人が黙っているのを見かねて、男が催促した。
「さあ、戯れ言ならば死なない程度に切り刻み、化け物に喰わせてくれて良いぞ。」
ガルダは、自分が今考えていた通りの事を言われ、ドキッとした。
二人は目を合わせた。
ガルダが頷き、キールネルフは刀を立てて、手を放した。
カランッ…カラカラン…。
「………。」
男の言う通りに、刃先は見事に計測したかの様、一直線に男に向いている。
「一度では、つまらん。もっとやってみたまえ。投げても良いぞ。」
カラカラカラッ…。
刃先は何度やっても男を向いた。
わざと、男と反対側に傾けようと、言われた通りに投げてみても、結果は変わらなかった。
「ハッハッハッ、暇潰しには丁度良い刀だろう?
しかし、今は急ぎたいのだよ。」
二人が口を揃えて言った。
「この刀は何なのか?あなたは一体、何者なのか…?」と…。
…魔物狩り…。刀は、名をそう名乗り、美しき女に姿を変え、持ち主の夢に現れると言う。
そして魔物狩りの女は、こう伝える。
「私は、刃の輝かぬ刀…。
但し使い方次第で何でも斬って見せようぞ。
ただ私を振れば…、斬ろうとも叶わぬ。
しかし、強き者を斬りたいならば、そなたの命を込めよ…。
私は…、持ち主の寿命を貰う。
何でも斬り捨てて見せる…。
私は、そなたの命が欲しくて堪らないのじゃ…。」
この詩唄いの男の前の持ち主は、遥か北に位置する国に住む、鬼の子であった。
代々、鬼に受け継がれて来たが、結して寿命を使い切る事は無かったと言う。
「凄いですね、その魔物狩りは。」
一日を歩いた。
火を焚き、保存の効く保存食を炙り食べていた。
今夜は、ここで眠る事を決め、三人は火を囲んでいた。
詩唄いは、ここまで歩きながら、妖刀については逸話を含め話していた。
若き兵役のキールネルフは、
瞳を輝かせながら、しきりりに相槌を打ち、詩唄いの男の話に聞き入っていた。
それまで黙って耳を傾けていた老臣ガルダが、割って入った。
「しかしまだ、あんたの事が分からないな…。」
朝に男が言った、裏切ると言う言葉が気になっているのか、老兵の顔は警戒心が表れていた。
「…僕はね…。」
「レイ王じゃないのですか…?」
詩唄いの男が言うのを、キールネルフが遮った。
「…っ!」
ガルダが、息を殺し呼吸を止めた。
「フフフ…。」
男は少し笑い、干し肉を炙っている。
否定する事無く…。
ガルダは、この男のただならぬ気配と言うか、憂いや哀しみ、殺気や気迫…、とにかく目に見えぬ物が伝わり、いつでも気を許せない状況であった。
かつて、戦場を掛けた者にしか分からぬ観察力が、ガルダの神経を刺激していた。
だが、レイ王と聞いて、それらは結集された。
…威厳!
冷たく恐ろしい気配の中に、優しく優雅で華麗とも言える魅力を、感じていたからだ。
「実は昨日、あなたが牢獄にいる頃ですが、噂が密かに流れました…。
あなたが、レイ国の王ではないかと。」
「フフフ…、私の居た国ではね━。」
キールネルフの言葉に反応し、男が語り出した。
「私の国から、遠くを表現するのに、コーティスまでと比喩する事があるみたいだったな…。」
それを聞いて、キールネルフが
「左様で御座いますか!
我が国でも、ここからここまでと大袈裟に言う時は、コーティスからレイ国までと言いますよ。」
と喜んで、笑顔を男に向けている。
「そうか。…面白いな、何であろうかね?
…まあ、とにかく納得が出来るな。
我が国が滅び、忠臣の一部は遠くへ移った。それは遠き国を表すコーティス…。」
顔を上げ、男は二人を見て、話を続けた。「近衛兵の男は、ボロ服を纏ったみすぼらしい姿の私を、声だけで識別した…。
私はあの男を、忠義の者と覚えていたんだが、悪い事をしたよ。
彼は、才能ある国の宝だった。出してやらねばならないな…。
それと、私の最愛の者の、身の回りの世話をした女。
彼女も、この国で宮仕えをしているのだね。
鉄格子の向こうで、私を見ていた。
きっと、彼女が噂の元だ。
あまり出過ぎた事にならなければ良いが…。」そう言うと、再び視線を炎に移した。
「では、やはり!レイ国の王様なのですね。」
キールネルフが同意を求めた。
「フフフ…。レイ国は、内乱により別な物になった。
私は王を追われ、詩唄いに戻ったのだよ。」
「でも、やっぱり王様だったんじゃないですか?」
「フフ…、私を王と呼びたいのならば、亡国の王と呼ばなければならないね。」
キールネルフの同意は、打ち消された。
しかし、黙って聞いていたガルダは思った。
国亡き今も臣下を想う。
この方は国滅びようとも王なのだ。
そして、おっしゃる通り亡国の王だ…。
曇り空。
久しぶりにコーティス国を雲が覆った。
老兵の元近衛兵長のガルダが、二人から離れた所で、身仕度をしていた。
年のせいか、一番先に眠り一番先に起きた。
寝ている二人を眺めると、元レイ国の王の寝顔は、涙の粒を一つ作り笑みを浮かべていた。
その涙を見たのを気取られぬように、気配りか離れて仕度をしていた。
背後に気配を感じ、ガルダが振り返ると、レイ王は仕度を済ませ立っていた。
掛ける言葉が見つからず、ガルダが動きを止めていると、レイ王が微笑みガルダに声を掛けた。
「おはよう、ガルダ殿。あなたにお願いがしたい。」
そう言うと、綺麗に折った紙を差し出した。
ガルダが受け取ると
「昨夜書いたのだが、コーティス王に渡して頂きたい。
内容は、元レイ国の王として忠臣の憂いを晴らしたい願い。この国の素晴らしき事。私が皆を欺いた事と詫び。そして死地を頂いた礼を綴らせて頂いた。」
「………。」
「お願いしたい。」
元王の態度が、ガルダの心に響いた。
願いというのに媚びず、傲らず誠実であった。
何より、レイ王の笑顔が美しかった。
「慎んでお受け致します。」
とガルダは、自分が王と崇める陛下の願いの様に拝領してしまった。
しかし、それは武人として、我が国の為に尽力して下さる異国の王の願い、当然の事だった。
包まず丁寧に折った紙には老臣の、死に逝く者への敬意が込められた。
やがて、未来を担う若き兵士キールネルフが目覚め、仕度が整ったので、三人は再び出発した。
しばらくは、綺麗な花を褒めたり、近隣の国政や宮仕えの女性の事等に話を弾ませていた。
「そういえば。」と、レイ王が話を切り替えした。
「君達に、この妖刀の当初の使い方を話していなかった。コーティスを裏切るはずだったという。」
続け言い
「そして、この先の使い方も…。」
