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はじめてのおつかい


「今回は連れて行けない」


 男が言う。思わず耳を疑う。どういう事だ? 何を言っているのだ? 私の家に行くというのに、私を連れて行かないだと?


「ど、どうゆっ…、わ、私の家…何で………」


 吃ってしまって上手く喋れない。不意に予想外の事を言われ、混乱してしまった。怒りやら呆れやら、私は上気しているに違いない。


「落ち着いてくれ。昨日も言ったが、こんな時に怖いのは悪意ある人間なんだよ。敵が一人二人ならともかく、大勢に襲われたら守りきれない。俺一人なら最悪でも車捨てて逃げればいいんだが、君が居たらそうもいかない。捕まったとしても男の俺には興味ないかも知れんが、女は……」


 男が口ごもる。考えながら喋っているのだろう。そういう事か……。分かったよ。もういいよ……。


「……悪党が男だったらの前提だが……車とか盗られるのは当然として、男の俺だけなら放り出されるだけで済むかも知れないが、女はそうはいかないだろう……」


 言いたい事はもう、分かっている。要は“女ならでは”の価値もあるという事か。私自身、この男に対して怖れている事だ。それをこの男も、心配してくれていたのか……。


 ……とは言え、猟銃を持った相手に向かって来るなど、あるのだろうか? いくら大人数で最終的には勝てるからと言っても、自分が撃たれた後の事であろう? 仲間のために自ら命を投げ打ってまで……ましてやそんな悪党側の輩の中に、自己犠牲の精神に溢れた高尚な人物がいるなど、有り得るのだろうか……? 私はそのまま、思い立った疑問をぶつけて見る。


「仮に巧く二人でその場は逃げられたとしても、向こうがどれだけこっちに興味を持ったかも重要なんだよ。向こうにとって“欲しいもの”が多ければ、それだけ執念も違ってくるだろう? 意地でもこっちの居所を突き止めよう、って事になったら、大変なんだよ。……この状況が長引いたら、こっちだって色々と調達しなければならないだろうし、引き篭る訳にもいかない。留守を狙われるかもしれないし、ここを突き止められるだけでも、物凄い脅威なんだ。最悪、向こうにも猟師がいるかもしれないし……」


 足手まといか……。申し訳ないな……。私の我が儘でお願いしている事なのに……。

 コップの水を口に運び、一息ついた男が続ける。


「……だから、見つかったにしても興味を持たれないっていうか、諦めてくれるのが、こっちには一番都合が良いんだよ。ここを探す動機を与えたくない。“価値あるもの”は、なるべく隠したいんだ。……幸い、ここは誰にも知られていない、折角の隠れ家なんだ。ここを知られたくない。これは俺の勝手な都合でもあるんだが……」


 さっきから随分と持ち上げられている気がするが、私ごときを本当にそこまで大切に思ってくれているのか? しかしながら……。

 そうだよな……。この男はずっと、ここに住み続けるのだものな……。帰りたい一心で、自分の事しか考えていなかった。 


「……御両親が無事なら、後で必ず送り届ける。それは約束する。取り敢えず、こっちにお迎えしてもいい。まあ、状況次第だが……。信用してくれないか……?」


 男が真剣な眼差しを向けてくる。思えば、こうしてまともに目と目を合わせるのも初めてだ。


 ……信用するも何も……この男が、自分の留守を私に任せるのも同じ事だろうに……。うーむ、実はこの男こそド悪党で、大人数を連れて戻って来て私をどうにかしようと企んでいる可能性は……いや、それは無いか……。その気なら、もう既に一人でお楽しみ……いや、この男が私に興味が無いだけで、他の男にプレゼント……いや、それも無いか。この男の性欲の対象など知った事では無いが、そもそも他人に貢ぐつもりなら、招くのではなく連れて行くだろう。こんな事態だ。隠れ家を誰にも知られたくないというのは本音であろう。親しかったとしても、裏切られたら命取りだ。それに外出するリスクは減らしたい筈で、貢ぐつもりなら今回連れて行くだろう。私の事なんかどうでもいいなら、いざとなった時は、私も捨てれば済む事だろう。私をここに残すメリットがない。

 それに何より……そう、この男は留守を私に任せようとしているのだ。私の方が裏切ったらどうするつもりだ? こんな事態だから、そんな自ら孤立する様な、自殺行為に出る訳が無い――私には何も出来ないと、高を括っているのか? だとしても、この男が一人で行く事に何のメリットがある? 私が見ていない所で――例えば私の実家をまんまと聞き出した上で、悪事でも働くつもりなのか? そんな事より、自分の家を他人に乗っ盗られ、好き勝手される方が嫌では無いのか……?


 ――簡単な事だ。この男は、決して悪事を企んでいる訳ではない。先ずは一人で偵察しに行ってくれるという事に他意はなく、そして、“私を信用している”だけだ。

 ならば……。


「分かりました……。でも、もしこの家が襲われたら、私は一人でどうすれば良いですか?」


 ここがほぼ安全なのは分かった。だが万が一……。もしもの時、か弱い乙女が一人、丸腰でどう対処すれば良いのだ?

 私は素直に、不安に思った事を聞いてみる。


「それを言われると……。どうしよう……。うーん……。結局、どうしたってギャンブルには違いないんだよ。要は、どっちが敵との遭遇率が高いか? って事で、ここの方が遥かに安全だとは思うんだが……。とは言っても、いざという時身が守れないってのもマズイよな……」


 男が私の顔を凝視したまま、固まる。……考え込むなら、視線を逸らせてからにしていただけないものだろうか……?


「銃、置いていこうか……?」

 

 暫しの沈黙の末、男が口を開く。

 馬鹿を言うな。アンタに何かあったらどうすんだ。お人好しにも程がある。……まあ、聞いてみただけだ。もう覚悟は出来ている。なるべく早く、帰って来てくれ……。


 家の場所と特徴、その他諸々を伝える。途中、連絡など取り合えないのだ。出来るだけ沢山の事を分かり易く説明せねばならない。


 金網に掛かる南京錠の鍵を受け取る。静かに滑り出した車を見送ると、あとは祈る事しか出来なかった。





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