プロローグ2
「アメリカとロシアの冷戦はよく続いたものだ。」
工藤樹が政治家になった時に言った言葉だ。彼曰く、
「世界大戦は約百年しか辛抱できなかったのに、冷戦は四十五年も続き、火ぶたは落されないまま閉じたのだ。そう考えると、冷戦の要また第二次世界大戦の終結の要でもある核兵器の存在は、実在する神々に匹敵する。そうとは思わないかね。」
振られた記者は、答えに困り苦笑いを返すのみだった。それを見た工藤樹も、わからないか、と苦笑を浮かべたらしい。政治家になろうと、彼のセンスは独特だった。しかし、その独特で風変わりなセンスのおかげで、工藤樹は日本の総理大臣の座につくことができたと、国民の誰もが言った。
工藤樹が政治家になった年は、第三次世界大戦の絶頂期に当たった。開戦からわずか五年のことである。財力も軍事力も劣る発展途上国相手にヨーロッパの先進国は手こずっていた。理由はいろいろあったが、大きかったのは大国が一向に動かなかったからだ。さらに、軍事協定を結んだ国や世界平和を唄う国すら助けに行こうとはしなかった。
理由は一つ。この戦争の勝利の先に利益が望めないからだ。戦争とは、莫大な資金と国民の犠牲で成り立っている。そのため、勝利国は犠牲以上の利益が必要となる。もちろん、そんなことを考えながら戦争をする兵士はいない。しかし、国を背負う重役者たちは違う。それは、国が大きくなればなるほど考え動けなくなる。むやみに動けば損になり、一掃しようと研究、技術の産物を使えば、他国に有益な情報を与えてしまう。この戦争、加わるだけで損にしかならない。
これが、大戦を長引かせている原因だった。無論、先進国側の敗北はない。しかし、勝利するためには他国の力が必要だ。そんな、どっちつかずの状況がさらに五年続いた。そして、気づいた。発展途上国側の戦力が徐々に増えていることに。そう、他国が動いたのだ。先進国側に手を貸すのではなく、発展途上国側の支援として。
「裏切るのか⁉」
ヨーロッパの先進国が聞く。
「今行われているのは戦争ですよ。」
裏切り者は答える代りに大砲を撃った。
実に見事な手のひら返し。この波に乗らねば。ほかの先進国も右に習えと動き始めるかに見えた。しかし、ここから二年後、大戦は静かな終戦を迎えた。勝利国は先進国側。利益を得たのは、日本だった。
第三次世界大戦終戦のわずか五年後、工藤樹は日本内閣総理大臣の座についた。この時、工藤樹はまだ三十九だった。この異例の若さでの就任は、大御所の政治家をはじめ多くの国民に反対された。しかし、それでも彼の就任を止められなかったのは彼の行った大きすぎる功績ゆえであった。
第三次世界大戦で動くか動かないか考えを巡らせていたのは日本も同じだった。しかし、日本もほかの大国同様ジレンマによって動けないでいた。そんな時にある大国が発展途上国側についた、と情報が入った。なるほど、これは名案だ。情報を聞いた誰もが思った。先進国側について利益を得られないのなら、途上国側につけばいい。うまくすれば、ヨーロッパの大国を落とせるかもしれない。
「よし、右に倣えだ。」
そうみんながそう言いかけた時だった。工藤樹が全国民の前に立ち「待った」をかけたのは。
「皆さん。これでようやく戦争の終わりが見えました。」
工藤樹は、安堵の声を漏らした。
「そうだな。この波に他の大国も乗れば、ヨーロッパを倒すことはできるでしょう。」
工藤樹に答えた政治家たちは皆笑顔だった。戦争中だというのに、この時日本はとても平和で温かい雰囲気に包まれていた。そこに、冷たく凍り付くような失笑が波紋を立てた。
「それは、最悪の一手ですね。」
工藤樹の声に国民は振り返る。彼は、チェスを指す時のポーズをしていた。
「何が悪手だって。」
「途上国側につくという手のことです。」
「工藤君。政治家になりたてで目立ちたいのはわかるが、戯言を言ってはいけないよ。」
一斉に嘲笑が充満する。しかし、工藤樹は動じない。工藤樹は、一歩前に出る。
「虚言?ご冗談を。よく考えてみてください。ここで、今まで動かなかった多くの大国が途上国側につくとしましょう。しかし、相手はヨーロッパ全域。きっと劣ることはないでしょうが、それでも接戦を期すことになるでしょう。そうなれば、参加した国すべてに多大な被害が発生する。たとえ大戦に勝利したとしてもさほどの利益も出せず、残るのは戦いで死んでいった家族への悲しみだけです。」
先ほどまで笑っていた人たちの口が一斉に閉ざされた。
「それでは、なぜあなたは終戦が見えるなどと言った。」
沈黙の中から苦しそうな声が響いた。そして、日本が工藤樹に視線を送る。
「よくぞ言った。この沈黙の中、声を出した勇気ありし者のために、私は道を示そうと思う。」
この話し合いから二年後。戦争に関与した国と工藤樹による会合が行われ、戦争は終わった。