「使い方?それは王子を奮い起たせる物では…、でも呪われているんですよね。」
二人はレイ王をすっかり王子と呼んでいた。
身分を知り、詩唄いと呼び続ける事は、武人として恥ずかしいとガルダが申し出たので、レイ王は
「…では、好きにしてくれたまえ。」と言ったので、レイ王が陛下より年が上のようだが、国に外交以外で王が二人は、縁起が悪いという事で差別する為に王子となった次第だった。
「私はね、レイ国を内乱に導いた男を、つまり私から最愛の者を切り離した男。そいつを、この刀で刻んでやる為に、この国に参ったのだ。例えこの国を裏切ってでも。」
レイ王は、未だにこの国に背くかの様に、怒りを込めて言った。
「レイ国の噂は、遠くても我が国まで聞こえます。
一体、何が起こったのですか。鬼の国で?」
キールネルフが尋ねた。
よく聞く話であるが、レイ国は鬼が統治した国で、今でも鬼の子と呼ばれる末裔が治めていた。
しかし、鬼の子を飼い慣らし、人間が王になったと伝わって来ていた。
最近は、その国は内乱で滅び、大国のまま別の国になったと噂されていた。
「鬼の国…。」
レイ王が呟いた…。
━鬼の国…。
文字通り、鬼の支配する国。
この国の始まりが、鬼の王。
この王が配下の鬼を連れて、略奪の限りを尽くした場所が、そのまま国になったと言う。
人とも交わった為、繁栄を極め、王の子供達は〔鬼の子〕と呼ばれ恐れられた。
代々、鬼の子は人間離れした力を持っていて、恐怖からか、隣国がこの地を侵す事は少なかったと言う。
逸話だがレイ国の名称は、最初に鬼と交わった女性の名で、代々鬼の子が、性別を問わずレイと名乗った事から定着し、レイ王の統治する国もまた、その名で周囲の国々の人達によって落ち着いた。
そしてその国、元レイ国の王、詩唄いとして死に逝く者…。
その男が目をつむり、歩きながら語り出した。
「レイ国は…━」
━…レイ国は、未だに周囲の者達に恐れられていた。
にも関わらず、流れ星が多く見られ、夜は神秘的でとても美しい。
そして、今の王は女王だと言う。
この女、どんな男も惑わされる美貌を持ち、妖しい美しさにて誘い、男を喰うと言う。私は詩を唄いながら諸国を歩いていて、近くの国でこの噂を聞き、是非ともその美しさを見てみたくなったのだ。
━ある夜に私は、城の近くまで行ったのだ。
勿論、この噂の主…女帝のレイ王に会えるなんて微塵も考えていなかったがね。
しかし、何もせずにいたら何も起こらないと思い。
そして…、城壁脇の道にて、私は背後から声を掛けられた。噂は流れ、私は久しぶりの獲物であった…。
振り向いて、私は思わず笑ってしまった。
そこには、可笑しな化粧を施した女が居たから…。
すると女は怒り始め、私を城内へと強引に導いた。
…私は待っていた。
ここで待つように、念を押して言われ、何の部屋いや、何の間か、分からないが待たされたのだ。
…しばらくして、先程の可笑しな化粧の女の声を持つ、美しき女が現れた。
「待たせて済まなかったな…」と女が言うのを見て、私は再び笑ってしまったんだ。
顔赤くしてね
「先程の、妾の姿を笑うのは理解出来るが、この本来の姿を笑われる覚えは無いぞ。」と言うからね、笑うのを控えながら私は詫びたんだ。
「悪い悪い、だけども先程の化粧姿もだが、こんなに麗しい方が、あんな化粧をしていたかと思うと可笑しくてね。」と、また笑ってしまった。
それを見て、女王もつられて笑い出したよ。
互いに、頻りに笑った後で、顔を見合わせた。
「そなた、妾が恐くはないのか…。」
「噂は聞いておりますがね、恐いだなんて…。
恐いとしたら、その美貌でしょうか。」
「ん?……。」
「それにね、もしも私があなたの父親だとしたら、男の子を授かれなかった場合、女の子…つまり大事な娘を想い、鬼の恐ろしき噂を流して守ってやるだろうね。」
「お前…、看破いたしてたのか…。」
それからね、空が白み掛かり明るくなるまで、私が旅で見聞きした事を、女王は美しい顔を和らげながら聞いていたんだ。
「妾はそろそろ、政務に掛からねばならぬのじゃ。
そなたは、今晩も此処に来て、妾に話を致せ。良いな?これは、命令だ。」
「あいにくですが、女王様…。
私は、詩を唄い旅する自由人。私を令で縛る物は何も無いのです。この地の民にも在らずですので。」
私が、命令に従えないと聞くと女王は、うつむいて哀しい顔をしていた。
哀しい女だ。
身分を偽り、顔に醜い化粧を施し、友を求めた。
それすら、逆に目立ち正体がばれて、恐れられる…。
私は、目の前に項垂れる、この国の王女が綺麗な顔を固めているのを見て、優しく声を掛けた。
「でもね、あなたの様に美しい方に、お願いをされたのならば、断る事は出来ぬでしょうね。」
レイ国の女王が顔を上げた。
しかし、そこには女王の顔は無かった。
綺麗な瞳を潤ませ、女が言った。
「ではお願い致します。
私は、幼き頃から恐れられ、友達と言う者も無く孤独でした。どうせ、あなたには私の正体は知られてしまっていますし、お願いです。
突然舞い降りて来て下さって、疾風の様に去られるのは、私には耐えられないかも知れません。
少しの間、留まって下さいませ。」
笑顔を作っていたが、声は哀しい程に泣いていた。
「もう大丈夫ですよ。
私があなたの哀しみが消えるまで、また参りましょう。
美しく麗しいあなたが、哀しみを持っている事、放っては置けませんのでね。」
私はね、その時のあいつの笑顔は、絶対に忘れる事はないんだ。永遠にね。
生…き……て…
…瞳を閉じて、歩きながら話をしていた亡国の王子が、目を開けて話を区切った。
瞳を閉じれば、今も目の前に居る愛しき人を見ているようだ。
だがそれは、結して触れる事の出来ぬ、温もりの無い人…。
それを見たキールネルフが
「…なんか、感動ですね。
雲の上の話みたいですよ。」と真剣に聞き入った感想を述べた。
「フフ…、ありがとう。」と王子が言ったが、キールネルフは、何故に国が滅んでしまったかを、早く知りたかった。
「で、どうしてですかレイ国が滅びてしまったと言うのは。」
「大国が滅びる理由は、決まって内からだ。
レイ国も恐らく…。」
珍しく、ガルダが割って入って来た。
「フフ、流石は御老臣。
年季が違いますな。」
と王子は言った後で、滅びの真の理由を語り始めた。
━…それからね、私は毎晩城に行き、あいつに話を聞かせていた。
八日目の夜だ。私は女王と口付けを交わした。
どちらからであろう?
