城主の肖像
テレビのチャンネルを色々と替えてみる。どこも静止画にテロップだけの放送になってしまった……。一応、報告した方が良いだろう。リビングでさっき聞いた男の足音を思い出し、屋上へのルートを想像する。二階に上がり、ベランダに出ると階段はすぐに見つかった。
「あ……あの……」
男の姿を見つけ、声を掛ける。
「テレビ、どこも終わっちゃいました」
双眼鏡で外観を眺めていた男が手を下ろし、私の方に振り返る。――刹那、男の傍らの手摺りに立て掛けてある、禍々しい光沢を放つ漆黒の凶器を見咎めた私の動きが止まる。想像していた不安の一つが適中してしまったか……? 絶望的な気分に叩き落とされ、警戒心で私の表情が強張る。
「猟銃だ。そんなに怖がらないでくれ。ちゃんと免許持ってるから」
私の動揺を察したのか、聞いてもいない事への言い訳をするとそれを持ち上げ、私に背を向け構えて見せる。何だ、猟師だったのか……。
……だからこんな山奥に住んでいるのか。一つ合点がいった。……とはいえ、それがこの男の人間性を肯定させる理由とは足りえない。猟師は立派な職業だとは思うが、だからといって、この男がまともとは限らない。
……何となく、黙ると気まずい。私は一応、適当に言葉を返す。
「何だ、そういう事……。猟師ですか……」
「……まあニワカというか、免許持ってるだけだけどな……。これも一度も使った事がない」
私に背を向けたまま、猟銃の埃を叩き落としながら男が答える。おいおい、猟師じゃないのか?
「ここを譲り受ける際、熊が出るって言われたんだよ。銃くらい持ってないと、ヤバいだろ?」
猟銃を元の位置に立て掛け、こちらに向き直りながら男が続ける。
何て事だ……。ゾンビに、得体の知れない男に、熊までも……。
「く、熊、出るんですか?」
「出ない」
動揺する私を気にも止めず、男が平然と答える。熊が出ないのは結構だが、こんな時に、いたずらに怖がらせて何が楽しいのだ?
悪趣味だ。やはり、この男には腹が立つ。
「悪い冗談だったのか、俺が引き継ぐのに反対で脅したのか分からんが……まあ嘘だ。まんまと騙された」
男が淡々と言う。嘘? 騙された? どういう事だ?
「どういう事ですか? 騙された? 一体誰に……?」
「両親とか、親戚もかな……。まあ結局、俺はどうしてもここに住みたかったから、猟師の免許を取って越して来た。猟とか銃とか全く興味なかったけどな。一通り勉強したよ。それが活かされた事はないけどな……。嘘に付き合わされて、随分とまあ無駄な事させられたもんだ」
……そんな身の上話しをされても……私に愚痴られても困る。そんなん、知らんがな……。とは言え、故意に怖がらせようとした訳では無かったか……。勝手に早とちりして悪く思ってしまった事に、少し罪悪感を覚える。
「……でもまだ、分からないじゃないですか……。どんな事でも、勉強が無駄になるなんて、ないと思います……」
これは本音だった。自覚がなくても、何かしら応用出来ているものだ。もっと極論を言うなら、『得手不得手、向き不向き、好き嫌い』が自覚出来ただけでも、絶対役に立った筈である。
「確かにな……。賢い奴なら何かしら応用するもんだ……。まあ、分かってはいるんだが……。それに、こんな所だしな。いざという時には役に立つ。周りに誰もいないと、強盗とかに遭っても誰も助けてくれないからな。簡単に撃つ訳にはいかんが、抑止力にはなるだろう。誰にも知られてないってのは気楽で良いもんだが、自衛をしっかりしないと命取りになりかねない」
……自己完結しているではないか……。面倒臭い……。
話しが逸れた。無駄話をしている場合ではない。そんな事より、先にすべき事、考えるべき事がある。
「あ、あの……テレビ放送、終わっちゃいました……」
改めて報告する。催促だ。これから先、二人が“それぞれ”生きて行くべく、すべき事、協力しなければならない事を模索しようではないか。
「そうか。予想以上に早かったな……。思ったより、深刻そうだ……」
私に話し掛けたのか独り言なのか、男が呟く。
「……一応、見張った方が良いかとも思ったんだが、まだ大丈夫だろう……。此処じゃ落ち着けないな。すぐ下行くから、先戻っててくれ」
私は黙って頷くと、踵を返して屋上を後にする。居ても立っても居られない。もどかしくて仕方がない。行きたい所もある。本当は平常心でいる事自体、危うい程に動揺している。膝から崩れ落ちそうになるのを堪えつつ、私は階段を下り、リビングへ向かった。