表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/24

葛藤


 彼女ーーさゆりの実家は、すぐに見つかった。とは言っても、直接訪れた訳ではない。状況も把握出来ないまま住宅地に赴くのは危険且つ不安であろうと、彼女が先ずはここから確認する様、進言してくれた。

 彼女の家諸共、近所一帯をも見渡せる高台で車を停め、一息つく。目標とするそれは、ガードレールの向こう側を見下ろした先にあるらしい。


 俺は辺りの無事を確認すると、双眼鏡を手に車から降りた。急がなければならない。助けられるなら、早いに超した事はない。一人残して来たさゆりも心配だ。もちろん俺自身だって長居すればする程、他人と遭遇する可能性は高くなる。それにこんな道に車を停めて追突でもされたら一大事だ。しかし……早く済ませたいと思う反面、知りたくない事実を突き付けられるかもしれないという不安が交錯し、躊躇させる。


 覚悟を決めなければ……。

 急がなければならない。甘えている場合ではないのだ。いよいよ決心し、吐き気を堪えながら双眼鏡を覗き込む。傾斜地を切り開いた造成地は棚田の如く段々にならされ集落を形成し、それぞれの家々を緩やかな坂道が繋いでいる。


 ……やはりか……。

 悪い予感は当たるものだ……。人の姿をした、否、“元”人だった意思なき危険物が、ユラユラと蠢いている。ただ歩き回る者、佇む者、側溝にはまり、もがく者――。その行動は様々だが、おおよそ目的を持たないであろうその動きに生気は感じられない。

 覚悟は決めた筈だったが、やはりショックだった。レンズ越しとはいえ、生で初めて見たのだ。テレビの報道でしか見た事が無かった浮世離れした現実を、嫌でも実感させられる。そして何より……さっきチラッと見えてしまった、ほぼ絶望であろう、最も知りたくない事実を確認しなければならない。

 一度双眼鏡から目を離し、天を仰ぎ、深く息を吸い込む。辺りに変わった様子は無い。が、モタモタする訳にもいかない。


 さゆりの顔が思い出される。気は強いが捻くれている訳ではない。道理を真っ直ぐに受け止め、聞き分け、自分で考え、判断出来る。

 聡明なのだ。知識量こそ二十歳代前半の年相応のものかもしれぬが、本質を汲み取り理解し、理屈を重ね構築し、自ら道理を導く事が出来る。

 頭の良さはここへの道順説明にも顕れている。この説明だと、こう誤解されるかもしれない……といった予測を先廻りして察し、相手の目線でわかりやすい様、配慮できる。“気が利く”娘……。

 常識化された気が利くフリは出来ても、本当に気が利く人間は限られる。気が利く人間同士なら当たり前の事でも、理解出来ない人間にはこの有り難みは分かるまい。


 そんなさゆりに、俺は少なからず好印象を抱いている。こっちは良く思われていない様だが……。まあ、それはいい。その手の事は放棄した人間だ。そんな事より、さゆりが心配だ。世界がこんな状況で、不安でいっぱいだろう。ましてや本人も襲われかけたのだ。精神的な負担は計り知れない。こんな時に、人生最大の悲しみの一つであろう両親の死を受け止めきれるのだろうか? ある程度覚悟はしているかもしれないが……。


 ……俺がとやかく考えても仕方がないが……。


 結果はともかく、さゆりは俺を……否、結果報告を待っているのだ。俺が強くならないでどうする。


 気を強く持て。


 意を決し、今一度深呼吸し唾を呑むと、双眼鏡を覗き込む。そのままスライドし、目標地点を捉える。


 さゆりの実家は……。


 玄関は開け放たれ、最早、意思のある主が存在しない家屋である事は容易に想像出来る。庭を見る。さゆりの両親と同年代であろう男女がいる。男の方は水の出ていないホースを手にゆっくりと往復し、女の方は、庭の片隅に置かれたテーブルの前に腰掛け、呆けている。生気のないこの動き……。さゆりから聞かされていた御両親の習慣と一致する。そして何より……女の方、さゆりにそっくりなのだ。発症してなお、生前、相当綺麗だったであろう事は想像に難くない……。疑う余地も無いだろう……。さゆりの御両親だ……。

 最早、長居する意味はない。さゆりからの頼まれ事もあったが、叶えてやる事は出来ない。急いで帰らねば。さゆりの悲しむ姿は見たくないが、先延ばしにも出来ない。


 どうすればいい? どう伝えればいい? どうすれば彼女は悲しまずに済む? どうすれば悲しみを取り除ける?


 どうすれば……。


 どうすれば…………。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