もし、私からであったら、私が唇を奪わなくとも、女王が私の唇を奪う事になるであろうし、それが逆でも同じ事。
私と女王は、惹かれ合っていた。
そして、今夜はここで眠るよう頼まれた。
朝に目覚めると私は、使いの者に何やら着替えさせられ、昼頃迄、室内に閉じ込められる様に待たされた。
使いの者に、私は別の部屋へと案内された。
そこには、レイ国の元老院達とレイ国王が会議をしていた。
「もうすぐ、終わりますから。」と女の王が私に言うと、会議は再開された。
議題は、王位の禅譲。
レイ国の女の王様は、なんと、私と王様の交代をしろと話をしていた。
理由は私との結婚だった。
元老院の者達の意見は反対なのだが、鬼の子の王に誰として逆らえないでいた。私を含めてね。
そして、反対意見零票の会議が決着し、私とレイは結婚。
女王は、前の王には違いないが、ただのレイと言う娘になり。
私は代わりにレイ国の国王になったのだ…。
しかし、変わらずに政務は娘のレイが取り行った。
━………。
「なんですか、それは。」キールネルフが、話の途中で遮った。
すると王子が
「アハハ。私もね、その時に君と同じ事を言ったんだよ。」と笑顔で、共に呆れて見せた。
「しかし…。」
キールネルフが確信を求めた。
「うん、しかしね。
私は、当初フラりと立ち寄った旅人ゆえに、冷たい目が背後に光っていたよ。
だが、流石。結束ある鬼の一族だ。
皆に支えられながら、王を務めさせて貰った。
女王の認める男、と呼んでくれて手助けしてくれてね。
だが、しかし…。面白く思わぬ奴らがいた。
レイ国最強の部隊にして、最大の曲者。
鬼を討つ者の一族、紅き騎士団…。」
「えっ?鬼の国の最強の部隊が、鬼を討つ者の一族ですか?」キールネルフが、すかさず聞いた。
「ああ…。あの国の寄生虫だ。何でも長い歴史の中に、古くから存在するらしい。
しかし、最強…。
私を愛したレイが、子供の頃、父親である国王が暗殺され、隣国が押し寄せたのだ。
その敵国に、この紅き騎士団は、僅か二十名で突進し、敵国の玉座に治まる王の首元に刀をあてがって勧告をしたそうだ。」
聞いていたガルダが思わず声を上げた。
「まさかっ…?!」
「北の国は刀なのですね…。」キールネルフは、ガルダとは違うところに、感心をしていた。
二人の言葉を聞いたが、王子は話を続けた。
「勧告内容は、全兵の退却…。
首元の刀を睨む、敵国の王は従うしかなかった。
要求を受け入れさせた、紅き騎士団も退却。
この時、紅き騎士の二名が戦死。
戦が終わってみれば、敵国の負傷者は数えきれないにしろ、死者は一名もなく。紅き騎士団も、退却時の二名を除いて帰還し、国としては、さほど影響は無かった。
敵国の戦意を除いては…。」
「攻めるよりも退却が一番、戦で難しいとされるが、犠牲がたったの二名とは…。
しかも僅か二十名で、敵兵を掻い潜り、王の喉元にたどり着くなんて事は…。
敵兵の規模は?」ガルダが奮い起った。
「先陣としての、…二千と五百…。」
王子が答えた。
「馬鹿な、そんな事…。
…信じられん…。」
「確かに、信じがたい話だ。
しかしこの話は、さほど古い話では無いので、レイ国の周辺諸国では有名な話として語られているんだ。」と王子がガルダをなだめた。
「そうですか…。しかし恐ろしい部隊ですな。」
ガルダは、疑うのを諦めたようだ。
「そう、こいつらが、私の愛するレイを殺したのだ…。
そして私は、この紅き騎士団を討つ為に、このコーティスの国に魔物狩りの刀を取りに、参った。」
「左様で御座いますか。
しかし、何故その刀をご存知で…。」
キールネルフが尋ねた。
「フフ…、これは元々私の物だ。
とは言っても、レイに王家に代々の伝わり、父の形見でもあるからと貰った物だがね。
内乱勃発時には、私は城下に居た。
そして、家臣からの報告を受けた。
「前の王で在らせられた、レイ様が弓を弾かれ討ち死になされた。」と涙ながらにね。
加えて私に最後の言葉を賜ったと。
そしてそれは、ただ…
「生きて…」
と…。」
生きて…
「私は、家臣の刀を奪い、共に討たれようとしたのだが、レイ様の願いを聞いて差し上げて下さいと、家臣に掴まれて、涙ながらに訴えられ、私は共に涙を流す他、無かった。
内乱後も家臣は皆、私の味方でね。密かに魔物狩りの刀で、仇を取る望みを伝え所在を探らせていた。」
「でも無かったんですね。」キールネルフは、聞き上手らしいようだ。
「うん。城内には無かった…。よその国にて、妖刀の噂がたった。どうやら、何者かが持ち去ったようだ。
そして、家臣達に別れを告げ、妖刀を探し追った。」
「そして、我が国まで来られたのですね。」
「ああ、コーティスを裏切るつもりでね。
しかし、流石は誉れある誇り高きコーティス国の牢獄だ。
私は頭を冷やされたよ。
それに、私がレイ王の頃に麻薬酒を振る舞われるが、毒の一種を盛られてね。
記憶に少々失った部分があったが、目覚めたよ。
生きて…ってレイの最後の言葉…。聞いてやれなかったが、私が逆の立場でも同じ事を言っただろうな…。
生きていなかった。
私は気が付いていた。仇討ちの相手、紅き騎士団…。
私が手を掛けずとも滅ぶだろう。
騎士団長は酒の席で、うっかり私を殺せと口走った。奴はレイに、恋心を抱いていたからだ。
部下が酒に酔いながら襲撃…。
殺すのを、誤って私とレイを間違えたらしい。ならそれで、王座に就かなければ良かっんだ。
強きとも、奴に王の器は無い。
武力を奮い、近隣諸国を襲い勢力を拡大しているらしいのだ。
レイへの、罪滅ぼしか…。
地元意識の強い民達だ。きっと反旗を掲げ、反乱を起こすだろう。
だがその前に、鬼の一族が黙っては、いまい。
もう、奴の眠れる場所など無いのだから…。
そんな滅び行く者の首を欲し、この命を燃やしたところで、あいつは喜びだろうか?
生きて欲しいとの願いは、叶わないだろうが、せめてこの儚き命を有意義に使うべきと。」王子は、自分自身に語るようにうつ向いていた。
「それで、本当に生け贄になる決意をなされたのですね。」キールネルフが、哀しそうに声を掛けた。
「いや、生け贄にはならぬ。」王子は、顔を上げながら妖刀を突き出した。
「なんとっ…!」ガルダが、裏切られたと声を上げた。
「ハハハ、安心したまえ。
この魔物狩りで、討ち取って見せる。」
「部隊でもかなわぬ敵、妖刀あるとも三人ですよ。
それに、もし失敗したら、我が国は大変な事に。」キールネルフが、王子の申し出に反対をした。
「フフフ…。この妖刀はね、私の命を高く評価してくれる。想われているものだ。
では、私の寿命の一瞬を掛け、あの木を倒して見せよう。」と言うや否や、何やら呟き、妖刀を振った。
木を倒す。その約束は軽く果たされ、余る程であった。
指差した木はおろか、一帯の木は全て、大きな音を立てて皆倒れた。
呆然とする二人に
「私の寿命…、どれ程か分からぬが、一瞬でこの様ならば、全て使えば間違い無く魔女と怪物…、討ち取れるであろうな。」と、目をやり言ったので
「…間違い無いでしょう…。」ガルダとキールネルフは、そう言うしか無かった。
…生け贄の巡業…。
の筈であったが、今や魔女を倒すべく向かう、討伐隊に変わってしまっていた。
「王子…、死に行くのに楽しそうですね…。」キールネルフは、自分も討伐隊の一員である事に、不安なようだ。
「私は暗い所に行くのでは無い。
今は、私の最愛の者が、私が座る椅子を、慌てて用意しているだろうよ。
あいつにとって、私は神々しい存在だったからな。」
「はあ…。」
「はい」とは素直には、言えないキールネルフ。
「詩唄いの私がね、偉そうな口を聞く云われは無いだろうが、寿命の価値をこの妖刀に下げられたくは無いので許されよ。
癖でもあるがね。」と笑って、王子はキールネルフを励ました。
「はあ…、亡くなられた愛する方の為にも、良いと思いますよ。」
少し、気持ちを入れずにキールネルフが返事をした時…。
ガルダと王子が、立ち止まった。
「…あそこだな。大きな獣だ…。」王子がガルダに耳打ちした。
「…五匹程ですな…。」ガルダが小声で答え、剣を抜いた。
大きな獣と聞いて、キールネルフは固まってしまった。
ガルダが、王子が示した所に向かって立ち一喝した。
「我等こそ、誉れある誇り高きコーティスに仕える者。それを知っていて、身を潜めているのかっ?!」
すると、茂みの一部がガサガサと揺れ、騎士の装備で固める者が五人、剣を掲げ飛び出して来た。
キールネルフは圧倒されていたが
「うわぁ!…えっ?…人間?ならば…。」と、ようやく剣を抜き、囲まれようとしているガルダの背後に援護についた。
ちらりと王子を見ると、不敵な笑みでこちらを傍観していた。
飛び掛かる敵を、ガルダが次々と刻む。キールネルフの出番など必要が無かったのだ。
ガルダが、己の戦意に奮えるのを抑えているのを見て、王子が
「キール君。その倒れている五人の中から、一番偉そうなのを選び、首を切り落としなさい。」とキールネルフに指示した。
さっきまで、他人事のように見てただけの亡国の王子が、何の気紛れかとキールネルフが困惑していると、
「首を城に持ち帰り、絵師に描かせるのだ。」
と背後に居たガルダは、興奮が少し冷めた様子で、キールネルフに言った。
「え〜?一体何だと言うのですか?」キールネルフは、二人が無茶苦茶を言うのに耐えられなくなってしまった。
「其奴等は、私が名乗ったにもかかわらず、名を名乗らずに襲って来た。
手配書を作り、どこぞの国の者か、突き止めなくてはならんのだ。」と老臣ガルダが、若手のキールネルフをなだめた。
━二人は眺めていた。
そして、渋々首を落としているキールネルフに、からかうように、声を掛ける。
「良い経験だ。」
作業を終え、キールネルフがガルダに
「先程は、凄い剣の捌きでしたね。
失礼ですが、元近衛兵長とは言うものの、ご老人だと思っていましたから。」
苦い顔で、首を落としたキールネルフは、今度は憧れの眼差しで見ている。
ガルダは年の事を言われ、苦笑いをしていた。
それを見た王子が、キールネルフに
「アッハッハッハッハッ。そなたは、死神ガルダを知らぬのか?」と笑いながら問うた。
「何を言うのですか?死神ガルダぐらい知ってますよ。
我が国の英雄ですからね。元近衛兵の祖父と、近衛兵の父から散々聞いていますよ。
有名な話じゃないですか?」
馬鹿にするなといった感じで、キールネルフが少し怒って言った。
それを聞いて、二人共呆れて笑っていた。
何だ?この二人…一体何が可笑しい?
怒りが増したキールネルフであったが、ふと我に返った。
「まさか…。」
ガルダは苦笑いのままだが、王子は声高く笑い出した。
「そんな!ガルダ殿が、死神ガルダだなんて!
私はガルダ殿が老人だとばかり。
未熟とは言え、失礼の極みをお許し下さいませ!」
ガルダが苦笑いのまま、キールネルフに答えた。
「わしとて、昔から老いていた訳ではない。
それに、ただ国の為に頑張っただけじゃよ。
死神と名乗った事は無く、わしの努力を評価してくれた者が、そう呼んでくれただけの事ではないのかな?」
笑う亡国の王子
苦笑いの死神
詫びる未来の英雄
三人の目的の地は、もう直ぐそこにあった。
楽しい旅は大詰めを迎える。
夜遅く約束の地に着いた。
火を焚き、飯を食い、花の話や女の話、ガルダの武勇伝、キールネルフの家柄等の話をしていたが、気が付くと王子を残し眠っていた。
最後の夜…。目をつむれば、愛しき者。耳を澄ませば
「生きて」と聞こえる。
王子は眠れずにいた。名前を捨て詩を唄い、恋に落ちて王になり、愛する者を失い亡国の王子になった。
全ては、レイという女と共にある。
この地に果てようとも。
想いに馳せていると、ガルダが起きて来たようだ。
「王子…。気付いている事を気付いていると思いますが…。」
「気付いている事、気付いているよ。
…この地も美しい。
ガルダ殿が先代の王と共に、守り抜いたんですよね。
レイの国を統治した者として、尊敬致します。私は、守ってやれなかった。
よくぞここまで奮われましたね。よそ者ですが、お礼が言いたい。
ありがとう…。」
「…っく…。」
ガルダが泣き、夜が更けた。
やはり、この方の向かう所が愛であっても、それは死なのだと…。
ガルダは、男泣きで眠った。
年のせいで、眠りが早いと悔しげに…。
朝が来た。
王子は機嫌が悪いようなので、キールネルフが気を付かい、どうしたのか尋ねた。
「生け贄では無いのに、夕刻迄待つとは、どうしたのものか…。」
キールネルフは、呆れて苦笑する。
というのは、朝起きたのは王子の鼻歌がきっかけであった。
ご機嫌ですねと、声を掛けると、最後の仕度だからと笑顔であったからである。
「早く逢いたい。」を繰り返し呟く王子を見て
「愛のせいで、冷血ですな自分の体に。」とキールネルフが声を掛けると
「ん、良い詩になる。詩唄いとして、キール君に最高の評価をやるよ。」と褒められた。
「左様で御座いますか、光栄であります。」と苦笑いをしていると
「キール君、君は我が身より愛しい体を知らぬからな…。」と嘆かれた。
「我が身より大事な体は、陛下の事で御座います。」
とキール君が反論した。
「それは、兵として当たり前の事。そなたに、好きな人が出来たら?」度々、詩唄いである亡国の王子は、王と詩唄いの話振りが混ざるようだ。
「…それは…。愛する人の身は大事…、でも自分の体が無くては逢えない…。
…なんだか儚くて、切ないですね。
私にも、その魔物狩りを貸して下さいよ。」自分も死のうと、キールは冗談を言った。王子の言う事は確かに難しく、混乱しそうだからだ。
「ハハハ、済まぬ。若者の未来を奪うつもりでは…。お詫びに、私の旅で楽しかった事を聞いてくれたまえ。」とキールの冗談に詫びた。
「良い話なら良いですよ。
どうせ、夕刻迄時間有りますし。」
「フフフ。では私が心を打たれた、農民の父子の話をしよう…。
ある日、私が旅の途中…嵐が来た。やり過ごすにも困難と考え、農民の家に屋根を借りた。
食事を用意して頂いて、可愛い子供と遊んだ。
父親が子供の話をしてくれてね。手を繋いで歩く時、横に行きたくなったらその方向に、軽く繋いだ手を曲げる。
すると、子供は曲げた手を真っ直ぐにしようと、体を向け直す。言葉が伝わらぬ子供と歩くのに工夫をしたと。
何故なら、この父子は妻であり母親である者を、失ってしまっていたからである…。
ある日、繋いだ手をやはり軽く曲げて、子供に行きたい方向を知らせた。
ところが、子供が父の真似をして、グイグイ父の手を曲げる。その小さな力は、私を励ましてくれたと、父親が涙をうかべた笑顔で、私に語り聞かせてくれたのだったよ…。」
「いや…。それは良い話ですよ。
…他にも有りますか?」とキールは涙を浮かべ、次をねだった。
「フフ、ではね…。
やはり旅の途中の話を…。
私が旅をしている頃…。高熱にうなされてしまい、それはようやく癒えたのだが…、視覚を失ってしまったのだ。そして、なんとか医者の家にたどり着いた。医者は、珍しい事に女性であって、私に心からの看護をして下さった。
心の美しい方で、医者の仕事に併せて、病で喋る事が出来無くなってしまった方に、優しいご指導をなされていた。
やがて、私の目が治り、その女性を見た。その美しい心を表す様な、美しい女性だった。私は心を奪われ、恋心を抱いた。
しかしね、彼女は多忙だったんだ。この街の者の治療と、諸国から訪れてる喋る事を夢見る方。彼女は美しき天使の様だ。私は皆から、この天使を奪うのを諦めて、別れを告げた。
私は再び、旅に出た。
しばらくして、水入れの筒を抜くと手紙が落ちた。医者である彼女からだった。手紙には、愛を紡ぐ暇があるなら、私を愛したかったと。
しかし、私は彼女に別れを告げる時、手紙に書いてある事と同じ事を言っていた。二人の気持ちは同じだったのだ…。
私はね、優しい彼女がそういった仕事をされているのが嬉しいが、そういった仕事をされている方が、彼女のように優しい方だというのも嬉しいんだ。」
「それは、良い話では無く、羨ましい話ですな。」キールは口を尖らせ、愚痴を言った。
「いや、そなたに彼女は、如何かなと。」王子は、言い訳がましく弁解した。
「そうですかっ!では彼女は、何処に?」キールが機嫌を直し、尋ねた。
「ギルドラの街だよ。馬で、北に四十日だ。」
「そんな遠くには、行けませんよ。務めが有りますし、行ったとして帰りもあるし、愛が芽生えるかどうかも。
大体、詩唄いでは無いのですから…。
やはり、良い話ではありませんね。」キールが皮肉を込めて、王子に返した。
「ハハハ、しかし彼女の妹は、このコーティスの城下で、同じ事をされているそうだぞ。」王子が、笑顔でキールの肩を叩く。
「コーティスの街でですか!
ならば、私は頑張りますよ。
私は、誉れある誇り高きコーティスの男、そんなに素敵な方を、黙って見ていられますか!
守って、差し上げますよ。
良い話ですな、王子!」キールが腕を挙げる。
王子が笑った。
黙って聞いていたガルダも、可笑しかったようだ。
笑う死神に、亡国の王子がキールネルフを指差し、これが良い話だなと声を掛けた。
三人は、目的を忘れ笑っていた。
━昼前から、空が曇りだした。
魔女が来るのを知るように…。
そして、昼過ぎて雨が降りだす。
王子は、雨に打たれていた。
君達は、帰りがあるから…と、二人を脇の木陰に残し…。
稲妻が走っている。あちらでもこちらでも…。
空は昼間を忘れ、付近の大木は雷を受けている。
冷たい雨粒と不規則なリズムで吹く風を浴びて、王子は瞳を閉じて天を仰いでいた。
それを二人は、ただ眺めていた。やや雨が凌げる程度の木の枝が集まる下で。
どれだけの時が経ったのか、約束の夕刻は確かに迫っていた…。
無言でいる三人を気にもしないように、雨音だけが聞こえていたが、ピタリと止んだ。
雨音と替わるは大きな呻き声…。
魔獣が低い音を放ち、吠える声…。
鼓膜が破れる心配を、二人はしていたが…。
それよりも、恐ろしい何とも言えぬ、大きな獣…。
小さく見えて、今は目の前に居た…。魔女を抱えて…。
例えるなら、やはり熊に近いのか。だが大きさはそれでは無く、牙に涎を垂らし小声で吠えている。
魔獣を撫でながら、こちらを見ている女…。
黒い服…赤い瞳…白くて長い髪…血塗りの唇…尖った爪…そして、ニヤリと笑っている。
「…今年の獲物は、良い顔をしているねぇ…。」
最初に口を開いたのは、魔女カーラ・ネリアであった。
「下がっていたまえ…、妖刀を振る…。目が潰れてしまうかも知れない、目を閉じていなさい。」
目の前の魔女と獣を見据えながら、背後の二人に語ったのは、寿命を使いきると言っていた亡国の王子である。
「フフフフフ…。」魔女が妖しく笑う。
その時、キールネルフは魔女と目が合った。
[絶望…!]
ガンッとキールの頭に絶望がぶつかり、そしてのし掛かった。
身体が震え出した。哀しい思い出が頭を駆ける。
子供の頃に父親に叱られた事。親戚が亡くなった事。友と争った事。恋人が去った事。大好きなスープを溢した事。嫌な事が全て!止まらない!止まらない…!
忘れていた記憶、こんな嫌な事を忘れていた!
ぶつかりのし掛かった絶望が容赦なく頭を叩く。
目の前が黒い。いや微かに灰色…。涙が止まらなかった。もう死なせて欲しい。お願いだから殺して下さい…。
「ガルダ殿…。死神がキールをからかって遊んでいる。キールを連れ、早く離れてくれたまえ。そしてコーティスの加護を願いなさい。」王子が振り返り、ガルダに告げた。
目を閉じるように言われたが、ガルダは下がった位置でキールを抱え、悪しき者と、そして戦う者を眺めていた。
年老いた身、目はくれてやる。最期を看取ると…。
魔女が笑い、両手を拡げた。
王子は妖刀魔物狩りを、天にゆっくりと差す様に、頭上に掲げた。
空気が積まる…。息が出来無くなり、肌がピリピリと痺れる。
時限が歪んだ…。
すると目の前が真っ白になり、勢いの凄い風を浴びて、ガルダとキールネルフは吹き跳ばされた。先程の雷の音を軽く越える音が、吹き跳ばされる体に着いてくる…。
………。
音が失なわれた世界で、ガルダは目を開けれずにいた…。
…確かに聞いた…。ギャアアアという不気味な叫び声を…。魔女は討たれたのであろうか?王子は果てたのであろうか?
目を開けて確かめる事を、ヤキモキしながら願っていると
…ガルダ殿…。…ガルダ殿…。
王子の声だ…。
ガルダは、声がする方向に顔を向けた目を開けようと努めながら。
「フフ…。魔女と化け物は、確かに討ち取った。しかしガルダ殿、目は大丈夫か…?」
ガルダは涙を流しながら、意地を張り目を開けた。
…白い視界が少し晴れて、霞んだ王子の姿を見た。
「大丈夫だな、良かった…。魔物狩りの刀は粋だな、微かに寿命を残してくれたらしいな。次の世代を育ててくれたまえ。では、さらば。コーティスの加護あれ…。」
王子は笑顔の様であった。そしてその笑みは、ガルダと妖刀に向けられた。
王子が喋り終えると、手にした刀が妖しく光った。
「………。」
ガルダは、返す言葉が見つからずに息を飲んで見守っていた。
亡国の王子が持つ妖刀魔物狩りが、キーンと震えながら赤く光っている。
寿命を喰う妖刀…、今全ての王子の寿命を喰い尽しているのだろう。
「…生きて…か…。私は寂しかったぞ…フフフ。今を生きた…、レイよ悪いが参る。そなたの元へ…。」
王子の顔が、年老いてゆく。
そして、灰になった…。サラサラと崩れ落ちた。
「王子…。」
ガルダは、両手を地につけうなだれて、灰になった王子を見つめた。
脇に妖刀が地面に突き刺さっていた。
目が幻惑されて、目が潤むせいもあるが、やはり涙が止まらなかった。
ガルダが灰になった王子を眺めていると、一筋の小さなつむじ風がそこだけに吹き、灰を山にした。
その瞬間!
雲が晴れているにも関わらず、稲妻が走り雷が地に刺さった妖刀に落ちた。
ガルダは、ガーンと落ちた雷に驚いた。
しかしよく見ると、雷が落ちた所に立ち込めていた煙…、透き通っているが白い女の形になってゆく。
…魔女か妖刀の精か、素手だがガルダが勇んでいたが、ピンと来た。
とても美しい女。人の手によって生まれる者ではとても無い。その美貌は魔性を秘めた様だからだ。
王子と繋がる美しい女…。
鬼と人の間に生まれた者の末裔、レイ国の亡き王女レイ様か!
確かに美しい、歳を忘れ奮えてしまう!
まるで天女の様だ…。
「ウフフ…。一生懸命に今を生きて下さいました。
素敵でございましたよ。
流石は私が全てを捧げた御方…。私の核心を見抜き、そして唯一私を支配して下さった御方…。
貴方様がお座りになる椅子は、用意が済んでおります。さぁ参りましょう。」
まるで、ガルダやキールネルフが視界に入らないかように、美しい女レイは前レイ国王の灰をすくい、そして天に昇った。チラリとガルダに笑みを残して…。
━キールネルフを起こし、王子の最期を語り、陛下にお伝えしようと二人は決めた。
奮える体に残された王子の記憶…。
時間が可笑しい…間違えたのか空は。とても晴れていた。
突然、黒い猫がキールの脚にじゃれた。魔女の化身か、王子の形見かと、驚いて二人は笑った。そして皮肉にも魔女のお陰なのであろうか、滅びたはずの鳥が飛んでいた…。
今は見る事が出来ず、コーティス城の廊下の絵画にしか、その姿は見られない鳥…。
しばし、二人は眺めた…。
生け贄を送り、今年も魔女の呪いを避けたコーティスの国…。
一人、苛立ちを隠しきれずにイライラする美形の男が居た。
コーティス国々王だった。
噂が城内はおろか、城下の町まで広がっていた。
レイ国の王だった男が生け贄になり、コーティス国の尊い一つの命を救った。そう人々が口にする。
しかし、彼の思惑は別にあった。
護衛の二人の者が、帰還するのに遅れている。彼等に問いたい。
詩唄いの男は、噂通りレイ国王の可能性が高いのかと。
「…爺め。」
コーティス王が、呟く。
政治執行補佐兼王室々長の老臣を、公では無い時に爺と呼ぶ。
その爺が、なにやら部屋に閉じ籠もり、ちっとも顔を見せない。
配下に呼べと、命令をしても爺は聞き入れないようだ。実際に奴は高位、王以外に逆らえる者は無い。
護衛が遅れている今、無事に帰還するかも疑問だ。
大体、爺が命令に背く事自体が、ままならない。
コーティス王は、しびれを切らし、爺の部屋の扉の前にやって来ていた。
そして、王は絶句したのであった…。
扉の向こうの爺が、泣きながら呪いの言葉を口にしたからだ。
その呪い言葉…。コーティス王の兄の名前を…。
「爺っ!私だ。盗み聞きをするつもりは無かったが、聞き捨てならぬ!扉を開けろ!」
「………。」
沈黙し、扉が開いた。
爺はローブを深く被り、顔を伏せている。まるで、魔術師だ。
「あの詩唄いは、腰抜けの私の兄上であろう?なのに城内は、レイ国の王だったと騒いでおる。何故だ?爺も知っておろう。そなたは私に、剣を授けてやりたいと申していた。奴の顔を見たであろう。」
コーティス王が、畳み掛けるように、声を荒げて問い正した。
「…陛下はあの方の正体に、お気付きでしたか…。」静かに、爺が口を開いた。泣いていたのだろう、顔が赤み掛かっている。
「そうだ。私が呪う兄上が、代わりに死んで詫びに来たかと見抜いておった。だがしかし、レイ国王と聞いて自信が揺らいでおったのだ。」
「…まさか、噂が事実だとは思いませんでした。
あの方は、おっしゃる通り陛下の兄上君様ですから。
噂の元を突き止めました。
宮に仕える女の者で、かつてレイ国に仕えていたとの事。そして間違い無く、レイ王様だと…。」
顔を伏せたまま、爺が答える。
「………。」
王が黙って聞いているので、爺が続けた。
「私は泣き崩れました。
ご立派な方です。
やはり、座るべき椅子に治まられた。玉座です。」
「馬鹿なっ!
そなたも、10年前に私と共にした苦労は忘れないであろう。
奴は、国と私を棄てた腰抜けだ!」
「先代が王に治まられた時も、とても大変なものでしたので…。」
爺が、やはり静かに答える。
「私には、何故腰抜けを讃えるのか分からん。
当たり前の行いだ。
罪滅ぼしをしたくて、ノコノコやって来おった。
私は慈悲で知らぬフリをした。奴は縁が切れた、只の詩唄いだ!」
「再び玉座に治まられたのは、器量がある証拠。
…とても優しい方でしたから。」
…兄は確かに優しかった。爺が珍しく折れず、口答えをする。
王の頭の中に、幼き頃の兄が浮かぶ…。そして…。
「まさかっ?!そんな…。
何と言う事…!」
王が頭を抱え、大きな声で独り言のように言って、爺を向いた。
「爺っ!質問する!
もし兄上が王になっていたら、私は一体どうなる?」
「…コーティス国の長い歴史には、代々伝えられる秘伝があります…。
一つは、国を拡げぬ事であり、他の国が強国になる前に叩く事。」
「うむ。それ位は伝わらずとも分かる。国を拡げるつもりなら、歴代の王がとっくに拡げておるわ。」
王が代わりに答え、次を求める。
「…もう一つ…。王は、男の子を二人作りる事が求められます。
二人の子は兄君が即位すると、弟君は幽閉されて王である兄君が万一倒れる場合の為に備え隠されます。
繰り返して、兄君の王が二人の男を作られると、幽閉されていた弟君は抹殺されるのです…。
大国が滅びるのは、決まって内から。こうしてコーティス国は、繁栄の歴史を刻み続けるのです。
残酷かと思いましょうが、血族一つ一つの命のお陰で、沢山の民が無事に暮らしていけるのです。」
普段に言い訳がましく話す老臣…。今日は瞳に炎が灯っていた。
「だからか…。幼少の頃から、兄上と一緒に行動するのは禁じられていたのは。」
王が怒りを込めて言った。
「作用でございます。もし共に事故にでもあわれたら、この国は危険な状態に。王が倒れたら、国が滅びますゆえ。
そして、もし兄君様が…。」
「もし、兄上が私に情けを掛けたら、私が野放しになれば内乱の恐れがあると…。
兄上は優しかった。兄上ならば、そうするであろうな。だから、私は兄上の失踪が余計に憎かった。兄上は優しかった。とても優しかった。」
コーティス王が、爺の言葉を遮り代わりに言った。
そして、大粒の涙が溢れる。
爺が一緒に泣いている。
爺が黙って泣いていてくれれば、王は叫ばなかったであろう。
爺が、頻りに兄の名を口にしている。
黙って泣いていてくれれば、涙したとて王は叫ばなかったのである。
王は叫んだのだった。大粒の涙を流し。
城内に王の声が響く…。
「兄上様…。あにうえさまああぁーーーー!!」
━コーティス王は玉座に座っていた。
そして、近衛兵が並ぶ。
牢獄にいたレイ国上がりの近衛兵が、玉座に向かい跪いていた。
そんな場面であった。
元近衛兵長の老臣ガルダと未熟なエリートのキールネルフが到着し、通すように許されたのは。
「ガルダ殿、済まなかったな。そなたは国の英雄、勇退をなされた身であるのに…。」
玉座からガルダを労うように、声を掛けたコーティス王。
「陛下、ご報告があります。」
ガルダが、王の言葉を慎まずに言った。
しかし、コーティス王は手のひらを軽く胸元で掲げ、ガルダの願いを控えさせた。王は笑顔であった。
ガルダは頭を下げて、王の無言の命令を受けた。
しかし、機会を見て王子の話を報告しようと、勇んでいた。
王がキールネルフに顔を向け、声を掛ける…。
「そなたは、随分良い顔になったな。死神を共にしたのは正解だったようだ。」
ハハッと、キールネルフも王の言葉を貰い、頭を下げて控えた。
「陛下っ!ご報告がございます。」
ガルダが頭を下げたまま、コーティス王に願い出た。
「そなたら。今だな、このレイ国に仕えていた近衛兵の者を、讃えるところだ。レイ国を治められ、そして我が国でも英雄になられた者。
つまり、レイ国の王であり、私の兄上に仕えた優秀な兵士をだ。
それでも、何かあるか?」
ガルダとキールネルフ。そして、牢獄に入っていた兵士。
控えるのを忘れ、顔を上げた。
涙を溢れさせていた。
兵士は再び頭を下げて、涙を隠す。
「ハッハッハッ、忠義の士よ。そなたがかつて仕えたのは、私の兄上だ。忠誠心を疑う事は無い。存分に泣き、泣き果てたら我が国の為に再び発揮してくれたまえ。」
「有り難き幸せ!」
兵士が、ウッウウと嗚咽を漏らしながらだが、はっきり王の恩赦を受け、心から泣いた。
「…陛下!ご報告です。レイ国王、重ねて陛下の兄君様!
魔女と死闘し、相討ちにして魔女と獣を果てさせました!」
ガルダが、王に報告する。
「なんとっ?」
と控えている皆、ザワザワと騒ぎ出した。
終止笑顔だった王の顔が、少し曇る。
「誠か?」
兄の死を受け入れた王。しかし、討ち取ると言う意外な話。少し動揺を見せ、静かに尋ねた。
「間違いございません。この、年老いた目でありますが、確かに見ました。この妖刀でございます。」
「うむ、ではそなた二人。
改めて場を設けるゆえ、兄上の死、語ってくれたまえ。今日は、ゆっくり休みなさい。大義である。ご苦労であったな。」
皆が控えたのを見て、コーティス王が下がる。
奥の王室に消えた。
持ち帰った敵国の首、絶滅した鳥、レイ国王の話。そして、この妖刀魔物狩り。話ことが、いっぱいある。拙者の寿命が足りるかな?ガルダは胸の中で冗談を言い、そして続けて妖刀に語り掛けた。
お前様は、次の寿命を喰う獲物、誰だ?もう決まっているのか?
ガルダが妖刀を倒して見る。
カランと北を向いた。
「鬼の国に帰りたいか?拙者が頼んでやるよ。素晴らしきコーティスを治める王に。」
老兵が、呟き笑う。
少し休み、キールをしごいてやるかと…。
━王の間━
外は天気の良いコーティスの国…。繁栄を続ける素晴らしき国。
コーティス王は泣いていた。
兄は獣に喰われたのでは無い。魔女と共に討ち取ったのだ。自分の命と引き換えに…。
(兄上様、貴方はまるで流れ星だ…。)
いきなり消えて…、また現れ消えた。
私を守る為…。そして国を守る為…。
幼き頃の記憶…。兄上様、貴方はいつも私を気遣ってくれた。優しい笑顔で。
内緒で私と遊んでくれた。
ある日、兄上から流れ星の話を聞いた。
願いが叶う素敵な話を。
私が見たいと、兄上に無理を言って、ある夜こっそり城下へ連れて行って貰った。
妖精が好むという花が、丘に一面咲いていた。
手を繋いで空に願う。
流れ星よ、姿を見せよ。コーティス王の血族の命令だ…。
刹那…、流れ星がスッと走った。咄嗟に願いを想う。
笑顔の兄上と私。
(兄上様ぁ…、何を願いましたか?)
兄上はいたずらに笑い、願い事を沢山叶える為に、沢山流れ星を求めたと…。
(そんなのずるいですよ兄上様ぁ。)
二人でいっぱい笑いました。
兄上様。私はね、あの時の願いはこうでした…。
(兄上様のような人になりたい…。)
コーティス王は、拳を強く握り決意を固める。
私は兄上様のような、誰にも負けぬ立派な王になります。
流れ星に掛けた願い、叶うかも知れません。
兄上様は、もう叶いましたよね。星が沢山流れる北の国に行ったのならば…。
そろそろ兄に習い、恋でもするか…。そう思い、コーティスの町を見下ろす、若き王。
兄に飛ばした呪いは晴れて、美形な顔が輝いた。
22才の若き王。
彼に振り向かぬ女性は、皆無であろう。
…しかし、この男にもコーティスの歴史。そして、二人の男の子を、授からねばならぬ運命…。
それが、のし掛かる事は避けては行けない事であろう…。
コーティスは晴れていた。
明日も晴れて、流れ星が輝くかも知れない…。
━ЕηD━
長い間、小説を書く事を、夢見ました。しかし、ラストシーンが面白くなく、浮かべていました。今回それを、空想的な世界に置き換えてラストシーンをイメージし震えていました。なぜなら小説にはルールがあり、初心者には大変勇気が必要なものだと思っていました。この場を提供頂いたウメ様。そして、最後まで僕の願いにお付き合い頂きました読者の方、ありがとうございました。調子に乗り次作を書けるかは皆様の感想に任せてみようかと考えます。欠点だらけの本作品、小説家ではなく妄想家。そんな僕が皆様を素敵な気分に出来たら、また書きたいです。




